ハジメは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触だ。これはそう、ベッドの感触である。頭と背中を優しく受け止めるクッションと、体を包む羽毛の柔らかさを感じ、ハジメのまどろむ意識は一瞬混乱する。
「ん、あ? あー…………」
そして何故か、その体には一切の衣類を纏っていない。ここで、ハジメはだんだんと前夜の記憶を思い出していった。
まずこの場所は、空間の中央くらいに位置していた、神殿のような場所だ。大きなベッドがあったため、そこを利用することにしたのだ。
そっと布団をめくると……右側には、ハジメに抱きつくように眠る香織の姿が、左側にはユエの姿があった。やはりというかなんというか、ハジメと同様に一糸纏わぬ姿だ。
「ん、んぁ……」
わずかに陽の光が入り込んだからか、香織はどこか艶めかしい声と共に、ゆっくりと目を開けた。
「あ、ハジメくん……おはよう」
「……おはよう」
「おはよう香織、ユエ」
そう言うと、香織とユエはさらにハジメに体を寄せ、ハジメと抱き合い交互にキスをする。
「そういえばさ……二人とも、良かったの? その……一人から二人になっちゃったけど、嫌じゃない?」
実を言うとだ。昨夜は色々あって、ハジメは香織だけでなく、ユエとも付き合うことになった。ほとんど成り行きのようなものではあるが……一応香織はそれを認めたし、ユエも嬉しそうではあった。だが、それは本心なのかと、ハジメは疑問に思っていた。
なんせ二人と付き合うだなんて、日本人としてはあり得ないことだ。ユエに関しては日本出身ではないが、普通は嫌がるに決まっている。
しかし、香織は首を横に振る。
「ううん。ユエちゃんなら、いいかなぁって思って」
「……それは本心?」
「うん。あっでも、もしハジメくんが私を放ったらかしにしたら、流石に嫉妬しちゃうかも。……でも、ハジメくんならそんなことしないって、分かってるから」
ユエも香織に続き、似たようなことを言う。
「ハジメなら……ずっと側にいてくれるって、信じてる」
「うん。いるよ、ずっと一緒に」
「嬉しい……」
香織もユエも嬉しそうに、うっとりとした瞳をハジメに向ける。彼女達にとっては、もはやハジメと一緒にいられるだけで幸せなのだろう。
この後、約一時間の間、三人で朝からベッドの上で幸せな時間を過ごしたのであった。
◆◇◆◇
色々あった後に朝食などを済ませると、ハジメ達はまだ調べていなかった書斎や工房に向かうことにした。
とはいえど、特に説明することはない。書斎には、この施設の設計図のようなものがあったくらいか。それによると、三階の魔法陣は、オルクスの指輪を持っている場合に限り、地上へ繋がる道になるらしい。
それとオスカーの手記のようなものも見つかった。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。その中に、他の迷宮に関する記述も、少ないながらされていた。
書斎はこの程度で、次は工房。そこは単に工房というだけでなく、様々なアーティファクトや素材類が保管されていた。おそらく、生前のオスカーが作り出したものなのだろう。
ハジメはこの場所で、新たな武器制作を始めることにした。エヒトを殺すともなれば、常識通りの戦闘など無意味だろう。だからこそ、今までにない武器を作らねばならなかった。
「まずは材料だ。それにしても……すっごいなここ」
魔物から採集できたシュタル鉱石もだが、この世界で一番硬く、希少とされるアザンチウム鉱石ですら大量にあるときた。これにはハジメも驚くどころか、むしろ困惑していた。
とはいえ、使い始めたらすぐに無くなるのは明白だ。神の戦うともなると、敵の数は分からないが、最低でも十万の魔物がいるのは当然だとハジメは考える。多くなると百万、いや一千万くらいいるかもしれないとすら考えているほどだ。
なので大量の武器を作る必要があるわけだが……強力な武器を作るには、もちろん相応の強度を持つ金属を用意しなければならないわけで。しかも大量の武器を作るわけだから、金属も大量に必要となる。
だからこそ、ハジメはまず金属の量産を行うことにした。特にアザンチウム鉱石、あるいはそれに近しい性質の鉱物を作り出そうと考えた。
一応、生成魔法を用いることで、鉱物を再現することは可能だ。結局の所、生成魔法は、鉱物に魔法を付与して、思い通りの性質に作り変えるための魔法なのだから。
「…………よし。これで『絶対に崩れない性質』の金属ができた」
世界一硬いアザンチウム鉱物を再現する方法。それはあまりにも簡単で、あらゆる状況において安定して固体化させるような性質を付与するだけ。それだけで、圧倒的な強度を実現させることができた。
「さーてと、これを使って何を作るべきか……」
そう考えてみるのだが、結局の所、今できることには限りがあることがハジメには分かった。いくら丈夫な金属を生成しても、それを山を軽く吹き飛ばせるくらいの破壊力を出せる兵器にできなかった。
例えばハジメの使う拳銃。ここから発射される弾丸の速度を音速レベルに上げることは、現状のハジメでは不可能だった。そこまでの加速を実現できる魔法を知らなかったからだ。
このように、実現させたいアイデアこそあるものの、それを実現させるための魔法を知らなかったため、結果として破壊力のある兵器は作れなかった。
とはいえ、何もできなかったわけではない。ワンランク上の、非常に硬い金属を手にしたことにより、従来の武器をグレードアップさせることはできた。
やはり強度というものは重要だ。強度が上がれば、これまでは武器が壊れてしまうほどの威力を、普通に放つことができる可能性が出てくるからだ。
そうして改良した拳銃やレールガンの威力は凄まじく、これらを用いてヒュドラと再戦してみたら、ハジメ一人だけでもあっさりと撃破できてしまうほどだった。
ちなみにだが、ヒュドラと再戦する方法は、最初の扉を出てヒュドラと戦った場所に行くだけだ。こうするだけで、一日一回限定ではあるが、無限に戦うことができる。ついでに言うと、いくら戦闘で空間を破壊しようが、一日経てば元に戻るため安心だ。
こうしてハジメは、ヒュドラを何度もサンドバックにしつつ、今の自分に可能な武器を作りまくった。もちろん武器だけではなく、偵察用のドローンのような何かだったり、移動用の自動車みたいなモノだったり、様々なモノを作り出した。
地球では専門的な知識が必要なモノであっても、魔力と魔法があるこの世界では、錬成の技術とアイデアがあれば、比較的簡単に作り出せた。
◆◇◆◇
そうしてハジメが工房に籠もっている中、香織とユエは何をしているのかというと、魔法の訓練をしていた。ただひたすらに、二人で魔法のみでの模擬戦を行い、練度を高めていった。
「“砲皇”! “凍雨”!」
解放者の住処の一角、ちょうど林になっている場所にて、二人は戦っていた。凄まじい嵐のような暴風が吹き荒れ、それにより凄まじい運動量を誇る
ユエの桁違いな高威力の魔法は、周囲一体の自然を軽く吹き飛ばしてしまう。何百回もの模擬戦の後に残ったのは、茶色の地面と濁った川だけとなっていた。
「“魔光”……」
そんな凄まじい暴風は、逆方向に渦巻く螺旋状の光によってかき消される。それでも
「“衝天”」
音も無く、光も無く。ただ雹だけに衝撃を浸透させ、パリンと割った。
現状、香織とユエの戦闘力は拮抗していた。
ユエの強い点は何よりも、強力な攻撃魔法を連発できるという点だ。しかもありとあらゆる属性を操ることができるので、どんな状況でも対処可能。そして相手には様々な魔法で対応せざるを得ない状況にさせることができる。
しかし、自動再生の固有魔法を持っているからなのか、結界系の魔法や回復系の魔法は得意ではない。また、その他の支援系、バフ・デバフ系の魔法もそこまで使わない。攻撃力があまりにも高過ぎるため、使う意味がそこまでないのだ。
対する香織は、まともに扱える攻撃魔法は光属性のもののみ。他の属性魔法も使えるといえば使えるが、ユエとの戦闘においては、ただ隙を晒すだけとなる。
その代わり、香織は近接戦以外ならあらゆる状況に対応することができる。回復魔法も結界術も、バフもデバフも、全て香織はこなせる。この対応力の高さが、香織の強みであった。
この戦闘は、互いの長所の殴り合いだ。ユエが大火力で香織を押し潰さんとし、香織がそれに対応し、かつ搦め手でユエを追い詰める。わずかな判断ミスが命取りになる戦いだった。
現在は、どちらかというとユエが優勢だった。香織も追い詰められているわけではないが、どうしても高火力に対応する行動をせざるを得ない状況が作られていたからだ。
「“天灼”」
最初にヒュドラに使ったそれとは比べ物にならない威力。雷球の数は倍近くに増え、当然のごとく、香織は魔法の領域から脱せなくなった。
「“聖絶・極式・五連”」
通常の結界等では、普通に破壊されておしまいだ。それは最高クラスの強度を誇る“聖絶”でも同じ。
しかし、その結界範囲を狭めた代わりに、強度を向上させたらどうか。さらにそんな結界を複数組み合わせたらどうなるか。
これは香織が、ユエの高火力に対応するために編み出した魔法だ。通常の“聖絶”を圧縮し、効果範囲を狭めた代わりに強度を上昇させたもの。それを足元を除いた五方向に展開する。
「これっ……」
そして天灼の効果が切れた時、ユエは目の前に広がる光景に、思わず一瞬動きを止めてしまう。
「“光陣”……」
香織の周囲には、光の球が浮かんでいる。それらは結合を繰り返し、魔法陣を形成していた。既にほぼ完成状態のそれを、ユエが妨害する前に……
光属性魔法の複合術式。祝福の光は香織に肉体を癒やし強化し、ねじれた螺旋の鎖は敵を貫き拘束する。無数の結界は敵を封じ込め、そして……断罪の光が、極光が降り注ぐ。
何をしようが逃げることのできない結界の中で、ユエは極光に肉体を侵食されていく。動けなくなり、肉は溶けていく。
こうして、何百回目かの模擬戦は香織の勝利に終わった。
「ユエちゃん。すぐ治すからね」
「う、ぁ……香織……」
ボロボロになったユエを、香織は魔法で治療する。するとあっという間に、極光の毒素は抜けていき、ユエの自動再生も合わさって物凄い速度で治っていった。
「……やっぱり、香織は凄い」
「ううん。こんなんじゃまだまだだよ」
ユエは、ここでの模擬戦で何度も負けていた。勝率的には、香織が七割勝っている。それを素直に褒めた。
しかし香織は、まだ満足していなかった。
「ハジメくんのために……もっと強くならなきゃ。支えてあげるんだ」
「……ん。私も、ハジメのために頑張る」
二人の原動力。それは、大好きなハジメのためというものだった。彼を支えるために、守るために、共に行くために、辛く苦しい訓練もひたすら続けていたのだった。
ゲスめがね(ふじこれ)様 竜羽様
評価していただき、ありがとうございます。第二章ももうすぐ終わり、ようやくオルクス大迷宮を脱出します。これからも応援お願いします!
-追記-
今夜、番外編的なものを投稿予定です。詳しくは活動報告にて。