「それにしてもお前、結構恥ずかしい事言ってる自覚あるか?」
「あら、先に始めたのはそちらですわ。」
「...そうだったな。...何だか、清々しい気分。俺の悩みなんて、この海に比べれば...ちっぽけなものだったんだ。」
彼は立ち上がり、浅瀬へと歩みを進める。もっと寄り添っていたかったのは内緒だ。
「...決めた。期待とか、劣等感とか、何かに縛られるのはやめよう。他の誰の為でも無い、俺自身の為に走る!それが俺のやるべき...いや、やりたい事だ!マックイーン、お前と一緒にな!」
久しぶりに見た、彼の噓偽りのない笑顔。それを私はこの世の何よりも美しいと思っている。
彼の笑顔に応える様に、自然に私も笑顔になった。
俺達は宿舎に戻り、風呂場にやって来た。汗を落としたいし、マックイーンに至っては昨日入ってないからな。
男湯の暖簾を潜り、服を脱ぐ。ウマ娘の身体はトレーニングをしても見た目が全然変わらない。おかげで俺の見た目も少し頼りないのだ。もっと筋肉質な身体になりたいのに...
腰にタオルを巻き、浴場へ足を踏み入れる。意外なことに先客がいた。
「お、お前も朝風呂か。」
「...あぁ。」
トレーナーが頭を洗っている最中だった。俺も横に座る。
「ランニングか?」
「...そんなところだ。」
いくらトレーナーでもあの出来事を話すわけにはいかない。俺と彼女だけの秘密なのだ。
「...あんまり根を詰めすぎると「分かってる。」...」
「トレーニングに打ち込むのは正しいことだ。だけど、周りとの関係をないがしろにするのは違う。...これまで、心配をかけたな。」
「...吹っ切れたみたいだな。」
「あぁ、心のままに自由でいようと思ってる。...そうだ、よければ背中を流させてくれないか。」
「ん?...そうだな。なら、お願いしようかな。」
えぇっと...あぁ、あったあった。たわしを手に取り、背中を一閃する。血しぶきが舞った。
「ギャーッ!!!???」
「あれっ!?あ、これ掃除用だ!す、すまないトレーナー!トレーナーァァァァァ!!!!!!」
俺達の叫びが宿舎中に木霊した。
「あぁー...痛ぇー...」
「本当にすまない...いつもボディ用のたわしを使ってるから...」
「全く人騒がせな奴らだなー。」
あの後すぐに外に出て、応急処置をした。トレーナーの背中は絆創膏まみれになっている。
あんな叫び声を上げてしまうものだから他のメンバー達を起こしてしまい、全員が集結していた。
「...皆、少し...いいか?」
...謝りたい。けじめをつけなければ。皆がこくりと頷く。
「...ありがとう。...今まで、自分勝手な理由で自棄になって...皆に散々迷惑をかけて...本当に、すみませんでした。こんな事を望むなんて、図々しいと思うかもしれないけど...チームメンバーとして、仲間として、一緒にいさせてください...」
皆に向かって深々と頭を下げる。いくら罵られようと、全て受け止めるつもりだ。
「...顔上げろよレオ。」
「...ぶへっ!」
顔を上げた途端、頬にゴールドシップによる鋭い一撃が突き刺さり、きりもみ回転をしながら地面に倒れ伏す。
「ったく、心配させやがって!」
「一緒にいたいだなんて、当たり前の事言ってんじゃないわよ!」
倒れ伏した俺の背中をウオッカとスカーレットがゲシゲシと踏みつける。
「私達は前からずっと仲間だったでしょ?」
「思い悩む事ぐらい誰にでもあることだわ。」
「スぺ先輩...スズカ先輩...」
スぺ先輩の手を取り起き上がる。この人には直接ではないがひどいことを言ってしまった。
「...スぺ先輩が皐月賞に負けた時、俺は貴方を己の力不足に向き合えない弱者だと見下していました。本当に弱いのは俺の方だったのに...」
「レオくん...そう自分を下げちゃダメだよ?必死に頑張るレオくんを見て、私達も少なからず勇気を貰ったの。」
「でも...」
「うーん...分かった。じゃあ、皆に貸し一つということで!それでいいですよね?」
「「「「「「さんせーい!!!」」」」」
皆...潤んだ瞳を隠そうとしたが、やめる。強がる必要なんてないんだ。
「...分かりました。そうだ、スぺ先輩。...日本ダービー、おめでとうございます。菊花賞に向けて頑張っていきましょう!」
「うん!」
「さぁ!仲直りも済んだことだし、朝飯いくぞー!」
トレーナーの号令でぞろぞろと食堂へ移動する。でも、その前に。
「テイオー。」
「なぁに?」
「お前には特に苦労をかけた。お前がいなかったら、今頃俺はどうなっていたか...」
「気にしないでいいよ!...あぁでもちょっとは気にしてほしいかも...」
テイオーのこういう正直なところが好きだ。思わず笑みがこぼれる。
「でも、何があったの?昨日まではあんなだったのに。」
「ふふっ、ちょっとな。」
「え~、教えてよ~!」
「内緒。」
「あ、まてー!」
こんな年相応にはしゃぐのは久しぶりだ。軽い追いかけっこをしながら俺達は他のメンバーの後を追った。
食事を終えた後、予定を伝えられる。休養日とのことだ。
やることか。うーん...ランニングかn「貴方それしかないんですか!?」
「急に思考を読むのはやめてくれ、凄いけども。でも、流石に海はもういいんじゃないか?」
「ふふん、これを見てくださいまし!」
「...夏祭り?」
マックイーンが得意げに見せてきたチラシには、『○○祭開催!』と大きく書かれている。屋台の引換券もあるじゃないか。...そのトランクは一体何だ?
「今の私達にとって、丁度いいイベントだと思いませんか?」
「...」
「...?どうかしましたか?」
「すまない...実は俺、外出用の服を持ってきていないんだ。」
休養日があることは知らされていたが、全て自主トレーニングに充てるつもりだったのだ。ジャージで行くのも、マックイーンに恥をかかせてしまうかもしれない。
「そんなことだろうと思って、ちゃんと持ってきていますわ!」
また得意げに傍らにあったトランクを開け放つ。中には男性用の服がぎっしりと詰まっていた。
「...わお。」
「メジロ家総出で、貴方に似合う服を用意しました。さぁ、早速着替えに行きましょう!」
有無を言わさない勢いで部屋へ連行される。今日は楽しい一日になりそうだ。
「うーん...迷いますわね...」
「(疲れた...)」
マックイーンの部屋で疑似ファッションショーが行われている。どの服も一級品ばかりだ。
「次はこれを着て下さい。」
「うん。」
マックイーンが背を向ける。手早く着替えないと。
「出来たぞ。」
「...これも良いですわぁ...(パシャッ!)」
さっきから着替えるたびに写真を撮られる。マックイーンが写真を撮るなんて珍しい事だ。
「そんなに写真を撮ってどうするんだ?」
「え!?あ...そ、そう!これからも服を探すためにメジロ家にデータとして提出しなければなりませんの!決して私のコレクションになるなんて事は...」
「お、おう...」
すごい勢いで説明される。別にコレクションしてくれたって全然構わないのに...
「でも俺、お前が良いと思ってくれる服なら何でもいいんだ。」
「...分かりました。決めます、決めますわ!」
スマホで撮った、合計30パターンの写真を真剣な顔で選別していくマックイーン。
「(選ぶという事は、他の29人のレオを見捨ててしまうという事...あぁ、そんな顔で見つめないでくださいまし...)」
...すごい悩んでる...時間かかりそうかな...
マックイーンが長考する事30分。
「...これにしましょう...」
「どれどれ...というか、何で泣いてるんだ...?」
まるで苦渋の決断をしたかの様だ。およそ女の子がしてはいけない顔をしている。
マックイーンが選んだのは白いシャツと黒いパンツという正にシンプルといった物だ。
「やはり元が良いので、シンプルな方が映えますわ。」
「...そういうものか。」
服は決まった、だが祭りまで時間がたっぷりある。やはりここはランニングに...
「今日は休んでください!今までろくに休んでこなかったじゃないですか!ほら、こちらへ来てください。」
ベッドの上で女の子座りをするマックイーン。ベッドに座れってことか?
のそのそとベッドに上がると、頭を掴まれ膝に乗せられる。
「痛くはなかったけど、次からはもっと優しく頼む。」
「あら、ごめんなさい。」
...何だかすごく落ち着く。眠くなってきたな...
彼が私に身を委ねている。少し前までは考えられなかった事だ。国宝級の顔を見つめていると、ふとある事に気付く。
「...?貴方、いつの間に肌荒れが治ったんですの?」
「...すぅ...すぅ...」
「...寝てしまいましたか...」
合宿前に見たときは肌が少し荒れていたのに...凄まじい効能の石鹼を見つけたのかもしれない。起きたら聞いてみよう。
スマートフォンを取り出し、彼の寝顔を収める。いけない事だとは分かっているが、手が勝手に動いてしまったのだ。
彼の頭を優しく撫でると、表情も安らかなものに変わっていった。...今だったら...
彼との顔の距離を少しずつ詰めていく。私の唇が彼の頬に触れようとした瞬間...やめた。
今の所、私の方ばかりがアプローチしている。せめてこれくらいは彼からして欲しいと思ったのだ。
彼の手を取り自分の頬に当てる。今はこれで我慢しよう。
「...んぅ...あれ、何時?」
よく眠れた気がする。スマートフォンを見ると13時を少し過ぎたところだった。
「悪いマックイーン。足疲れただろ...お前もかよ。」
膝枕をしながら眠ってしまったマックイーンをい見て笑いが零れる。...お返しをしてやろう。
正座をし、マックイーンの頭を優しく膝に乗せる。硬いだろうがそこはご愛嬌という事で。
昼飯は...まぁいいか。祭りまでにお腹を空かせておくのも良いだろう。
窓から入ってくるそよ風の様に、俺は穏やかな気持ちになっていた。
~おまけ~
合宿1日目の午後。
「消毒液は...ここか。」
膝を擦りむいた俺は医務室に消毒をしに来た。早くトレーニングに戻らねば。
「あら、お客さ...じゃない、生徒さんね!」
「...」
「ケガ?病気?メンタルケア?ま、ぜーんぶ任せちゃってよ!」
「...」
「何を隠そう、このあたしこそ...(省略)その名も、安心沢刺々美よっ!!」
「...」
「ちょっとー、無視はひどいんじゃなーい?まぁいいや、自己紹介も済んだし、とりあえずブスッといっとく?」
「...」
変質者に遭うとはついてない、こういうのは無視が一番だ。ここで消毒していきたかったが...
変質者の横を素通りし外に出ようとする。
「ま、待って待って待って、待ってってば!!」
「邪魔だ。そこをどけ。」
「あなたラウンドレオンくんでしょ!?獰猛な走りで勝利を目指す、たった一人のオスのウマ娘っ!!」
こんな奴にまで顔を知られてしまうなんて恐ろしい世の中だ。
「あたし、あなたのファンなの!あなたを応援しに来たの!手助けしに来たのよ!」
初めてのファンとの交流が変質者とか笑えないのだが...まぁ俺にはこんな奴らしかファンがいないのだと受け入れよう。
「秘伝の笹針でちょっと秘孔的なのをつくだけだから!」
「俺の気が変わらないうちに失せろ。交番まで引き回すぞ。」
「メキメキと...モリモリと...とにかくすんんんごい事になるんだから!」
「...なに?」
「秘孔の場所も選ばせてあげるから!ぜ~ったい失敗しないからぁ~!!」
メキメキ...モリモリ...
「...効果を具体的に言え。それ次第では乗ってやらないことも無い。」
「えーっと、能力アップに健康度アップ...魅力アップな~んてのもあるわよ!!」
能力アップか...怪しいが、強くなれる可能性があるなら...
「...能力アップで頼む。...失敗したら、分かってるな?」
「おっけーおっけー任しといて!いでよ笹針!見つかれ秘孔!さあ力を抜いて~...ワォ、あんし~ん☆」
何だその掛け声は...
「ブスッとな!!」
「はひっ...!?」
...これは...!
「...何だこの感覚は...やる気がみなぎってくる...」
「えっ、成功?マジ!?」
「感謝するぞ!今ならいくらでも走れそうだ!」
擦りむいた膝の事などすっかり忘れて、俺は意気揚々と医務室を出ていった。
「間違って魅力の秘孔を狙っちゃったけど...まぁいいや!あたし天才~~~!!」
肌荒れを愛嬌でかき消していく男