美食研究会と給食部の、至って普通な日常の1つ。(ただし、ここにおける普通はキヴォトス基準のものとする)

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この作品には、オリジナルの設定が幾つか含まれます。ご注意ください。


美食研究会と給食部のある一日

 その日、唐突に『そこ』に爆音が鳴り響いた。

 ある者は慌てふためき、ある者は「ああまたか」と息を吐き、またある者は素早く爆発現場へと向かった。

 

 ──ゲヘナ学園、食堂。そこは今、ちょうど爆撃でもされたような惨状にあった。いや、事実大量の爆弾(グレネード)を受けたのだが。

「なっていません」

 制服をマントのようにはためかせ、その長い銀色の髪を靡かせる、黒い帽子を少し傾けて被った少女が、その中心にいた。

 気品ある佇まいではあるが、しかしゲヘナの生徒。こと食堂ともなれば、彼女が起こした暴挙の数は、手足の指で足りるものではない。

「なんですかこのお肉は、焼き加減も味付けも適当としか思えません。日ごろから不満はありますが、こればっかりは我慢がなりません。お肉への冒涜です!」

 偶然その場に居合わせた者たちは、妙な演説を始めたその少女の声を聴き、姿を見ては「またお前か」と思わずにはいられなかった。

 つまりはゲヘナ学園美食研究会部長、黒舘ハルナこそが、今回の騒動の元凶である。

 もっとも、ハルナとしては、今回の元凶はその給食にこそあるのだが。

 ハルナの言い分は間違っていない。食堂を破壊するに足るものかはさておき、今日出た牛肉は焼き過ぎたのかやたら硬く、味付けもバラバラであり、ほぼ味付けが無かったりすれば、味が付き過ぎてしまっていたところもあった。

 これは他の生徒も似たようなものを食べてはいるが、皆理解している。そもそもゲヘナ学園は4000人以上の生徒が存在するマンモス校である。

 だが給食を用意する給食部は僅か2名。その2名も片方は実質的に戦力外であり、4000人もの生徒が存在する学園の給食を、その実1人で切り盛りしているのである。

「うう……私だって、ちゃんと頑張ってるのに……」

 そこで項垂れるのは、制服の上に給仕服を着た、幸薄そうな少女。

 何を隠そう、この少女こそが給食部部長である愛清フウカであった。

 給食部部長なだけあり、単純な料理の実力は高い。

 が、人数が人数なだけに本来の腕はまったく振るわれておらず、度々美食研究会の怒りを買っている。

 もはや見慣れたとすら言っていい光景。そして爆破させるだけさせた後は、決まって──

 

「私は悪くありませんわ」

「寝言は寝て言ってくれるかしら」

 ゲヘナ学園風紀委員会特設留置所、という名の空き教室。

 ハルナの前に立つのは、ゲヘナ学園の全ての生徒が恐れる風紀委員長。幼い顔立ち、小柄な身長に、腰にまで届きそうな長い白髪。空崎ヒナ、その人だ。

 そして、教室の真ん中で、ハルナが縛られていた。──美食研究会のメンバーと一緒に。

「なんで!?ねぇなんでー!?」

「イズミうっさい、黙って!」

 騒ぎ立てるのは獅子堂イズミ。

 彼女は今回、特に悪いことはしていない。というか、彼女は基本的に悪いことはしない。だいたいは巻き添えを食らうだけの不憫な立ち位置にいる。

 それに文句を言うのは、赤司ジュンコ。

 彼女も悪いことはしていないが、もはやいつもの事だと半分は諦めている。

「酷いですね、私はなんもしてないんですよ?」

「連帯責任だ。コイツの暴走を止めたならまだ聞いてやらんこともないが」

 静かに文句を垂れるのは、物腰の柔らかそうな雰囲気を纏う、鰐渕アカリ。

 彼女の言い分は正しい、が。

 その文句に無慈悲な言葉を投げ掛けるのは、風紀委員会である、銀鏡イオリ。

 彼女の言い分も、また正しい。美食研究会はいつものように、『皆で』給食を食べに来ていた。つまりは、彼女たちは目の前で起こるハルナの蛮行を、ただ眺めていたのだ。

「まったく、本当に風紀委員会というのは暇人の集まりですわね」

「ええ。貴女たちが日々暴れてくれるお陰で、こっちは暇さえあれば、目についた問題を解決しなくちゃいけないの」

  最後まで皮肉たっぷりである。というか、こんなことに貴重な時間を割きたくなど無いのが、今の風紀委員会だ。

 事実、今ここにいる風紀委員はヒナとイオリだけ。チナツとアコは、また別の問題を解決しに向かっている。

「とりあえず、食堂を掃除しなさい。貴女たちに長く付き合ってる暇はないの、今回はそれで許すけど」

「けど……?」

 イズミが恐る恐る、続く言葉を聞こうとし。

「今度は死ぬと思いなさい」

「ひいー!」

「だからうっさいっての!」

「2人とも黙れ」

 騒ぐイズミとジュンコの2人の眉間に、イオリが銃を突き付けた。

 そうして仮釈放という形で、4人を縛る縄を解いたところで。

「そうそう、今回は給食部も手伝ってくれるそうよ。良かったわね」

 それだけ言い残して、ヒナは教室から出ていった。イオリもそれに続いて出ていく。そして、イオリが去り際に。

「逃げたらどうなるか、わかってるな」

 教室の扉が閉められ、そこには4人だけが残り、少しの間、静寂がそこを包んだ。

 

 それから、まず一言を発したのはアカリだった。

「逃げますか?」

「……いいえ、次は今度こそただでは済まない気がするので。今回はちゃんとやりましょう」

 今の時刻は、ちょうど1時を回るところ。とても給食の時間から、一通り暴れた上に、捕まって刑罰を食らった時間とは思えない。風紀委員会の仕事の早さがよく分かる瞬間だ。

「うえー……なんで、私なんもしてないのにー……」

「だからってハルナだけにやらせるのも酷い話でしょ。さっさとやるわよ」

 彼女たちはなんやかんやで一蓮托生。誰かのミスも、全員で助け合って乗り越えていく。多少は文句を言うが。

「皆さん、すみません。私の癇癪でこんなことに付き合わせてしまって」

「いいんですよ、ハルナさん。私たち美食研究会は、仲間なんですから」

「……えぇ、ありがとうございます」

 そんな、ゲヘナらしからぬ美しい友情がその場を満たし。

「あれ?そういえば私、前に風紀委員会に追っかけられたとき囮にされてなかった?」

「ねえアカリ、あんた店潰したって聞いたけど」

「え?うーん、そんな覚えはないんですけど……」

「おそらくはアカリさんのことを知らない、食べ放題のお店でしょう。少しばかり同情してしまいますわね」

「ねぇみんな!ねぇ!私この前、囮にされてたよね!?ねぇ!?」

 そんな会話をしながら、少し軽くなった足どりで、食堂へ向かった。

 

 食堂に辿り着くと、そこでは既に壁の一部が修復されていた。一体誰が、と付近を見渡すと、2人の人物があちこちと動き回っていた。

 美食研究会としては、ちょっと申し訳ない気持ちになる程度には見慣れた姿。

「あ、やっと来たね」

 そして、その少し小柄な影――フウカはこちらに気がついたのか、駆け寄ってくる。

 おそらくは今、美食研究会にとって最も顔を合わせづらい人物。

「ごきげんよう」

 なのだが、ハルナとしては気にするところがないかのような笑顔で挨拶をした。

「知ってたけど。罪悪感とかってないの?」

「いえ、ありますわ。それはそれとして私達にも思うところがあるだけです」

 そう、ハルナも罪悪感はある。が、今回の給食がそれを上回る出来だったというだけで。

「まぁ慣れっこだからいいけど。とりあえず、瓦礫を片付けてくれない?」

「え、それくらいでいいの?」

 ジュンコとしては、というよりも美食研究会としてはもっとえげつない重労働を想像していたのだが、拍子抜けといった感じだった。

 いや重労働であることには変わりない。言ってしまえば、食堂を丸ごと大掃除するようなものなのだから。

 しかし、単純な掃除でしかないのであれば、通常よりも身体能力や体力が高い彼女たちにとっては、いい運動くらいのものだ。

「うん。大きい破壊箇所は業者さんに頼んで、ちいさな穴とかは私達がやるから」

 そして、ちょっとした大掃除が始まった。

 

 そうして、一時間が経つ頃。

「よいしょっと。大分片付きましたね」

 アカリがうっすらと流れる汗を拭う。

 瓦礫の散乱していた食堂は、床がよく見えるようになっていた。

「うん、とりあえずこれで大丈夫。ありがとう」

 今回はこれで、といった感じだ。とはいえ、次何かしたら、今回のようには済まないだろうが。

 そうした終わりの声を聞きつけて、その場にいた面々が集まる。

「やっと終わり?おなか空いた!」

「私も―!」

 時刻は2時近く。昼の給食を食べたとは言え、育ち盛りで特に空腹になりやすいイズミとジュンコは、すっかり空腹だ。

 美食研究会の中でそんな声が上がれば、することと言えば一つ。

「では、お食事にでも行きましょうか。食堂はこの有様ですし、よろしければお2人も一緒にいかがですか?」

 実は、フウカも先ほどの騒ぎで昼食を食べ損ねている。食べないのもどうかと思いはするが。

「え、私達も?うーん、嬉しいけど……」

「いいえ、食堂を壊してしまったのは私達ですし。お金も私が払いますわ」

 それが美食研究会の奢りであっても、フウカは付いていく気はあまりなかった。

 しかし、ジュリはそうでもないらしく。

「先輩、せっかくですし御馳走になりましょう?それに、食材の買い出しもありますし」

「……まぁ、ジュリがそう言うなら。じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい!では行きましょうか!」

 そうして、ぞろぞろと歩き始める美食研究会。そこについていくジュリを、まだ少し乗り気ではないフウカが追った。

 当然だが、フウカが気にしていたのは、決して金銭に関してのことではない。そして、ジュリは1年生で、彼女たちが去年から何をしてきたかを知らないのだ。だからこそ、ジュリは彼女たちとの一緒の食事を何とも思わずに受け入れたのである。

 ちなみにフウカの星座は水瓶座だが、この日の星座占いで最下位だったのは、言うまでもない。

 

 

 

 そんなフウカの心境とは裏腹に、事も無く食事は終わった。普通に美味しく、美食研究会の面々も特にこれといった不満はなかったようである。

 一見して何の変哲もないラーメン屋だったが、それもそのはず、食事にうるさいハルナが数回は食べに来ている店なのだから、文句が出るはずもない。あるとしても、少し移動に時間はかかるくらいか。

「美味しかったですね。私としては、少し量が足りませんでしたが」

「アカリはどこでもそうでしょ」

 普通に考えれば自然で平和、特に何を思うことも無いはず。だがフウカは嵐の前の静けさを感じていた。

「フウカさんはどうでしたか?」

「あ、はい。とても美味しかったです。ありがとうございます」

「それは良かったですわ」

 ハルナの笑みを前に、やはり考えすぎかとも思うフウカ。しかし確かに、食事をしたら絶対に問題を起こすわけではないのだ。そう自分に言い聞かせた。

「とりあえず、私達はショッピングモールに行くよ。食材の買い出しがあるから」

「そうですか。どうせなら今日一日、貴女方に付き合いますわよ。皆さんもいいですわね?」

「私は大丈夫だよ!」

「うん、いいんじゃない?」

「私も反対は無いです。今日の予定は空いてましたし」

 美食研究会は、特に反対の意見も無い。ここまで来てはフウカも断りはしなかった。

「わあ、皆さんでお買い物ですね!」

 ジュリも賑やかな雰囲気で、楽しそうにしている。

 こんな空気の中では、流石に断れるものも断れない。まぁ、今日は特に問題は無さそうだからいいだろうと、彼女は。

「えっと、じゃあ。よろしくお願いするね」

 ――この後、彼女は自分の選択を後悔することになる。

 

 そんなわけで、ショッピングモールへと買い物に来た一行。しかし、せっかくの美食研究会だが特にこれといった活躍の場は存在しなかった。

 もとより、日ごろから給食部の部長として活躍する彼女にとって、こういった場所での買い物は慣れたものであり、しかも食材は主に学校の給食用。業者に貨物車で運んでもらうような量であって、美食研究会では荷物持ちにすらならないのだから、当然と言えば当然だ。

 ので、フウカは1人で店の人物と交渉を行い、他のメンバーはジュリのせいで使い物にならなくなった調理器具を買いに行っている。

「……はい、ではこの額で」

「ええ、その値段であればこちらも問題はございません。交渉成立といたしましょう」

「ありがとうございます」

 今、フウカの値段交渉も終わったところ。しかし、ジュリたちの方は調理器具を買いに行ったにしては少し時間がかかっている。美食研究会のことだから何かこだわりでも見せているのかもしれない。

 そんな呑気なことを考えて、ひとまず彼女らがいるであろう調理器具の売り場へ向かおうとしたところで。

「ギャハハハハ!ここのモンは全部アタシ達がいただくぜぇー!」

 という声とともに、後ろで突如として銃声が鳴り響く。

 見れば、チンピラが食材がの入った台に登り、頭上に向かって銃を撃っている。

 わかりやすい威嚇射撃だ。しかし、足元にあるのは硬い食材とはいえ、それらを踏み台にしている。

 それにはフウカとて許せることではなく、すぐさま険しい顔でチンピラの元へと向かった。

「そこのあなた!すぐにそこから降りなさい!」

「あ?なんだてめぇ」

 チンピラに睨まれるが、フウカは少しも怯まない。

「そこから降りてください。食材を粗末に扱うことは許しません!」

 フウカは給食部だ。ましてや部長、食材を目の前で足蹴にされて、黙ってはいられない。

「いいだろ別に、こんなにたくさんあるんだから。むしろ腐ってくモンもあるってなりゃよ、アタシ達が食ってやった方がいいじゃねーか」

「それは違います。食材も商品です。商品である以上、たとえ腐っていくのだとしても、あなた達に好き勝手出来る理由はありません」

 彼女は今まで、多くの交渉をしてきた。時として、食材を作る農家とも話をしたことだってある。

 食材への侮辱は、そんな人たちへの侮辱でもある。

「それには作った人たちの生活がかかっています。思いが詰まっています。何もしていないあなたが、好き勝手にしていいものではないんです!」

「んなもん知らねえよ。……ああ、いいこと思いついた。じゃあ商品じゃなくなりゃいいんだな?」

「なっ……!」

 そう言うと、チンピラは足元の食材に銃を放った。

 いくつもの食材に穴が開く。

「はは!これでもう売り物じゃねえよなぁ!?」

「……っ!もう許さない!」

 そうして腰にある銃を抜いて、チンピラの方へ向ける。しかし、それと同時にチンピラの銃もまた、フウカへと向けられていた。

「許さないから、なんだ?」

 少しの間、そこは静かだった。二人とも目を逸らすこともせずに、その顔を見つめていた。

 しかし、ふとチンピラが様子を変える。

「あぁ、思い出した。てめぇのその顔、どっかで見たと思ったら……給食部か」

「あなた、ゲヘナの生徒?」

 給食部の顔を知っている時点で、答えを言っているようなものだが、一応聞いてはおく。

 だが、それに答えることもせずに、チンピラはより様子を変えて。

「はははは!ああそうかてめぇ、あのクソ不味い給食部か!」

「……!」

 ついには笑い出した。だが、フウカが気にしたところはそこではなかった。

 正面から堂々と不味いと言われた。フウカ自身もわかっていることとは言え、それでも思うところはある。

「てめぇ、あんなクソ不味い料理で食材がどうだのこうだの言えるのかよ。あんなモンにされて食材たちもカワイソーだよなぁ!」

「それは……」

 言い返しはできなかった。食べ残しの数も、幾つあったかなど数えきれない。それを作ったのは、紛れも無く彼女なのだから。

「どうせ数が多いからって適当に作ってんだろ?じゃなきゃあんな味にはならねえよなぁ!」

「そんなこと無い!」

「どうかな?あたしらはてめぇらが作ってるとこ実際に見たことねえから、好きに言えるもんな?」

 あまりにも自分勝手だ。フウカは銃を撃とうかとも思ったが、先ほどから一切、自分への銃口がブレていない。おそらく、チンピラながら手練れだ。しかし、フウカは直接戦闘の経験が少ない。勝ち目は薄かった。

 こんな時に、どうすればいいか分からなかった。先生がいたなら、とも思う。だが、ここに先生はいなかった。

 ついには、フウカは黙ってしまった。それがチンピラを、より調子に乗らせる。

「やっぱなんも言い返せねえじゃねえか。給食部とか言っておきながら、実際は食べ物を粗末にしてただけだったとはなぁ!」

 何も言い返すことはなかった。いつの間にかフウカの手は下がり、銃も地面を向いていた。

 そして、チンピラが終わらせようと引き金に指を掛け。

 ――チンピラの銃を、凶弾が貫いた。

 ほんの1秒にも満たない、ごく僅かな時間ほど遅れて、発砲音が鳴り響く。実に微妙な気持ちにはなるが、その発砲音をフウカはよく知っていた。

 食料品売り場より200m程度。その場所には、白く長い髪が見えた。

 

「はぁ、あの方は食をよく御存じないようで」

 その佇まいは凛としながら、その瞳は、SR(スナイパーライフル)のスコープ越しでもわかるほどの、怒りの炎に満ちていた。

 肩書を美食研究会部長、名を黒舘ハルナ。つまりは、食に関して最も敵に回してはいけない人物、その人だった。

「食材に銃を向けるに飽きたらず、フウカさんまで侮辱する。情状酌量の余地はありませんわね」

 常備している小型通信機から、誰かへと声をかける。それはまさしく、

「ジュンコさん。もう十分ですわ」

『オッケー、じゃあもう我慢しなくていいのね』

 事実上の死刑宣告だった。

 

 突如として後ろから聞こえた声に、チンピラはすぐさま後ろを向くと同時に、二丁のAR(アサルトライフル)によるマズルフラッシュが、その視界を包んだ。

「ぐっ!」

 至近距離から放たれる爆音に怯みこそするが、チンピラは反射的に頭を横へ動かす。それでも完全には躱しきれず、弾丸が頬を掠める。

 狙いは明確だ。頬を掠めた以上、その弾丸は確実に、頭を撃ち抜くつもりで放たれたものだ。

 必死の回避行動を取ったのも束の間、目の前に映る赤毛の少女は、いつの間にか既に再装填(リロード)まで終えて、再び引き金に指を掛けていた。

「んなっ!?」

 体勢は大きく崩れ、台座からは既に足を踏み外し、半ば転がり落ちている。回避行動は取れない。しかし機転を効かせて、片手で握った銃を、照準も合わせず、がむしゃらに赤毛の少女へと放つ。

「ちっ」

 そうそう当たるものでもなかったが、超至近距離にあっては、赤毛の少女もその場から動かないわけにはいかなかった。

 すぐに台座の上から飛び降りて、だがチンピラを見逃さないように眼だけは逸らさず。

 チンピラは倒れるように地面を転がり、受け身をとって立ち直る。窮地を逃れると、すぐさま入り組んだショッピングモールの中を走り抜けた。

「ああもう、待ちなさいコノヤロー!」

 それを追うようにして、赤毛の少女はすぐその場から駆け出した。

 そしてその姿を見ては、フウカは少し気が楽になる。

 その少女の名は赤司ジュンコ。フウカと因縁深き、美食研究会の一員である。

 

「フウカ先輩、大丈夫でしたか!?」

 心配そうな声とともに、フウカの元へジュリが戻ってきた。

「うん。大丈夫、怪我とかはしてないから」

「あ、いえ、その……怪我の方ではなくて」

 少し歯切れの悪い感じだが、言いたいことはすぐにわかった。だが、それでもフウカは言う。

「大丈夫だよ」

 強がりなんかではない。少なくとも、ジュンコの姿を見て、気は楽になった。

 周りを見ると、人がいなくなっている。さっき交渉していた人も、もう逃げたのか、姿はなかった。

 しかし、今はそれよりも気にするべきことがある。

「ジュリ、美食研究会のみんなに連絡は取れる?」

「はい。さっきハルナさんから、予備の通信機をもらいました」

 どうしてこんな通信機を常備しているのかについては少し気になるが、今はそれに感謝した。

 ジュリから通信機をもらい、そこからすぐに通信を始める。

「みんな、聞こえる?」

 そこまで高性能でもないのか、若干のノイズがかかっている。だが、会話をするには十分だった。

 そしてすぐに、四人の声が返ってくる。

「あ、フウカだ!怪我してない?」

「私が付いてたんだから怪我してないに決まってるでしょ!」

「ジュンコさん、余所見をしてはいけませんわよ」

「あら?どうしてフウカさんが通信機を?」

 一気に通信機が騒がしくなる。ジュンコは今発砲しているところで、ますます騒がしい。

 相変わらず自由な人たちだ、と思った。聞いていて、先ほどまでの気持ちが、より楽になる。

「ジュリから受け取ったの。それと皆、気を付けて。さっき、彼女は『アタシ達』って言ってた。たぶん、仲間がいる」

 フウカは実戦経験が少ない。が、後方支援であれば話は別だ。

 単純な状況の判断力であれば、実戦経験が豊富な美食研究会よりも高い位置にいる。加えて、ここ最近はシャーレの活動で後方支援をすることも多くなり、そういった意味でもこの状況は最適だった。

「フウカさん、感謝いたしますわ。ですが、心配には及びません。ですわよね?」

 が、不憫なことに、フウカの活躍の場はほとんどない。

「え?」

「はい、もちろんです」

 通信機を片耳に、流れる長い金色が不敵に嗤う。

 美食研究会が1人、鰐渕アカリ。事と次第によれば、ハルナ以上に無慈悲な人物である。

「食材を侮辱した人に、情け容赦は必要ありません」

「ええ。それでこそ、美食研究会ですわ」

「ところでジュンコさん、今は『どちら』に?」

「ちょうど今、服屋に入ってくのが見えたけど。やるの?」

「ええ、もちろん」

「オッケー、じゃあ引くね」

「え?服屋?え?ちょっと、アカリ待ってぇ!?」

「逃げられても困りますし。辺り一帯、丸ごとやっちゃいましょうか」

 そんな不穏極まりないやり取りを聞いて、フウカは自分の失念を実感した。

 ああ、忘れていた。この人たちが、絶望的なトラブルメーカーであったことを。

 そして、嫌な予感が全身を駆け巡るやいなや、何と聞く前に止めに入る。

「ちょっ、まっ――!」

「ポチッ、です☆」

 が、遅かった。既にボタンへ向かう指を、タイムラグもあるだろう通信機越しの声では、止めることはできなかった。

 直後、どこからか大爆発の音が聞こえた。そこから、まるで連鎖するように、爆発音が連続で鳴り響く。

 いつどこで仕掛けたのか。それとも予め仕掛けていたのか。少なくとも、爆弾の数は爆発音を聴く限り、1個や2個ではなかった。

 正直、フウカは今すぐにでも考えることをやめたかった。

「え?い、今の音は?」

「ジュリ、今日の星座占いって見てた?」

「え、あ、はい」

 唐突な質問に、ジュリは動揺を隠せない。が、必死に答えを言おうとはする。

「水瓶座って、何位だった?」

「えっと、水瓶座ですよね。確か、最下位でしたけど」

 フウカは自分の運命を呪った。

「あ、ラッキーカラーはクリア、透明色ですって。珍しいですよね」

 致命的だった。

 フウカは、これから朝の占いは見ておこうと決めた。

 

「んな、アイツらまさか正気か!?」

 チンピラは運良く爆発の直撃を避けてはいたが、しかしその場の崩壊からは逃げられずにいた。

 そうだとも、例えどれ程の手練れであっても、場所ごと破壊すれば関係無い。どれほどの対応力と反射神経を持とうと、対応も回避も不可能に近い。

 実に合理的だ。合理的だが。

「頭イカれてんじゃねえのか!?」

 もっともな意見であることを、彼女は知らない。

 しかし状況は最悪だった。この瓦礫の山に埋もれたとなっては本当に死にかねない。

 加えて、彼女はこの服屋に来たことはなかった。先の爆発で標識は標識の意味を成しておらず、出口がどこかもわからない。

 そんな中、服を搔い潜って近づく者たちがいた。

 警戒しつつ、そちらの方へ目をやると。

「あ、親分!は、早く逃げましょう、ここやばいっすよ!」

「てめぇら、なんでここにいやがる!?」

 そして更に最悪なことに、そこには連れてきていた仲間がいた。

 しかも、明らかに数が少ない。先ほどの爆発でやられたのだろう。

「あ、いや、オシャレがしたかったとかじゃなくて!」

「てめぇなあ!タイミングってもんを考えろ!」

 皮肉なことに、こっちはこっちで仲間に後悔していた。本来の計画は、ここにいる全員で各所を占領、このショッピングモールを一気に自分たちのモノするハズだった。

 が、最大の敵が身内にいたとなっては絶望もする。

「あと親分、コイツどうします?」

「ん?誰だソイツ」

 それはそうと、意識を失った少女がそこにいた。足を掴んで引きずってきたらしい。

「そこでぶっ倒れてました。たぶん、さっきの爆発に巻き込まれたんじゃないっすかね」

「知らん、ほっとけ」

 よもやこの人物が、この状況を創り出した美食研究会の一員、獅子堂イズミだとは思うまい。

「ってそうじゃねえ、今すぐここから――!」

 脱線した話を戻したのも、時すでに遅く、床が崩壊を始めた。

「う、うああああ!!」

 

 

 

 その後、彼女らとイズミはどうにか無事だったが、気絶した状態で発見されたので、チンピラ達は警察に突き出された。

 ショッピングモールの爆破をし、客の避難がどうにか済んでいたとはいえ、一歩間違えれば人命を奪いかねない行動を取ったとして正式に処罰された。

 だが、彼女らは頑なに爆破だけはしていないという。が、彼女らの行動を見ていた大勢の人達から信頼を得られるはずもなく、その罪を背負うことになった。

 当然、爆破の真犯人は別の所にいるのだが――それを知る者は、ごく僅かである。

 

 

 

 帰り道。空も赤く染まりつつあり、鳥も帰路に着いている。

 4人の少女は、その道を笑いながら歩いていた。

 他愛もない話の中、少し遅れた場所で歩く2人の姿があった。ハルナとフウカだ。

 特に会話があるわけではなかった。しかし、先に口を開いたのは、ハルナだった。

「フウカさん」

「えっと、なんでしょうか」

 普段はあまり敬語を使わないが、つい敬語を使ってしまう。思えばハルナは3年生、フウカは2年生。本来は先輩と呼ぶべき人だ。

「私は、美食というものを求めていますわ」

 脈絡が無いなと、フウカは思った。しかし2人の間に、今までに2人きりの時間というものは無かったから、少しやりづらくあった。

「はい。よく御存じですよ、嫌になるくらいに」

 ハルナは少し耳が痛かった。急に皮肉たっぷりで少しびっくりもした。

「……こほん。それで、私は確かに、料理そのものに対して求めるものは非常に多いですわ。それ以外も」

「ええっと、確か食前酒が無いとかでも怒ったって聞きましたけど」

「どこ情報ですの、それ?」

「先生からです。一応言っておきますけど、お酒はダメですよ」

 そういえば話したな、と思った。それはそうだ、今となってはキヴォトスのほぼ全生徒が先生と会っていると言っても過言ではないだろう。

「ふふっ。今回に免じて、このことは風紀委員会には秘密にしておいてあげます」

「そうしてくれると助かりますわ」

 妙なところで小悪魔的だ。そういったところも、フウカの魅力なのだろう。

 だが、彼女の魅力はそれだけではない。それを、ハルナは知っている。

 また、少しの沈黙が流れる。

 そして、言葉を発したのは、またもハルナだった。

「――ちゃんと、わかってますわよ」

 その一言に、フウカは目を丸くした。いったい何を言い出したのかと思った。

 ──美食研究会は、フウカとチンピラの会話を、ほぼ最初から聞いていた。それでもすぐに動かなかったのは、フウカを馬鹿にしたチンピラを、確実に仕留めるための下準備が必要だったからだ。

 美食研究会が許せなかったのは、何も食材を侮辱した事だけではない。フウカを知らずに、フウカを馬鹿にしたのが許せなかったのだ。

 それは、フウカを知っているからこそ──

 そして、続く言葉が、フウカをより驚かせた。

「私たちの健康を考えていることも」

 フウカは、身体に悪い献立を設計しない。それは必ず、誰かの健康を思って作られた料理だ。美食研究会ともあって、そんな気を使った栄養配分に気が付かないわけがない。

「時間が無いことも」

 ゲヘナは4000人のマンモス校。その全ての人数分を、彼女はその実ほとんど1人で作っている。

 もはやこれは、美食研究会だけでなく、ゲヘナの全ての生徒が理解していることだ。

「それでも、美味しくしようということも」

 時間がない。だがそれでも、できる限りの時間短縮を用いて、より美味しいものを作ろうとしている。

 本当なら挫けてもおかしくない状況でも、前を見ることを止めないフウカに、誰が何を言えるものか。

「食材への感謝を忘れないことも」

 毎回、必ず大量の食べ残しができる。当然、業者さんに回収してもらう。その傍らで、フウカは必ず自分が作った給食を、自分自身も食べていた。そして、どんなに不味くても食べきっていた。

 ――実は、美食研究会も何かと文句こそ言うが、今まで出されたものを食べ残したことはない。

 それは小さくとも、フウカの確かな心の支えになっていた。

「それと、初めのころはこっそり泣いていたことも」

「……っ!?な、なんで!?」

「それは当然、見てたからですわ。先輩方もかわいいかわいいって言いながら見てましたわよ」

 フウカがまだ1年生で、それも給食部に入部したての頃。その時は先輩もいて、今よりは多少楽だった。しかしそれでも決して美味しいものが作れていたわけではなく、大量の食べ残しがあった。それを見た彼女は、夜な夜な1人で食堂に来ては泣いていたのだ。

「あ。ちなみにそのことはフウカさんの先輩方も知っていましてよ」

「~~っっ!?」

 フウカの顔は、既に真っ赤だ。面白いくらいに真っ赤だった。

 そんな顔に、ハルナはつい笑ってしまった。

「ふふっ。もし人手が必要でしたら、私たちを呼んでもいいですわよ」

「あ、それは遠慮します」

 一気にその顔から赤い色が引いていく。即答した理由は明らかだ。

「いえいえ、この前の事は何かの間違いですわ!次こそはちゃんと――」

「遠慮します」

 無慈悲だった。というか、そもそも色んな場所で色んな問題を起こしている人達だ。可能な限り、当てにしたくない。

 しかし、それでも、今日だけは。

「でも……ありがとうございます」

「こちらこそ、ですわ」

 尚、先ほどのフウカの事情を、美食研究会は全員理解している。理解したうえで、それはそれで文句を言いに行く。それが彼女たち、美食研究会のスタンスだ。

 そして、定期的に食堂を破壊するために、フウカはある程度疲れが溜まったら休息をとることができている。これについては美食研究会自身も気が付いていないが。

 ――彼女たちは、これからもなんやかんやで因縁深く付き合っていく。

 もっとも、大半の貧乏くじはフウカが引くことになるのだが。

 それも彼女たちの関係の1つなのだ。

 少なくとも、切っても切れないモノが、そこにはあった。

「そうですわ、私が1年生だった頃の給食部でもお話しいたしましょうか」

「わあ、聞いてみたいです!先輩達からも聞いてましたけど、別の人からのお話も!」

「ふふ。そうですわね、まず私が美食研究会に入部して間もない頃のお話ですわ。あれは――」

 そう話すハルナのバッグには、何の気まぐれか、ダイヤモンドのような輝く透明色をした、たい焼きのキーホルダーが付いていた。

 

END




ダイヤモンド:4月の誕生石。石言葉は「永遠の絆」「清純」「無垢」

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