ポケモンスナップが楽しすぎてバグりました。
息抜き投稿ならぬバグり投稿なのでのんびり更新します。
ポケットモンスター。縮めてポケモン。
たくさんの謎を秘めた、“ふしぎないきもの”。
古来から人間とポケモンは共に戦い、過ごし、生きてきました。それでも未だにポケモンを“ふしぎないきもの”と称するのは、ポケモンの秘める力が、神秘が、あまりに膨大だからでしょう。ポケモンは何もないところから炎を生み出し、水を放ちます。それはいとも簡単に人間を傷つけることでしょう。しかし一方で、その力を優しく使うことができれば、人々の営みを大いに助けることに繋がります。
だからこそ、この世界にはポケモントレーナーと呼ばれる人々がいるのです。
ポケモンと共に戦ったり働いたり、友として過ごしたり。そうして人間の生活に、ポケモンは欠かせない存在となったのです。
そう、だからこそ──あなたに今、とある出来事が起ころうとしています。
「…………ちぇ、チェレン先生、今、なんて?」
「うん? じゃあ、もう一度言おうか」
ここはトレーナーズスクールの面談室。小さな部屋の中にはダークウッド調のローテーブルがひとつ。それを囲むようにオフホワイトのソファーが置かれていて、あなたはそのひとつに座っています。身体を柔らかく包み込むようなソファーは、うっとりするような肌触り。けれど今のあなたには、それに頬を緩める余裕は無さそうです。
ぴんと伸びた背筋。見開かれた目。あなたの驚愕と困惑の理由は、あなたの向かいのソファーに腰掛けたまま、にっこりと微笑みました。
「君に、職場体験に行って、そのレポートをまとめて提出してほしいんだ」
痛いほどの沈黙が流れました。もっとも、“痛い”と感じているのはあなただけかもしれません。チェレン先生は依然として明るい表情をしています。しばらく呆然としていたあなたも、そんな余裕そうな先生にむっと口を尖らせました。
「……私、もうスクールの進級に必要な単位は取り終えているのですが」
「知っているよ、優秀だね。だから明日から自由登校だろう?」
「ええ、ですから、」
「だから、暇だろう?」
「ひ……暇って、その言い方はあんまりじゃないですか……?」
あなたが口ごもったのは、チェレン先生の言葉に怒ったというより、“暇”というのが図星だったからです。新学期が始まるのは9月。今は5月の始めなので、4ヶ月ほどの休暇を持て余していたのは事実でした。うぐぐ、と眉をしかめたあなたに対し、チェレン先生はつらつらと畳み掛けます。
「君は、このイッシュで4つのジムバッジを手に入れているね。……君のその、イーブイと一緒に」
あなたはカタリ、と揺れたボールに手を置きました。それはチェレン先生の視線からイーブイを守るようでいて、イーブイに縋るようでもありました。複雑な思いで、あなたの目は揺れています。
そんなあなたを見つめ、先生は口を開きました。
「それほどの実力がありながら、ポケモンと共に働く選択肢が視野に無いというのは、勿体ないと思ってね」
とうとうあなたは、口をつぐんで俯いてしまいました。
そう、あなたは先日進路希望を問われた際、すべての欄をとある会社で埋めていたのです。それはどれも、ポケモンとは関わりの無い仕事でした。バッジを4つ持っている人間が選ぶにはおかしいと、誰もが首を傾げるような内容だったのです。
「……べ、べつに、バッジを持っているからといって、必ずしもそうした職業に就かなきゃいけないってわけではないでしょう?」
「確かにね。けどそれならどうして、4つもジムを巡ったのかな」
「そ、れは……イーブイが、私を引っ張って……」
瞬きを繰り返すあなたは、視線を彷徨かせています。反論しようとする語調も弱く、まごついています。圧されているのは誰の目にも明らかでした。言葉に窮するあなたに、チェレン先生は表情を変えます。静かに、穏やかに、何かを懐かしく思うように、目を細めました。
「君は僕のこと、“メンドー”って思うかい?」
「……正直に言えば」
「だろうね」
明るい陽射しは、橙に染まりつつありました。仄かな埃が光の中で煌めいています。窓の向こうからは、スクールでの授業を終えた生徒たちがわいわいとはしゃぐ声が聞こえてきました。
そんな世界と隔てたようなこの部屋には、奇妙な寂しさがあるような気がしました。頑なな寂しさが、ありました。
そんな寂しさを、彼は見過ごせなかったのです。
「でも僕はジムリーダーとして、そして先生として、君の壁でありたいんだよ」
そんなチェレン先生の声色が、あまりに優しかったので、あなたは俯いていた顔を上げました。ある意味では、上げて
「ああ、勿論……逃げても構わないけれど」
チェレン先生は意地悪く笑って、黒い眼差しを投げ掛けました。それを受けたあなたは、きゅっとまなじりを吊り上げます。ムキになったその目が、きらりと夕焼けの光で輝きました。
「……その言い方、卑怯だって思います」
「ごめんね」
いけしゃあしゃあと微笑むチェレン先生に、あなたはもう反論しませんでした。
あなたも知っての通り、“くろいまなざし”からは逃れられないのです。
「あー、もうっ、私、ほんとっ、馬鹿!」
一歩一歩足元を蹴りつけながら、あなたはヒオウギシティを後にしました。ゲートを抜けて周りに人影が見えなくなった頃から、心に抱えていたもやもやを我慢できなくなったのでしょう。うううと唸るあなたを、並んで歩くイーブイはじっと見つめています。心配しているような、呆れているような、そのどちらともとれるような黒い目で。
「……」
「……ぶいっきゅ」
「……わかってるよ、売り言葉に買い言葉だったって」
「きゅう」
「……一度やるって言ったからには、ちゃんとやるよ。イーブイにも付き合ってもらうことになるけど……」
「ぶーい!」
「……ん。ありがと」
気にしないで、と言わんばかりに笑ったイーブイに、ようやくあなたも頬をほころばせました。足元のイーブイを抱き上げて、そのチョコレートやカスタードに似た甘い色合いの体毛に顔を埋めます。お菓子の匂いではなく、太陽の匂いが鼻腔を擽って、あなたはふふと目を細めました。
「……あーあ!」
大袈裟に叫んで、空を仰いで。あなたは19番道路から見える稜線を眺めました。残照が山の尾根をじわりと染める様も、それが緩やかに薄闇に消えていく様も美しく、何度も見た光景だというのにあなたは足を止めて見入っていました。雄大な自然は、世界の広さを感じさせます。自分がちっぽけだということを、思い出させてくれました。
「……帰ろっか、イーブイ」
「ぶーい」
ぎゅっと、イーブイを抱く腕に力がこもります。それに気付かぬふりをして、イーブイは軽やかに尾を振りました。
あなたは歩き慣れた19番道路を進み、サンギタウンへ帰ってきました。ここサンギタウンはあなたが生まれ育った町。町のシンボルである時計台も、よくよく見知ったものです。けれどそこを通り掛かった時、あなたは僅かに表情を強張らせました。時計台の下にいた、とある人物と目が合ったからです。
「ん? おお、久しぶりだなあ! 元気にしておったか?」
「……アデクさん、……お久しぶりです」
彼は大股で近付いてきて、あなたの目の前で笑いました。それはまるで、彼の髪型や髪色も相まって、夜の中に浮かび上がった太陽のようでした。明るくて、あたたかくて、だからあなたは眩しそうに目を細めます。深くお辞儀をしたのは当然の礼儀でもありましたが、眩しさのせいでもありました。
「こんな時間までトレーナーズスクールで勉強か? 相変わらず頑張り屋だのう、お前さんは」
「えっ、と、」
「きゅーう!」
「おお、イーブイも元気そうで何より!」
思わず口ごもったあなたの代わりに、イーブイが元気よく鳴きました。アデクさんの意識がそちらに逸れたのがわかって、微かに安堵の吐息を漏らします。その数秒の間に、表情を取り繕いました。
「本当に懐かしい、ですね。ポケモン塾では、お世話になりました」
「うむ、あの小さかったお前さんが、今はこんなに大きく……わしも年をとったものよ!」
「まさか。まだまだお元気でしょうに」
「そんな返しが出来るようになるとは。大人びたなあ」
だからあなたは言葉を飲み込んで、きちんと笑みを整えました。
「ふふ、ありがとうございます。それではもう空も暗いですし、私は失礼しますね」
「うむ! 気をつけて帰るのだぞ!」
「はい、では、」
“また”とは言えないまま、あなたは頭を下げてその場を後にしました。気を抜けば走り出してしまいそうな足を、殊更ゆっくりと歩かせて。“逃げ出した”のだと思われるのは、嫌だったのです。
「……っ、」
それでも、きっと、思うところがあったのでしょう。
あなたはイーブイを抱く腕に、ぎゅっと力を込めました。
「イーブイ、私、ちゃんと、大人になったのかな」
しばらく歩いた後、立ち止まったあなたはそんなことを言いました。泣いてはいません。いませんが、イーブイはぺろりとその目元を舐めました。
「ちゃんと、大人に、なれるのかな」
ぎゅうっと抱き締められて、イーブイは痛いぐらいだったけれど、それに嫌な顔ひとつしませんでした。ただひとつ、小さな声で優しく鳴いて、尾を軽やかに振りました。
日が昇れば落ちるように、時計の針が進み続けるように、時は誰のもとにも平等に流れていきます。──人の心を除いては。
「……ぶーい、」
あの日。足を止めてしまったあなたの心は、今、葛藤とともに動き出そうとしています。その道のりはやさしくないかもしれません。痛みを伴うことでしょう。昔に閉じた傷跡を、無理やり開くようなこともあるかもしれません。
「……ぶい、ぶーいっ、きゅう!」
それでも。
それでも私は傍にいると、イーブイは鳴きました。
あなたに泣いてほしくないから、懸命に鳴きました。
「……イーブイ……?」
ポケモンの言葉は、人間には理解することはできません。だからあなたは不思議そうな顔をして首を傾げました。そこにはどうしようもない隔たりはありましたが、悲観することはありません。何故ならあなたは、イーブイに向かってふにゃりと微笑んだのですから。
「……ありがと。元気付けて、くれてるんだね」
言葉は通じなくとも、思いは通じるのです。全てではなくとも、大切なことは伝わるのです。
きゅう!と応えるように鳴いたイーブイを抱え直して、あなたは今度こそ帰路につきました。拭いきれない寂しさはありましたが、その顔は随分明るくなりました。薄暗い夜空に浮かぶ、一番星のようでした。
「明日から、頑張ろうね、イーブイ」
「ぶいっきゅー!」
そうして明日から、あなたの旅が始まるのです。
▽ プロローグ
オリ主は十代の女の子ということくらいしか設定してないので名前や姿などは自由に想像していただければと思います。