王のもとに集いし騎士たち   作:しげもり

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少女と竜のおとぎ話
捕らわれた少女たち


 

 

 

 

 

 

――その薬を使えば勝てると皆が囁く。

  その薬を使ってないものはお前だけだと皆が囁く。

 

  人の心を蝕む薬。それは麻薬よりも恐ろしく少女たちを闇へと引きずり込む。

 

 

 

 

 

風が強く吹き熱い日差しが降り注ぐ。

目の前には赤土の道が続く。

 

ここはアメリカのレース場。

 

「相変わらず日差しがきついな」

「レース当日は雨のようですけどね」

 

俺たちは再びアメリカに遠征にやってきた。今はレースの下見中だ。

 

「水はけが悪いのが気になるな。泥の海になりそうだ」

「ウララなら雨でも大丈夫ですが・・・競技服も雨用にしますか」

 

俺とアオ君は天気予報を見て難しい顔になる。

 

「そういえばウララさんはどうしたんだ?見ないのだが・・・」

 

「ウララさんなら他の子たちにさらわれていったわよ」

 

キングヘイローが疲れたように答える。さすがに止めようとしたらしいがウマ娘の波に押し返されたらしい。

・・・何人が押し寄せたのだろうか?

 

「相変わらずウララさんの人気はすごいな・・・」

 

ハルウララはアメリカから来たウマ娘に囲まれハーレムのようになっている。

そのあとを数人の新聞記者を引き連れて移動しているのでひどく目立つ。

 

ハルウララは英語が少しだけ話せるようになった。ゼンデンの熱意のたまものでもある。

もっとも聞き取りだけはできるのだがまだ片言でしか話せないようだ。

 

 

ハルウララはレースが近づいたためみんなと別れ控え室に向かっていると言い争う声が聞こえて足を止める。

物陰を除くとそこには茶色のブロンドの髪のウマ娘の少女と中年のトレーナーが言い争っていた。

 

「これを打っておけ」

「だけど・・・」

「あのジャップのガキに負けてもいいのか?」

「お前にはもう後がねえんだぞ!」

「・・・」

 

「どうしたの?」

 

見かねたハルウララが声をかけると二人は慌てて話を中断する。

 

「ちっ、いいな!」

「はい・・・」

 

トレーナーはハルウララを押しのけて去っていき、残った少女は渡された袋を見つめる。

 

 

「大丈夫?」

「ほっといて!」

 

ハルウララはウマ娘に声をかけるが少女は通路を駆け出して走り去っていく。

ハルウララは首をひねりながらも自分の控室に戻っていくのだった。

 

 

――アメリカ・サラトガ 競馬場

アルフレッド・G・ヴァンダービルトハンデキャップ(G1) ダート1207m(6f)

 

 

天気予報通り雨だ。コースは雨が溜まり湖のようになっている。

 

ハルウララが雨の中をコースに向かって歩いていると隣にさっきの少女が見えた。

 

ハルウララは気になって隣の子を見るが女の子の顔が真っ青だ。

脚も震えている。

 

 

ゲートに入ると小雨だった雨がだんだん強く降り始める。

 

ゲートが開き一斉に泥をはねながら駆けだす。

ハルウララは水しぶきを上げながら後続を引き離す。

 

 

カーブを抜けた最後の直線。

 

ハルウララの脚は水しぶきを上げで泥を跳ね飛ばしながら駆ける。

一歩目で泥のカーテンを作り出し。

2歩目で先頭に追いすがり3歩目で先頭のウマ娘を追い抜く。

 

ハルウララは先頭を抜き去るときその娘の様子を見る。見てしまった。

 

 

ハルウララは走りながら考える。

脚の震えは痙攣じゃないかな。あれはどこかで見たことがあるような。

サイレンススズカさんが足を痛めた時の症状によく似て・・・

 

気づいたときにはハルウララはゴールの前で足を止めていた。

その横を次々とウマ娘が通り過ぎてゆく。

 

 

 

観客席はざわめいていた。

 

『あれ何で足を止めたんだ』

『コースに慣れないから足を痛めたんじゃねえの?外国から来たウマ娘にはよくあることだろ』

『大したことはねえな。これだから海外ウマ娘は・・・』

 

レースを見ていたキングヘイローたちは一斉にハルウララのもとに走っていく。

 

 

 

 

ウララは通路を泥だらけでずぶ濡れのまま歩いていた。

いつもの元気がなく足取りも重い。

 

 

「ウララ様!」

「ウララさん大丈夫ですの?」

「うん、だいじょーぶ・・・」

 

ハルウララを迎えに来たキングヘイローたちへの返事も元気がない。

 

「でも・・・」

 

俺はキングヘイローの肩に手を置いて言葉を止める。

 

ハルウララの前にアオ君が進み出る。

 

「よく頑張ったなウララ」

「えへへ・・・調子出なかったかも」

 

「よく頑張った。ウララが決めたことならそれが一番正しいんだよ」

 

ハルウララの笑顔が崩れる。

 

「うっ・・・うわああああんん!!」

 

ハルウララはアオ君の胸に抱きついて泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

「あのウマ娘か・・・確かビッグブラウンと言ったか」

 

ハルウララから話を聞いた俺たちはお互いに困った顔で黙り込んでしまう。

 

観客席から見てても震えてたり突然しゃがみこんだりと体調が悪そうな子だった。

脱水症状だったのだろう。そんな子をレースに出すトレーナーも問題だが止めない開催者とレース場も問題だ。

 

「ウララさんはあの子がかわいそうになって試合を放棄したのね・・・」

「アメリカのドーピングの闇だな。ウララさんには見せたくなかったが・・・」

 

使用許可されているラシックスと一部のステロイド剤、そしてそれに紛れて多数の薬品を打っている。

アメリカのウマ娘は薬漬けだ。

 

「これからどうするの?」

「ウララ・・・もう調子でないかも・・・」

「ウララが楽しく走れることが第一です。 僕は日本に帰るべきだと思います」

 

アオ君が怒りのこもった声で断言する。怒りを感じているのはみんな同じだ。

 

「勝つことが重要ではないからな。そうだな日本に帰るか・・・」

 

 

 

 

その時ノックと同時にドアが開かれる。

 

「ウララ様申し訳ありません!こいつのせいで!

「ご・・ごめんなさい」

 

ゼンデンがビッグブラウンを引きずって部屋に入ってくる。

姿が見えないと思ったらビッグブラウンを捕まえに行っていたらしい。

 

「神聖なレースを(ケガ)すとは!足の1本でも折りますか?」

「いやいや、それはダメでしょ。その子も被害者みたいなものなんだから」

 

キングヘイローが慌てて止める。

 

「いいんだよ。ケガがなくて良かったね」

「うっ・・・ぐすっ・・・ごめんなさい」

 

泣き崩れたウマ娘をハルウララは優しく抱きしめる。

 

「ねえ、ウララはどうしたい?」

「みんなが笑ってレースができるようになればいいと思うな」

 

アオ君の問いにハルウララは優しげに答える。まるで祈るかのように。

 

「わかったよウララ・・・先生良いですか?」

「ウララさん・・・あなた。判ってるわよね」

「くそっ・・・どいつもこいつもお人よしめ。どうなっても知らんぞ」

 

俺はアオ君やキングヘイローの言葉にため息をつく。俺だって同じ気持ちだ。

 

「みんなの協力が必要だ」

 

俺はみんなの顔を見回す。

 

「アメリカ競馬界を潰す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビッグブラウン

走るレースは常に1着。G1レースも4勝と最強の競走馬。
しかしベルモントステークスで惨敗したことがきっかけでドーピング問題が問われることになる。


ドーピングではサンタアニタパーク競馬場で22頭の競走馬が相次いで死んでますからね。
薬はダメ。

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