「……ところで
ふと思ったことを尋ねてみる。
アリスのいた駅はなくなってしまったが、滞在する場所なら他にもあるはずだ。
(おじさん同士だから、なんとなく納まりはいいけど)
「あー、実は役持ち同士の取り決めでな、ジェリコに何かあったら、この土地を俺が引き継ぐことになってるんだ」
「え」
『何か』が何を意味しているのかはアリスにも分かる。
ジェリコが死んだ後、時計を回収したユリウスはここから立ち去るだろうし、ゴーランドが引き継がなかったら誰もいなくなってしまう。
「美術館も悪くはないが、俺が継いだらもっと派手な場所にしたいよな。遊園地みたいによ」
「……俺が死んだ後のことを、勝手に決めてんじゃねえ」
「まーまー落ち着けよ。美術館の作品はちゃんと残しといてやるから」
ハートの国で、遊園地の中にオブジェがたくさんあったのはそういう理由だったようだ。
「けど墓場は潰す。気味が悪いから」
「あー、ゴーランドって怖がりだもんね」
(遊園地でも、自分で作ったホラーハウスで怖がっていたし)
思わず口をついて出た言葉に、ゴーランドがきょとんした表情を浮かべる。
「あんた、詳しいんだな」
(……やばっ)
「ほら、あなたって有名だから!」
「そ、そうか?」
「そうよそうよ! 侯爵のメリー=ゴーランドっていえば――」
言いかけたところで、ボリスが吹き出す。
「ええっ、このおっさんそんな名前なの? 遊園地作るおっさんの名前がメリー=ゴーランドって、そんなのベタすぎ――」
銃声と共にボリスが吹っ飛ぶ。見ればいつの間にか、持っていたバイオリンが猛獣狩りにでも使うような大型の銃に変わっている。
「俺の名前はそんなに有名なのか」
(しまった)
メリー=ゴーランドは彼のフルネーム。そしてそのメルヘンチックな名前を、彼は非常に気にしている。名前を明かすのは、ゴーランドにとって絶対のタブーなのだ。
「なあ答えろよ。俺の名前を誰から聞いたんだ。誰が広めたんだ答えろつってんだろ!」
「落ち着けよゴーランド」
「邪魔するな!」
ジェリコとユリウスにも躊躇なく発砲。完全に怒りで見境がつかなくなっている。
(私が、余計なことを言ったせいで……!)
修羅場と化した美術館。コートを返り血で染めたゴーランドがアリスに迫る。
後ずさりしようとして、何かにつまづいて転倒する。それがボリスの死体に群がる残像たちだと気付いて、アリスは叫びそうになる。
「答えろよ」
銃口がアリスに向けられる。もはや逃げ道もなく、反撃の手段もない。
(あったって、ゴーランドに反撃なんて出来ない。悪いのは私なのに……)
一から新しい関係を築けると思ったのに、古い記憶がそれを邪魔する。それまでずっと潜んでいたのに最悪のタイミングで顔を出すその記憶は、まるでトロイの木馬のように。
【木馬END(ゴーランドBAD)】
……
…………
………………
「完全に失敗だったわ」
夢の中にある空間で、アリスはナイトメアに告げた。
「……そうだね」
ナイトメアも認めるしかない。
「考えたらユリウスやボリスも、私が別の国で会っていたのを知っているんだから、ゴーランドにも正直に言えばよかったのよ。変にごまかそうとするから、おかしなことになっちゃったんだわ」
「……そうだね」
ナイトメアの表情は呆れているというより、困っているように見える。
「私も軌道修正すると言ったし、もちろん出来る限りのことはするが、私の能力にも限界があることは覚えておいてくれよ」
「うん。ありがとう」
クローバーの国やダイヤの国でのダメダメっぷりと比べれば、ここでのナイトメアはむしろよくやっている。
「それは褒めているのか、けなしているのか……」
「勝手に心を読まないで」
気を取り直して立ち上がる。夢の中の床はもこもこして座り心地がいいけれど、ずっとそうしているわけにもいかない。
「それじゃあ美術館を出て、『チェシャ猫』とダイヤの城に向かうところから始めよう。『侯爵』にはしばらくの間、会わないでいた方がいいだろうからね」
「……そうね」
銃を向けられた時のゴーランドの姿は、当分トラウマになりそうだ。彼自身のことは好きだしまた会いたいが、今会えば冷静な気持ちではいられないだろう。
「ゲーム再開だ。君にはまた会いたいが、願わくばここではないところで――」
ナイトメアの姿が薄れ、視界が白い光に包まれる。そしてアリスの意識が戻ると、彼女は森の中にいる。