◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第5話 出会い
出演
八幡(生食) ダイワスカーレット
磨墨 ウオッカ
北条政子 シンボリルドルフ
古来、鎌倉は清和源氏と深いつながりを有した地である。相模守を務めたこともある源頼義が、康平六年(1063年)八月に京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比郷鶴岡(現材木座1丁目)に鶴岡若宮として勧請したのが始まりで、永保元年(1081年)二月には頼義の嫡男、八幡太郎義家が八幡宮の修復を行っている。また、天養二年(1145年)には源頼朝の父、義朝が鎌倉の扇ヶ谷付近に居を構えている。
石橋山敗戦の危機から逃れた頼朝は、海路、安房国に渡り、房総半島の千葉氏、上総氏などの諸勢力を味方につけ、治承4年(1180年)10月鎌倉入りを果たした。梶原一族は翌養和元年(1181年)の正月に、正式に頼朝の御家人となる。
相模国 鎌倉
方々で槌音が鳴り響く鎌倉の街中。その一角に構えた梶原一族の屋敷に、頼朝の使者が訪れた。
使者の口上によると、頼朝の親衛隊(寝所警護役)に、新たに一人の宇摩(うま)娘を登用したい。ついてはその技量を量りたいので、同じ宇摩娘であり、すでに親衛隊の一人として仕えている磨墨にも来てもらいたいとのこと。さらに詳しく話を聞くと、その宇摩娘はどこかの武家の出であるとか、武芸の心得があるというわけではないようで、現在は佐々木家の屋敷に逗留中だそうだ。下総の豪族から推挙されたともいうが…
磨墨(まさか御大将、また悪い虫を騒がしてるんじゃねえだろうな…)
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昔から「英雄色を好む」という言葉があるが、頼朝はかなりの女好きであった。宇摩娘(当時の武士の間では、力強い上に美しい宇摩娘の人気が高かった)だろうが普通の娘だろうがお構いなし。痴話喧嘩で宇摩娘から蹴りやつねりをくらわされたのも、1度や2度ではない。そして彼の複数いる愛妾が、鎌倉市中より少し外れたそこかしこに囲われているというのは、彼に仕える御家人の間では公然の秘密であった。
そんな調子ゆえ磨墨が頼朝に仕える際には、周囲の誤解を解く必要も生じた。男の御家人などはまだいい。自らの武威(主に弓の力)を見せつけた上で「何か文句あるか?」の一言で済む。(そうした後で、一部の男から「わしの嫁にならないか」と言い寄られ、閉口してしまうことも度々あるが)それ以上に問題と思われたのは頼朝の正室、北条政子…実は磨墨と同じ宇摩娘…である。
磨墨(あのお方は、怒らせると俺でもおっかない…)
こんなことがあった。政子が嫡男を妊娠中、頼朝は飯島(現在の逗子市)にある伏見広綱という家来の屋敷に亀の前という名の愛妾を囲い、そこへ足しげく通っていた。嫡男を無事出産できた政子だが、その直後、彼女の継母である牧の方から頼朝の浮気を知らされる。政子は、牧宗近(牧の方の父親)とその家人たちを引き連れ、広綱の屋敷に自ら乗り込む。
北条政子「貴様か。 亀の前という女を匿っているのは」
政子の眼光の鋭さに、広綱は「どうかお助けを!」の一言がせいぜいで、後はちぢみ上がって何も声が出ない。政子はそんな広綱を一瞥すると、それに背中を向けてスタスタと歩き、そして屋敷の中にある柱の一本の前で立ち止まるや否や、おもむろに拳を構える。
バキッ!
正拳一突きで、柱がものの見事にへし折れた。
政子「宗近殿… この屋敷を、完膚無きまでに壊しつくせ」
政子の口調はあくまで静かであったが、そこがまたかえって恐ろしい。そして政子の命令通り屋敷の破却が始まり、広綱と亀の前はほうほうの体でそこから逃げ出した…。
因みに磨墨はどうであったか。
磨墨が政子と初めて顔を合わせた日、当初はあからさまなくらいに警戒されていた。やきもちを焼いた政子が、その時一緒にいた頼朝の尻の辺りを他者から見えない角度からこっそりとつねりあげたりもした。(その時つねられた部分に出来たはれ物は、一月以上治らなかったとも…)
しかし直後に、磨墨が石橋山合戦の際、頼朝を助けた命の恩人であるということが分かると政子は、磨墨の手を取り、涙を流しながら繰り返し繰り返し、感謝の言葉をかけたという。それ以来、政子からもあつい信頼が寄せられることとなる。
どうやら北条政子は、愛憎の深く激しい人物であったようだ。
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頼朝の、宇摩娘登用の話に戻る。
いくら女好きだからといっても、流石に何の力も無い者を親衛隊に入れようとは考えないだろう。実際、その技量を量ろうと考えている節もある。問題は、それをどのように量るかだが…
頼朝の使者を迎えた時、磨墨は庭先にて、ある特殊な「弓」の弦を張っている最中であった。ちなみに宇摩娘ではない力自慢の男が4,5人がかりで引っ張っても、この弓の弦を張ることは出来ない。
磨墨「在野の宇摩娘か… 丁度いい。 こいつで試してやろうか」
頼朝の使者が梶原屋敷に来てから一刻ほど後、今度は磨墨が頼朝の屋敷を訪ねる。広間には頼朝と何人かの御家人、そして下座には頼朝に向かい平伏する一人の宇摩娘がいた。
頼朝「磨墨か。 来るのが遅いと思ったらどうしたその出立ちは? これから一戦交えるつもりか?」
磨墨「非番とはいえ、我らが御大将、鎌倉殿の警護役ですからな。 それに、それなる宇摩娘の技量を量るのに、この「弓」がちょうどいいと思いまして」
磨墨は鎧をしっかりと着込んでいて、左手には例の「弓」が握られている。それを見た頼朝や近臣はギョッとした。その磨墨の言う「弓」とやらは、本体が鋼で作られており、弦もまた鋼の糸をよったものだ。おまけに背中に背負う矢も全て鉄で出来ている。射出力との兼ね合いから、矢も相応に重たくないと、正確に的に向かって飛ばないからだ。
頼朝(磨墨よ… 我ら凡夫は、左様な物を「弓」とは呼ばぬ。 それは「弓」というより…「弩」ではないか?)
頼朝が冷や汗をかきながら思った通り、台座などを外しているものの、まさしく「弩」であった。それもかなり長大な。普通の人間だと、滑車など特殊な道具を使って辛うじて引くことが可能な代物である。磨墨はこれを普通の弓の様に両腕で扱い、5~6町(およそ550~660m)も先にある的を正確に射抜いてしまう。当時は普通の武士が、重藤弓で4町も飛ばせれば上出来とされていた。
磨墨「おい、そこのお前。 聞けば武芸の心得は無いようだな。 矢をつがえ、的に当てろとまでは言わねえ。 コイツを引いてみな…まあ、引けるもんならな」
磨墨は「弓」(事実上の「弩」)の弦を、まずは自らが軽々と引き絞って見せた。周囲からざわめきが起きる。そして磨墨は、平伏する宇摩娘の目前にその「弓」を置いた。
宇摩娘「フン! それがお望みというのなら、いくらでも引いて見せるわよ…」
宇摩娘は「弓」を手に取ると、顔を真っ赤にさせながら、それを引き絞って見せる。磨墨の時よりも鋼の本体がたわみ、今にも折れんばかりだ。周囲のざわめきも一段と高まる。
磨墨「へ…へえ、なかなかやるじゃねえか」
宇摩娘「何よ、その上から目線。 これでも不足というなら…」
宇摩娘は、いったん「弓」を引き絞っていた手を緩めると、今度は両手で「弓」の本体をつかみ、口に弦をくわえた。
一同「???」
宇摩娘は、そのまま「弓」の本体を右足で踏みつけ、口で引っ張り上げるように弦を引き絞る。もし仮に、並の人間がそんなことをすれば、瞬時に歯の5、6本は持っていかれそうだ。下手をすれば顎の骨さえ折るかもしれない。
磨墨「ちょっ… お前!?」
そしてとうとう、鋼の糸をよって作られた弦をそのまま食いちぎってしまった。周囲の御家人たちからは悲鳴が上がる。頼朝も声こそ上げなかったものの、これを見てしばし呆然としていた。それでも何とか立ち直った頼朝は、宇摩娘に対し声をかける。
頼朝「う…うむ。 天晴! 見事な腕っ節であるな! これほどの力があれば余の警護役として存分に活躍してくれようぞ。 そうであろう?」
そう言って頼朝は辺りを見渡す。その場に居合わせた御家人たちも、黙って頷くほかなかった。
磨墨「…粗削りながら、力は十分のようですな」
頼朝「そうか… よし、磨墨も認めた所で、この者を寝所警護役に取り立てるとしよう(さて、今度は政子にどう説明しようか…) …して、名はなんと申したか」
宇摩娘「はい。 私、生国においては“八幡”と呼ばれています」
磨墨「そいつはご大層な名前だな。 源氏の氏神様と一緒とは」
八幡「何? 文句あるの?」
磨墨「おいおい、これから源氏嫡流の御大将に仕えようって身だろ。 ちっとは控えろ」
八幡「何よ偉そうに。 そういうアンタこそ何様のつもり? 大将の「いい人」だからって無駄に偉ぶってるんじゃないわよ!」
磨墨「いい人って…おまぇっ… 変な勘違いするなよ!!」
それは怒りか、はたまた別の何かか、磨墨の顔が見る見るうちに赤くなる。
頼朝(いや、磨墨とだけはそういう間柄ではないし… 真偽を問わず左様な話、政子の耳に入ったらタダじゃ済まないし…)
頼朝の顔からは少し血の気が引き、さき程から流れ続ける冷や汗も全く引かない。宇摩娘の「おっかなさ」を再確認した頼朝であったが、しかしその一方で…
頼朝(これは思いの外、じゃじゃ宇摩であるな。 こいつは、下手に声を掛けたら痛い目に遭いそうだ… ちと残念)
どうにも懲りない頼朝であった。
八幡「とにかく、この日の本一、天下一の宇摩娘である私が、主でもないアンタにどうこう言われる筋合いなんてないわ」
磨墨「…やれやれ、“生意気”なくらいに他人に“食ってかかる”、とんだじゃじゃ宇摩娘だぜ。」
その時、ふと(頼朝は)閃いた!
この発想は、この宇摩娘の新たな名前に活かせるかもしれない!
頼朝「確かに磨墨の申す通り、我ら源氏の氏神と同じ名前というのも、どうかとは思う… そこで余が、そなたに新たな名を与えようと思うのだが…どうじゃ?」
八幡「御大将が直々に名を下さるとは、大変光栄に存じます。 して、その新たな名とは?」
頼朝「いけずき…“生”に“食”と書いて“いけずき”というのでどうか?」
この時の、頼朝の頭の中では、八幡が「弓」の弦を食いちぎった瞬間と、磨墨のボヤキとの2つの場面が思い起こされていた。同時に(“池”と“月”ということにしとけば良かったかな)などとも、チラッと思ったりしたのだが…
頼朝の発案を聞いた磨墨が、ククッと笑いをこらえる。
八幡「…何がおかしいの?」
磨墨「いや、別に…」
八幡「御大将。 その名をありがたく頂戴し、本日より生食と名乗らせていただきます!」
そして横にいる磨墨の方に目線をやり
八幡改め生食「笑っていられるのも今のうちよ。そのうちアンタを喰らって、私が天下一だということを証明してみせるんだから」
八幡改め生食は、不敵な笑みを浮かべた。