ありふれた錬成師は治癒師と共に   作:木崎楓

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封印の吸血姫

 開けた扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメは“夜目”の技能のおかげで、暗い空間も普通に見ることができた。ステータスは分からないが、香織も見えているようだ。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 その立方体を注視してみると、何か光るものが、立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 

 近くで確認しようと、唯一の脱出口である扉を大きく開けて固定しようとする。しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクッとして香織は慌てて部屋の中央を凝視する。ハジメも反射的に香織と同じ方向を見ると、先程の“生えている何か”がわずかに動いているように見えた。

 

「……人、なのか?」

 

 目を細めてじっと見て、それは確信に変わった。上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が幽霊かのように垂れ下がっていた。そしてその髪の隙間から低高度の赤い月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれており、垂れ下がった髪で分かりづらいが、それでも美しい容姿をしているのがよく分かる。

 

「……お願い……助けて」

 

 声の出し方が分からないのだろうか、女の子は掠れた声でハジメ達に呼びかける。

 

「ハジメくん、あの子……助けてあげ――」

「待って。流石に何も考えずに助けるのは危ない」

 

 女の子の方に近づこうとする香織だったが、ハジメはそれを制止する。

 

「助ける前に、聞いときたいことがある。……君は何者で、どうしてこの場所にいるんだ?」

 

 ハジメは、この封印されている女の子に警戒していた。こんな地下の奥深くに閉じ込められているのだ、それ相応に危険な存在かもしれないと考えるのは、至極当たり前のことだった。

 もし危険な存在だったら、解放した瞬間に香織を殺されるかもしれない。それだけは、彼氏として防ぎたかった。だからこそハジメは、この女の子の素性を知ろうとしたのだ。

 

「私、先祖返りの吸血鬼で……すごい力持ってる……」

「吸血鬼……吸血鬼族か?」

 

 吸血鬼という言葉でハジメが思い浮かべたのは、数百年前に滅びたとされる吸血鬼族だ。戦争が災害が、何によって滅びたかは不明だが、少なくとも今のトータスにはいない種族だと、ハジメは知っていた。

 

「うん……だから国の皆のために頑張ったけど……ある日……家臣の皆が……お前はもう必要ないって……おじ様は……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから封印するって……それで、ここに……」

 

 そうは言っているが、ハジメはこれを信用するか否か、少し悩んでいた。この発言には何の根拠も無い、だから嘘の可能性が普通にあるのだ。

 

「話からして……吸血鬼の王族だったのか?」

「……ぅん」

「じゃあ殺せないってのはどういうこと?」

「……勝手に治る。怪我しても……首落とされても、しばらくしたら治る」

「……は? いや、え? ……それは魔法、なのか?」

「ん……自動再生っていう、固有魔法……魔力、直接操れる……魔法陣もいらない……」

 

 さらに話を聞いて分かったこと。どうやらこの女の子は、吸血鬼族の王族らしい。しかもその能力は常識を逸脱したものだった。

 自動再生という固有魔法を持っているらしい。話を聞く限りでは、その能力のおかげで彼女は実質的な不老不死となっているらしい。

 

 最初はこの能力に、ハジメは驚いていた。しかし落ち着きを取り戻していくと、一つの違和感というか、疑問が生じた。

 

「……あれ? その“自動再生”っていう固有魔法、魔力が無くても発動できるの?」

「多分できない……固有魔法も、魔法だから……」

「……ん?」

 

 ハジメは、女の子の方を見て目を細める。

 

(いや、ならおかしい気が……どうしてわざわざ封印したんだ? この子の魔力が尽きるまで攻撃すれば、時間はかかるだろうけど、最後には殺せるはずじゃ……?)

 

 固有魔法も魔法だ。当然通常の魔法と同様に、魔力を消費する。それならば、攻撃して傷つけて、自動再生を発動させまくって魔力を消耗させれば、相当の労力が必要だろうが、最終的には殺せるはずなのだ。

 

(殺せない理由は……この子の魔力回復速度が異常なほど速いとか? いやそれでも面倒なだけで、殺すのは不可能じゃないはず)

「――くん」

 

 ハジメには、この女の子を封印した理由が分からなかった。処分したいのなら、殺せばいいのだから。女の子の再生能力が固有魔法である以上、攻撃を続ければ殺せるはず。なのに殺さなった。あえて封印した。

 

(どうして封印を……封印……いや、殺したくなかったから封印したのか? それならこの子は別に――)

「ハジメくんっ!」

「うおっ!? 香織……どうしたんだ?」

「ねぇ、あの子助けてあげようよ」

 

 どうやら香織は、この女の子の壮絶な過去を哀れんでか、とにかく助け出したいらしい。

 ハジメとしても、助けたいかといえば助けたい。こんな悲しい過去を持っている女の子を、なんとか解放してあげたかった。

 

「……よし」

 

 そうしてハジメは決意し、女の子を封じ込めている立方体に近づき、手を置いた。

 

「ん? これ鉱物、というか無機物じゃない……?」

 

 しかし、そこですぐに気づいた。今触れている立方体は、少なくとも無機物ではないと。だから錬成を使うにしても、あまり効果は無いと即座に理解できた。

 

「……助けてくれるの?」

「難しいだろうけど、絶対助けるよ」

 

 鉱物でなくても、やればできる。ハジメは鉱物融解と鉱物昇華を意識しながら、錬成を始めた。だがやはりイメージ通り変形しない。やはり鉱物でないからか、ハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。

 

「やっぱり抵抗がッ……!」

 

 しかし、少しずつ効果は現れてくる。立方体から煙が出て、少しずつ表面が溶けていくように液体になっていく。

 

「あと少しだ……!」

 

 ハジメはさらに魔力を注ぎ込む。魔力を少しずつ少しずつ、立方体内部に浸透させていく。今までに無い量の魔力を消費しているからか、額には脂汗が滲んでいる。

 立方体から放たれる空色の魔力光とハジメの顔を、女の子は目を見開き、一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 

 そうして二分ほど経ち、体内の魔力の約八割を消費するといった所で、急速に立方体に魔力が浸透し、ドロリと融解していく。少しずつ、女の子の枷を解いていく。

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体は痩せ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しさがあった。

 

 そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

 ハジメも膝に手をつく。魔力を多く使ったせいだろうか、肉体が倦怠感に襲われる。

 

 肩で息をしながら、ハジメは横目に女の子の様子を見る。その女の子は、香織の上着を一枚着せられている。そもそもの背丈が違うので、ぶかぶかである。

 女の子は、真っ直ぐにハジメと香織の方を見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 

「……ありがとう」

 

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げた。

 

 一体彼女は、どれだけの長い間、ここにいたのだろうか。吸血鬼族が滅びたのは、最低でも百年前。その時から独りで閉じ込められていたのだとしたら、それはどれだけの苦痛であろうか。

 

「……二人の、名前はなに?」

 

 女の子が囁くような声でハジメと香織に尋ねる。そういえばと、名前を名乗っていないことに気づくと、二人は答えた。

 

「南雲ハジメ」

「私は白崎香織だよ」

 

 女の子は「ハジメ……香織……」と、さも大事なものを内に刻み込むようにゆっくりと呟く。そして問われた名前を答えようとして、思い直したようにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「名前を付ける? えっと、名前を忘れたのか?」

「もう、前の名前はいらない。……ハジメ達の付けた名前がいい」

 

 その言葉に、ハジメと香織は目を見合わせる。そしてすぐに頷いた。

 

 しかし、人の名前を考えることなど今までになかった。二人はコソコソと相談するが、中々良さそうなのが思いつかない。

 

 そんな中、ハジメが「あっ」と声を上げた。

 

「“ユエ”とか、どう? 確か、故郷のとある国の言葉で月を指す言葉だったはず。その金髪の髪と赤い目が、夜に浮かぶ月みたいだったから……どう?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

 新たな名前。それを受け取った女の子――ユエは、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうにお礼を言った。

 

「……ハジメくん、これで一件落着だね」

「うん。ユエも……ここに長く留まるのは嫌だろうし、早めに外に――」

 

 その時だった。

 

 音はしない。あるのはただ一つ、強大な魔物の気配。それがすぐ側に出現したことを、ハジメと香織は察知した。

 

「上だ!」

 

 ハジメが声を上げると同時に、二人は後方へ飛び退く。ハジメに関しては、咄嗟にユエを抱えて。

 移動したハジメが振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

 

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足を動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 分かりやすく表現をするのであれば、サソリの魔物だ。今までの魔物とは一線を画した強者の気配を、ハジメ達は感じていた。

 

(トラップ……何が目的だ? ユエを解放した人の排除か、ユエそのものの排除か、あるいはその両方か……)

 

 急に気配が現れたことを考えるに、ユエを解放したことで発動したトラップということは分かる。しかしその目的が不明だった。順当に考えれば、ユエと彼女を解放した人を排除するためのトラップなのだろうが……

 

「香織、ユエを頼む! この魔物は僕が相手する!」

「あっ、うん!」

 

 ハジメは拳銃を構える。二人を傷つけさせるわけにはいかないと、決意を胸に抱いた。




神城卓也様

評価していただき、本当にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!

オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?

  • 白崎香織
  • ユエ
  • どっちも
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