・宇宙歴5501年 冬
「隊長。ベッドが完成したであります」
ん。ありがと、レモン。
というわけで、お待たせしました。滞在中はこのベッドを使ってください。
「わーい。ありがとー」
「おっふとーん! ふっかふかー!」
ちょっと、ベッドの上で跳ねないで!
壊れたらどうするんですか。あと、身体がプルンプルンしてて崩れそうで怖い。
「だって、楽しいんだもーん」
うぅん。これは、新たな問題児の予感。
外見は大人に見えるんだけど、すごく言動が幼女。
ええと、アナタは……。
「あなたじゃないよー、ヨットだよー?」
ヨットさんは一体、いくつなんですか?
「えーと、えーと……20と8歳!」
つまり、28歳か。
って、俺と同い年じゃない。なんか、そんな印象は受けないけど。
……まさか、何らかのストレスから幼児退行を起こしてる?
とうとう、来たのか。俺のセラピストとしての真価が問われる時が。
「違うですぅ。この種族の人は、みんなこうですぅ」
あ、そう。バフィは知ってるんだ。
『彼女の種族である“ミンチョ”は、成長しても人間の幼児ほどの知能しかありません。もちろん研究は無理です。その代わり、肉体は-300℃の低温まで耐える上に毒物を無効化し、即座に傷を修復します。あふれる生命力が特徴です』
いや、生物としておかしいでしょ。
身体がドロドロしてて、まるでスライムだし。人間にどんな遺伝子を混ぜたらこうなるの?
『彼女たちは、他の人工種族とは誕生の経緯が異なるのです。研究者の間では、“奇跡の種族”とも呼ばれています』
奇跡の種族?
『昔、ある製菓会社が、お菓子を基にして販促用のオモチャを作ろうとしたのです。しかし、計画は難航。そして度重なるサービス残業によりハイになった研究員が、ミントチョコにナノマシンをぶち込みました』
ぶち込むな。せめて食材入れろ。
『その結果は驚くべきものでした。なんと、ミントチョコに自我が芽生えたのです。彼女たちはすぐに人間の言葉と生活を真似するようになりました。新しい知的生命体の誕生です。これを奇跡と呼ばずに、なんと呼ぶのでしょう』
事故だろ。
『早々にコントロールをあきらめた製菓会社は、彼女たちを外宇宙に放棄しました。長い年月の果てに、彼女たちはなんだかんだあってRimWorldにたどり着き、この星域で独自の社会を築き上げています』
つまり、生きたお菓子が人間ごっこしてるわけね。
『……まあ、その認識でけっこうです。科学的視点から、色々と申したいことはありますが』
「ねーねー、裸のおじさん」
カサバルです。
あと、おじさん言わないで。同い年でしょ。
「カサバル。ベッドのお礼に、これあげるねー」
え? どうして自分のお腹をつまんで――
「えいッ」
お、お腹がちぎれたァ!?
「はい、ミントチョコ。おいしいよー?」
えぇ……。
「おお、もぎたてを食べられるとは。ラッキーでありますな」
「うらやましいですぅ。バフィにも、一口くださいね?」
これ、俺がおかしいの?
みんなー、ゴハンよー。
「ごっはんー、ごっはんー」
「自分、空腹であります。隊長、今日のメニューは?」
フッフッフ。
今日は、みんなの好きなチャーハンだよ。
「わーい」
「えぇ……」
こら、レモン。
せっかく作ったのに、何その反応は。ヨットさんみたいに、もっと素直になってもいいんだよ?
「しかし、昨日もチャーハンだったであります。オコメを炒めただけの“簡単な食事”であります。肉や野菜が欲しいのです」
しかたないでしょ、ウチにはオコメしかないんだから。
晩御飯はカレーを作ってあげるから、我慢しなさい。
「オコメにおかゆをかけたものを、カレーとは呼ばないのであります!」
ウチだと、これがカレーなのッ。このカレーに慣れたら、他のカレーに満足できなくなるから。お母さんの味ってヤツね。
『全宇宙のお母さんに謝りなさい』
あれ?
今気づいたけど、バフィがいないぞ。どこ行ってるんだろ。
「あの、隊長。よろしければ、肉を得るために狩猟を行わせてほしいであります。自分のクロスボウなら、弓矢よりも効率的に狩りができるのであります」
狩猟か……。
でも、動物によっては反撃してくるしなぁ。怖い。
「獲物を選べば、大丈夫であります。冬になると、草食動物たちが食料を求めて離れて行ってしまうのです。やるならば早い方がいいのであります」
どうしたものか。
いくら食料のためとはいえ、レモンやバフィに危険なことはしてほしくないんだよな。
「毎晩毎晩、自分たちを虫の巣に忍び込ませる人間のセリフではないのであります!」
虫さんたちは別なんだよ!
「みんな、ただいまですぅ。何の騒ぎですか?」
「ワフ」
あら、おかえり。いないと思ったら、ウサイヌさんと散歩に行ってたのか。
「グルルルルッ」
「ガルルルルッ」
あい変わらず、俺を見ると敵意がマックスになるんだよな。
ん?
気のせいか、唸り声がダブって聞こえたような。
ウサイヌさんが分裂した!?
「散歩してたらなついてきたですぅ。モコモコでかわいいですぅ」
『フレンチブルドッグとよく似ていますが、亜種ですね。原種よりも身体能力と知能が劣る代わりに、衣服の原料となる毛を採取できます』
まだフレンチブルドッグと言い張るのか。
「飼っていいですよね、カサバルさん」
……はぁ。しかたないか。
いつも研究をがんばってくれてるからね。その代わり、襲撃の時にはこの子にも戦ってもらうよ。しっかりしつけといてね。
「ありがとうですぅ。それじゃ、バフィがさっそく名前を考えて……」
黒くてウサギっぽいから、クロウサさんだね。
「……え?」
バフィ、今夜も虫さんの巣に行っておくれ。
「…………」
無視。
またバフィが口をきいてくれなくなった。あの年頃の女の子って、難しい。
『責任転換はよしなさい』
しかたない。今夜は、レモンに頼もう。
「了解です。行ってくるのであります」
行ってらっしゃい。
しかし、いつまでもバフィがご機嫌斜めだと困るんだけどな。
『春にも、全く同様の事態になっていましたね』
そんなに前だったっけ。
懐かしいなぁ。あの時は、どうやって機嫌をなおしてもらったんだったか。
『彼女が虫たちに殺されかけて、ウヤムヤになりました』
ああ、あの事件か。
あの時はたしか、真夜中に突然叫び声が聞こえてきて大変だったな。
「ヂューーーー!?」
そうそう、ちょうどこんな感じの悲鳴だった。
…………。
レモォオオオン!?
『これはまた、だいぶムシャムシャされていますね』
言ってる場合かッ。
「おじさーん、レモンが大変だよー!」
カサバルです。
ヨットさん、すぐにレモンをベッドに寝かせて。なけなしの薬草を使って治療する!
「チュー……。自分、もうボロボロであります」
うーん。治療しているけど、これは……。
『傷口から病原体が入り込みましたね。左手が感染症を起こしています』
まずいな。最悪の場合、命を落とすぞ。
「あぅ、カサバルさん。レモンちゃん、大丈夫ですよね?」
大丈夫だよ、バフィ。油断はできないけれど、これぐらいなら俺の医術スキルでも対応できるはず。
とりあえず、薬草で治療して経過を観察しよう。
『最悪、左手を切除する方法もありますしね』
「ヂュッ!?」
怖がらせるな!
切り落としたりしないから、安心してよレモン。
もし免疫を得るのが遅いようなら、薬草よりも効果の大きい医薬品を使う。これなら、最悪の事態にはならないはずさ。
『よいのですか? 医薬品はたった3つしかありません。薬草だって、けっして充分な数はないでしょう』
だとしても、今使わずにいつ使うのさ。
それに、薬草なら遠くないうちに数がそろうアテがある。
今は冬だから成長が止まってるけど、畑にはヒールルートが植えてあるんだ。また春になれば、まとまった量が収穫できるだろう。
「おじさーん。ヒールルートって、畑に植えてある草のことー?」
カサバルです。
はい、その草のことですけど?
「なんか、すっごいシオシオになってるよー?」
へ?
なんか、俺のヒールルートが枯れかかってるように見える。
目の錯覚かな? よし、錯覚だな。
『現実逃避はやめなさい。枯病にかかりましたね』
「残念ですけど、全部刈るしかないですぅ」
……ねえ、レモン。
左手、いる?
「いるに決まってるであります!?」
「さよーならー。また遊ぼーねー」
さようなら。
知らない人に声をかけられても、ついていっちゃダメですよー!
「あぅ。これで、2人目のテナントさんも離れて行っちゃうですぅ」
うーん。なかなか仲間になってくれないな。
ネオ・サラゴサ町も、それなりに環境を整えたんだけど。
『彼女たちは元々、この危険な惑星を1人で旅する変わり者です。よほどの魅力を見出さない限り、派閥に加わりはしないでしょう』
もっと、充実した拠点が必要か。しかし、ネオ・サラゴサ町をそこまで発展させるのに、どれだけかかるかな。建築係のレモンは療養中だし。
なんともうまくいかない。
「ヨットさん、また来てくれますかね。せっかく仲良くなったのに……」
バフィ。人生、出会いがあれば別れがあるんだ。
きっとまた会えるよ。あの人、なんか死ぬところが想像できないし。
「分かったですぅ。その日まで、バフィもがんばるですぅ」
ふふふ。なんだか、俺も元気が出てきたな。
ネガティブになってたけど、地道にやっていきますか。
『おや?』
どうしたの、アイちゃん。
『こちらに近づいてくる生命反応が1つあります。キャラバンでも襲撃でもないようですが』
「ひょっとして、テナントさんかもしれないですぅ」
いくらなんでも、早すぎない?
さっきヨットさんが出て行ったばかりなのに。まあ、誰も来ないよりはいいんだけど。
さて、今度はどんな人が来たのかな。
……。
…………。
って、アレ?
「ただいまー」
さっき出て行ったばかりだろ!?
3時間でユーターンしてきた時はリアルで「なんで?」って声が出た。