「それで、みんなは無事なんでしょうね? ボリスはもう会ったけれど、グレイや、駅長のあなたも」
夢の中の空間に飛び散ったナイトメアの血を拭き取ってから、アリスが尋ねる。
汚れはしばらく放っておけばそのうち勝手に消えるし、そもそも夢だからどうにでもなるのだが、汚れたままで待つのも気持ち悪い。
「ああ、無事だよ。グレイも、この国の私も」
ようやく吐血の治まったナイトメアは、口元をぬぐいながら答える。
「駅はもう機能していないから、駅長ではないがね」
「……そう考えるとあのナイトメア、少なくともあなたよりは仕事していたのね」
大人のナイトメアが一番働いていない。
「そ、そんなことはないぞ! 私だって夢魔の仕事をいつもハードスケジュールでこなしていてだな……」
「だったらこんなところで油売っていないで、夢魔の仕事とやらをしなさいよ」
嫌だー、働きたくなーいと駄々をこねるナイトメアの姿が、だんだん薄らいできた。
「ふむ、そろそろ夢から覚める頃合いのようだ」
「え、もう? まだ他の領地のこととかも聞きたいんだけど」
「私の口からそれを説明してもいいが、実際に君の目で確かめた方が腑に落ちるだろう。先にネタバレしてしまっては、同行しているチェシャ猫君にも悪いからね」
もう周りは真っ白なもやに包まれて、ナイトメアの声だけが聞こえる。
「君に危険が及ぶようなことがあったら今回のように手助けするから、好きなように回ってみればいい。私は毛布にくるまって見守らせてもらうよ」
「仕事しなさい」
もやが完全に消え去ると、目の前にボリスの顔がある。
ひゃあ、と叫びそうになって、キノコドンをされていたのを思い出した。
そんなアリスの表情を見て、ボリスのこわばった表情もゆるむ。
「ずるいよ。そんな顔されちゃ、怒れない」
「美術館だろ? しょうがないから俺も行くよ。あんたは危なっかしいからね、目が離せない」
「……ナイトメアにも同じことを言われたんだけど」
「夢魔さんに会ってたの? あの人もずるいよね、夢の中じゃこっちは手出しできない」
それを言ったら、空間を切り取れるボリスだって十分ずるいと思うのだが、その言葉は胸の奥にしまっておく。
「ほら、おいで」
ボリスの差し出した手を、アリスは迷わず握る。
「……そこはちょっとくらい躊躇してほしいんだけどな」
「? 握っちゃダメだったの?」
「いやダメじゃないけどさ、これじゃ異性として認識されてないも同然じゃん。あー、俺カッコ
何だか勝手に落ちこんでいる手を引いて、アリスは駆け出す。
「ほら、さっさと行きましょ。全部の領地を回らなきゃいけないんだから」
「げえっ。俺、それ全部ついてくのかよ」
「目が離せないんでしょ?」
にっこりと笑み。これはアリスもずるいと自覚している。