その二日後の学校帰り。
ハジメは、先日不良達を見かけた場所にまで来ていた。理由としては、場所も分からない白崎香織の家を探すためだ。
白崎香織のことは、先日助けてもらっただけで、何も知らないと言ってもいい。おそらく、家にたどり着くまでにかなりの時間がかかるだろう。そう考えて、急いで向かったわけだ。
時刻は、下校からは少し経って少しくらい。だいぶ少なくはあるが、香織と同じ制服を着ている人は何度か見かけた。
「あの、すみません」
「ん、何かしら?」
その中の一人、ポニーテールの女子にハジメは尋ねた。
「白崎香織さんの家の場所を知りませんか? 以前に借りたものを返したいのですが……」
「香織の? ……ちなみに、何を返すつもりなんですか?」
しかし、突然のことだったからか、その女子はかなり警戒している。鋭い目でハジメを睨みつけている。
「……これです。まぁ、色々あって借りたまま帰っちゃったんで」
「そう……一応、大丈夫そうね」
女子はある程度警戒を解いたのか、ハジメに家の場所を教えてくれた。どうやら、そこそこ近い場所にあるようで。
「ありがとうございます」
「いえ。では私はここで」
そうしてハジメは、見知らぬ女子に教えてもらった道を行き、目的地へとたどり着いた。表札には“白崎”と書かれている。
ピンポーン。
チャイムを鳴らしてしばらくすると、声がする。
『はい、どなたですか?』
「あ、南雲ハジメというものです。先日、白崎香織さんに借りたモノを返しに来たのですが……」
『ああ、香織の……ちょっと待っててくださいね』
しばらくすると、家のドアが開く。そこには、おそらくは母親と思われる人物が立っていた。
「改めてまして、南雲ハジメといいます。白崎香織さんはいますか?」
「まだ帰ってきてないけど……帰るまで待っていく?」
「できればそうしたいです。改めてお礼もしたいですし」
「じゃあほら、上がってどうぞ」
おじゃましますと言い、ハジメは白崎家にお邪魔した。
案内されたリビングは綺麗に掃除が行き届いており、整理整頓がなされている。席に座ると、お茶と菓子が出された。
カバンを置いて、一口お茶を飲む。その後は別にやることもないため、目を閉じて眠りについた。
◆◇◆◇
「ただいま〜」
それからどれだけ眠っていたかは分からないが、そんな声が聞こえて、ハジメは目を覚ました。
何か、女性の声がした気がする。
そう思って目を擦っていると、リビングへの扉が開き、そこからやって来た少女と目が合う。少女は、あの時出会った白崎香織だったのだ。
「あ」
「あ」
両者共に、一瞬固まってしまう。が、ハジメはすぐにハッとして席を立ち、香織の前まで行った。
「おじゃましています。白崎さん……先日は本当にありがとうございます。借りてたハンカチ、返しに来ました」
「あ、うん。わざわざ返しに来てくれてありがとう。えっと……」
「あ、南雲ハジメといいます」
「うん、南雲くん……ありがとね」
香織は優しく微笑んだ。元々の整った顔立ちや、あの時の記憶から、まるで女神のようだとハジメは感じた。
その後は、ちょこっとだけお話をすることになった。
「でも、ビックリしちゃった。まさか家に来ちゃうなんて」
「いや、借りちゃったから返さないと。でもあの時は本当に、なんだろう……助けてくれて、その、色々嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
あの時の、周囲のハジメを見る目はどうだったか。奇怪なもの、気持ち悪いものを見るような視線、馬鹿にしたような視線、そういったものばかりだった。助けた老婆や小さな子どもですらそうだった。
だが、香織だけはそうじゃなかった。暴力を受けて傷ついて汚れたハジメを助けた。嫌な顔など一切することなく、純粋な善意で動いてくれたのだ。
その整った容姿もあってか、ハジメは香織のことが、慈悲深い天使、あるいは女神のように見えた。
「……褒められるためにやったわけじゃないけどさ……助けようと動いたのに、周りの人達は馬鹿にしたような視線を僕に向けて。助けた二人も、なんか変なもの見るような目で僕を見てきたし……だから、なんか悲しかったんだ」
「……」
「そんな中、白崎さんだけは助けてくれた。馬鹿にするような、変なものを見るような目で見ずに、ただ助けてくれた。だからちょっとだけ嬉しい……というか、感動したんだよね」
「そうなんだ……でも、私が動けたのも全部、南雲くんが動いたからなんだよ?」
そう言って、香織は続ける。
「私も、怖い人達がお婆ちゃん達を脅してるところを見てたんだ。けど私、強くないから、怖くて動けなくて……そこに南雲くんが、割って入ったの」
香織は強くないから、誰かのために戦える力が無いからと、動くことはなかった。しかしそれは、言い訳にしか過ぎなかったと、彼女はハジメの行動を見て思ったのだ。
「強い人が、暴力で解決するのは簡単だと思う。私の友達も、よくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、南雲くんみたいな人はそんなにいないと思うんだ。弱くても、他人のために動ける人なんて」
「そんな、別に僕は……」
「ううん、本当に凄い。勇気を持って、自分が傷つくことも恐れずに助けようとするなんて……簡単なことじゃない。それにね、そんな南雲くんの勇気のおかげで、私も動けたんだよ」
困っている人がいたら助けなさいと、小学生低学年くらいの道徳の授業でよく言われるが。
一体どれくらいの中学生が、困っている人を助けることができるだろうか。どれだけの人が、不良達に絡まれている人達の間に割って入ることができようか。
いや中学生だけではない、大人もだ。どれくらいの人が、助けることができようか。いや、そうそうできない。
成長すればするほど、人は賢くなる。そして賢くなると、どうしても後のことを考えてしまうものだ。助けようとしたらどうなるか、メリットはあるか、デメリットはあるかと。
今回の場合。助けるメリットは感謝されること。デメリットは、不良達に絡まれてしまうこと。それを比較したら、どうしてもデメリットが大きい。自分の体が傷ついてしまうから。
だから、それに気づいた人達は、成長して大人になった人達は、助けない。だって、助けたところで何も起きないなら。ただ自分が傷つくだけ。感謝されても、数日後にはそのことを忘れてしまうだろうから。
しかしハジメは、そんな利益と損失は度外視で、助けに行った。戦えるほどの力も無ければ、問題を無理矢理解決するためのお金も無い。でも、勇気を出して助けようとした。
香織は、そんな勇気にあてられたのだ。だからハジメを助けても特に利益は無いのに、助けるという選択をしたのだ。
「ふふっ。でも、こうやって喋ってみると……意外と普通なんだね?」
「まぁ、そうだね。別に頭も運動も普通くらい。ケンカなんてしたくもない、そもそもできないし。そんな感じの平凡な人だよ、僕は」
「うん……あっでも、凄く勇気があって、優しい。ここだけは、他の人には無い凄い所だと思う」
「ハハハ……なんだかここまで言われると、ちょっと恥ずかしいなぁ……」
可愛い美少女にベタ褒めされてしまえば、嬉しくはあるだろうが、少しは恥ずかしくなってしまうものだ。ハジメは少し照れ笑いをする。
「そうだ! せっかくだし、週末とかにどこかに遊びに行ったりしない?」
「えっ? 僕は別にいいけど……」
「やった……! じゃあLINEとか交換しとこ!」
こうして、ハジメは香織と連絡先を交換することとなった。
ただハジメからしてみれば、何故ここまでしてくるのか、よく分からなかった。嬉しいかどうかでいえば、確実に嬉しいのだが、ちょっとした疑問というか、そういうものはあった。
「それじゃあね、またいつでも遊びに来ていいよ!」
「あ、うん。じゃあまたね」
しかし、こんなに良い子と仲良くなれたというのは事実の前では、そんな疑問は些細なことだった。二人共、最後は笑顔で別れた。
◆◇◆◇
それからまた二日ほど経ったある日のこと。学校が終わって家へ帰り、夕食や風呂を終えて父親の仕事の手伝いをしていたら、スマホが震えた。
「うん?」
父親の会社で作ったゲームのテストプレイをしていた所だったが、それは一時中止し、スマホに手を伸ばす。どうやら、香織からのメールのようだ。
『夜遅くごめんね。今週の日曜日、よかったら映画見に行かない? ちょうどチケットが二枚手に入ったの』
メールを見ると、どうやらお誘いのようだ。日曜日なら、今の所は別に予定などなかった。
『行きます』
なのでそう一言だけ打って、返信した。
まだほとんど出会ったばかりと言ってもいい関係性なのに、こうやって誘ってくる香織に少し驚きはしたが、ハジメはそれ以上に嬉しく思った。
オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?
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白崎香織
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ユエ
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どっちも