「美しいな」
「え?」
走り終えて息を整えているキングヘイローに声をかける。
「走り方は、頭が下がっていない為、姿勢が良く、お尻が引けているような姿勢だ。
まさに究極の美だと言って良いだろう。
膝は腰の位置まで前の方に高く上げられ、後ろに引いた腕とのバランスもしっかりと取れて、
負担がかからない走り方であり、短距離走において疲れにくい。まさに究極。
前にきた手の指先が顎より上にいくことがないことはもちろん、
顎のラインで腕を止めることによって、肘は前に出過ぎることもなく
肘をしっかり後ろに引くことができている姿は芸術そのものだ。
腕を引く時、腕を1度垂直に下ろしながら後ろまで持って行き肘が90度に曲がり、
その生み出す遠心力は素晴らしい。まさに生ける伝説。
そしてスタートダッシュの足裏の接地の変化は歴史上類を見ない。
あらゆる角度から撮影し後世に残すべきだろう」
「そ、そうよね!このキングなのだから走りも一流なのよ!」
照れながら笑うキングヘイローに短距離走ではねという言葉を飲み込む。
思いつくまま感想を述べたがキングヘイローの頭を上げる走法は短距離の理想だ。
短距離も長距離も基本の走行体勢は同じだけど上半身の筋肉量と肺活量が影響してくるだろう。
「そろそろマイルレースにも出てみてもいいんじゃない」
「コース取りとペース配分身に着けたらな。最近セイウンスカイさんとばかり走ってるだろう」
「ええ、そうだけど」
「変な癖がついてる」
「ええええっ!?」
彼女は驚くが別におかしいことではない。セイウンスカイは常に駆け引きを行うレース運びだが。
いつも一緒に走っているとそれにつられてどうしてもフェイントやトリッキーな動きを身に着けてしまう。
もっともその変幻自在な動きに対応するためスタミナがつくのは痛しかゆしだが。
駆け引きも重要だがそれはきちんと技術を身に着けた上でのことだ。
「駆け引きも必要だけど今は全体的な判断力を身に着けて欲しい。
あの二人なんかはどうだ」
「・・・あの子たち大丈夫なの?」
キングヘイローは芝生の上に座り込んでいる二人を見つめる。
いつもの取り巻き二人はまだまだ成長途中だが結構優秀だ。だてに学園に入学してない。
キングヘイローに比べれば劣るかもしれないが今からデビューしても十分やっては行ける。
「レースの位置取りや呼吸の息継ぎは参考になるぞ。一流の友人もまた一流というところだな」
「そうよね!」
「呼吸リズムは中距離は着地のタイミングではなく足の振り上げたタイミングだから、スペシャルウィークさんとかね」
「わかるけどリズムを変えるのは困るわね」
「裏拍のリズムは身に着けるべきだな。そのためのダンスレッスンでもある」
「無駄な練習は無いってことね」
「そういうことだ」
キングヘイローは真剣な顔で考え込む。
「そうね。今の走行で直すところはないかしら」
「俺には見つからないな・・・なあ、トレーナーは見つからないのか?」
すると急に不機嫌になったキングヘイローは怒ってそっぽを向く。
「ええ、見つからないの」
最近は俺にもわかってきた。だれも彼女を見ようとしていない。いや世間の人たちは見ていないというべきか。
キングヘイローに寄って来る人の多くは”あの母親の子供だから優秀ですね””あの母親のように有名になってみないか”
と枕詞のように母親と言葉の前につけてくる。
いまだにキングへは他のトレーナーからの勧誘はあるらしい。
どこかの馬の骨のような俺よりは自分の方が権力も実力もあると思っているのだろう。そしてそれは正しい。
しかし俺の恩人をそんな彼らには任せたくはないとも強く思う。
「1年もたたずに理想のフォームを手に入れるのは天賦の才と人一倍の努力のたまものだろう。
俺には正直これ以上のことは思いつかない。キングの才能を生かせないかも・・・」
「何言ってるのよ。私はキングなのよ?」
そういって彼女は高らかに笑う。
「あなたに心配されるほど私の才能は小さくないの
あなたは黙って一流の私にふさわしいトレーナーになるように努力してしっかりついてくればいいのよ」
キングヘイローの自信にあふれる笑みを見て俺は思わず笑ってしまう。
自分の悩みはひどくちっぽけなものなのだとキングの笑い声を聞くたびに思う。
一流のそばにいたいのなら俺も一流になれるよう努力して自信をつけるべきなのだろう。
「・・・トレーナー資格はないけどな」
「はいはい。それじゃあの二人を走らせるわよ」
二人に向かって走り出したキングヘイローのあとを俺は笑いながらついていく。
いつまでもこんな日が続けばいいと願いながら。
頭を上げる走りってウサインボルトじゃね?というネタ