ありふれた錬成師は治癒師と共に   作:木崎楓

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この題名の元ネタとなっているのは、Lobotomy CorporationやLibrary of Ruinaというゲームに出てくる『憎しみの女王』というキャラの武器の名前です。

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苦痛と憎悪の名のもとに

 響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして……瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメと香織。

 

 クラスメイト達は、それを呆然と眺めることしかできなかった。世界は色褪(いろあ)せ、時は止まり、全てが小さく、かつスローモーションに見えるような錯覚に陥る。

 

「嘘、だろ……」

「南雲君……香織……!」

 

 それは光輝達も同様だった。彼らは目の前の光景に釘付けになり、動けなくなった。特に雫は、あまりのショックに、膝から崩れ落ちてしまった。

 ハジメだけ落ちたのなら、彼らの精神的動揺もそれなりに小さいものだっただろう。しかしハジメと一緒に、彼らの幼馴染である香織も落ちてしまった。このショックの大きさは、他人が知ることはできない。

 

「お前達、今は生きることだけを考えろ! 今すぐ撤退だ!」

「……! 嫌ですよメルド団長! それってつまりハジメと香織を見殺しにしろってことじゃないですか!」

「そんなことを言ってる場合か!?」

 

 光輝は怒る。ハジメと香織を見殺しにしようとするメルド団長や騎士団員に対して。とはいえ、光輝は頭が良い。こうしないといけないことは分かっているが……だが、すぐに見捨てるという判断ができるほど大人ではなかった。

 

 言い争いになりそうな所。しかしそこに、龍太郎が入り込み、光輝の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい光輝……お前の気持ちも分かるが、撤退しなきゃダメだ」

「龍太郎まで……じゃあお前は――!」

「南雲と香織のことは、もうなったことだから仕方ねぇ! いや、仕方ねぇで済ませることができないことってのは分かってるけど……でも! それで他のクラスメイトに迷惑をかけるわけにはいかない……俺達で、残りのやつらを守らなきゃダメなんだ……!」

 

 龍太郎の言葉は、非常に絶妙なものだった。この事実を、仕方ないで済ませることができないとは分かっているが、それでも、逃げなきゃいけないと訴えた。

 

「……ああ」

 

 この言葉のおかげか、光輝は一度だけ、大きな深呼吸をしてクラスメイトに向かって声を張り上げる。

 

「……皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 これにより、ようやくノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 そして全員が階段への脱出を果たした。

 

 階段を上り、上り、上り……長い間、上に向かっているかのような感覚を、クラスメイトは感じていた。

 

 そしてついに……階段を上り切ったその先の壁をくぐる。扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

 そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も経っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 だが一部の生徒――同じパーティーだった光輝や雫、鈴に恵里、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。

 

 これにて、第一回のオルクス大迷宮での訓練は終了した。犠牲者を二人出して。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく、宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 そんな中、一人の男子生徒は、宿を出て町の一角にある目立たない場所で佇んでいた。顔は伏せているが……今日起きた事件に絶望しているというよりかは、何かを考えているようだった。

 

「まさか南雲も落ちるとはなぁ……あいつを絶望させるために、あえて白崎に攻撃したのに……」

 

 ブツブツと、その男子生徒は小さな声で呟く。自らの思考を整理するために、ひたすらに出来事を声に出していく。

 

「元々は白崎だけを落として、南雲が魔人族をけしかけた、ということにするつもりだったが、仕方ない。パターンBだ」

 

 この男は、この時のために様々な対策を練ってきた。

 

 まずパターンA、本当ならこれを行う予定だった。

 とりあえず、ハジメの目の前で香織を落とすことで、ハジメを絶望させる。目の前で彼女が落ちたのなら、絶望しないわけがないだろう。

 だが、それそのものは対して重要ではない。重要なのはここからだ。王宮に戻ったら、教会に『ハジメが魔人族と繋がっている』という情報を流すのだ。

 もちろん、実際は繋がってない。これはハジメを貶める作戦なのだから。しかし、教会は確実に動くだろうと予測していた。なんせ、そこそこ貴重な治癒師、しかも神の使徒が死んだのだから。どうしても動かざるを得ない。

 

 しかし、ハジメも一緒に落ちてしまったら状況が変わってくる。ここでパターンBだ。

 こういう時のために、この男はあえて風球を撃ったのだ。この男は風属性にそこまで高い適性を持たないため、風球を撃てば疑われることはまずないからだ。

 また、こうすることで、真っ先に“風術師”の天職を持つ斎藤良樹が疑われることになるというのも、風球を使った理由だ。この男はとある理由で、檜山達四人組に対して、大きな恨みを持っていたから。むしろそうなってくれるのはありがたかった。

 その後は大体同じ。教会に情報を流し、ハジメを裏切り者に仕立て上げる。もちろん流す情報は、パターンAとは少し異なるが、結果としてハジメが裏切り者扱いされるのは確実だろう。

 

 とりあえず、当初の目的の達成はほぼ確実となった。唯一の失敗は、ハジメの絶望する顔が見れなかったことくらいか。

 

 だが、どうしてここまでハジメを恨んでいるのか。別にこの男は、ハジメとそこまで大きな接点はなく、話すこともほとんどなかった。では何故貶めようとしたのかといえば、それはムカついたからと言う他に無い。

 この男にとって、檜山達と南雲ハジメというのは、不平等の権化のような存在なのだ。自分だけが苦痛を受けて、いや苦痛を与えられて苦しんでいる。それにも関わらず、周りは一切の苦痛を感じることなく、幸せそうに生きている。その権化たる檜山達やハジメが許せなかった。

 しかし男には、檜山達を貶めようとする勇気は無かった。彼の心には、檜山達への憎しみと同じくらいに、恐怖心があったからだ。だかはその代わりにハジメを貶めようとしたのだ。ハジメであれば、そこまで怖くない。

 

「さて……復讐を続けなければなぁ」

 

 そう言って、男は宿に戻ろうとする。しかしその目の前には、いつの間にか一人の女性がいた。

 輝くように見える銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ちをしており、身長は女性にしては高い方で百七十センチくらいの修道女だった。

 

「はじめまして、私の名はノイント。主の命で、貴方を神域へとお連れします」

「は、え?」

 

 ノイントと名乗った女性によって、男は神域と呼ばれる場所へ連れて行かれることになった。二人は光りに包まれ、薄れた時には、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 その男子生徒が連れて行かれた先は、極彩色の空間。そこにはノイントと同じような容姿をした女性がたくさん飛び交っていた。

 

 しかし何よりも男の目を惹いたのは、その中央の玉座に鎮座する思念体のような何かだ。実態は持たないみたいだが、男はそれに畏敬を抱かずにはいられなかった。

 

「ようこそ、我が領域へ。我の真名はエヒトルジュエ。貴様等をこの世界に召喚した存在だ」

「エヒトルジュエ……? エヒト……!」

「ほう? 最低限の礼儀は弁えていて良いな。それはそれとして、下界では確かにそう呼ばれている。しかしそれは仮の名に過ぎん」

 

 男はその思念体の名を理解すると、即座に平伏した。エヒトルジュエの怒りを買わないために。

 

 そうしてエヒトルジュエは、男をこの神域へ呼び出した理由を語り始めた。

 

「我が貴様を呼び出した理由は、端的に言えば交渉だ」

「交渉……ですか?」

「ああ。貴様に質問だが……貴様はこの世界、トータスを支配してみたくはないか?」

「……!?」

「我の目的を手伝うと言うのであれば、このトータスの支配権を貴様に渡してやってもいい」

 

 まさかの言葉だった。なんせ交渉は、エヒトルジュエの支配下にあるトータスを、この一人の男子生徒に移譲するというというものだったのだから。

 

 あまりに予想外かつ壮大な内容だったせいで、男は思わず警戒してしまう。そして一つ、ゆっくりと尋ねる。

 

「……その、エヒトルジュエ様の目的というのは?」

「我の目的か。それは……貴様等の住む世界、地球を支配することだ」

「地球の支配……」

「トータスの支配をして長い時間が経つが……どうも飽きてきたものでな。それを手伝ってくれると言うのであれば、貴様にはこの世界をやろう。さぁ、どうする?」

「手伝います」

 

 エヒトルジュエの目的は、地球の支配。普通なら拒絶するような内容だろうが、男は一切の躊躇いを見せずに了承した。

 

「……ほう? まさかここまであっさり了承されるとは」

 

 流石のこれには、エヒトルジュエもわずかに驚いているようだった。故郷を支配すると言われたのだから、もう少し拒絶されるのではと予想していたのだろう。

 

「あの世界はクソだ、誰一人として助けてくれねぇ。全てが不公平、周りは幸せそうなのに、俺だけが不幸になるクソみたいな世界だ……!」

「なるほど。良い思い出が無かったからこそ、簡単に故郷を引き渡してくれたわけか」

「そういうことだ。あんな世界に戻るんなら、俺はこの世界にいることを選ぶ。それに、あの世界を壊してくれるんなら、それは大歓迎だ」

「それならば、貴様を新たな支配者にしてやろう。外から貴様の支配するトータスを眺めるというのも、中々に新鮮で面白いかもしれない」

 

 そう言ってエヒトルジュエは、男に力を与えた。その力とは七種の究極の魔法――神代魔法だ。この世界を構築したとも言われている、すべての魔法の起源。それを一人の男子生徒が手にした。

 

「これは……!」

「神代魔法というものだ。その基本的な使用方法も、頭の中に刻んでおいた。貴様の扱い次第では、どんな事象でも引き起こすことができるだろう」

「ありがとうございます……!」

「構わん。だが神代魔法を使う時は気をつけろ。気取られては面倒になるからな」

「了解」

「では以上だ」

 

 そう言うと、男は光りに包まれる。そうして神域から追い出された。

 

「さて、ノイント」

「はい」

「あの男のサポートをしてやれ。だがもし裏切りの兆候が見えたら、即座に始末しろ」

「了解いたしました」

 

 それを追うように、ノイントも神域から出ていった。




simasima様

評価ありがとうございます! 今後も頑張っていくので、応援よろしくお願いします!

オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?

  • 白崎香織
  • ユエ
  • どっちも
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