扉を潜った先で、まず目に入ったのは沈みかけの月だった。他にも真っ黒な空には、星々が輝いている。もちろんここは洞窟内であり、地下だ。それにも関わらず、何故か夜空のような何かが見えていた。
「……ここ、地上?」
思わずユエが呟く。もちろんユエだけでなく、ハジメや香織も、一瞬この場所が地上だと錯覚したほどだ。
「いや、これは……人工的な空間だと思う」
よく見てみれば、人の手が加わっているのは分かる。しかしそれでも、自然をほぼ完璧に再現してあるのは凄いと、ハジメは素直に感動していた。
耳に心地良い水の音に、少し冷たい夜の風の音が混ざり合う。どうやら奥の方が滝になっており、川になって流れているみたいだ。肌寒い……とは思わず、むしろ新鮮な感覚すらしたほどだ。
川から少し離れたところには、大きな畑もあるようである。その周囲に広がっているのは、家畜小屋である。となると……川の中には、魚が泳いでいるのかもしれない。
それとは反対方向には、建築物があった。とはいえ建築物というよりかは、岩壁をそのまま加工して住居にした感じだが。
そして空間の中心辺りは、他の場所と比べて少し高い場所に位置していた。神殿のような何かがあり、太い柱と薄いカーテンに囲まれている。
「とりあえず……あの岩の家の所に行くか」
最初に向かったのは、岩壁の住居部分である。石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。
とりあえず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。ホコリ一つなく、誰もいないとは思えないほどだった。
警戒はするが、特に何も起きることなく、奥まで行くと再び外に出た。そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンのような動物の彫刻が、口を開いた状態で鎮座しており、その隣には魔法陣が刻まれている。
「これ、もしかして……」
それを見た香織は、魔法陣に触れて魔力を流してみる。するとライオンの口から勢いよく温水が飛び出し、少しずつ穴にお湯が溜まっていく。
「お風呂だ……!」
パァァと笑顔になり、香織は言う。確かにこの一ヶ月くらいの間、ずっと風呂には入れていないどころか、体を洗うことすらできていなかった。そんな環境から脱してついに風呂に入れるとなると、喜ぶのは当然のことだろう。
女の子の香織はもちろんのことだが、ハジメも少し頬を緩めている。やはり日本人ということもあり、ハジメも風呂は好きなのだ。
「ハジメくん、後で一緒に入ろうね!」
「えっ? あっ、うん」
「……じゃあ、私も一緒がいい」
「じゃあユエちゃんもおいで!」
「えっ……え?」
ここで、風呂に入って癒されはしても、疲れが溜まることが確定したハジメであった。
それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく、開けることはできなかった。ハジメが錬成でこじ開けようともしてみたが、それも一切の効果が無かった。なので仕方なく諦め、探索を続ける。
最後に、三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。
しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象は無く、そういうオブジェだと言われても納得しそうなものである。
「なんだこれ……」
こんな異様な空間には、嫌でも警戒してしまう。魔法陣を調べるにしても、そもそもが分からないのでどうしようもない。
「ハジメくん、どうするの? トラップっぽくも見えるけど……」
「まぁ、何かはあるだろうけど……いや」
ハジメはこの空間にやって来てからのことを思い出す。確か記憶では、魔物らしき存在は一切いなかった。感知系の技能にも一切反応せず、敵対存在がいなかった点から『ここはダンジョンじゃないのでは?』と思ってしまった。
「多分大丈夫。それに、嫌でも調べなきゃダメだろうし。まぁ……香織、ユエ。何かあったら助けてほしい」
「うん、もちろん助けるよ」
「ん……気を付けて」
ハジメはそう言うと、魔法陣へ向けて踏み出した。そして、ハジメが魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。
まぶしさに目を閉じるハジメ。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように、奈落に落ちてからのことが駆け巡った。
やがて光が収まり、目を開けたハジメの目の前には、黒衣の青年が立っていた。
『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』
その言葉と共に、オスカー・オルクスと名乗った青年の話は始まった。よく見ると、青年のローブは、後ろの骸と同じものだと分かる。
「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね、このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって、反逆者ではないということを」
そうして始まったオスカーの話は、ハジメや香織が聖教教会で教わった歴史や、ユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。
神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は“神敵”だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。
だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時“解放者”と呼ばれた集団である。
彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか“解放者”のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。“解放者”のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり、志を同じくするものを集めたのだ。
彼等は“神域”と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。オスカーも、この七人の一人だったようだ。
しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。神は人々を巧みに操り“解放者”達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて、人々自身に相手をさせたのである。結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした“反逆者”のレッテルを貼られ“解放者”達は討たれていった。
最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。
長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。
「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」
そう話を締めくくり、オスカーの記録映像は消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。思わずギョッとしてしまうほどの衝撃で、頭がズキズキと痛んだが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので、大人しく耐えた。
やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。ハジメはゆっくり息を吐いた。
「ハジメくん、大丈夫?」
「大丈夫、だけど……これはまた、とんでもないことになったなぁ……」
「……ん……これからどうするの?」
ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。
実を言うと、召喚された際、ハジメはいくつもの違和感を持っていた。何故軍人ではなく、ただの一般人の僕達を召喚したのか。何故異世界から人を召喚できるほどの力がありながら、神が直接魔人族を滅ぼすことはしなかったのか。それらの疑問は解決された。
神は、エヒトは、おそらくハジメ達召喚者のことを、単なる遊び道具程度にしか思っていない。遊び道具として召喚するのなら、精神が成熟した大人より、不安定な中高生の方が面白い。戦闘の知識がある人より、そういう知識を持たない人の方が面白い。だから、ハジメ達は召喚されたのだ。
だが、それが分かると、自ずと取るべき行動が見えてくる。
「……元の世界に帰る。そのためにも、帰るのを妨害してくるであろう神を殺す」
ハジメや香織の最終目標は、元の世界へ帰ることである。しかし神を殺さなければ、帰還を妨害される可能性が出てくる。また、もし仮に帰れたとしても、また連れ戻される、という可能性もあり得る。
様々な可能性を総合して考えると、どうあがいても、神を、エヒトを殺さないと、安心して帰還することができないのである。
「香織は――」
「もちろんハジメくんについていくよ。多分、いや絶対に無理しちゃうだろうからね。ユエちゃんも、来るでしょ?」
「んっ……私の居場所はここ……他は知らない」
香織はハジメに寄り添い、その手を取る。そしてその間に入るように、ユエも体を寄せてくる。二人の想いが本心であることが、伝わってきた。
「……そっか」
面と向かってそう言われ、態度でも示され、なんだか恥ずかしい気分になったハジメは、思い出したかのように続けた。
「ああそうだ。二人も魔法陣に乗っといた方がいいよ。神代魔法の一つ……生成魔法ってのが手に入るから」
「……ホント?」
「本当だよ本当。なんというか……神代魔法についての情報を頭に流し込まれた感じ。一応体の方は大丈夫そうだし、とりあえず覚えといたらどう?」
そういうわけで、香織とユエも、神代魔法の一つ、生成魔法を覚えることができた。魔法陣に乗る度に、オスカーの映像が流れたが、それは割愛する。
「……よし、修得したっぽいね?」
「うん。でもこの魔法は……多分私達、あまり上手く使えないと思う」
「あー、うん。まぁこれが一番輝くのは、錬成師だろうね。魔法の性質的に」
今回得た生成魔法は、鉱物に対して魔法を付与して、別の性質を持った鉱物を作り出すことができる魔法だ。要するに、アーティファクトを作り出せる魔法、というわけだ。
「まぁそれはそれとして……この骨、どうする? なんとなく残しとくのは嫌だけど……いや、残しとくか」
一瞬、埋葬しようかと考えはしたが、今後の挑戦者のことも考え、あえてそのまま残すことにした。
その際、骸の指に嵌めてあった指輪を見つけたので、それの回収だけはしておいた。その指輪の十字に円が重った文様が刻まれており、今までは行けなかった書斎や工房にあった封印の文様と同じだったからだ。もしかしたら、鍵かもしれないと思い、回収しておいた。
しかし、今日は色々あったためか、疲れてしまったようで、大あくびをするハジメ。
「さてと……もっと調査はしたいけど、風呂入って寝るかぁ。もう眠たいし」
「あっ、じゃあ私も! ユエちゃんも一緒に来るよね?」
「んっ!」
「あー……うん、そういえば一緒に入るって約束したっけか……」
この後、風呂場から女の子二人の嬌声が響き渡ったのは言うまでもない。
カニチェ様 sarki様
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