秘密結社のボスに祭り上げられた話   作:じゃがありこ

3 / 3
第3話

夜10時半。この時間帯になってもこの街は騒がしい。俺が住んでいる場所から少し離れた都心の象徴のような街は夜のない街と呼ばれている。夜の時間帯こそがもっとも活気のある騒がしい時間帯だからだ。昼間に活気がないわけではない。昼間は夜に比べれば比較的穏やかで静かだが、東側と南側は会社や学校やショッピングモールがあり活気に溢れている。しかし、夜の活気はベクトルが違う。この街の闇が顔を覗かせる。駅の方はまだいいが、奥に入るにつれ空気が危うい。

 

その象徴ともいえる場面に俺は今まさに出会っていた。

 

「一緒に来てもらうぞ。手荒な真似はしたくない」

 

「イヤっ、離して!」

 

「チッ、静かにしろ!」

 

黒服サングラスの男たちが一人の少女を壁に押さえ込もうとしている。身長や体格から類推するのであれば、歳は15歳から18歳くらいだろうか?

少女が必死に抵抗しようとするが、逃れられない。恐らくは身体強化の能力。男は拳銃を取り出し、少女の目前に突きつける。

 

少女的には絶体絶命だろう。しかし、どういう状況だろう。もしあの拳銃が本物で実弾を装填しているとなると彼らは一般人ではないのだろう。まあ、それ自体は問題ではない。ここはそういったやつらがいる場所でもあるし、あの秘密組織ごっこのせいでマジ物のやつらに会うことも何回かあった。ただ、不自然なのは少女の格好だ。何というか………すごいボロボロだし汚れているし、逃亡生活中の様であった。

 

普通に暮らしていれば、こんな状況には陥らないだろう。…まあ、でも事情を知らない俺が何かするのはあまりよろしくない。俺らの組織理念は理不尽を憎めだがなるべく日常も大事にしようというルールもある。危険なことに首を突っ込み続けていたら実が持たない。独断ではなるべく動かないと中二病を卒業した俺が決めた。だから俺はここでは関わらない。そっと通報しておくだけにしよう。

 

「ッ、誰だ!」

 

なんて考えているうちにばれてしまった。

 

「た、助けて!」

 

「あー……」

 

俺に気が付き必死に助けを求める少女。白い髪、しなやかな四肢、整った顔立ち。びっくりするぐらい美少女だ。日本人ではない顔立ちからして海外の人だろうか?それにしては流暢な日本語だ。

 

「チッ…目撃者だ。消せ」

 

「了解」

 

ガタイのいいほうの男が、細身の男に言われて拳銃を構える。なぜこうも物騒なのだろうか?普通のやばい人たちは今タイミングで悲鳴をあげながら逃げれば見逃してくれるはずなんだけど。

 

「あっぶな!」

 

咄嗟に近くの電柱の裏に隠れる。パァン!という発砲音と共に電柱に弾丸が着弾し電柱がはじける。

 

通常、能力者は普通の人間よりも体が頑丈にできており、拳銃程度なら当たっても死にはしない。そして身体能力と頑丈さは能力強度の上昇に比例する。つまり能力者として高みにいればいるほど身体能力も体の強度も上がる。ちなみに俺以外の友人達は何処のびっくり人間だというぐらいに丈夫だ。たとえ、拳銃の銃弾を眉間に当てられてもケロリとしているだろう。俺なら脳震盪で気絶する。まあ、何が言いたいかというと怖いものは怖いので帰りたいということだ。

 

「チッ、らちが明かないな!」

 

ガタイのいい男が、拳銃で牽制しながら近づいてくる。流石にまずいので、移動しようと試みるが時すでに遅く、俺が間合いに入った瞬間、バタフライナイフで俺を切りつけてきた。

 

ヒュン!!

 

そんな風を切る音と共に俺の顔へと迫る。危ねぇぇぇぇー!。首を動かして間一髪……何とかかわした。髪を掠めちゃったじゃねえか!!!我ながらよく今の攻撃躱せたな……いや落ち着け。表情に出すな。いつも通り困ったときはポーカーフェイスだ。大丈夫だ、びっくり人間と比べれば、全然遅い。

 

耳元で唸りを上げて風が吹き抜けた。繰り出された右ハイキックは虚空を打ち抜き、通り過ぎる。ガタイがいいわりに俊敏な動きをするもんだ。

 

「クソッ、何で当たらねえ!?」

 

間一髪で攻撃を躱し、内心ではビビりまくっている俺に対して、相手も焦りを感じてきたようだ。攻撃が単調になってきている。確かに長期化すればするほど、不利になるのは奴らだ。できればもっと焦ってほしい。思い出せ…怖い時は仮面を被れ。俺の大好きな悪役ならこんな時なんていう?

 

「…こんなものか?威勢だけは立派だな」

 

「な、なめてんじゃねえぞッ!」

 

振りかぶった腕が赤く発光する。

 

「オラッ!!!!!」

 

先ほどとは比べ物にならない威力の拳がアスファルトを粉砕する。破片が辺りに飛び散る。

 

「やっぱり、能力者かぁ」

 

「逃がすかぁッ!」

 

突進してくる男を避けようと膝を曲げた瞬間、何かを踏んだ感触と共に視界がぐるんッと回転する。視界の端に空き缶を捉える。気が付けば、泡を吹いて足元に男が転がっている男の上に俺が立っていた。………どういう状況だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

私は驚きで開いた口をふさぐことができなかった。視線の先には、自分よりも少し年上の少年と狂暴そうな男が戦っている。男の屈強な体から繰り出されるラッシュを全て最小限の動きで避け続ける。少年は眉一つ動かすことなく終始相手を見下したかのような顔で、避け続ける。そんな光景が、先程から幾度も繰り返されている。

 

父さんを殺した奴らに追われ追い詰められ、もうダメかと思ったところに飄々と現れた少年。正直、助けを求めてから後悔した。何の関係のない人を巻き込んでしまったからだ。隙を見て逃げてくれることだけを祈っていた。だけど、結果はどうだ。彼は一度たりとも攻撃を受けることなく制圧してしまった。それは、父が組み手で見せるどの動きよりも洗練された動きに見えた。

 

「これは予想外だな……身体能力以外は全く取り柄のない男だが、こうもあっさりと制圧されるとはな。鮮やかな二連撃だ。蹴り上げた空き缶を囮に、バク中気味で顎を蹴り上げ、上から踏みつける。加えて能力も使っていた様子もない、もはや遊んでいるようにも見えた。ブラボー!とても、素人技ではないな。お前、何者だ?」

 

私を人質のようにしながら、細身の男が低い声で問いかける。聞いているだけで、足が震える恐ろしい声だ。

 

「お前こそこの国の人間じゃないよな?このあたりを仕切っている奴らに海外の構成員はいない」

 

「何?」

 

「最近、死体の消失なんて奇妙な事件があってな?このタイミングで現れた部外者、怪しいだろ?」

 

「ッ…死ね」

 

瞬間凄まじい熱が私の頬をなでた。私の顔の横を通り抜け、無数の炎の弾丸が彼に迫る。

 

「よけてぇ!!!」

 

咄嗟に声を上げるが、彼は動かない。誰か…彼を助けて!!!

 

 

 

 

 

なんだかよく分からない状況だ…炎の弾丸をみて使()()()()()()()()なと思っていたところで白い光が視界を覆いつくし、気が付けば少女を人質に取っていた男は倒れ、少女も気絶している。男の腕はひどい焼け方をしている。

 

…俺の処理能力を超えている気がする。こういうとんでもない事態にはとんでもない人間を頼るに限る。というか、この問題を放置しておくとろくなことにならないと俺の勘が叫んでる。

 

「久しぶりに会いに行くかね…あいつらに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やや微妙に倦怠感が残る目覚めだった。

 

「やっと起きたか、初めまして。リーリヤ・マークスレイン」

 

「え!?」

 

リーリヤは恐怖と混乱を混ぜ合わせたような表情をした。自分の名前を知らない人間が知っていたのだ。恐怖と言えば恐怖だろう。

 

「すまない、自己紹介が遅れた。私のことはそうだな…笹山とよんでくれ」

 

明らかに、偽名である名前に自分だけが置いてきぼりを食っている状況、リーリヤの困惑は深まるばかりだ。寝起きの頭でリーリヤがこの事態を処理できるはずもなく、唯一出来たのは無言で相手を見つめることだけだった。

 

体躯はすらりとした長身で、髪型はセンター分けの直毛黒髪。特徴的なのはその眼鏡だろう。眼鏡が神経質そうな顔にあいまって、難しそうな感じを受ける。

 

「君のことは調べさせてもらった。紫苑が連れてきたとはいえ、部外者を招き入れるわけだからな。と言っても元々調べている人物だったがね。リーリヤ・マークスレイン。北方のマフィア、RZEの構成員の娘。現在は父親を殺され組織に追われ逃亡中。能力は『物質強化(レンフォース)』とされているがおそらく嘘だろう?」

 

「な、なんで………」

 

リーリヤは絶句したまま声が出せなかった。背中をつららで撫でられたような感覚がリーリヤの全身を襲った。そんな彼女を差し置いて淡々としゃべる笹山という男は普通では分かりえない情報を詰まることなく話していく。

 

「ここまでは我々が調べれば簡単にわかった。わからないのは君の能力が狙われてしまっている理由だ。正確には君の能力。紫苑は何かしら知っていそうな雰囲気だったが、君は心当たりがないのか?」

 

「ヒッ………」

 

リーリヤは恐怖のあまり思わず、持っていた布団で視界を覆い隠す。目をギュッと瞑り肩を震わせている。そんなリーリヤに救世主が現れた。

 

「笹山センパイ、いきなり連れてこられて知らない場所で知らない男と二人の状況で冷静になれる女の子はいないっスよ?」

 

聞き覚えのない女性の声に驚きつつも、リーリヤは恐る恐るといった感じで布団から視線を出す。

 

押し出し式のドアを開けて入ってきたのは、リーリヤと同年代位の少女だった。

 

「状況が整理できていないか…失礼。少し急き過ぎていたらしい。状況を共有しておこう」

 

「君は暴漢たち、我々の見立てではマフィアの人間に襲われた。危機一髪のところで、紫苑に助けられた。ここまでは君の認識と同じだな?」

 

「は、はい…」

 

笹山の言動に委縮するリーリヤを見かねてか、先ほど入ってきた少女が助け船を出した。

 

「笹山センパイ、年下をいじめる様な真似はよくないと思うんっスよ」

 

「む?別にそんなつもりはないのだが…」

 

「威圧感があるっスよ。ただでさえ目つきが悪いんっスから笑顔の一つでも浮かべてください。そんな不愛想だからインテリヤクザとか呼ばれるんっスよ?スーツに金時計って狙ってるんっスか?何を目指してるんっスか?」

 

「ぐッ!………別に威圧したつもりは」

 

「ここからは自分が説明するんで、少し黙っててください」

 

少女の容赦のない言葉に撃墜された笹山は座っていたパイプ椅子を畳みリーリヤから最も離れた場所に再度椅子を開いて座った。それを見届けてからベットから体を起こしているリーリヤと視線を合わせるように、同じくベットに座り話し出した。

 

「とりあえず、自己紹介から始めますかね。自分の名前は凛香っス!どうぞ気軽に呼んでください!っていうかめちゃめちゃ可愛いっスね!肌綺麗だし、声すごい高いし、良いっスね。あ、日本語わかります?」

 

「あ、はい。わかります………は、初めまして」

 

リーリヤは、先ほどの笹山との会話が嘘のように優し気かつハイテンションに自己紹介をする目の前の少女に面食らいながらもなんとか挨拶を返す。

 

リーリヤは凛香に対してきれいな人という印象から元気で可愛らしい人と印象を抱いた。

 

「話を続けていいすかね?紫苑先輩に助けられた後にリーリヤさんはここに運ばれてきたんっスけど覚えてない感じっスか」

 

「えっと、はい。ごめんなさい………えっと、それで、ここってどこなんですか?」

 

段々と落ち着いてきたのかリーリヤはずっと気になっていることを聞いた。

 

「あーすぐに教えたいのはやまやまなんすけど、一応聞いとかなくちゃいけないことがあってっスね。…襲われるまでの詳しい経緯を聞いても?」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今タワマンの30階から夜景を見下ろしている。完全な円となった白い月が目の前に浮かんでいる。車のヘッドライトが鮮やかな川の流れとなって、街から街へと流れていた。様々な音がまじりあったやわらかなうなりが、まるで雲みたいぼおっと街の上に浮かんでいる。一言でいえば絶景だ。コーヒー片手に街並みを見下ろしていると先ほどまでの出来事が嘘のようだ。なぜこんな場所にいるか?ここがあの場所から一番近くかつ安全な場所だったからだ。

 

30階建てのマンション―――その一室。絶対に学生が一人で暮らせるような場所ではない。誰もがそんな感想を抱くようなこのマンションに住んでいるのだ。あの男は。

 

「いきなり、連絡してくるとはな。驚いたぞ」

 

黒髪長身眼鏡。そして顔の良さをすべて打ち消すほどの目つきの悪さ。この男こそがこの家の家主にして、小学生時代からの仲間である時久だ。

 

あの後すぐに俺は氷雨に連絡を取った。警察に行くとややこしくなりそうだったので、何とかしてくれそうかつ一番まともそうな氷雨に連絡をしたのだ。ワンコール目で電話に出た氷雨は、近くに時久の家があるから現場の処理は任せて先に行っていてくれと言い残し電話を切ってしまったので、言われた通りに時久の家に出向き今に至るというわけだ。

 

いや、大変だった。気絶した彼女を背負いながら、人目につかないようにここまで運んでくるのは修羅場だった。裏路地を使い、防犯カメラを潜り抜け、悪友に教えられたあらゆる裏道を駆使してここまでたどり着いたのだ。

 

「悪いな、事情も説明せずに上がらせてもらって」

 

「それについては問題ない。だいたいの事情は氷雨から連絡を受けている。彼女のケアは凛香にしてもらっている。それに断片的な情報だが、何が起こったのかは推測できる」

 

「マジか!?それはすごいな」

 

昔から頭がいいやつだったがここまでとは!

 

「フッ、私は考えることが専門の頭脳派だからな!この程度のことなら造作もない」

 

「おお!」

 

眼鏡をクイッと挙げながら不敵に笑う彼を少し格好よく見える。

 

「監視カメラの映像を見たがマフィアが欲しがるのも納得だな。本人は理解できていなかったようだが、『原典』を所持しているとは。無自覚のままは危険だろうな」

 

………原典?時久は何を言ってるんだ?

 

「しかし、流石だな。暴漢を使い、彼女を精神的に追い詰め能力を無理やり開花させる。実に鮮やかな手際だ!」

 

「え、いや…」

 

「氷雨の話だと奴らは『ヴェクター』の残党らしいが、奴らも自分たちが利用されているとはついぞ思わなかっただろうな。憐れな奴らだ」

 

「いや、だから…」

 

興奮気味に話している時久のテンションと話にまるでついていけない。

 

「頭脳戦においては紫苑にも遅れは取らないつもりだったが、今回は一本取られたようだ。もう少しで、氷雨も来るらしい。積もる話もあるだろうが、今は休んでいてくれ」

 

そう言って、時久は向こうの部屋に消えていった。

 

話を聞けよ!!!!ていうか『ヴェクター』ってなんだよ!お菓子の名前か!?憐れなのは何の事情も分からずに放り出されてる俺だろ!!!!

 

「……コーヒーでも飲むか…」

 

予想外のことだらけで疲れ切った頭を冷やすために俺は、再度冷え切ったコーヒーを口にしてソファーに座り夜景を見下ろすのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。