時は少し遡る。
ハジメがヒュドラとの死闘を制した頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。
道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。
もちろん、理由はそれだけではない。単に疲労が激しいだけなら、ホルアドの宿で休めばいいだけの話だ。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。
何故このタイミングなのか。
元々、エヒト神による神託がなされてから召喚されるまで、ほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。
もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき実力主義の国だからである。
突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから、信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ‥
そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。
しかし、今回のオルクス大迷宮攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって、帝国側も光輝達に興味を持つに至った。あのベヒモスを
そうして王宮に戻ってから三日後、ついに帝国の使者が訪れた。
現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。
「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」
「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」
「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」
「はい」
陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。陛下に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。
そして、光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。
「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」
使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。
その視線に居心地悪そうに身じろぎしながらも、光輝はゆっくりと冷静に答える。
「六十五階層の先のマップを見せることで、突破したことを証明できます。どうですか?」
光輝は六十五階層の突破の証明のために、その先のマップを提示しようと提案した。そうすれば、ベヒモスを倒して先に進んだ証明になると考えて。
「……いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」
「模擬戦、ですか。俺は構いませんが……」
光輝はエリヒド陛下の方に軽く目を向ける。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取ると、イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。
「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」
「決まりですな、では場所の用意をお願いします」
こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。
◆◇◆◇
光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。
刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。
「……?」
しかし、光輝は妙な違和感というものを感じていた。光輝は技能のおかげで魔力の流れがある程度分かるのだが、それが通常の人間のそれとは異なるように感じた。
それは気配を消すだとか、風景に溶け込むだとか、そういう性質を持ったアーティファクトを使用した際と同じような違和感であった。
警戒して男を観察していると、男は口を開き、光輝に尋ねる。
「どうした、来ないのか?」
鋭い視線で男を見つめながら、光輝はその問いに答える。いや、むしろ逆に質問をした。
「……あなたには、妙な違和感を感じます。何か、変なアーティファクトとかを使ってませんか?」
「安心しろ。戦闘に影響が出るようなアーティファクトは使っていない」
「……そうですか」
そう口では言ったが、光輝は信用していない。戦闘というのは、わずかな隙を作り、そこを狙う戦いだ。あらゆる方法で隙を作ってくる可能性がある以上、男の言葉を信じることはしなかった。
「では、行きます」
光輝は全力で前方に踏み込む。そして男との距離が半分になったくらいで“縮地”により音も無く急加速し、眼前に迫る。
バキィ!!
剣と剣がぶつかり合う。今までは力が抜けていたような男の腕には力が入り、光輝の剣を剣で受け止める。
そこからは唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突きと、さらに“縮地”を利用しながら超高速の剣撃を振るう。しかしその中にも、この世界には存在しない、剣道の間合いと立ち回りで、男に攻撃を仕掛ける。
しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌いている。この世界の人にとっては独特の動きだからなのか、それを観察するために、回避と防御に徹しているようだった。
この戦闘方法に、光輝は見覚えがあった。最初にメルド団長と模擬戦した時と、ほとんど同じ動きだ。もちろん剣の使い方等は違っているが、立ち回りはほとんど変わらない。
その初戦のメルド団長には、動きの特性を見抜かれて負けた。それ以降も、いいところまで追い詰めることはあれど、それを対処されて負けている。今現在、男は同じことをしていると光輝は理解した。
「ふむ、並の人間では相手にならん程の身体能力と、独特な剣術か。少々面倒ではあるが……所々、動きが素直に見える。元々、戦いとは無縁か?」
「えっ? あっはい、そうです。俺達は元々ただの学生ですから」
「……それが今や“神の使徒”か」
男は息をつくと、チラッとイシュタル達聖教教会関係者を見て、わずかに不機嫌そうに目を細めた。
「まぁいい……おい勇者、小手調べはここで終わりだ。ここからは普通の戦闘と同じ殺し合いだ、気を抜くなよ?」
「殺し……ッ!?」
護衛はそう言うやいなや、一気に踏み込んだ。光輝程の高速移動ではない。むしろ遅く感じるほどだというのに、気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。
光輝は慌てて飛び退る。しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が光輝を襲った。
それは、明確に殺意のこもった攻撃。男は本気で、殺す気で剣を降っているのだと、光輝は容易に理解できた。
(殺し合い……)
今回は怪我することはあれど、模擬戦なので死にはしないだろう。しかし、もしこれが模擬戦じゃなかったら……もし相手の剣が真剣だったらと、そんな想像が一瞬だけ頭をよぎった。
人間の殺気。
初めて目の当たりにしたそれは、光輝を目覚めさせるのには充分過ぎるものだった。
――戦いになったら、嫌でも敵を殺さねばならない。罪を犯さねばならない。そうしなければ、仲間を守ることはできない。
「うぉぉぉぉぉおおお!!!」
光輝は雄叫びと共に、純白のオーラを吹き出しながら、男に向かって剣を振り抜く。男も剣で受け止めようとするが……
「ガァ!?」
その攻撃は、以前の数倍まで威力が上昇していた。それを受け止めきれずに吹き飛んだ。地面を数度バウンドし両手も使いながら勢いを殺して光輝を見る。
光輝は覚悟を決めた。今は模擬戦ではあるが、その中でも敵を殺す気でいなければならないと実感した。それが“限界突破”を発動させるきっかけを与えた。
当然恐怖はあった。光輝の顔は強張っている。今回は模擬戦だからいいが、本当の戦闘ならば、殺さねばならない。倫理に反する行為を、行わなければならないのだから。
「まだだ、行くぞ!」
全力で、体勢を崩した男に接近しようとする光輝だったが、実際にそうすることはなかった。なぜなら、護衛と光輝の間に光の障壁がそそり立ったからだ。
「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」
「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」
イシュタルが発動した光り輝く障壁で水を差された“ガハルド殿”と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして興が削がれたように剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。
すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。
四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。
その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。
「ガ、ガハルド殿!?」
「皇帝陛下!?」
そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。
「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」
「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」
謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。
続いてガハルド皇帝は、光輝の方を向いて軽く謝罪をした。
「勇者……いや、確か天之河光輝といったか。悪いな、騙すようなことをして。ただ、一度勇者とやらと戦ってみたかったものでな」
「いえ、俺は大丈夫ですが……」
こうしてなし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。
しかしその晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下はこう答えている。
「戦いを始めて数ヶ月にしてはそこそこの実力のようだが、まだ弱い。実力も精神性も、魔人族と戦うには心許ないと言ってもいい。正直、背中を預ける仲間としてはあまり信用できないな」
「信用できない……ですか」
「まぁとはいえ、現状の話だ。勇者に関しては、一度魔人族と戦うことでもあれば、一皮剥けるかもな」
一応、その成長性は評価しているようだ。まだまだ弱いが、何かきっかけがあれば、一気に強くなる可能性を秘めていると、皇帝陛下は評価した。
そんな評価を下されているとは露にも思わず、光輝達は、翌日に帰国するという皇帝陛下一行を見送ることになった。
これにて、第二章は終了となります。次話からは、フェアベルゲン・ライセン大峡谷編となります。
星雲 輪廻(元 名無 権兵衛)様
ボス猿様 ジント・H様 fv304様
評価していただき、ありがとうございます。第三章以降も頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。