キノコと矢印の森を抜けて、やっと美術館にたどり着いたアリスとボリス。
美術館の建物も、敷地に併設された墓地も変わりないように見えるのだが。
「いつもより、お客さんが少なくない?」
「……確かに」
いつもは多くの入館者が列をなしている美術館が、今はなぜか閑散としている。
「これも引越しのせいかしら」
「いや、それくらいで外出しなくなるような連中でもないけどな」
ボリスも理由が分からない様子。
そして建物へ近づくにつれて、違和感は強くなっていく。
「もう我慢できない!」
「逃げろ!」
中にいた入館客達が続々と逃げ出してくる。
「中で何か起きてるみたいだね」
「行ってみましょう」
「本気? わざわざ自分から危険に飛び込むつもりかよ?」
ボリスが心配から言っているのはアリスにも分かったが、だからといって見て見ぬふりも出来ない。
「ジェリコやユリウスもだけど、美術館のスタッフ達も顔見知りだもん。放ってはおけないわよ」
「顔なしが顔見知りとはね……。しょうがない、援護するから、あんまり離れるなよ?」
「ありがとう!」
ボリスと連れ立って館内へ入ると、特に展示が壊されたり荒らされたりした様子はない。
そしてアリス達にも、異様な気配がひしひしと伝わってきた。
(気配というか……、音?)
あまりに異常すぎて気付かなかったが、不快感を増幅させて煮詰めたような音がかすかに館内に響いている。その音は、奥へ進むにつれて強くなっていく。
そしてアリスにとって、かつて聞き慣れた音でもあった。
「たらら~、たららったったら~♪」
美術館に展示されていた彫刻を横に押しのけて、ノリノリでバイオリンを演奏しているのは、よれよれのコートを着た無精ひげのおじさん。その姿を見て、アリスは思わずつぶやいた。
「ゴーランド……」
遊園地のオーナー、ゴーランド。ハートの国ではアリスもよく遊びに行っていて、その度に快く迎え入れてくれた。
しかしクローバーの国に引っ越した際に、遊園地ごとどこかへ行ってしまい、そのままずっと会えない状態が続いていた。
決してイケメンとはいえない顔だが、見ているうちに懐かしさがこみ上げてきたアリスは、思わず駆け寄ろうとして――
(や、やっぱり無理……!)
それ以上ゴーランドに近付くのを、足が拒否する。
「たらったったたら~♪」
基本的に命が軽く、殺伐とした人の多いこの世界では比較的温厚といえるゴーランドだが、とんでもない欠点がある。
それは、絶望的な音痴。
歌だけでなく楽器の演奏もありえないほど下手で、耳障りや不快というレベルを超越した、聞くと脳が腐るほどの超絶音痴。なのに人に聞かせるのが大好きという最悪のパターン。
(遊園地でも、お客さんよく逃げてたなあ)
久しぶりに会えたゴーランドなのに、これ以上近付きたくない。むしろ逃げ出したい。
美術館のスタッフ達も、止めたいのだけど近付けずに困っているようだ。
(歌と演奏さえやめてくれれば……)
そう思ったのは、アリスやスタッフ達だけではなかった。