「今、お時間よろしいですか?」
「ああ、かまわないが・・・」
最近よく学園で見かける女性記者に声をかけられる。
おそらくは学園専属の広報担当だろう。
新聞社などの記者連中とは違い知識量がけた違いだ。参考になることも多い。
そのため参考としてなるべく話しかけられれば答えるようにしている。
「今は並走で折り合いの練習です。以前なら友人をムキになって追い掛けていたのですが。
ウララさんなら追い越されても平然としてるんですが。難しいものです」
尋ねられるまま俺は質問に答えてゆく
「スマートウオッチによる心拍数の計測、
GPS装置を用いたコースでの運動量調査など機材がある分データ取りはずいぶん便利になりました」
彼女は熱心にメモを取り始める
「あとは・・・今はスタミナが課題かな。できればいずれマイルや中距離でも通用するようになるといいのだけど」
「能力的には短距離なのに他のコースに出るんですか?」
彼女は驚いてメモを取る手を止める
「それでは迷走することになりませんか?目標がしっかりしている方がいいと思いますけど」
「迷走か・・・」
俺はコースを走るキングヘイローを見つめる。きょうはスペシャルウィークとの練習か。
コースは他にも多くの生徒が練習をしているがその中でもキングヘイローは目立つような子ではない。
他の多くの生徒の中に埋没している。今はまだ。
「迷走もいいんじゃないですか?ゴールが見えているのなら」
「・・・ゴールですか?」
俺は黙って頷く。レースを走っているキングヘイローはスペシャルウィークに追いつけずどんどん離されていく。
だけど彼女は走ることをあきらめない。
「迷って走ることも時には必要でしょう。自分の走るための答えは簡単には見つからない」
それに彼女には雑音が多すぎる。世間の評価や優秀な成績を残した母親。そして周囲に褒めたたえられる強すぎるライバル。
「ゆっくりと考える時間がなさすぎますけどね。世の中の雑音が多すぎる」
「でもそれでは彼女がつぶれてしまいませんか」
「彼女たちは俺たちが思っているより強いですよ。それに折れそうな心を支えるのもトレーナーの役目でしょう」
彼女の問いに俺は笑う。
「それに彼女は”一流”です。どんな困難があっても立ち上がってきちんと結果は出すでしょう」
───キングは生まれながらの
「すばらしいっ!」
「うおっ!」
突然奇声を上げた彼女に俺は驚く。
「レースの結果だけではなく彼女の将来を見据えて行動しているとは!
あなたはそのトレーナー人生のすべてをかけて彼女を見守り支えるということですね!
3年などという小さな期間に縛られずその生涯を彼女に捧げるというのですね!
ああ、なんてすばらしい!」
「・・・誰もそんなことは言っていませんが」
彼女は突然暴走するのが玉に瑕だ。しかもどこが暴走のツボなのか理解不能なのが大いに困る。
この学園は優秀な人が山のようにいるがそれだけに奇人変人が多い。
一流の人たちは譲れないこだわりがあるものだからそうなるのかもしれないが・・・
俺は暴走した彼女に頭を下げて話を切り上げるとコースを走り切って倒れたキングヘイローのもとに歩き始めた。
「しばらくは短距離レースで5連勝ほどしてもらうから」
「あなたこの記事に書かれていることとずいぶん言ってることが違いませんことっ!?」
後日インタビュー記事を読んだキングヘイローに叱られた。げせぬ。