◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第2話 運命を切り開くモノ
出演
磨墨 ウオッカ
相模国 土肥郷 椙山
歴史にその名を刻む英雄は、誰もが皆、多かれ少なかれ何かしらの運に恵まれている。しかし日本の歴史上、源頼朝ほど強運に恵まれた者は他にいないのではなかろうか。彼はその生涯の中で、普通ならその場で死んでいてもおかしくない様な窮地を、幾度となく切り抜けている。伊豆で反平家の狼煙をあげ、鎌倉を目指したその時も、絶体絶命の危機に見舞われていた。
話は、八幡(生食)が鎌倉を目指した頃より少しさかのぼる。
治承四年八月二十三日(1180年9月14日)。伊豆から箱根の山を越え、鎌倉を目指し東進していた源頼朝率いる300の軍勢は、平家方の豪族大庭景親率いる軍勢3000と石橋山にて衝突した。しかし、あまりにも多勢に無勢。見る見るうちに頼朝勢は散り散りとなり、頼朝本人もまた、土肥椙山にある洞穴に身を潜めるはめに陥った。もし、これを大庭方に発見されたなら、頼朝の命も一巻の終わりとなるのだが…。
磨墨(情けねぇ… 全くもって、情けねぇ!)
戦場…といっても勝敗は大方ついており、もはや残党狩りの段階なのだが、その中で、鎧姿の宇摩娘がひとり心をイラつかせていた。
まず、敵の弱さが腹立たしい。通常、戦相手が弱いということは有難いことなのだが、今回は違う。実は彼女は、個人的に平家の専横に対し反感を募らせていて、伊豆で源頼朝が挙兵したと聞いた時には、心の中で密かに喝采をあげたりもしていた…ところがどうだ!この様は!!
磨墨(源氏の嫡流が、それも以仁王の令旨を掲げながらわずかな兵しか集められず、挙句の果てに木っ端微塵かよ…敵ながらなんとも腑甲斐ない! 所詮、都育ちのお坊ちゃんでしかなかったということか。)
それでは、どうしてこの宇摩娘が頼朝方の敵としてここに立っているのか。これがまた彼女をイラつかせる理由の一つなのだが、有体に言えば同族の誼(よしみ)、親類縁者のお付き合いといったところである。磨墨を含めた梶原一族は大将の大庭景親と同族で、磨墨の父平三景時が大庭の出陣要請に応じたのだ。
それに加えて、磨墨はどうも大庭景親という男のことが好きになれない。「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」という言葉もあるが、同じ坂東武者であっても、平家に対する反感を強める者がいれば、その一方で、平家の権勢に尻尾を振るような者もいる。景親は明らかに後者に属する。
そして何よりも腹立たしいのは、そんなこんなを考えていながら、今、このような場所に立っているおのれ自身だ。
大庭景親「どうした梶原の、そんなに目を吊り上げて…。 戦場で気が立つのは分かるが、美人が台無しじゃないか。 これじゃ、宇摩娘というより宇摩息子だぞ」
磨墨「うっせー、黙ってろ」
景親「おお、恐ろしや、フッハッハッハ…。 せいぜい励めよ」
自分が頼朝の首をあげ、一番手柄となった姿を想像しているのか、景親は、疲労の色こそあれど、なお意気揚々だ。
景親「平家に仇なす謀反人頼朝は、まだそう遠くへは行っていないはずだ! 草の根を分けてでも探し出せ!!」
激しい雨を物ともせず、頼朝追跡が続けられる。
やがて、磨墨の普通の人間より優れた耳に、不自然な息遣いが聞こえた。他の者と比べて息継ぎが妙に間延びしているのだ。あたかも、可能な限り息を殺しているかのようにも聞こえる。
磨墨は、不審に思いながらその息遣いのする方向へと進むと、やがて目の前に洞穴が現れた。その洞穴から、複数人の静かに抑えるような息遣いが聞こえてくる。
磨墨(成程、そういうことか…)
後ろから、景親や彼の家来たちが迫ってきた。磨墨の様子を見て、手柄の横取りでも狙い後を付けてきたのか。磨墨は不機嫌な表情で振り返りながら
磨墨「そこで待ってろ。 俺がいいと言うまで動くんじゃねぇぞ」
そう言って松明をかざし、洞穴にひとり踏み込んでいった。
家来「よろしいのですか? あの宇摩娘、手柄を独り占めしようと…」
景親「まあよかろう。 もしあの中に頼朝がいるとすれば、独りではあるまい。 手練れの家来が周りを固めているはず。 さしものじゃじゃ宇摩娘も、手こずるだろうよ。 中から声でもあがれば…その時に突入だ」
家来「ハッ!」
まったく、相変わらず下品なニヤニヤ顔だ…などと景親のさきほどの表情を思い返しながら、磨墨は洞穴の奥へと進む。
居た。落ち武者の一団だ。人数は10人に満たないか。彼らは、一番奥にどっしり構えるように座っている一人を除き全員が、磨墨の姿を見て身構える。
磨墨(へぇ~。 まだ闘気は残っているみたいだな。 するってえと、一番奥に居るのはやはり…)
源頼朝「宇摩娘よ。 どうやらそなたが、この頼朝を見つけた一番手柄のようだな。 …の割には、あまり嬉しそうにも見えないが」
磨墨「へっ! 源氏の嫡流だかなんだかしらねぇが、山の中をウロチョロ逃げ回っている奴の首を一つ二つ取ったところで、ちっとも武門の誉にはなんねーな」
頼朝「…では、見逃すかね」
磨墨「やはり命は惜しいか」
オイオイ、命乞いかよ…と思って頼朝の目をよくよく見ると、全く怯える様子が見られない。それどころか、燃えるような何かを宿しているようにも見える。顔全体でいえば、どちらかというと氷のように冷たい表情なのだが、両目の光には何かそれに反するような熱を感じる。
頼朝「ああ、惜しいな。 死ぬことが怖いというよりも、何も成すことの無いまま、ここで生涯を終えてしまうのは実に悔しいし、ここまで私に付き従い、死んだ者たちに対しても顔向け出来まい」
磨墨「足掻き続けるつもりか? あんたの兵は散り散りに逃げてしまっているぞ」
頼朝「ああ、足掻き続けるさ。 たとえ自分が、最後の一人になったとしても」
大切なのは一時の勝ち負けではない。確かに頼朝はたった300の兵しか集められず、石橋山で大敗した。しかしそれを、不甲斐ないだの情けないだのと言って非難する資格が、今のおのれにはあるのか?磨墨は、心の中で自問自答する。
たとえ自分が、最後の一人になったとしても…そう、単に生きるか死ぬかではなく、おのれの意思をどこまで貫き通すことができるかどうか。そこにこそ、坂東武者の誇りと魂があるのではなかったか。ならば、そこにいる頼朝こそ、真の勇者、真の坂東武者ではないか!
磨墨「オイオイ、首一つで都から坂東まで飛んで帰る、将門公でも気取るつもりかよ(フッ…源氏嫡流というのも、伊達じゃねぇってことか…)」
磨墨は笑いかけると、そのまま踵を返す。
頼朝「宇摩娘よ、そなたの名は?」
磨墨「梶原の…磨墨だ。アンタにツキがあるならば、いずれどこかで会おう」
洞穴から出てきた磨墨に、大庭景親が声をかける。
景親「どうした、手ぶらではないか? 洞穴の中は一体どうだったんだ?」
磨墨「どうやら蝙蝠の羽音か何かを聞き間違えたようだ。 ここには誰も居ねーよ。」
景親「そうか。 どれ、念には念をだ」
景親はそう言いながら、磨墨の脇を通って洞穴に向かおうとする。
磨墨「オイ、大庭殿。俺の言うことが信用出来ねえって言うのか?」
景親は立ち止まり、しばし磨墨とにらみ合う。
景親「そういえばお主は昔から、どちらかと言えば嘘をつくのが苦手な質であったな」
磨墨「…」
景親「そんなお主が、得することの無いような嘘を、わざわざつくことも無かろう」
こうして景親主従は、洞穴から遠ざかっていく。それを見届けた磨墨は、どっと疲れが出たように肩を落とし、そして、急にフフッと笑いが漏れる。武者震いが止まらない。
磨墨(これで俺も、晴れて平家に仇なす謀反人の仲間入りか…ハハッ!ざまぁねえな!!)
???「磨墨。 お主、何かあったのか」
背後から急に声を掛けられ、思わず磨墨はギョッとする。
磨墨「な、な、なんだ、オヤジか。 脅かすなよ」
磨墨の父、梶原平三景時であった。
平三「お主は昔から、嘘をつくのが苦手な質であるからのう」
磨墨「ああ、実は…」
言い淀む磨墨の顔を平三がのぞき込む。
磨墨「オヤジ! 実は、後で話があるんだ。 この、退屈でくだらねぇ残党狩りが終わった後で…」
この戦の後、梶原一族は平家を見限り、頼朝に与することとなる。頼朝の梶原一族に対する信認はあつく、磨墨は頼朝の親衛隊の一人に起用され、父平三も頼朝の懐刀として活躍することとなる。
続く