「連戦になるが体調の方は良いのか?」
「誰に尋ねてるのよ。一流の私は体調管理も万全よ!」
キングには連戦となるがここで走らせてやりたい。
「日本から離れたここならきっと見えてくるものが・・・」
「何か言った?」
「・・・いやなんでもない」
俺は頭をふって空を見上げる。
「予報では晴れだが雨が降らなければいいんだがな」
「大丈夫よ。たとえ雨でも負けはしないわ!」
「・・・頼もしいな。用意はしておくが」
当日は薄曇りの天気、気温は23度。
――ダイアモンドジュビリーステークス 芝 1207m (G1)
イギリス王室主催のロイヤルアスコット開催5日目、最終日のメインレース。
女王陛下自らがプレゼンターとなる歴史のあるレースだ。
「がんばってね~」
「応援してますわ!」
声をかけてくれたハルウララやカワカミプリンセスが部屋から出ていく。
みんながいなくなった控室。そこでキングは始まる時を待っていた。
いやそれは終わりなんだろうか。
誰もいない控え室に着信音が鳴り響く。
「・・・母様?」
どこかで期待していた。だからいつも持ち歩いて母親の電話を待っていた。
『あなた、そんなレースに出て無駄だとわからないの・・・あなたが思うほど簡単じゃないのよ』
ずっと期待してた。いつか頑張る私を見て欲しくて。
『聞いてるのあなた』
ずっと期待していた。いつか私を褒めてくれる日が来ることを。
「・・私、母様のこと嫌いじゃないわ」
『えっ?』
「今はレースが楽しいの。今までは義務感で走ってた。だからもういいの」
母様の”あなたはダメだ”という言葉を否定したくて。ずっとずっともがいてた。
・・・だから似た者同士のアイツをスカウトしたのかもね。
「走る楽しみというのを思い出したの。もうずいぶん長い間忘れていたわ・・・だからもういいのよ」
『・・・そう。なら勝ちなさい』
ひどい言葉だ。今更になって。
「・・・ええ・・・あなたのためではなく、他人のためではなく、自分自身のために」
――勝つわ
いつの間にか会話はなくなった・・・でもずっと最初から会話なんてなかったのかもしれない。
言いたいことを言って相手の言葉を受け止めないのでは会話とは言えないだろう。
ゆっくりと電話を切る。
気づけばいつの間にかコースに出ていた。
ゆっくりと雲が流れ、雲の切れ間から光が差し込む。
ずいぶんと日差しがまぶしい気がする。日差しが目に染みる。
だが今までになく体が軽い。ずっと体に巻き付いていた鎖がはずされたような気持ちだ。
「キングちゃーんがんばってーっ!」
「がんばってくださーいっ!」
「キングさん勝てますよね?」
取り巻きの二人が不安そうに声をかけてくる。
「・・・勝てるさ。そのためにここまで来たんだ」
俺はコース上に出てきたキングヘイローを見る。
「キングは倒れても倒れても何度も起き上がってきたんだ」
――誇りを取り戻した
ずっとキングヘイローは綱渡りを続けてきた。それは今でもだ。
ひどい話だ。彼女は勝てるという自信をもって走ることなんてずっとなかったはずだ。
だがそれでも走り続けてきた。何度も落ちても這い上がって続けてきた。
不屈の心が彼女の美しさだ。今まで心が折れそうな出来事を何度も乗り越えてきた。ならば・・・
ゲートに立つキングヘイローは落ち着いていた。
いつもならまわりの子を意識するのに今日は気にならない。
扉があきキングヘイローはコースに飛び出していく。
扉の先には緑の海がどこまでも広がっていた。
脚を踏みしめるその先の芝の柔らかさが心地よい。
キングヘイローには前を走る子の動きが見えた。みんなの動きが手に取るようにわかる。
「前の3番、脚の踏み込みが遅い」
位置をずらして相手の脇をすり抜ける。
「コーナーの曲線・・・わずかに速度が落ちる。内側の芝は深い」
キングヘイローはわずかに外側に位置をずらしもう一人を抜かし、コーナーを切り込んで駆けていった。
もう人の喧騒もざわめきも聞こえない。
息が苦しい。脚が思うように上がらない。だけど脚を動かさないと。
ゴールまでの道は見えているのだからっ!
体にまとわりつく風を追い抜くとそこには光で出来た道がどこまでも伸びていた。
残り 200m
「「いけえええっ!!」」
チームみんなの声と共に一陣の風が吹き荒れる。
飛ばされた芝が渦を巻き、キングヘイローは緑の風をまといながら駆けてゆく。
そしてキングヘイローは他の馬を置き去りにしゴールに飛び込んでいった。
「「おおおおおっ」」
会場のどよめきと共に俺は力が抜けて座席にへたり込む。
「勝ちましたわよ!」
「よかったです~」
「「キングさーん!」」
みんなは手を振るキングヘイローに大きく手を振り返す。
「勝ったか。良かった・・・」
俺は空を見上げる。みんなに涙を見せないように。
彼女はやり遂げたのだ。いやこれが始まりなのだ。彼女の歩む道の。
空はどこまでも青かった。
キングヘイローが表彰台に向かうとひときわ大きな歓声が観客席から上がる。
表彰台に立つキングヘイローのもとに一人の品の良い老夫人が近づく。
「女王陛下!」
陛下が彼女のもとに現れる。女王は表彰式の人たちに声をかけながら近づいてくる。
やがて女王はキングヘイローの前に来るとゆっくりと顔を見つめた後口を開く。
「ふふっ。あなたには彼女の面影がありますね」
「え?」
キングヘイローの前に立ち止まった老婆はキングににこやかにほほ笑む。
「あなたのおばあさまにもあったことがありますよ。もっともあなたの生まれる前ですけれど
そのお孫さんが活躍して嬉しく思います」
キングヘイローは思う。お父様とおばあさまは喜んでくれただろうか。
思えばずっと私はお母様しか見えていなかった。
「キングさんこれからの活躍を期待していますよ。
できればまた来年、あなたに出会いあなたの勝利をたたえたいと思います」
「あ、ありがとうございます!」
微笑んで気品のある女王はその場を後にする。
王子や王女もキングヘイローと会話したのち会場を去って行った
キングヘイローはずっとその後姿を眺め続けていた。その後ろ姿が見えなくなっても長い間ずっと。
「あああーっ!失礼がなかったかしら!」
「礼儀は完璧だっただろ?おかしなところはなかったはずだけど・・・」
「もう少し何か気の利いたことを言っておけば!!」
頭を抱えるキングヘイローを俺たちはなだめる。
「また来年お会いした時に話せば良いのでは?」
というカワカミプリンセスの言葉にキングヘイローが持ち直すまで
俺はしばらくキングヘイローをなだめるのだった。
(注意事項)こちらのウマ娘世界の女王陛下は現実とは一切関係ないので別人です・・・
現実世界でもロイヤルアスコットは王室主催ですが