ただ、ここまではとても楽しく書いています。
思わず目が大きく見開く。
なにせ、人などいないと思っていたから。
「気がついたか。」
その男はしゃべった。男は灰色の和服を着ている。
「ぼ、わ、私は…」
「オラの畑の前に倒れてたから運んだ。」
僕にはそう聞き取れた。だけど、結構妙だった。
『オラ』と書いたが、ラはAとEの中間音で、全て、方言になっていた。この地域に生まれてからずっと住んでいるから聞き取れたが、ややこしくなるので、標準語で喋ってもらう。
「助けていただいたのですか!?ありがとうございます。」
「起き上がらなくて良い。見えない怪我などしていたら大変だからな。」
「あっ!自己紹介が遅れました。ぼ、私は、ハハソと言います…」
「変わった聴きなれない名前だな、オラは、銀次。秩父神社に奉公に行ってたが、兄貴が死んじまって、呼び戻された。今は母さん、義姉、妹2人、弟と暮らしてる。
ハハソくんは、どうしてあんな場所で寝てたんだい?」
「実は、車に轢かれまして…」
「どこの車だい?」
「パ…」
パトカーなどと言ったらなんかやっかいなことになりそうな気がした。銀次さんは良さそうな人だが、人、なにを信条にしているか分からない。「けしからん!今から抗議に行ってきてやる。」なんて言われても困る。銀次さんに迷惑だし、そもそもぼくは死んでる。??死んでる?…「生きてるのに死んでると分かってる。」…どういうことだろう。
しかし、銀次さんが不思議そうにこちらを見ている。ぼやぼやしていられない。
えっと、轢かれた車か…
「パ…いや、…よく分かりませんでした…」
「そうか。どこの誰だったのかも分からなかったのか。」
「ちょっと…記憶も混乱しているようで…」
左腕で頭を掻いた。ごまかすときに頭に手をやり後頭部をガリガリと掻く癖がある。
死んだことの自覚がある。だけど僕はこうして生きているようだ。これはどういうことなんだろう?
腕を届かせるため、首を垂れているが、銀次さんがなにかジッと見ている視線を感じて、首を上げた。
すると、左腕につけていた時計を凝視していた。まるで、初めて見たような目だ。
いくら、秩父が田舎だからといって、こんな学生でも手が出せる値段の腕時計をそんな目で見られても困る。ロレックスやオメガ、SEIKOが逆輸入した時計でもあるまいし…
すると、銀次さんがこう喋った。
「随分と変わった『数珠』をつけていますな。」
「えっ!?時計ですよ。ほら。」
左腕を銀次さんに差し出す。
ちなみに、今は12時29分だった。
またあの12時30分になると武甲山から石灰を採るダイナマイトの音が聞こえるのかと思った。あれは花火のようなドン!やパン!と違い本当に文字にするとドガーン!という凄まじい音がなるのだ。ちなみに今でも聞こえたら僕は武甲山を見て、ピラミッドの土台から煙が吹き上がるところを見たり、土砂崩れが起こるところを見てしまう。
銀次さんはさも高くない時計をまじまじと眺める。
「1から12までが書いてある。不思議なものだ。仏教を信仰するものはまことに不思議だ。最近裏山に出来た虚空蔵様で配られたのか?」
なんかじゃっかん顔が曇っている。しかし、僕はこう続けた。
「いや、僕は虚空蔵様の祭りには行きますが、仏教徒ではありません。」
「なに?本当か?」
「はい。般若心経すら全て言えません。」
「そうか。」
カチッ!12時30分。
ほら、聞こえる。と思ったが、聞こえない。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、武甲山が発破しないので…今日は日曜ですか?」
「武甲山?日曜?なにを言ってるんだ?やっぱ、『大八』車に轢かれたのが影響してるのか?」
「えっ?僕は自動車に…」
僕はここまで言って、なにか恐ろしいことが起きているのではないかと考えてしまった。自分は死んだと思っている。
「自動車?自動車とはなんだ?」
しかし生きている。それは嬉しいことだが、このようなことが起きた以上、弊害でもし記憶がとんだのであれば、いろいろ分からない単語を出すのは相手で、自分が周りより遅れているはずである。
「じ…自動車ですよ。じ…」
「そんなものは聞いたことがないな…」
しかし、銀次さんのほうが時計、自動車、日曜、武甲山を知らない。
「ハハソくん、君は」
銀次さんは秩父弁を喋っていて、虚空蔵様も知っているに武甲山を知らない?
「君はどっから来たんだい?」
バッ!と布団を剥がし、銀次さんの後ろにある明るい庭に出た。
急に歩きだしたもんだから銀次さんが慌てる。しかし、どうしても確かめてみたくなった。時間を逆境する系の話を知っている僕は、そのキャラクターたちがやってきたことを周到するように、ある行動をした。
庭に出て遠くを見た。
武甲山の、ピラミッドのようなギザギザを見ようとした。
この家が警察署の裏に密集する養蚕農家の残っている家なら、警察署のコンクリートの建物を見ようとした。
しかし、目の前に広がっていたのはコンクリートの建物は一切なく、耕された畑と、一変も白い石灰石が露出していない僕の知っている武甲山よりはるかに大きな山であった。
そして、僕は銀次さんに言った。
どうやら、本当の令和に生きている僕は死んだようだ。そして、
「銀次さん…僕は、未来から…皆さんのそして僕も分からない未来、しかも異世界から来たようです。」
「はっ?…なぜ?なぜそう言い切れるんだい?」
僕は武甲山より手前にある大きな木を指さした。
「だって、僕の世界では、天狗が木の上でお酒を呑んでることなんてありえないんですから…」
この最後、天狗を出すことで、異世界に飛んでしまったというのが表せたんじゃないかと思っています。