パンを盗んだ夜から何十、何百という時間帯が過ぎた。
その間にブラッド=デュプレはあるマフィアの組織に拾われ、構成員として働いていた。
顔なしたちに交じっての生活。ボスも顔なし。
そのこと自体に不満はない。この世界ではごく一部の「役持ち」を除くほとんどが顔なしで、ブラッドのような余所者の方が異分子なのだ。
そんなことよりもブラッドが許せないのは、ボスがミルクティーを飲むことである。
ミルクティー! ブラッドは怒りをこめてその単語を吐き捨てる。
もちろんウバのように、ミルクティーに向いた茶葉があることくらいブラッドも知っている。だがそのウバにしても、本来の香りと味を楽しむのにはストレートが最適なのであって、むしろウバほど個性の強い茶葉だから、ミルクティーにしても耐えられると言える。
ましてボスのようにウバでもない普通の茶葉を適当に淹れて、適当にミルクと砂糖を入れて適当にかき混ぜて飲むという行為は、茶葉に対する冒涜であり、虐待であり、殺戮にも等しい。
殺したい。殺意を抱きはするものの、マフィアにとってボスは親も同然。生半可な覚悟で実行に移せるものではない。
そしてブラッドも、それにはまだ自分の力が足りないのを自覚していた。
ブラッドがボスに対して抱く殺意に、ボス自身も気付かないはずがない。
今はそれだけの力はないが、このまま成長していけばいずれ自分をおびやかす存在になるのは間違いない。
成長。それはこの世界の掟に縛られない余所者だけに許された特権。
ブラッドを始末してしまいたい。だが優秀な部下でもあるブラッドでしか処理できない案件も多く、使わないわけにもいかない。
結果、ブラッドを選択肢の中で最も危険な任務へと送り込む。現場で『事故』が起こるのを半ば恐れて、半ば期待して。
しかしその任務をブラッドは常にくぐり抜け生還する。持ち前の頭脳と身体能力、さらにボスへの殺意を総動員して。
そして皮肉にも、その経験がブラッドを成長させ、より危険な存在へと押し上げていく。
そんなブラッドとボスの緊張した関係は、当然他の部下たちにも伝わっている。
あからさまにボスの側へつくのは危険すぎる。今後ブラッドがボスを倒した場合、真っ先に粛清の対象になるからだ。
しかしブラッドは、彼ら彼女らを自分の側へ引き寄せようともしない。連中は所詮ボスのファミリーであり、もしブラッドが部下を持つなら、それは彼自身がファミリーを持った後のことだろう。
こうして当事者同士のみならず他の部下たちも巻き込みつつ、ブラッドとボスの緊張状態は続いていた。