ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、ハジメや香織は勝手に薄汚れた場所だと考えていのだが、意外と清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々酒は置いていないのかもしれない。
ハジメ達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない四人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線が女性三人に向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。
中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。そういった様子を見て、香織は少し苦笑いしていた。
ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようだ。冒険者が荒くれ者……という固定観念は、案外間違ってるのかもしれないと思いながらも、ハジメはカウンターへ向かう。そのカウンターでは、恰幅のいい笑顔を浮かべたオバチャンが迎えてくれた。
「おやおや、両手に花どころか花束かね? こんな真面目そうな人が、意外だねぇ」
オバチャンはニコニコと、どこかからかうようにハジメに言う。
「あー、ハハハ……」
「悪いねぇ、美人の受付じゃなくて」
「いや、そんなこと考えてませんよ?」
「そりゃもちろん分かってるさ。……あらごめんなさいね、ちょっと口うるさくなっちゃったかしら」
とはいえすぐに、申し訳なさそうに謝るオバチャン。何とも憎めない人だ。
「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」
「素材の買取をお願いしたい。それと、ここで地図を貰えるとも聞いたので」
「素材の買い取りと地図だね。とりあえず先に地図を済ませちゃおうか」
オバチャンはその場で厚手の紙にサラサラと何かを書き込んでいく。そして二分ほどで書き終えたのか、その紙を手渡した。
手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。
「ん、ん……? これ本当に無料で貰っていいんですか?」
「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」
「ははぁ……それはまた……」
「それで、後は素材の買い取りだね。じゃあまずはステータスプレートを出してくれるかい?」
そう言われたので、ハジメは本来のステータスを隠蔽したプレートを渡した。それをみたオバチャンは「おや?」という表情をする。
「あんた冒険者じゃなかったのかい? 冒険者と確認できれば一割増で売れるんだけど、今からでもしていくかい?」
「そうだったのか。ああでも……登録料とかってありますか?」
「登録には千ルタ必要だよ。ただ登録しとけば、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりする。ここから色々な所に行くのなら、登録しといたほうがいいと思うよ?」
「んーっと……じゃあ素材の買い取り料金から、登録料を差し引いといてください。ちょっと持ち合わせが無いもので」
そう言いながら、ハジメはバッグから素材を取り出す……ように見せかけて、宝物庫から樹海の魔物の素材を取り出していく。流石に人目がある所で宝物庫は使えない。
オルクス深層の魔物の素材については、一瞬出そうとも考えたが、出したら出したで、おそらくは不明な場所で倒した(トータスの世間では)未発見の魔物の素材なので、面倒事になると思って出さなかった。
ちなみにルタとは、このトータスで使われている貨幣単位である。日本円換算で言うと、物価的に1ルタが1円程度の価値のようだ。
ちなみにだが、お金は全て硬貨で、特殊な刻印をなされた金属で作られているのだとか。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。
「そうかい。というか……これは樹海の魔物だね? よくこんなに集めてきたものだよ」
「ああ、はい。ちょっと樹海に行く理由があったもので」
「ほうほう。まぁ、樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ。後、ステータスプレートも出してくれないかい? 冒険者登録、するんだろう?」
「おっとと、忘れてた忘れてた」
そうしてプレートを出すと、素材と共に回収された。数分後、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。しばらくの生活はなんとかなる額だ。
「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」
「いえ。今はこれで充分です」
「それとこれ、登録しといたよ。男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」
「そうですね」
ハジメは五十一枚のルタ硬貨を受け取る。それなりの量だがかなり軽い。一枚が薄いのもあるのだろうが、おそらくは原料の鉱物が特殊なのだろう。
それと同時に、ステータスプレートも受け取る。戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに“冒険者”と表記され、更にその横に青色の点が付いている。
青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。これはちょうど、トータスの硬貨と同じ価値の順番で並んでいる。
ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。それ以上に上がるのは……実力があれば無理ではないのだろうが、戦闘系天職を持たない者は、普通はそこまで強くなれないので、実質的には黒が限界である。が、戦闘系天職無しでそこまで上がった者は拍手喝采を受けるらしい。
「んじゃ、助かったよ」
「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、三人とも相当な美少女だし、そんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」
オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。香織とユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで三人を目で追っていた。
「これは、面白いことになりそうだねぇ……」
後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。
◆◇◆◇
ハジメ達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは“マサカの宿”という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。
宿の中は一階が食堂になっているようで、複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のように美少女三人に視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。
「いらっしゃいませー、ようこそマサカの宿へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊で。このガイドブック見て来たんですけど、記載されている通りで大丈夫ですか?」
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとする。随分と手際が良い。
「とりあえず一泊で。食事と風呂も付けてほしい」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
女の子が時間帯表を見せる。とりあえずハジメは、時間表を香織達三人に渡して「先に決めていいよ」と言った。すると数分ほど相談した後に、店員の女の子に伝えた。
「えっと、とりあえずここからここの時間帯で」
「かしこまりました! っと、そういえばあなたは……?」
「ああ、忘れてた。じゃあ僕は――」
「大丈夫ですよ。ハジメくんとは一緒に入るので」
そう言って香織がハジメの腕に抱きつくと、周囲は一瞬でざわつく。それもそうだ、美少女三人と一緒に混浴すると、美少女の方からそう言っているのだから。普通に驚かない方がおかしいというものだ。
「いや待って! 普通に一人で入りた――」
「はい、かしこまりました!」
ハジメが声を荒げるが、要求を伝える前に、悪ノリした店員によって確定してしまった。もちろんそれでも伝えようとしたが、難聴のフリをされ、結果として聞き入れてもらえなかった。
「それでお部屋はどうしますか!? ちょうど今、四人用の大きめの部屋が開いてるんですけど……」
「待って! 待って! その他の――」
「「「じゃあそこで!」」」
「かっしこまりましたー!」
もう店員の女の子は興奮しきっている様子。というか興奮を通り越して、トリップしているようにも見えるほど。それを見かねた女将さんらしき人が、ズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には、なんとなくハジメにとっては嬉しくない理解の色が宿っている。
何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、ハジメはとぼとぼと三階の部屋に向かった。しばらくすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、何だか異様に疲れたので気にしないようにするハジメ。
ふと横を見てみると、そこには三つのベッドが動かされていた。しかも魔法を上手く使って一時的に固定化している。最初はこんな風ではなかったはずだ。そう思っていると、ユエがハジメの上に跨ってきて、シアと香織がそれぞれ左右の腕に巻きつき、胸を押し当ててきた。
「スゥ〜…………ハァァァ〜……」
一度、大きな深呼吸をするハジメ。
「結界は?」
「ん、香織がもう張ってる」
「なら……覚悟しろよお前ら……!」
この後に何が起きたのかは、この四人以外が知ることはない。
どうしよっかなぁ。この後のシーンを番外編で書こうかなぁ〜?