クラスメイト達は、王宮へと戻っていた。なんせ二人も死者が出たのだ、それを報告しなければならない。
ハジメと香織を落とした犯人。その部屋に、真の神の使徒であるノイントが入ってきた。
犯人とエヒトは今の所共闘している。故にエヒトの使徒であるノイントは、犯人の男のサポートに回っていた。
「さてと……ノイント。あの情報を、教会に伝えといていてくれたか?」
「もちろんです。加えて教会は洗脳装置を持っているので、それを利用すれば、市民にも洗脳が可能です」
ノイントの力があれば、教皇に命令をすることなど容易だ。そして教会は洗脳装置を持っているため、市民への刷り込みも容易というわけだ。いわゆるアーティファクトというものだ。
「……そういえば聞き忘れてたけど、洗脳装置の性能ってどんな感じなんだ?」
「簡単に説明すれば、拡声器です。それを通して声を流せば、聞いた人の感情を増幅あるいは減衰させ、思考誘導のようなことを行えます。特に精神的に不安定になっている人には効きやすいですね」
ただしと言い、ノイントはさらに続ける。
「逆に効かない、あるいは効きにくい相手も存在します。例えば勇者、神官、それと神子といった、一部の天職を持つ者には一切効きません。他にも……今回の場合は南雲ハジメですね。南雲ハジメに対して好印象を持っている人にも、洗脳は効きにくいです。疑心暗鬼にする程度であれば可能でしょうが」
ノイントが言う洗脳装置は、人を完全に洗脳するような大層なものではない。やるのは思考の誘導や、感情の増幅と減衰くらいだ。エヒト信仰が根強いトータスでは、簡単に洗脳じみたことができるというだけである。
「……ということは、クラスメイトにはあまり効かないか。まぁクラスメイトに関しては、疑心暗鬼にできればそれでいい」
「おや、そうなのですか?」
「俺に注意が向かなければそれでいい。今は力を蓄え、準備する時だ」
犯人の男は口角を上げて、暗く笑う。
「フヒヒッ……あいつらの絶望する顔が楽しみだなぁ……!」
「絶望する顔? 洗脳はしないということですか? 貴方の魂魄魔法への適性であれば、容易に可能だと予想されますが」
「いいや、それは最後だ。それにエヒトにも、今は大きく動くなと言われてるしな。あいつらを絶望に叩き落として、最後の最後に洗脳する。男は殺して、良い感じの女は俺の性奴隷にしてやるんだ……!」
召喚に力を使ってしまい、エヒトは動けないでいるためか、エヒトには動くなと命令されている。もちろんこの男も、一人で勝手に動くのがリスキーだとは分かっている。
だから、静かに時を待つ。多くのクラスメイトを絶望させるために。
◆◇◆◇
生徒達は、再び聖教教会へと呼び出された。とはいえハジメと香織が奈落に落ちてしまったことにより、精神を病んだ人もいるので、そういう人はいない。
今回の場合は、まず雫がおらず、それに付き添っている鈴もいない。男子で言うと、割とハジメと仲が良かった遠藤が部屋に閉じこもっていたり。他にも来ていないメンバーはいる。
「ハイリヒ王国の皆様、私は聖教教会の教皇、イシュタル・ランゴバルドで御座います」
声が響く。しかしその音量は、明らかに神山だけでなく、ハイリヒ王国の王宮にも響いていると分かるほどの大きさだ。しかし、不思議と耳を痛くすることはなかった。
「此度はエヒト様が召喚なされた神の使徒、その中の一人と思われていた“錬成師”が裏切り者であったという話をさせに頂きに参りました」
周囲がざわつく。もちろん生徒達も、まさか裏切り者についての話が来るなどとは思ってなかったようで、ざわめき立っている。
「静粛に」
しかしそんなイシュタル教皇の言葉で、すぐに静かになる。
「先日、エヒト様が召喚した神の使徒。我々は勇者様方を、魔人族を退ける存在にすべく、オルクス大迷宮へと導きました。最初はロックマウントを楽に退けるといった様子で、順調ではありましたが……彼らは迷宮で悪意のある罠にかかり、かの伝説の魔物、ベヒモスと遭遇したのであります」
生徒の一人である檜山が、罠にかかった。それにより別の階層に転移してベヒモスと遭遇し、ハジメと香織は奈落へと落ちてしまった。それを悔いている生徒は多い。
「我々は最初、迷宮に仕組まれた罠と思っておりました。しかしそうではなかったのです。エヒト様がおっしゃったのです! この事件の背後には“錬成師”がいると!」
エヒト様がおっしゃった。それだけで、この世界では大きな力を発揮するものである。特にこの教会では。
「“練成師”はホルアドにて、魔人族と接触しました。そして二十階層から帰還する途中を狙って二人の“治癒師”を殺害しようと企てたのです!」
この世界の人間にとっては、エヒトの言葉は絶対的なものである。特に教会に所属するような者は、エヒトの熱烈な信者と言ってもいい。そんな人達は、この言葉を無条件に信じる。
実際はそうではないが、錬成師、つまりハジメは治癒師の二人――白崎香織と辻綾子を狙っていた。そういうことになった。
そしてイシュタル教皇は、生徒達の方を向く。
「さて、勇者様御一行をここに呼んだ理由ですが……檜山大介様、斎藤良樹様、近藤礼一様、中野信治様」
そうして、四人の名が呼ばれる。その中には、実際にベヒモスと遭遇する原因を作った檜山もいた。四人は、特に檜山は震えた。まさか自分達も、裏切り者扱いされるのではないかと。
しかし……
「エヒト様はおっしゃいました。貴方方は“錬成師”の裏切りにいち早く気づいたと。そして魔人族の手を振り切るために、わざとトラップを利用したのだと」
実際は違った、真逆と言ってもいい。周囲の神官達は四人を賛美する。信者にとってこの四人は、魔人族から救おうとした英雄のような存在だった。
「「「エヒト様万歳! エヒト様万歳! エヒト様万歳! エヒト様万歳!」」」
そうして檜山達四人は、魔人族の手から仲間を守った英雄となった。実際は、ベヒモスと遭遇する元凶だったにも関わらず。
◆◇◆◇
そんな演説は拡声器を通して、王宮にも届いていた。
「……ウソ」
香織という何よりも大切な親友を失った雫は、精神的に大きなダメージを受けた。故にこの拡声器越しの声は、雫の思考を大きく揺さぶった。
「南雲君が、裏切り者……?」
ハジメに関して、雫は特に何とも思っていなかった。むしろ真面目で優しい好印象の人だった。しかしそれは、負の思考に侵食されていく。
香織がいなくなった、奈落に落ちたから。それを引き起こしたのが、南雲ハジメ。なら何故ハジメまで落ちたのか。それは、香織が直前で裏切りに気づいたから。
状況証拠しかなく、イシュタルは漠然としたことしか言っていない。しかし断片的であるが故に、どういった方向にも想像ができた。良い方にも悪い方にも。
拡声器の声に誘導された雫は……ハジメが意図的に落とした、落とそうとしたと、そういう思考に固定化された。
「南雲ハジメ……! アイツのせいで、香織は……!」
ドンと、今まで寝ていたベッドをたたきつける雫。その瞳には、涙が溢れている。
「ちょっ、ちょっとシズシズ……?」
そんな雫と共にいた鈴だったが、この怒りと殺意が入り混じった、鬼のような形相の雫を前には何も言えなかった。
「許さない……!」
誰よりも大切な親友である香織。彼女は雫にとって、精神的な支柱だった。支柱が崩れたとなると、人の心はこうも脆いものだ。
雫はハジメと魔人族に対する殺意を胸に抱いて、部屋を出ていった。
◆◇◆◇
様々な場所での状況の変化や心情の変化。犯人の男は、自室で王宮の様々な場所を見ていた。
エヒトから得た神代魔法を組み合わせれば、遠隔で映像を見ることも容易である。男は今、クラスメイト全員の映像を見ながら嗤っていた。
「いや〜、まぁ先生が南雲の扱いに抗議するだろうとは予想してたけど……面白いことになってるねぇ」
ハジメは現在、裏切り者とされている。多くの人達は、ハジメを裏切り者と罵っている。
一応奈落に落ちて死んだとは言われているが……愛子先生が、そんな扱いに納得するわけがなかった。故に抗議したのだ。
そうして、イシュタルに発言を撤回させようとしたのだが、今の所、それも難しそうであった。
イシュタルはどうやら、クラスメイトの三分の二が裏切り者でないと言うのなら、撤回すると言ったらしい。そのため一度、愛子先生は投票を行ったのだが、ハジメが裏切り者でないと断言した者は少なかった。
味方側:坂上龍太郎、園部優花
無投票:相川昇、天之河光輝、遠藤浩介、清水幸利、菅原妙子、谷口鈴、玉井淳史、中村恵里、永山重吾、仁村明人、宮崎奈々、吉野真央
対立側:近藤礼一、斉藤良樹、辻綾子、中野信治、野村健太郎、檜山大介、八重樫雫
投票を取ったところ、このような結果となった。無投票に関しては、何とも言えない、分からない、そういった感じだろう。
「それにしてもなぁ、八重樫が対立側ねぇ。やっぱ白崎が落ちて精神的にキテたからこうなったのか?」
男は他人事のように笑う。予想外ではあったが、それはそれとして最高に気分が良いらしい。
それもそうだ。なんせ自分が犯した罪を、いなくなった南雲ハジメに着せて、それでクラスメイトが大混乱に陥っているのだから。
「まぁそこはどうでもいいや、重要なことじゃない。しばらくはこの件で騒がしいだろうし、いっくらでも神代魔法の鍛錬ができるなぁ!」
時間稼ぎはできた。この間に、男は密かに神代魔法の鍛錬を行うのであった。
◆◇◆◇
ある時のこと。檜山達四人は、王都にある良い店でちょっとしたパーティーのようなものをしていた。
「「「「カンパ~イ!!」」」」
彼らはひたすらに飲み食いしていた。王宮に戻ってきて数日で、気づいたら英雄と呼ばれてチヤホヤされる。彼らにとって、これ程嬉しいことはなかった。
「いや〜、まっさかこんなことになるとはなぁ!」
「まぁなんだ? 南雲には悪いが、どーせ死んだし!」
「俺達だけで楽しもうぜぇ!」
まさか自分達は何もせず、何故か英雄と呼ばれるとは誰が思うことか。あまりにも上手く行き過ぎたため、檜山は思わずニヤケ笑いを零す。
「おん? 大介、どうしたんだ?」
「あぁいや。完璧に上手くいったなぁってさ。そう思うと笑いが止まらねぇんだ」
「ハハッ、確かにそうだよなぁ!」
ここ数日で何が起きたのか。檜山達は英雄となり、街を歩けば多くの人達に褒め称えられ、報奨金を貰い、こうして豪遊できるほどの金を手にした。
「はじめまして、英雄方」
そんな四人に、話しかける修道女のような銀髪の人物が一人。
「あん? 誰だ?」
「私はノイントという者です。英雄方に、面白い儲け話を持ってきました」
そう言ってノイントは、空いた席に座る。そして小声で、檜山達にだけ聞こえるような声で、尋ねた。
「英雄方は、この世界が欲しくありませんか?」
檜山達は、ノイント達の話にのめり込んでいった。
洗脳装置はオリジナルです。でも普通に原作でもありそうですよね、教会の設定的に。というわけで、いい感じにやってやりました。ちなみにですが、無かったら無かったで、ノイントが色々やってた模様。
クルージング様 カニチェ様 EVE12様
メイン弓様 Mirai&1様
評価ありがとうございます。まさか初投稿の作品でここまでのびるとは、本当に予想外でした。これからも頑張っていきます!
オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?
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白崎香織
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ユエ
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どっちも