「蹄鉄はきつくない?コースは大丈夫?練習でも言ったけど日本とは芝が違うから・・・」
「何度も言わなくでもわかってるって。お前は俺のお母さんか」
トレーナーに軽口を叩きながらもまんざらではないウオッカを見てダイワスカーレットはため息をつく。
希望の箱を送り届けてもらえないかな。彼らの注文通りにね。
とか言ってタキオンは笑っていたが・・・
いや、どう考えてもパンドラの箱じゃないのかしらとウオッカを見て思う。
「まあ、大船に乗った気持ちで見ていてくれよ」
そう言ってウオッカはコースに向かって歩いていく。
「あなたも心配性ね。ウオッカなら大丈夫でしょ」
「いえ、せっかくなら100%の勝率にしときたいので・・・」
ダイワスカーレットはウオッカのやせ型の男の専属トレーナーを見てあきれる。
真面目なうえに心配性だ。これでウオッカと相性が良いのだからわからないものだ。
ウオッカがキングヘイローのところに乗り込んで専属トレーナーを見つけてきた時は驚いたものだが。
「私も自分のトレーナー連れてくるんだった・・・」
もっとも彼はタキオン印の薬をウマ娘たちへの発送する作業で忙しいのだが。
ダイワスカーレットたちも通路を歩き始めるが
突然ダイワスカーレットは通り過ぎる男に振り向いて手刀を振り下ろす。
男はうめき声をあげゆっくり崩れ落ちる。
「えっ?ダイワスカーレットさん!?」
「これよ」
ダイワスカーレットは男が手に持ったレーザーポインタを握りつぶす。
「全く、あいつのレースなのにくだらないことをするのね」
ダイワスカーレットはゴミとなった残骸を投げ捨てて再び歩き出す。
「他にもいないか探してくるわ」
「あ、僕も行きます」
「あんたはウオッカを見ててあげなさい」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げるトレーナーに手を振ってダイワスカーレットは駆け出して行った。
「やっぱアメリカは規模が大きいなぁ。シカゴのビルも大きかったけどここも大きい」
ウオッカは競馬場を見て感心する。広々としており設備も良いし建物も大きい。
よく見ればコースは東京競馬場より小さいのだが平坦なコースで見晴らしがよいので広く感じる。
何より芝が美しいことがウオッカを喜ばせる。
チャーチルダウンズ社の経営なのが気になるとトレーナーは言っていたが、そこらのややこしいことはお任せだ。
「しかしみんな辛気臭い顔をしてるな・・・」
どうもレースに出ているウマ娘たちの表情が暗い。皆思いつめたような顔をしている。
だが皆実力派ぞろいだ。しかも薬でその能力がさらに上がるなんて洒落にならない。
「ずいぶん暗い顔をしているな。せっかくの良いレースなんだけどな」
ウオッカの言葉を聞いて近くにいた青い髪のウマ娘が怒る。
「あなたには何がわかるのよ!私達がどんな重圧に耐えたとっ!」
「重圧?それくらいの重しがあるくらいが走るのにちょうどいい。」
ウオッカはニヤリと笑う。
「夢や希望や願いってやつを背負ってるからな。恥ずかしい走りは出来ねえ。そうだろ?」
「つっ!」
「あんたたちと走れるのを楽しみにしてるぜ」
ウオッカは笑いながらゲートに向かう。
――アーリントンパーク競馬場
アーリントンミリオンステークス(G1) 芝 2012m(10ハロン)
ゲートがカーブの曲線のコースに設置されているのを見てウオッカは思わず笑う。
「いいね。せっかくの海外レースなんだからこういう目新しいところがないとな!」
そしてゲートの中で心地よい緊張感のまま待機しているとゲートの扉が開く。
ウマ娘は一斉にゲートを飛び出していく。
ウオッカは後方に位置しながら内側の良い位置を取り芝の走りを確かめる。
「地面の間隔は良い感じだ。みんなはパワーもあるしペースが速いな・・・だが」
ウオッカは違和感を感じる。どうもみんなにゆとりというものが感じられない。
いくらペースが速くともレースに対応するための余裕は常に持つべきだ。
「トレーナーの言っていたウサギには前を走らせていればいいというのはこういうことか」
みんながレース展開を急ぐのは薬のせいなのか、それとも彼女らのトレーナーに後がないことを
彼女たちが気付き始めているからなのかそれはわからない。
「ウオッカーーっ!!」
レースを見ていたトレーナーは声を張り上げる。集団はひと固まりとなって最初の曲線コースを抜け
直線コースを走り始める。
ウオッカは天性の勝負勘と恵まれた身体能力がある。ダイワスカーレットとの練習でレース運びも上達している。
それに観察眼が加われば負けることはないだろう。
やがて集団は直線を抜け最後の曲線コースに入ろうとする。
「ここからだ。何度も言ったのは悪かったけどさすがに心配だったからなぁ・・・」
トレーナーはため息をついた後、声を張り上げて再びウオッカの応援を始めるのだった。
後方についていたウオッカは息を整え体力の回復に努めていた。
「よし。だいたい
曲線のコースに入ると同時に後方にいたウオッカは3人のウマ娘を抜き去る。
「コースの入りは芝でバランスを崩しやすく、数人が数テンポ遅れる」
トレーナーは芝の張替えが行われたとか言っていたか・・・
ウオッカは徐々にスピードを上げながらウマ娘を抜き去っていく。
直線に入ると同時にウオッカは密集したウマ娘をまとめて抜き去る。
「アメリカは好位置の確保に必死になりすぎる。密集しすぎるのは欠点だぜ」
競り合いならウオッカは負けない自信がある。
そして加速したウオッカは先頭を走るウマ娘に追いすがる。
「くっ!私は負けられないのよ!」
先頭を走る青い髪のウマ娘は加速しながら必死に走る。
「このレースは
残り200メートル。ウオッカは残った力を振り絞り地面を踏みしめる。
「ここはオレの距離だ!」
ウオッカは速度を上げ先頭のウマ娘を抜き去る。
そして速度を上げながらゴールに飛び込んでいった。
歓声に包まれる競技場の一室。
窓から男が顔をのぞかせる。その手には長いライフルが握られウオッカを狙う。
「そんなことやめときなさい」
「誰だっ!」
男が振り向くとそこにはダイワスカーレットが立っていた。
「いつの間に・・・」
「もう少し周りに気を付けておきなさい。次があればだけど」
「くっ・・・」
男はダイワスカーレットに向けてライフルを構える。
「あなた手が震えてるじゃない。そんなんじゃ当たらないわよ」
「この距離でははずさない!」
男はライフルを構えなおす。
「おおかたウマ娘に逃げられたんでしょ。自棄になっても良いことはないわよ」
ダイワスカーレットはニヤリと笑う。
「お前に何がわかる!あいつさえいれば俺だってG1のトレーナーになれる!お前たちさえいなければ・・・」
「夢は一人で見るもんじゃないわよ。私たちの夢は特にね」
ダイワスカーレットは肩をすくめる。
「薬なんか打って女の子をダメにして泣かせる奴らに誰がついていくもんですか」
「うるさい!おれはアイツに夢を見たんだ。その夢をあきらめられるものか!」
部屋に銃撃音が響く。
男のライフルから放たれた弾丸はダイワスカーレットの髪を揺らし、散らされた髪の毛が空中を舞う。
「トレーナーって勇気があり、献身があり、愛があるものよ。
だから私たちはトレーナを信じるのよ」
自分のことしか考えない奴はお呼びじゃないわよ。とダイワスカーレットは笑う。
「知った風なことを!」
男が再び引き金を引こうとした時、青色の髪のウマ娘が部屋に飛び込んでくる。
「トレーナー!」
ウマ娘はトレーナーの前に立ちはだかる。
「そこをどけ!」
「・・・どきません」
ウマ娘は首を振る。
「組織を裏切ってやっていけるわけないだろ!俺たちはおしまいだ!」
「おしまいじゃないです。ずっと一緒にやってきたじゃないですか」
彼女は微笑む。
「資格も居場所も理由も・・・何もかもがなくなっても」
ウマ娘はゆっくりと男に近づく。
「・・・まだ私は走れます。だからやり直しましょうトレーナー」
「メディーナ・・・」
男はうなだれたままゆっくりと銃を下す。
それと同時に警備員たちと男が部屋に飛び込んできた。
またたく間に男は警備員に取り押さえられる。
「スカーレット!大丈夫!?」
「トレーナー?どうしてここに?」
心配した顔の自分の専属トレーナーを見てダイワスカーレットは驚く。
「無事でよかった・・・いや、ウオッカさんから連絡があって」
「ぐぬぬ・・・あの地獄耳め、この騒ぎが聞こえてるならもっと早く警備員送りなさいよ!」
よく考えればこの部屋からウオッカまでは障害物は無いので声が届くはずだ。
私が気付いたようにウオッカもこの部屋からライフルのスコープが光を反射するのが見えたに違いない。
ウオッカもおとなしく隠れればいいものを観客に手を振っている姿に腹が立つ。
こちらの気も知らないで。
「大丈夫?ケガはない?」
(むむむ・・・ここで怖かった~とか言って抱きつくべきか・・・いえ、キャラじゃないわね・・・)
ダイワスカーレットは溜息を吐く。
「おかげさまでケガはないわよ」
狙撃犯の男は警備員に手錠をかけられ連れていかれる。
メディーナと呼ばれたウマ娘はこちらに頭を下げた後、男と共に部屋を去って行った。
「バカな子ね・・・あんなになってもトレーナーから離れられないなんて」
だけどその気持ちは痛いほどわかる。トレーナーと歩んだ日々はかけがえのないものだから。
「ねえ?あんたは私に夢を見てる?」
「夢?必ず一番になると確信していることは夢じゃないからなぁ」
ダイワスカーレットに尋ねられた専属トレーナーは首をひねる。
「それに僕たちはウマ娘に夢を見せる立場だからね。もっともそれはトレーナーの義務なんだけど」
こんなこと言っても似合わないけどね。そう言ってトレーナーは頭をかく。
「ホントに似合わないわね」
ダイワスカーレットはくすりと笑う。
「それじゃウオッカのところに行きましょうか。しっかり文句を言っとかないとね!」
ダイワスカーレットとトレーナーは歓声に包まれる競技場に向かって歩き始めた。