香織の父親の智一から電話がかかってきた六日後、ハジメは白崎家へ向かっていた。話がしたいとは言っていたが、何の話をするのか。ハジメはひたすらに緊張していた。
ピンポーン。
しばらくすると、インターフォンから声がする。男性の声だ。
『はい』
「すみません、南雲ハジメという者ですが」
『ああ、南雲……分かった』
しばらくすると、扉の鍵が開く音と共に、今度は扉の方から『入れ』という声がした。
「お邪魔します……」
そうして扉を開けると、均整の取れた肉体と顔立ちの男――白崎智一がいた。ハジメのことを警戒しているのか、値踏みをするかのように鋭い目線を向けている。
「南雲ハジメだな?」
「はい。はじめまして」
「……ああ、俺は白崎智一だ。とりあえず、来い」
そうして智一に案内されてリビングに行くと、誰もいない……わけではなく、香織もいた。
「あっ……おはようハジメくん」
「おはよう……香織さん」
とにかく色々と警戒しまくっているハジメは、普段はしないさん付けで香織を呼んだ。もし呼び捨てで呼んでいたら、一体どうなったことか分からないから。
そうして案内された席に座ると、智一はゆっくりと話を始めた。
「……電話上で聞いたことだが、もう一度聞く。本当に、香織と付き合っているんだな?」
「はい」
「そうか」
それだけ言うと、智一は黙った。表情は強張っており、目線は鋭い。しかし最初に見せたような、値踏みをするような視線ではなかった。
「え、えっと、お父さん?」
そんな沈黙が一分ほど続いたが、香織の言葉がしたことにより、沈黙は破られる。
「……まぁ、親としては、香織の意思というものを尊重しないといけないのだろうな」
「ってことは……!」
香織は喜びの声をあげようとする。前日に散々何か言われたのかもしれない。しかしその前に、智一は続けた。
「ただ……お前が真に香織に相応しいのか、それを確かめること。それも親の責務だと思っている」
「お父さん……ねぇ、私は本当にハジメくんのことが好きなの……誰と付き合うかなんて、私が決めていいでしょ?」
「ダメだ。いくら好きな相手だったとしても……それがあの自己中なクソガキのような男だったら絶対に許さん。ああいう面倒臭い男は、絶対に近づけさせん!」
そんなちょっとした親子の言い争いが始まったのだが、ハジメはふと疑問に思った。クソガキとは、一体誰のことだろうかと。
そんなことが頭に浮かぶのとほぼ同時に、智一はハジメに向かって言う。
「悪いな、だがまぁそういうわけだ。お前がどんな男で、どんな性格で、どんな価値観を持つ男なのかを……香織を守るためにも、俺が見極めなければならない」
そういうわけで、俺はお前と話すことにしたと、呼び出した経緯を教えてくれた。
「とりあえず、色々と教えてもらおう。まず疑問に思うのは……お前、香織とは違う中学校だったな? どうやって香織と知り合った?」
ここからハジメは、ひたすら智一からの質問責めされることになる。
「嘘のような話になるのですが……中学二年生の時、道端で知らないおばあちゃんと子供が不良達に絡まれていたんです。その様子が見てられなくて……その人達の間に入ったんです。でもケンカとかそういうのはできないから……土下座して代わりにひたすら謝り倒しました」
「……それで?」
「そしたらなんとか助けることができたんですが、でも不良達にやられて怪我とかもしちゃって。そこを唯一助けてくれたのが、香織さんだったんです」
まず第一の質問に、ハジメは正直に答えた。ハジメからしてみればめちゃくちゃ恥ずかしいエピソードなので、顔を真っ赤にしながら答えた。しかし、かなり疑われているようで。
「本気で言ってるのか? 嘘としか思えない内容なんだが?」
目を細め、智一はハジメを睨みつける。それもそうだろう。当事者であるハジメや香織、それとハンカチを返しに来た時のことを知っている香織の母親の
「一応本当のことです。それを証明しろと言われたら……流石に無理ですけど」
「……まぁ、今は置いておこう。じゃあ次に、香織の好きな所は? ……先に言っとくが、全部とかふざけたこと言いやがったらぶっ飛ばすからな?」
ドスを効かせた声で威圧する。それにわずかに震えながらも、ハジメは本心を答える。
「一番好きなのは……優しい所です」
「どうしてだ?」
「さっきの話も関わってくるんですが……実は不良達から知らないおばあちゃんや子どもを助けた時、当然といえば当然なんですが、周りの人達に変な目で見られたんです」
「……ああ、土下座したんだったか?」
「はい。周りから見れば、僕は派手に土下座した変人だったんでしょうね。みんな変な目で見てきました。助けたおばあちゃんや子どもでさえも。感謝されるために助けたとか、そういうわけじゃなかったとはいっても……悲しかった」
「そんな中、唯一助けてくれた香織に惚れたと?」
「はい。正直、ほとんど一目惚れ……のようなものです」
「そうか」
もちろんそうなった要因には、香織の整った容姿もあっただろう。しかし何よりも大切だったのは、香織の心だった。彼女の優しい心による行動が無ければ、ハジメは誰にも助けられることはなく、香織のことを知らぬまま、家に帰っていたことだろうから。
「……まぁ、お前がそれなりに誠実な男だとは――あのクソガキのような男でないことは分かった」
「クソガキ……とは?」
「なに、あま……周りのことが見えていない自己中野郎のことだ。そんなヤツよりは遥かにマシだ。だからまぁ……ひとまずは信用しよう」
とりあえずは、今の話をしたことで、智一はハジメのことをそれなりには信用してくれたようだった。
「確か……ゴールデンウィークが終わってしばらくしたら、中間テストだったな?」
「はい。確か一週間後だったはずです」
「俺はまだ、お前を完全には信用していない。本当に信用してほしいのなら、必死こいて勉強して、その中間テストで学年一位を取ってみろ。もし一位を取れなかったら……その時はお前を香織から引き離すかもしれない。分かったな?」
「はい」
学年一位を取れ。普通に勉強しても、そう簡単には取れない順位を、智一はハジメに要求した。たとえそれが難しくても、嫌でも、拒否することはできない。
こうして話が終わると、智一は「さっさと帰って勉強しやがれ」と言って、ハジメを家の外に出した。もちろんハジメとしても、別れさせられるのは嫌だったので、家に帰ったら必死で勉強することとなった。
◆◇◆◇
その日の夜のこと。香織は眠り、リビングには智一と、母の
「……南雲ハジメ、か」
「そういえば、今日会ったんでしたっけ?」
「少しだけだ。しかし……あのクソガキみたいな雰囲気は無かった。そこはひとまず安心だ」
あのクソガキが誰を指すか。それを薫子はなんとなく察してはいたが、口に出すことは無い。
「そういえば、薫子は何度か会っているだったな? どんな雰囲気だった?」
「どんな雰囲気……と言われてもねぇ。礼儀正しくて真面目そうだったわよ。それに香織から聞いた話だと、一緒の高校に行くため、趣味を全て切り捨てて勉強してたんだって」
「……まぁ、難しい高校だしな。で、最近は?」
「ある程度は趣味にも時間を割いてるみたいね。それでも勉強はかなりやってるっぽいけど」
ハジメが白崎家にやって来ていたのは、決まって智一がいない時だ。というかそもそも、ハジメは自分から香織の家には来ず、香織に「来ていいよ」と言われた時だけ来ていた。
そういう時に行っても、ハジメは薫子とのみ会い、智一とは会うことすらない。おそらくは香織も、バレたら父親の智一が何か言うに違いないと、最初から予測していたのだろう。
「そういえば、中学生の時はたま〜に家に来て一緒に勉強してたわね。最初の方は、ハジメくんが色々教えてともらってたけど、二ヶ月くらい経ったら、逆に香織が色々教えられる側になっちゃってたわねぇ」
「……」
「もう、心のどこかでは『認めてもいい』って思っているんでしょう?」
智一は、事前にハジメに関する様々なことを、薫子から聞いている。
まずは香織との出会い。その後のハジメの態度だったり勤勉さだったり、そして何より、ハジメの優しさと強さ、ハジメと接するときの香織の楽しげな表情だったりを、聞いて知っている。
そしてこれは、妻の薫子だけでなく、香織からも聞かされたことだ。
「…………まぁ、な」
だから、認めてもいいと、心のどこかでは思っているのだ。
「ただ……これは俺の……親としての責務というもんだろ。可愛い娘をそう簡単に渡してやるものかよ」
しかしそれでもなお認めない理由。それは、言ってしまえば父親としての、智一のプライドだ。まだ彼は、父親としての責務を全うしたいのだろう。ハジメなんかじゃなく、自分で、娘の香織を守ってやりたいのだろう。
だからこそ、ハジメを認めなかった。最後に自分が、ハジメの最後の障害になってやろうとしたのだ。
「……俺は寝る」
フゥ、と息を吐くと、智一は立ち上がり、ゆっくりとリビングから出ていった。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう交わして、智一は二階へと上がっていった。
こうは言ったものの、おそらく智一は、香織の交際を否定することはしないだろう。なぜなら、父親としては、娘の香織の笑顔が最も大切だからだ。娘のためであれば、プライドなど、取るに足らないものである。
オルクス大迷宮のボスであるヒュドラ。その幻覚魔法は香織かユエのどっちに対して使ってほしい?
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白崎香織
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ユエ
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どっちも