次の日の朝
「仏説般若波羅蜜多心経」
大般若会が廣見寺で大々的に行われた。
しかし、少し勝手が違う。
外で大太鼓や笛の喧しい音が鳴り響いている。
「うるせえなぁ!なんだ?」
傷だらけの広目天が飛び出してきた。
広目天の目の前に二台の山がある。
山というが、人工で造られたもので、花紙が付けられた細い竹が、傘の骨のように無数に刺さり、まさに傘のようになっている。
その傘が三層になり、山頂には雪洞と、太陽を表す万頭が付いている。
その花紙の色が紅と白のものがある。
「こら!今日は大切な行事があるんだぞ!こんな騒いでるんじゃない!責任者は誰だ!」
太鼓の音をかき消すぐらいの大声で広目天が叫ぶ。
「私です。」
「お前!新井組組頭だな?これはなんだ?」
「はい。ある筋から聞きましたが、私の組である田畑の銀次が五本松のところで処刑されると聞き、その亡骸をこの笠鉾で受け取り、運ぼうと思い運ばせました。」
「では、なぜこのような大きな音を立てるのだ!?」
「せめて、銀次が真っ直ぐあの世に行けるよう、道標にしようと鳴らしているのです。」
「…勝手にしろい。…待てよ?なんで二台もあるんだ?」
「はい。私が、笠鉾で亡骸を運びたいと話を中宮地の関根組に申し込んだら、『柿沢の笠鉾も出して、盛大にやろう!』となったので、二台いるんです。」
「ふーんそうかい。銀次を殺すまで近づくなよ。」
「はい。…」
そうこうしているうちに、お経が止んで、
お寺から流れ出る沢沿いに見事な五本の松のところにぐるぐる巻きにされた銀次が連れ出されて来た。
人間の状態になっていたが、一抱えほどある大きな石を背中に背負わされて、脂汗を垂らしながら出てきた。手足、胴体に縄がくくりつけられ、その端は五本の松につけられた。
まったく、身動きが出来なくなっている。
その後、大勢の僧侶が出てきた。その最後尾に、大まさかりを持ったあの牛男が現れた。
お坊さんたちのお経が大きく響き渡る。
身体が、銀次の羽で穴だらけになった多聞天、体のパーツが途切れ途切れな広目天は、その牛男の真後ろにいる。
五本松に括り付けられた銀次のところに牛男が到着したところで、お経が最大の大きさになり、五本松の松葉をも揺らすような勢いになった。
牛男が布で巻いてあるマサカリをほどき始めた時、多聞天と広目天が近づき、喋り始めた。
「やつら、まだ仕掛けてこないな。」
「広目天、ビビりすぎだよ。地面には、持国天が潜んでいる。絶対に手は出せないよ。」
「増長天はなにをしてる?」
「オオカミを探してる。まぁ、俺たちのほうが、あの箱の力を手に入れてるやつを追い詰めてるんだから、きにするこたないよ。」
「だけど、やつらなら…」
そう言いながら、目線を下げた。
「広目天…」
「だけど、やつら、攻めてくるなら、どこからだ?まさか…笠鉾に潜んでるんじゃ…」
そこで、多聞天を見た。
すると、多聞天は、ゴーイングデス
死んでいる途中だった。
多聞天の頭をガッチリと蟹のハサミが食い込み、圧力に耐えきれなくなった、顔のパーツから血が溢れて、メロンやスイカのように「バズン!」と顔が爆発した。
「た…多聞天…」
「おい!…人の心配してる余裕があるのか?」
聞いたことのない男の声
振り向こうとした時、脇腹に強烈な痛み。体の浮く感覚。ボロボロの胴体が完全に真っ二つになり、上半身が吹っ飛ばされ、牛男に当たり、マサカリごと二人は倒れた。
「なんだ?」
広目天は、自分のいた方向を見る。
顔が潰れた多聞天と、顔を握り潰している蟹の腕を持つ男。
それと、俺の下半身を踏み締めている、脚が馬の男が立っていた。
「…なんで、お前ら、フクロウの技が当たる!?この四天王に!?な、治らないじゃないか!なんで?なんで、お前ら如きに…」
「そう簡単に言うかよバーカ。」
「散々痛めっつけて、結局大人気ないことをいうんかよ…」
「こんなクズに負けていたのかと思うと、反吐が出るぜ。」
多聞天が、ゴミでも落とすように捨てられた。
「きさま…きさまら…なにやってんのか分かってんのか?俺たちは仏教の神なんだぞ!神にこんなことして良いと思って……」
髪の毛をガッツリ掴まれ、目の前に刃物が現れた。
「あのような監禁して、人から希望を奪うのが神とは、笑わせるな。」
「…………。」
「言い返せないとは、笑わせるな。なら、」
首の左側に刃物を突き立てられる。
「神に祈りながら死んでいけ。」
躊躇なく、ツゥーっと右側に切った。
切断でなく、10センチぐらい刀傷をつけたもんだから、喉は切れているのに、首の骨はくっついていることであるから、体重で、皮が切れていく訳だ。
「ハッ?、らなたうなゆしむほ?ねちれ…」
「ちゃんと言葉喋れよ。神なら…よ!」
よ!っで、首が完全にもげた。
涙、よだれ、鼻水、それはそれは仏とは思えない。きったない顔だった。
広目天は、誰が殺したのか?
馬が蹴る寸前。
天狗とハハソは上空にいた。
仲間たちが、四天王を引きつけ、空から、天狗はあの牛男を、ハハソは銀次を奪還するというものだった。
運良く、広目天が牛男ともみくちゃになったので、天狗が後ろから広目天を殺したわけである。
ハハソは、五本松に縛られた銀次に向かう。
「銀次さん!」
「あっ?…あぁ、ハハソか…」
「銀次さん。助けに来ました。逃げますよ。このままだと殺されます。」
縄を切り始める。
「俺は…」
「銅三さんを殺してしまったから、その後悔があるんでしょ?そうだとしたら、銅三さんは悲しみますよ。あなたがすぐ死んだら…」
「いや…あの…」
「とにかく、生きるんです。諦めてはいけません!」
「ハハソ。俺は諦めてなんかいないよ。俺も生きるよ。」
最後の左腕の縄を外しにかかった時、
「ハハソ!後ろ!」
パッ!グザッ!
「ちっ…銀次まで届かなかった…」
土の中に半身埋まった持国天がこちらを見ている。
ハハソがパッ!と振り向いたわけだが、土を固めて出来た槍が地面から伸びてハハソを貫いた。
しかし、瞬間的にその槍を掴んだから、銀次まで刃先は届かなかったのだ。
しかし、事態は参ったことになった。
播磨組や天狗、全員が土から半身埋まった多聞天と闘っている。
味方が近くにいない訳だ。
「ハハソ。さっきの二人と違って、これは格段に強そうだ。」
「えぇ。ですが、負けるわけにはいきませんよ。」
「お前が負ける気がしないように、俺もしないんだよ。ハハソくん。君を羊山で引きずった時に感じたが、君は、あの人に会ってみる価値があると思うよ。」
「?文脈が無茶苦茶だが、その人とは?…」
全然文面が違うが、この時、もう一度槍が飛んできた。
見切った訳ではない。
見切ったわけでないが、銀次さんが繋がれている縄を槍に突き出した。
見事に、縄を切ることに成功した。
「!………。」
「…おっと…で、その人って?」
「………妙見様。」
「なんだと?」
銀次さんが言ったとき、間が出来た。
集中が途切れたと言った方が良いかもしれない。
これを持国天は見逃さなかった。
銀次の足元に無数の土製槍を突き刺した。
しかし、突き刺したのは、銀次ではなく、銀次を押し倒したハハソだった。
「邪魔ばっかりしやがって、一人ぐらい殺させろ!こっちは二人逝ってんだぞ…」
「なら、俺を殺してみるか?」
空から声がする。
空中に人が羽もないのに浮いている。
「…オオカミか!会いたかったぜ。」
持国天が全身を地中から出して、武器を土で練り上げた。
「そうだな。持国天よ。ようやく、君たちの前に姿を表しても大丈夫なほど休ませてもらったよ。」
「おやおや。ただ…」
持国天は、槍の穂先を地面に向ける。
「神具のないオオカミが、どう俺に勝てるんだ!」
穂先で地面をえぐり、地面を投げた。
地面が飛んでいき、オオカミの目の前で花火のように散り散りになった。
首から鰐口をぶら下げていた。
「神具か…」
「三峰神社から借りてきた。」
「三峰神社が?…まじか…裏切ったのか、あいつら…」
持国天は落ち着いて周りを見渡した。
目の前の五本松には神の力を持つ少年。妙見宮の北鎮部隊の鷲の力、自身も鳥人の力を持つ青年。
頭上には、かつて秩父を支配し、三峰神社から神具を拝借している神。
左右は、自分が作り出した土人形と播磨組、フクロウの連中が闘っている。
それを遠巻きに驚きながら見ている僧侶と、宮地の人々。
真後ろには、下宮地と滝ノ上を通る道である柿沢通りで持つ柿沢笠鉾、中宮地で持つ中宮地笠鉾。これが出たことで宮地の人々が集まった。…おそらく、あの少年が考えたんだな…
「死者を笠鉾で運ぶか…そのために太鼓で人を集め、仏教がなにをしているのかを見せて、仏教=悪とする…なかなかやるじゃないか……妙見大菩薩に動いてもらうしか無さそうだな…ここは…」
そう言うと、持国天は地面に潜った。
同時に、対立していた土人形も地面に潜った。
あたりが急にシーンと静かになった。
「…終わったのか?…我々人間が、仏教に勝てたのか…」
田代さんが一番最初に喋った。
「勝った…のか?俺たちが…」
「人間の俺たちが?」
「…やった。やったぞ!」
この、勝ったという感覚が広がっていく中で、田代、加藤、井上さんは驚いた。見ていた人々から、抑えられた感情が爆発して、雄叫びがあちらこちらで始まった。
笠鉾の太鼓も大きな音になった。
三人がが驚いたのはもう一つある。
いつものように、神の力を使って気絶したハハソに、僧侶たちが集まって、
「ありがとう!ありがとう!」
銀次に向かって、
「すまなかった。申し訳ない。」
と謝っていたのだ。
このシーンで山車が出てきますが、秩父の山車が死体を運ぶという史実はありません。
佐渡で死者を御輿で運んだという史実を聞き、それを基に思いつきました。
出来れば、読者の地元にある珍しいことをお聞きしたいです。