夏合宿の1週間前、医師からの許可が下りトレーニングを再開した。
まず、先行の走り方を覚える事から始まる。
なぜいつもの追込みを捨てて先行に切り替えたのか。答えは単純、勝率が高いからだ。
バ群に飲まれやすいと言えども、レースは前にいた方が有利なのは自明の理。レースの勝率を調べても、前を走る作戦の勝率が全体の60%程度を占めている。
次に坂路ダッシュ100本、それを30㎏の重りを身に付けて行う。これから徐々に重さを上げていくつもりだ。
他にもショットガンタッチ、各種筋トレ、ラップタイムを意識した長距離走を行う。タイムを計るとき以外はずっと重りは付けたまま。あの子に並ぶ為なら、こんなの苦でも何でもない。
力が得るんだ...もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと...
「フーッ...!フーッ...!」
「...ねぇレオ...今のレオ、なんだか怖いよ...」
トレーニングに復帰してからというものの、レオの様子がおかしい。結構前からおかしかったけど。
目の下には隈が出来てるし、肌も荒れてる。ちゃんと休めていないんじゃないか。
「...そんな事知るか...邪魔するなら失せろ...」
血走った目でこちらを睨むレオ。こんな事を言う人じゃなかったのに...怖いよぉ...
何かを返す余地もなくレオは走り去ってしまった。ボクじゃ何も出来ないの...?
...いや、そんな事はないはずだ!このテイオー様に出来ないことなんかあるもんか!
そう意気込むと、差し入れを作りに寮のキッチンへと走った。
『今のレオ、なんだか怖いよ...』
「...ッ!うるさいッ...」
さっきのテイオーの言葉が頭の中にこびりつく。そんな雑念は捨て去るべきなのに...
身体がどうなろうが構うものか。俺は強くなるんだ。言葉を振り切るために走るスピードを上げる。これで坂路76本目...
徐々に坂路の走り方を身体が覚え始めている。だがまだまだ足りないッ...あと24本...
俺は身体に休む時間を与えずに坂路ダッシュを続けた。
「絶対休ませてやるぞぉ~!」
ボクは手にバスケットを持って競技場へと走る。今お昼頃だし、丁度いいよね!
「おーいレオー!」
呼んでもこちらに見向きもしない。夢中になってトレーニングに打ち込んでいる。
「...98...」
レオが呟いた数字を聞き、あと少しで終わると理解する。その辺に座って待つことにした。
それにしても本当に重りをしているのか分からないくらいの走りっぷりだ。まぁボクだって出来るけど。
「...99...」
...暑いなぁ...ボクは持ってきていた片方の冷却タオルを首に巻く。あぁ~きもちぃ~
「...100...ッ...」
坂路ダッシュを終わらせたレオの身体がふらつく。倒れそうになるのをボクが間一髪で支える。
「大丈夫!?もう、無茶しすぎだよぉ!」
「...まだだ...」
「ダメだよ!少し休もう?」
「...」
支える手を振りほどこうとするがそんな事はさせない。疲れ切っているレオに負ける程、ボクは弱くないのだ。無理矢理レオを座らせると、持ってきた水筒を差し出す。
「ほら、飲める?麦茶だけど...」
レオは無言でそれを受け取りチビチビと飲み始めた。その間に冷却タオルを首に巻き付ける。心なしか気持ち良さそうだ。
「お昼ごはん持ってきたんだ!一緒に食べよ!」
「...いい。トレーニングに戻る。」
「ダメダメ!食べるまでここから逃がさないよ!」
立ち上がろうとするレオの腰に抱きつき押さえつける。抵抗は無駄だと分かったのか、また座り込んだ。
「じゃーん!テイオー様特製おにぎり!味わって食べるが良いぞよ!」
「...(モグモグ)」
「ちょっと聞いてるの!?」
でも当初の目的は達成出来たのだ。やっぱりボクってすごいや!
「...何故こんな真似をする。」
突然レオが変な事を聞いてくる。
「...?何が?」
「俺に飯を食わせて、お前に何のメリットがある。それとも何か望みでもあるのか。」
望みといったらもっと休んで欲しいと言いたいところだけど、それを飲み込むとボクは言った。
「友達を心配するのって普通じゃない?何か特別な事をしてるつもりは無いよ?」
「...フン。」
一瞬表情が和らいだのをボクは見逃さなかった。最近ずっとしかめっ面をしているのでとても新鮮に感じる。
黙々と食べ進めていくのをボクはじっと見つめる。
「...何を見ている。食べづらいだろう。」
「にっしっし~何でもないよ~。」
夏合宿が始まる。いつも以上に厳しいトレーニングになるだろう。望むところだ。
宿舎に荷物を置くと、早速トレーニングが始まる。今日は砂浜ダッシュだ。砂まみれの足で一心不乱に駆け抜ける。
昼頃になると自由時間が与えられた。他のメンバーが海辺にある屋台へ向かうが、俺は一人走り続けた。時間を無駄には出来ない。遅れを取り戻さなければ。
汗が滝の様に流れる。前髪から滴り落ちる汗が鼻へ直撃した。煩わしくて仕方がない。
「熱心なのは良いが、休める時に休めよー。倒れるぞー。」
トレーナーの姿を視界に捉えると、俺はそれに向かう。こいつが丁度いい物を持っていたのだ。
「お、休む気になったか「ヘアゴム貰うぞ。」へ?」
返答を聞かずにヘアゴムを髪から外す。そしてそれで前髪を括った。
「ぷっ...アッハッハッハ!!!ちょんまげじゃねーか!」
これで集中出来る。俺は再び砂浜へと駆け出した。
午後のトレーニングが始まる。何も食べないつもりだったが、またテイオーによって邪魔をされてしまった。前髪を盛大に笑われたのが少し癪だった。
一体何往復したのだろう。最初の方は数えていたのだが途中から面倒になってしまったのだ。
周りのペースなど考えずに走り続ける。傍から見たらオーバーワークなのは明らかだ。トレーニングと言うにはそれは余りにも必死過ぎるものだった。
「よし、今日はこれで終わりだ。各自、ストレッチは入念にな。」
「ふぃー...終わったぁ...」
「ハァ...ハァ...こんなのでバテるなんて、アンタ体力無さ過ぎじゃないの?」
「お前こそ...疲れ切ってんじゃねぇかよ...ハァ...ハァ...」
厳しいトレーニングを終え、息絶え絶えの一同はその場に座り込んでしまう...一人を除いて。
「フーッ...フーッ...まだいけるッ...」
「...アイツ、このままじゃホントに潰れちまうぞ。なぁ?マックイーン。」
「...どうして私に聞くんですの?」
「テイオーが頑張ってるみたいだけどさ、結局お前じゃないとダメな気がすんだよ。」
「何を根拠にそんな...」
「ゴルシちゃんの勘だ。食中毒くらい当たるんだぞ?」
「全然当てにならないじゃありませんか!」
「でも、何とかしないといけないのは確かだろ?」
「...そうですけど...」
駆け出したレオを不安な目で見送る一同。もはや狂気とも言えるその行動を止められる者はいなかった。
気が付くと、辺りが暗くなっている。全く分からなかった。そもそも俺は走っていたのか?
「レオ!もうすぐご飯だよ!戻らないと!」
ふと耳に入る声。その方向に見えた姿は、とても懐かしく見えた。
「...お袋?」
「...?ボクは君のお母さんじゃないけど...」
しかしよく目を凝らすと、俺の間違いに気付く。赤面するのも面倒くさかった。
「ほーらレオくーん?ご飯だから戻りましょーね~?お母さんが連れてってあげる~。」
意地悪く笑うテイオーに手を引かれ、宿舎に連行される。
「あ、ご飯の前にシャワー浴びて来てね?」
宿舎に戻ると、何故か風呂上りらしきマックイーンを見かけた。結構前に戻っていたはずだが...まぁいいか。
二日目、今日は泳ぐらしい。2人ペアで入念にストレッチを行う。
「えへへ、ボク前屈には自信あるんだ!」
「...」
少しイラッとしたのでかなり強めに押すが、全くダメージが無い。
「お、レオも結構柔らかいじゃーん!ボクには及ばないけどね!」
「...」
ストレッチを終え、羽織っていたパーカーを脱ぎ海に入る。意気揚々と泳ぎ出した...はずだった。
「...(ブクブクブクブク)」
何故か身体がどんどん沈んでいく。必死に手と足を動かすが前に進まない。
「ちょ!?大丈夫!?」
近くにいたテイオーに救助された。そういえばカナヅチだったのを忘れていた。
「泳げないなら先に言えよ...」
トレーナーからビート板を受け取る。よく見るとゴールドシップもビート板を使っていた。
今度こそ俺はおぼつかない泳ぎで海に出た。冷たい水が心地良い。
しばらく泳いだ後、昼休憩の時間を砂浜ダッシュに当てる。今日もテイオーが飯を持ってきた。余計なお世話だというのに。
ビート板を使っておぼつかない泳ぎを披露するレオを見て、少し可愛いと思ってしまう。
昨日の練習が終わった後、こっそりレオの後を追って一緒に走っていた。そうすれば彼の気持ちが少しは理解できるかもしれないと思ったから。当の本人は全く気付いていなかったみたいですけれど...往復の時にバッチリすれ違っていたというのに。
午後も続けて水泳のトレーニング。砂浜から少し離れた岩に触って帰ってくるというものだ。
何往復かしていると、突然右足に激しい痛みが生じる。フォームが崩れその場でもがくも、身体が沈んでいく。息が苦しくなり意識も朦朧としてきた。
誰か...私の意識はそこで途切れた。
午後のトレーニングが始まった。午前に比べて俺の泳ぎはかなりマシになってきたと言えるだろう。
2グループの内、1グループ目が岩に向かって泳いでいく。マックイーンの泳ぎが悔しいがかなり速い。
俺も負けじと泳ぐが、クロールとバタ足ではまるで速度が違う。隣をテイオーが悠々と泳いでいった。
何往復かし、1グループ目の泳ぎを眺めていると様子がおかしい奴がいることに気付く。
「...ッ!?」
「レオ?」
そいつの姿を捉えるや否や、俺は海に飛び込んだ。ビート板を置いてきたことにも気付かずに。
速く...速くッ...今まで出した事の無い速度でそいつの元へ向かう。
「ハッ...ハッ...マックイーンッ!!!」
沈みかけたその腕を間一髪で掴み、引き揚げる。肩を貸しながら一度も岩まで行き、方向転換をして戻る。
「レオ!マックイーン!」
疲労を感じてきた所にトレーナーもこちらまで泳いできた。差し出された手を取り、砂浜まで引かれていく。
「トレーナー!マックイーンは!?」
焦るメンバー達。トレーナーが容態をチェックする。お願い...死なないで...
「...大丈夫だ、息はある。」
その言葉を聞き安堵する。本当によかった。
「とにかく、医務室へ運んでくる。」
そう言うとレオがマックイーンを抱きかかえる。所謂お姫様抱っこだ。胸が一瞬チクッと痛む。
「俺も行く。お前達は一旦休憩だ。」
3人は宿舎へと歩いて行った。さっきの痛みは一体何だったんだろう。それに...なんで少しマックイーンが羨ましいと思っちゃったんだろう。
追込み(精神)
筆者はカナヅチでは無いですが、背泳ぎが出来ません。