「ん……くぅ……」
一体どれくらい眠っていたのか。ハジメは徐々に、意識を取り戻していった。重い瞼を開けて、ぼやけた世界を見つめる。
「……香織」
ハジメの目に真っ先に入ってきたのは、香織だった。彼女はハジメに抱きつくようにして眠っている。眠っているはず……なのに、わずかに体が震えていた。
その理由はよく分からなかったが、とりあえず香織を起こさないように体を起こしてみると、改めて、左腕を失ったことに気づいた。
周囲にはかなりの量の血が落ちていた。血溜まり……というほどではないが、腕一本失ったのだから、命に関わるレベルの出血量だったはずだ。それにも関わらず、一応傷は塞がり出血が止まっているということは、香織が必死で頑張ってくれたということだろう。
「あ、ん……」
少し顔を眺めていたハジメだったが、不意に、香織はうめき声を上げる。それと同時に瞼に強く力が入り、ゆっくりと目が開いた。
「……! ハジメくん!」
目を覚まし、ハジメが起きたことに気づくと、香織は慌てて体を起こして、胸に顔を埋めてきた。
「ハジメ、くん……私のせいで、腕が……ごめんなさい、わたしのせいで……!」
そうして口から出てきたのは、心の底からの懺悔の言葉。どうやら香織は、自分のせいでハジメが左腕を失ったと思っているようだった。
確かに香織からしてみれば、自分は恐怖で動けず、ハジメの足を引っ張ってばっかり。挙句の果てにはまともに動けない自分のために、ハジメは左腕を失うことになったわけなのだから。
腕を失う苦痛とは、どれくらいのものなのだろうか。それを香織が知ることはできないが、想像を絶する痛みであることは容易に理解できる。だからこそ、香織は罪悪感に苛まれているのだ。
自分のせいで、ハジメを苦しませてしまった、怪我では済まないほどの傷を負わせてしまったと。
香織の嗚咽と一緒に、服が湿ってきているのをハジメは感じ取る。ハジメを傷つけた罪悪感で、大粒の涙を溢しているのが分かった。
「ごめんなさい……お願いだからわたしのこと、嫌いにならないで……見捨てないでぇ……」
そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、香織は懇願する。まるで縋り付くかのように。
そこからさらに何かを言おうとしている香織だったが、ハジメはそんなことは気にせずに、片腕で香織を抱き寄せて、その唇を奪った。
「……!?」
「……すき、香織大好き」
そこから間髪入れずに、ハジメは愛の言葉を囁く。
「長くて綺麗な髪もすき、純粋でたまに子供っぽくなるところもすき、優しい所もすき、全部好き香織愛してる」
ただひたすらに愛の言葉を囁き、何度もキスをして、愛で香織の心を全て埋め尽くさんとするハジメ。
香織の心を支配していた不安や恐怖は、だんだんと愛に染まっていく。しかしその愛が、さらなる恐怖を呼び起こしていく。
「私もっ……ハジメくん大好き……! 誰よりも優しくて真面目でカッコよくて……死なないで、離れたくないよぉ……」
香織を支配する恐怖、それはハジメが死んでしまうのではないかというものだった。いや、最初からその恐怖はあったのだろう。しかし罪悪感という大きなモノが消えたがために、この死の恐怖が表面に出てきたのだろう。
そんな香織の言葉に、ハジメはさらに腕の力を強めて抱きしめる。
「もう離さないよ香織……絶対に離さない、ずっと一緒にいる。だから香織も……お願い、離れないで」
「うん、私も……ずっとずっと一緒にいる、もう離さない。ハジメくんのためならなんでもするから……!」
「僕も……香織のためならなんでもする。どんなに苦しくてもずっと一緒だから、絶対に離さないよ……!」
いつの間にか、二人は抱きしめあって、無限に互いに愛情を確認し合う言葉を囁き合うようになっていた。深い愛情を囁き、その言葉でさらに愛情は深まり、その無限ループ……。
この無限ループは、二人が疲れ果てて眠るまでずっと続いた。そして眠るときでさえも、二人は互いを離すことはなかった。
◆◇◆◇
「――――! ――!」
次にハジメが目を覚ました時は、自身に対して必死で回復魔法を使う香織が見えた。
「香織、おはよう」
「あ……ハジメくん、おはよう……」
香織は少し申し訳無さそうにおはようと言う。どうして申し訳無さそうにしているのかは、ハジメには想像がついた。
おそらく、香織はハジメの千切れた左腕をなんとか再生させようとしているのだ。しかしそんな魔法など香織は知らないし、王宮での訓練でも教えてもらえなかった。
回復魔法は、人間の治癒力を強化する魔法だ。回復魔法は基本、治癒力を強化することで傷を癒やしたり、魔力の回復力を強化することで魔力回復速度を上げたりしている……とされている。
だが逆に言えば、人間の治癒力で再生できないものは、いくら頑張っても治療できない。今回のハジメの場合、人間に腕を生やすような再生方法はないので、腕を再生させるのは不可能ということだ。
にも関わらず、香織は必死になっていた。治癒師の香織が、回復魔法の仕組みを理解していないわけがない。それでもと、ただひたすらに様々な手段を試してくれていた。
「……そういえば香織」
「なに?」
「助けてくれてありがとう。ここに逃げてきた後、治療してくれて本当にありがとう」
それはそれとして、まずは第一の感謝から。最初に腕を千切られて大怪我を負ったとき。その時に止血してくれたのは、香織しかいない。それに感謝をした。
「うん……でも、私は大したことはしてないよ。確かに回復魔法も少しは使ったけど……ほら、あれ」
香織は少し難しそうな表情でそう言いながら、ハジメの後方を指さした。
そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が、周りの石壁に同化するように存在していた。表現するならば、神秘的で美しく、アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた石、といった感じか。
よく見ると、その石からは水滴が滴っており、そこそこ大きな水溜りができていた。
「あの水を飲ませたら、傷がすぐに治っちゃったんだ。流石に腕までは元に戻らなかったけど……出血は止まったんだ。私も最初に少し飲んだんだけど……空腹感も無くなっちゃって……」
「そうなんだ。……でも、香織がこの水を飲ませて助けてくれたのは事実でしょ? 助けてくれただけでも、僕は嬉しいよ」
香織はおそらく、自分の手で傷つけたのに、自分の回復魔法で治療できなかったことに、何か思う所があったのだろう。
「それと……腕、治そうとしてくれてるの?」
「え、あっうん。でも……普通の回復魔法じゃ治らなくて……色々な手段を使ってやってるんだけど、上手くいかないんだ……ごめんね、治してあげられなくて」
「いや、謝らなくていいよ。香織が僕のために必死で頑張ってくれている、それだけで嬉しい。けど、流石に無理はダメだよ?」
「うん。……本当に、ごめんね。いつか治せるようになるから、その時まで待っててね」
「分かった。……でもどうして、無くなった腕は戻らないんだろうね? 単なる傷なら治るのに……」
こうして回復魔法の話をしたハジメは、ふと一つの疑問が思い浮かぶ。そもそも治癒力って、何だろうと。
他の魔法の原理はある程度理解できる。攻撃系の魔法であれば、魔力を何らかのエネルギーに変換して攻撃に利用しているのだと分かる。
錬成だって似ている。魔力を消費することで、鉱物を操作することができる魔法。訓練次第では、圧力や熱を無視して、鉱物を液体にも変化させることだってできる。
ならば、回復魔法の原理はなんだろうか。そもそも治癒力とはなんだろうか。そんなものを強化することができるのだろうか。そういった疑問が、ハジメの脳に浮かんだ。
ハジメの考える回復魔法の原理は、治癒力ではなく治癒
回復魔法は、肉体の治癒速度を上げることで、一瞬で治療しているように見せているのだ。そうであれば、回復魔法を使われても、人間の本来の治癒力以上に治癒が不可能な理由にも頷ける。
「もしかして……時間を操作している?」
「どしたのハジメくん?」
「いや、回復魔法の原理だよ。もしかしたら……回復魔法は、時間を操作して傷を治癒させているんじゃないかってね」
「時間の操作?」
「うん。正確には加速、かな? ピンポイントに再生速度だけを加速させることで、高速で傷が治ってるように見える……っていうのが、僕の思う回復魔法の原理」
「へぇ〜、言われてみればそうか……あっ!」
何かを思い付いたのか、香織はハジメに向けて回復魔法を唱え始めた。おそらくは、ハジメの時間を操作云々といった言葉で、何かアイデアを掴んだのだろう。
しかし、アイデアを掴んだだけでは、失った腕は戻ってこない。そんなので戻ってくるのなら、回復魔法で治らない病気や怪我はとうの昔に無くなっている。
「……ダメかぁ」
「そりゃあね。アイデア自体はいい感じだと思うけど、それだけじゃ上手くいかないよ」
ここからハジメは続ける。今後のことを考えるために。
「……とにかく、いつかはここから脱出しないといけない」
「そうだよね。でも外の魔物は強いし、私達が勝てるかどうか……」
「やるんだ」
ハジメは、意志の籠った声で言う。
「僕達ならできる。力を合わせれば、何とかなる」
「……ううん、そうだよね。私達なら、きっと大丈夫だよ、うん」
そんな香織の前に、ハジメは自分のステータスプレートを出した。自らの現状を知るために。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10
天職:錬成師
筋力:20
体力:20
耐性:20
敏捷:20
魔力:40
魔耐:25
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華]・言語理解
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わずかに成長したステータス。そして新たな技能、鉱物昇華を修得していた。いつの間に、とハジメは思ったが、この際それはどうでも良かった。
「鉱物昇華……昇華といえば、固体を気体にしたり、気体を固体にすることだったか」
「ということは、鉱石とかを気体にできるってこと?」
「まぁ……多分そうだと思う。実際にやってみないと分からないけど」
そう言ってハジメは、錬成で空洞を広げる。これにより、ある程度使える空間は大きくなった。
「“錬成”」
まずは錬成。しかし今回はそれに加えて、鉱物を液体化させる鉱物融解も同時に使用する。
すると地面は溶け出し、岩石はドロドロの液体へと変わった。それに一度触れてみるが、タールのようなドロドロとした感触がするだけだった。
液体にした鉱物に関しては元に戻して、その後にもう一度錬成を行うハジメ。
「次は気体に……“錬成”」
すると鉱物は、黒い気体へと変わる。色があるから見分けることができるのだろうが、無かったら、見分けるのは非常に難しいだろう。
そして最後に、気体の鉱物を固体へと戻す。
「……“錬成”!」
そう唱えた瞬間、気体として空気中を漂っていた鉱物は凝縮し、地面に落ちた。タイムラグはほぼゼロと言ってもいい。
「う~ん、これで戦ったりは……できる?」
「実際やってみないと分かんないけど……一つ、やってみたいことがある」
そう言ってハジメは、もう一度ある程度の量の鉱物を昇華させ、気体にする。それを慎重に調整して唱えた。
「“錬成”」
ジャキン!
空気中に、無数の針のようなものが出現した。とはいえ出現したのは空気中なので、すぐに地面に落下してしまった。
香織は首を傾げていたが、ハジメは逆にこれを見て、渾身のガッツポーズをしていた。
「よしっ! いける、いける、多分これで魔物相手に勝てる!」
「えっ? どうやってこれで戦うの?」
「ああ、えっとね……まず鉱物を大量に気体化させる。その後に、それを吸い込んだ魔物の体内にある気体の鉱物を、さっきみたいに針状の固体にするんだ」
ハジメの作戦は、言ってしまえばほぼ全ての生命の一番の弱点部位を的確に突く作戦だった。
気体化した鉱物を魔物に吸わせて、それを体内で固体化、しかも針状にする。こうすることで、柔らかい内臓を直接かつ大量に貫くことができるというわけだ。
これの優秀な点は何より、通常なら攻撃の障害となる硬い甲殻や皮膚を完全に無視できるという点だ。いくら硬い甲殻や皮膚を持っていようが、直接内臓を狙われては意味がない、というわけだ。
「とりあえず、食料確保はできる。魔物の肉は劇毒と聞いたけど……でも、それしか食べるものが無い」
「あの水は?」
「無限だったら使ってたけど、無限じゃないでしょ。それなら僕は、わずかな可能性に賭けてでも、魔物の肉を食べるよ」
でも、とハジメは続ける。
「やっぱ危ないのは事実。けどそこは……香織。もし僕になにかあったら、その時は助けてほしい」
「うん、そんなの言われなくても!」
そういうわけで、二人は空洞から出て、狩りへと向かった。
オリジナル技能紹介
・鉱物昇華…鉱物を固体から気体へと変化させる。あるいは気体から固体へと変化させる。固体から気体に変えるにはそこそこ時間がかかるが、気体から固体に変えるのは、ほぼノータイムでできる。
今回も、評価していただきありがとうございます。
鸞凰様 ultrakussy様 異次元の若林源三様
ごむまりさん様 カ-マイン様
お礼申し上げます。特に評価10を見た時は、電車の中にも関わらずガッツポーズをしてしまうほどには嬉しかったです。これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?
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白崎香織
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ユエ
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どっちも