現在、香織とシアは町に出ていた。昼頃まで数時間といったところなので、計画的に動かなければならない。目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。武器・防具類はハジメがいるので不要である。
香織とシアの二人は、衣類と薬関係をあたっていた。シアの服に関しては、サイズ的に香織と一緒に選ぶのが良い。ついでに香織は治癒師であり、薬に関する知識を王都で叩き込まれているため、こういう分担となった。
町の中は、既に喧騒に包まれていた。露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝にしては濃すぎるくらいの肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。
薬などは、時間帯的に混雑しているようなので、二人はまずシアの衣服から揃えることにした。
キャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。短時間で書いたにしては出来すぎていると、二人はそう感じていた。
二人は早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。そこでは、ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。
その店は、流石はキャサリンさんがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。
ただそこには……
「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」
名状し難い存在がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。
香織とシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、香織の方も、一瞬だけ凄まじい悪寒に襲われたような感覚を覚えた。
「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの二人共? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」
香織とシアは何とか堪える。おそらくは世界最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、名状し難い恐怖には抗い難いものだ。
「は、ハハ……」
物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくる、おそらく人間であろう何かを前にしては、香織も乾いた笑いしか出なかった。
一瞬だけ「本当に人間?」と思ったりもしたが、流石に失礼なので、香織はその言葉を飲み込んだが……
「えっ、あ……人間……です、よね……?」
恐怖からか、怯えながらシアがそう尋ねてしまった。
「だぁ~れが伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」
「いやぁぁぁああぁあ!!!」
怒りの咆哮を上げる人間のような何か。それに反応するように、シアも絶叫し、へたり込んでしまった。なんとなく……下半身が冷たくなってしまった。今は他に人がいないのは幸いだろう。
その後、何度か深呼吸をして落ち着いた香織が、シアの衣服を探しに来た旨を伝える。シアはもう帰りたいのか、香織の服の裾を掴みふるふると首を振っているが、化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。
だが結論から言うと、化物改め店長のクリスタベルの見立ては見事の一言だった。店の奥へ連れて行ったのも、シアが粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。
香織とシアは、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、彼女……の、人徳ゆえだろう。
「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」
「う、うん……インパクトは凄かったけど、凄く丁寧だったね」
「ですね~」
そんな風に雑談しながら店を出て、次は道具屋に回ることにした二人。そこにユエがやって来た。だが手ぶらであり、見た感じでは、近くに一緒にいるであろうハジメはいない。
「……いた」
「あっ、ユエちゃん。どうしたの?」
「ハジメに『行ってきていいよ』って言われたから。……あ、買い物はほとんど終わったよ」
「そうなんだ。なら大丈夫だね」
そういうわけで、ここからは三人で巡ることに。次は道具屋だ。大まかな物に関してはハジメが買っているが、あくまで大まかにしか買っていない。細かく必要だと思うものを買いに行くのだ。
しかし、三人は飛び抜けて美少女だ。他人の、特に異性の目を惹きつけてしまうもの。すんなりとはいかず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。
その内の一人が前に進み出た。ユエは覚えていないが、この男、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。
「ユエちゃんとシアちゃん、それとカオリちゃんで名前あってるよな?」
「合ってますが、どうかしましたか?」
何のようだと訝しそうに尋ねる香織。その後ろでは、ユエが何となく嫌な感覚に目を細めており、シアは亜人族にも関わらず“ちゃん”付けで呼ばれたことに驚いた表情をしている。
香織の返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、ユエかシアの前に出る。
「「「「「「カオリちゃん、俺と結婚してください!!」」」」」」
「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」
つまり、まぁ、そういうことである。三人の口説き文句が異なるのは、容姿から推測できる年齢や種族によるものだろう。
奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りで、シアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されており、まずシアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。
ちなみに、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態については無視されているようだ。でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずである。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、そんな事をする者はまずいないからだ。
で、告白を受けた三人はというと……
「……えっと、とりあえず行きましょう」
「んっ、無視する」
「あ、はい。あー……一軒で全部揃うといいですね」
一瞬の困惑を示したが、香織が一声上げると、何事もなかったように歩みを再開した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」
まさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、この三人の美貌は他から隔絶したレベルだ。多少暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」
暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。二人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。
そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。
わずかに驚きはしたが、香織は無言で手を男の方に向ける。
直後、天から光が降り注ぎ、男に複数の光の線が突き刺さった。反応からして痛みは無いようだが、動くことは容易ではない。というか、身体を揺らすことしかできていない。
周囲の男連中は、おそらくは光属性の上級魔法に分類されるであろう魔法を一瞬で発動した香織に困惑と驚愕の表情を向けていた。ヒソヒソと「事前に呪文を唱えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか勝手に解釈してくれている。
「流石に手を出されると、こっちも強引な手段を取らざるを得ないので……」
静かに拘束した男に近づく香織。顔は笑顔だが、目が明らかに笑っていない。激しく怒っているというわけではなさそうだが、少なからず、怒りを覚えているようには見える。
「いっ、いきなりすまねぇ! だが、俺は本気でユエちゃんのことが……」
「……貴方みたいな男は嫌い」
「グハァ!?」
そして男にトドメの一言。後ろで呟いたユエの声は、男の耳に届き、そして絶望を与えた。
「あ、私もあなた達みたいな人は好きじゃありません」
「私も、あなた達の奴隷になるつもりはありませんよ?」
こうしてたったの数分で、香織達三人は、町の一角に屍のような男達を作り出した。この後も三人は、意図せずゾンビのような生気を失った男を量産するのであった。
◆◇◆◇
三人が宿に戻った時には、既にハジメは戻っていた。まぁ、三人は行く先々で色々あったため、かなり遅くなっていた。
「おかえり。……ところでだけど、何があったの?」
ハジメは部屋に帰ってきた三人に尋ねる。窓の外を見ながら。
香織達も、ハジメと同じように窓の外を見てみると、そこには……
大量の男が、土下座をしていた。
「……襲ってきた人に『嫌い』って言ったこうなった」
静かに放たれたユエの言葉に、流石にハジメも苦笑いせざるを得なかった。
狂気の白ウサギ様
評価していただき、ありがとうございます。次回からライセン大迷宮攻略開始です。
それと番外編は、現在執筆中です。多分ライセン大迷宮終わる頃には投稿できると思います。