現在ハジメ達は、オルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。
ハジメとしては、薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。
なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。
他だと、馬鹿騒ぎして無謀にも迷宮に挑んで命を落とす人間や、迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたとも聞く。それを防ぐためにも、こういう形になったと、ハジメは聞いたことがあった。
ともかく、ハジメ達はキョロキョロしながら、メルド団長の後をカルガモのヒナのようについていった。
◆◇◆◇
迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。
縦横五メートル以上ある通路は、明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。このオルクスは、緑光石という発光する鉱物の鉱脈であるため、こうなっているのだと、ハジメは知識で知っていた。
一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位はある。
と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
(確かラットマンだったか。そこそこ数はいるし素早いけど、まぁ光輝達なら普通に勝てるはず……)
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
と、ハジメが予想していると、メルドが叫ぶ。それと同時に、ラットマンと呼ばれた魔物が前衛の人達に向けて結構な速度で飛びかかってきた。
間合いに入ったラットマンを、前衛にいる光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その後方では、恵里が指示を出し、香織と鈴と共に魔法の詠唱を開始する。
光輝は純白に輝く聖剣を、視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。その腕もさることながら、剣そのものも非常に強力な魔法が付与されているアーティファクトだ。
龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。どっしり構え、敵を一体ずつ確実に撃破していく。
そして雫はというと……使い慣れた日本刀のおかげか、光輝や龍太郎以上の速度で敵を倒していった。元々の敏捷ステータスが一番高い、というのもあるのだろうが、その洗練された動きは、騎士団員をして感嘆させるほどだった。
多くの生徒達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。
気がつけば、広場にいたラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無し。光輝達にとっては、一階層程度なら楽勝らしい。
「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
その後も階層を降りていく。だがクラスメイトを苦戦させるほどの敵が出てくるわけでもなく、割と簡単に下へ下へて降りていくことができた。
そして二十階層の直前。ハジメは雫の剣のメンテナンスを行っていた。とは言うが、刃こぼれ等は無いので、そもそもメンテナンスする所はほぼ無い。せいぜい血を拭くくらいだろうか。
「八重樫さん、剣はどんな感じ?」
「扱いやすいわよ。今の所、刃こぼれとかも無いみたいだし、大丈夫」
「ならよかった。けどもし何かあったら呼んでね。直すための準備ならしてあるから」
その間に、雫に使い勝手を尋ねておく。作った本人であるハジメの職人魂だろうか、可能な限り良い物を作ってやりたいからこそ、こういう風に尋ねたのだろう。
そしてついに、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。
現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。
ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。
もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。
この点、トラップ対策として“フェアスコープ”というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できるので、慎重に進めば問題は無い。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」
メルド団長のかけ声がよく響く。これにより、多くの生徒達が気合を入れ直した。
しかしハジメだけは、なんとなく違和感というか、居心地の悪さというか、そういうのを感じていた。
(う~ん……さっきから、誰かに見られてる?)
この迷宮に入ってから、ハジメはずっと視線を感じていた。しかもそれは、いつもの向けられているような生暖かい視線ではない。ねばつくような、不快になる視線だ。
(いや、気のせいだ。昨日のことで僕の方も不安になっているんだ)
しかし、考えてもキリがないのは事実。なのでハジメはただの考え過ぎだと、首を振ってこの負の思考を振り払った。
一行は二十階層を探索する。
二十階層に関しては、既にマップができている。なので迷うことはなく、ちゃんと慎重にやれば、トラップにかかることもなかった。
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。地面までもがそうなっており、凸凹で進みにくそうである。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
(擬態……二十階層だとロックマウントか? 場所はどこだ……)
メルド団長の言葉で、一斉に警戒態勢をとる生徒達。ハジメの方も、その知識で敵の居所を探る。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。それを見たハジメは、後方から魔法を発動する。
「“錬成”」
瞬間、凸凹の鍾乳洞地形だった地面が液体化し、即座に固まる。ほぼ真っ平らな動きやすい地形へと変化した。遠隔錬成と錬成範囲拡大、それにより鉱物融解と鉱物凝固を広範囲に使い、地形を操作したのだ。
このおかげで前衛の三人は、上手くロックマウントの迎撃ができたようだ。光輝と雫は連携し、囲んで一体ずつ狩っていく。龍太郎は防御に徹しており、一人で二体のロックマウントの攻撃を上手く捌いていた。
しかし一体ずつ倒そうとすれば、他の魔物がフリーになってしまうというものだ。龍太郎の方も、攻撃をほとんどしていないので、実質フリーと同じ。
龍太郎が相手していたロックマウントの一体が、後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。
香織達は、慌てて準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが狭い以上、こうせざるを得ない。
「“錬成”」
が、その岩はハジメの錬成によってせり出してきた岩壁によって阻まれる。そうして岩壁に激突した岩のようなモノは擬態を解き、真の姿を見せ、岩壁を砕き割る。投げられた岩もまた、ロックマウントだったのだ。
しかし、これにより隙はできた。香織達の魔法は発動し、その凄まじい威力は、ロックマウント一体を塵へと変えてしまった。
しかし慌てていたためか、威力調節をミスったらしい。その威力は非常に高く、魔法の余波が壁にぶつかり、地面を大きく揺らした。
前衛の方でも、ロックマウントを処理し終えたらしい。一瞬ヒヤッとした場面はあったが、なんとか撃破に成功した。
「お前達……慌ててたとはいえ、流石にやり過ぎだ。崩落したらどうするってんだ」
「ご、ごめんなさい……」
やり過ぎだった香織達に注意を促すメルド団長。そうやって軽く注意すると、今度はハジメの方へ向いた。
「そしてハジメ、良い援護だったぞ」
「……! ありがとうございます」
まさか自分が褒められるとは思ってなかったのか、ハジメは一瞬驚きの表情を見せた。しかしすぐに、その感情を消し、軽く礼を言った。
その時、雫がふと壁の方を見て、何かに気づいた。
「あれ、何だろう? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が雫の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ん? ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。こりゃ珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが、貴族のご婦人ご令嬢方に大人気なようだ。
「素敵……」
香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは
彼は特に
そのお調子者の血が騒いだのか、宝石が欲しいとでも思ったのか、檜山はヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
慌てて注意をするメルド団長だが、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、時すでに遅し。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
ハジメ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。
尻の痛みに呻き声を上げながら、ハジメは周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。
ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……
「まさか……ベヒモス……なのか……」
巨大な魔物を目前にして、メルド団長は呻く様に呟いた。
この作品では、檜山を含めた小悪党四人組は、なんか面白いお調子者の人達と、クラスメイトのほぼ全員に認識されています。ほぼ全員というか……ある一人を除いたら、全員がそう思っています。ハジメや光輝ですらそんな感じ。
オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?
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白崎香織
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ユエ
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どっちも