(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

12 / 76
12話 クロスベル

 

 

 

 《碧き零の計画》

 それはクロスベルの独立運動の背後で行われていた計画。

 《D∴G教団》の成果を利用し《零の至宝》を作り出し、その力を持ってゼムリア大陸の歴史をクロスベルを優遇した歴史に改竄する計画。

 実際にそれが可能だったかは一先ず置いておくとして、ディーター・クロイスを隠れ蓑にしたイアン・グリムウッドとマリアベル・クロイス、アリオス・マクレインの三名が推し進めていた計画だった。

 アリオス・マクレインは仲違いをしたのか、《大樹》に同行することなくオルキスタワーの上階で心神喪失状態で発見された。

 イアン・グリムウッドは《大樹》にて特務支援課が逮捕。

 マリアベル・クロイスに関して、特務支援課の面々は一様に口を噤み、彼女の所在を語ることはしなかった。

 帝国憲兵隊の調査によると、マリアベル・クロイスは計画の失敗を見届けた後、《身喰らう蛇》に参入。

 特務支援課は彼女を逮捕することはせず見逃したことから、何らかの密約を交わした可能性が考えられる。

 

 注釈:マリアベル・クロイスと特務支援課のエリィ・マグダエルは旧知の仲である。

 

 現に特務支援課はイアン・グリムウッドを連行し警察本部に引き渡した後、不明瞭な報告書を残して出奔した。

 以降、クロスベル警察を経由して帝国政府が出した出頭命令にも応じず、依然彼らは姿を晦ましている。

 

 オルキスタワーでディーター・クロイスを逮捕したのも彼らだが、彼と取引をしてマリアベル・クロイスを見逃す取引をしていた可能性は十分に考えられる。

 クロスベルの異変と独立の騒動は帝国軍がクロスベルを制圧したことで鎮静化されたものの、特務支援課の不可解な行動には警戒が必要だろう。

 もしかすればディーター・クロイス達の計画はまだ継続していることを視野に入れ、ジオフロントに潜伏した特務支援課、並びにクロスベル国防軍を名乗った反帝国主義者たちへの警戒を厳にするべきだろう。

 

 なお彼らの支援者として疑いが強い親類縁者を拘束することを進言します。

 

 報告者:クレア・リーヴェルト。

 

 

 

 

 

「何をやっているんだ……」

 

 自分が気を失っていたこの一ヶ月の帝国時報やクロスベルタイムズを読み漁ったクリスは最後にクレアが持って来たルーファスに提出する報告書に唸った。

 特務支援課の報告書によれば、マリアベル・クロイスには逃げられたとあった。

 しかし、それが真実なのか確かめようにも彼らが姿を隠したため、問い詰めることはできない。

 帝国軍は目下、彼らの捜索をしているがジオフロントの乱雑な造りと市民の協力があるのか、その成果は芳しくない。

 何度も呼び掛けているにも関わらず、応じようとしない特務支援課の態度は当然帝国人たちへの心象を最悪なものへと傾けていく。

 そして巷の噂話に耳を傾ければ、特務支援課は帝国の不当な占領に対して、再び独立を目指して力を蓄えているクロスベルの希望だと言う話が囁かれている。

 

「これは本当にロイドさん達なんですか?」

 

 クレア達の報告書を読む度に、半年前に共に過ごしていた彼らの人物像が崩れていく。

 

「ええ、残念ですが報告書に嘘偽りはありません」

 

 わざわざ一番新しい報告書の複製を届けてくれたクレアは目を伏せて首を振る。

 

「帝国人の僕達には分からない何かがあるかもしれないけど、いくら何でも……」

 

 これまでのクロスベルの暴挙の数々により、帝国のクロスベルへの心象は最悪とも言える。

 資産凍結に始まり、ガレリア要塞の消滅。《身喰らう蛇》との密約に《D∴G教団》との因縁。

 これは何も帝国だけに留まらず、ゼムリア大陸全土においてクロスベルには疑惑の意志は向けられている。

 

「クロスベルの独立はディーター・クロイスの独断だったことになっているんですよね?」

 

「ええ、ただ帝国に占領される前にクロスベルの議員の誰かが独立宣言の無効を宣言していれば、まだ穏便に済ませる事が出来たんですが……」

 

「ですが?」

 

「先日、ロイド・バニングスとランディ・オルランドの二名がジオフロントからオルキスタワーへ不正アクセスを行い、機密情報を盗み出しました」

 

「ええ……?」

 

「さらに端末は初期化され、クロイス家が過去行って来た悪事、そして彼らがクロスベルに何を残したのかを調査していたレクターさんが頭を抱えることになりました」

 

「…………ク、クレアさん?」

 

 淡々を告げるクレアにクリスは及び腰になる。

 

「人を忙殺させておいて、本人たちは街で魔獣退治に遊撃士活動をして市民の御機嫌取り……

 聞いていた人物像とは違い、随分としたたかな人間だったようですね」

 

 冷ややかなクレアの呟きにクリスは背筋を凍らせながら精一杯のフォローをするために会話を続ける。

 

「な、何かの間違いじゃないんですか?」

 

「残念ですが、ジオフロント内で交戦したので間違いありません……

 そして彼らがディーター・クロイス派として動いていることはほぼ間違いないでしょう」

 

「…………機密情報を盗み出したのはクロスベルにとって不利になる後ろ暗いことがあるから……ですか?」

 

「そう考えるのが妥当でしょう……

 ディーター・クロイスを逮捕したことも計画の内と考えるべきでしょう……

 未だに警察官を名乗っていましたが、彼らにどんな正義があったとしても、警察官が行うことではありません」

 

 クロスベルにとっての警察はエレボニアにとっての憲兵隊。

 その憲兵隊の一員として、ロイド達の立場を弁えない行動にクレアは思う所があるのだろう。

 

「クルトは……クルト・ヴァンダールはどうしていますか?」

 

 話を変えるつもりでクリスは気になっていた親友の所在を尋ねる。

 

「特務支援課メンバーの内、ワジ・ヘミスフィアはクロスベルを離れてアルテリア法国へと帰国……

 ノエル・シーカーは出向元の警備隊に戻っていますが、クルト・ヴァンダールに関しての足取りは掴めていません。おそらく……」

 

「っ……何をやっているんだクルト」

 

 言葉を濁したクレアの表情からクルトは特務支援課メンバーと共に地下に潜伏しているとクリスは察する。

 クロスベルの異変で何が起きたのか。

 《灰》の起動者となっていた少女はまだ目を覚まさず、クレア達がまとめた報告書からでは事件の概要だけしか分からない。

 《大樹》に向かった“彼”に何があったのか。

 同じく《大樹》へと乗り込んでイアンを捕まえて来た特務支援課なら何かを知っているかもしれないのに、彼らは帝国の呼び掛けを悉く無視している。

 

「まさか本当にクルトやロイドさんはディーター・クロイスに……とても信じられない……」

 

「残念ですが半年もあれば、心変わりするには十分な時間と言えるでしょう……

 それにどれだけ世間的に善人だったとしても、その本性が必ずしも同じとは限りません……

 ディーター・クロイスがそうであったように、クロウ・アームブラスト、そして私の叔父……」

 

 実感が籠ったクレアの言葉にクリスは押し黙る。

 “心変わり”。

 その言葉で連想するのは帝国に潜む《呪い》。

 厳密にはまだクロスベルは帝国領ではないが千年を超える呪いの根がクロスベルに伸びていたとしても不思議ではない。

 

「ルーファス総督はロイドさん達をどうするつもりですか?」

 

「帝国の内戦が終結する時期を目安に出頭命令は続けるそうです……

 その猶予を過ぎても出頭しないのであれば、特務支援課はクロイス家の私兵と化していると発表し、七耀教会と遊撃士協会にも掛け合って国際指名手配犯として処理するようです……

 もちろんそれは彼らがこれ以上罪を重ねなければの話ですが」

 

「…………そうなりますよね」

 

 客観的に見ても、異変後の特務支援課の行動は不可解な部分が多い。

 交流があった自分が説得を呼び掛ける。

 一瞬、そう提案しようとしたが何の力も影響力もないお飾りの皇子でしかない自分に何ができるのだろうかと口を噤む。

 ただでさえ内戦のことに思考の大半を費やしている状況でロイド達の報告を聞くことは出来ても、対応できる余裕はない。

 例え《異変》の結末を聞き出す理由があっても、それをしたところで“彼”が戻ってこないのなら優先度は低い。

 

「セドリック殿下、あまり根を積めない方がよろしいかと……

 まだ病み上がりですし、アルフィン殿下も心配しておいでですよ」

 

 クレアは振り返り、部屋の外から彼の様子を伺って覗いている皇女とその付き人に視線を送る。

 

「アルフィン? それにエリゼさん……」

 

 指摘されて彼女たちの存在にクリスは気付く。

 

「セドリック、少し休まないと」

 

「お気持ちは分かりますが、御自愛ください殿下」

 

 アルフィンに付き従う形で入って来たエリゼが持つトレイには様々なパンとティーポットが乗せられ、それを見た瞬間クリスの腹は空腹を訴える。

 

「もうそんな時間か……」

 

 固まっていた体を解し、クリスは目頭を押さえる。

 

「セドリック無理をし過ぎよ。昨日起きたばかりなのに」

 

「そんなことは言ってられないよ……

 こうしている間にもⅦ組のみんなは動いているし、内戦だって進んでいる……

 アルバレア公の要求はアルフィンだって聞いただろ? 僕にはのんびりしている時間はないんだ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「せめて兄上と合流できれば……」

 

 現在の内戦の情勢を思い浮かべながら、クリスはオリヴァルトと会う方法を考える。

 革新派の旗頭にされながら、実際の発言力はないお飾りになっているがオリヴァルトと合流できれば新たな道が拓けるかもしれない。

 だからこそ、クリスは足りない頭で必死に考える。

 

「セドリック……」

 

 そんな必死な弟の姿にアルフィンは複雑な喪失感を覚える。

 頼りなかった弟の成長に戸惑えば良いのか、喜べば良いのか、再会から時間が経った今でもアルフィンはどうすれば良いのか分からない。

 

「でも良い機会かもしれない。アルフィン、君はエリゼさんと一緒にそれこそルーファス総督にこのまま保護を受けるべきだと思う」

 

「セドリック!? いきなり何を?」

 

「単刀直入に言おう。“全て”の決着がつくまでエリゼさんと避難して欲しい」

 

「ば、馬鹿なことを言わないでちょうだい!」

 

 突然のクリスの提案にアルフィンは声を大にして反論する。

 

「帝国が大変なことになって、お兄様も貴方も戦っているのにわたくし一人がどうして――」

 

「だったら聞くけど、君に何が出来るんだい?」

 

 いっそう突き放す口振りでクリスは言い放つ。

 

「皇城や女学院で蝶よ花よと育てられ、過ごして来ただけの君が」

 

「っ――」

 

「この内戦はセドリック皇子とオリヴァルト皇子の継承権争いにすり替えられようとしている……

 こんな混迷した状況の中、もしも“第三の風”としての道を見つけられたとしても君の存在意義は邪魔にしかならない」

 

「………………」

 

 クリスのきつい物言いにアルフィンは押し黙る。

 彼の言葉は厳しいがそこに自分に向けられた愛情があることは感じ取れる。

 そして――

 

「それに僕にとって、エリゼさんは大切な人だからこれ以上危険な目にあって欲しくないんだ」

 

「………………え?」

 

「で、殿下!?」

 

「もしもエリゼさんに傷一つでもつけば僕は生きてられないだろうからね」

 

「待って……待ちなさいセドリック……貴方は自分が何を言ったのか分かっているの!?」

 

 先程とは一転して朗らかに笑いながら告げられた言葉にアルフィンは大いに戸惑う。

 

「何をって……事実を言ったまでだけど?」

 

 エリゼに何かがあれば、それこそ“彼”は次元の壁や因果を超越して馳せ参じてくれるかもしれないが、それは同時に守れなかった自分の命の危険に――命の危険がないスパルタの危機に他ならない。

 

「エリゼさんだけじゃない。ユミルのテオ男爵やルシアさんも僕にとってはもう大切な人達だから、安心してアルフィンと国外に避難していて欲しい」

 

 慌てるアルフィンを他所にクリスは真摯な眼差しをエリゼに向ける。

 

「えっと……その……大変光栄なことなのですが……」

 

 当のエリゼはその真意を理解できるはずもなく、クリスの大胆な告白に顔を赤らめて戸惑う。

 

「っ――」

 

 その瞬間、クリスの背筋に寒気が走る。

 何事かと振り返って見るが、そこには壁しかない。

 

「…………もしかして……あり得るのか?」

 

 冗談交じりに思い浮かべたその可能性にクリスは生唾を飲み、エリゼに振り返る。

 

「で、殿下……?」

 

「ちょっとセドリック本気なの!?」

 

 熱い眼差しを向けられたエリゼは思わずたじろぎ、アルフィンは更に混乱し――

 

「盛り上がっているところ失礼します」

 

 その言葉は場の空気を読んで沈黙を保っていたクレアではなく、新たに部屋に入って来たルーファスの言葉だった。

 

「ルーファス総督、いかがしましたか?」

 

 いち早く反応したクレアが敬礼をしながら、用件を尋ねる。

 

「《鳥》が籠の中に入ったと《仔猫》から報告があった。速やかに部隊の準備をしてくれるかな?」

 

「このタイミングで……やはり目的は“彼女”でしょうか?」

 

「おそらくそうだろう。協力してもらえるかな?」

 

 下手に出るようなルーファスの言葉にクレアはため息を吐く。

 

「貴方に思う所がないわけではありませんが、このクロスベルでは協力することに異論はないと伝えたはずです……

 どうぞ、遠慮せずに《要請》を命令してください」

 

「それでは――」

 

「待ってください!」

 

 勝手に話が進めていくルーファスとクレアにクリスが割って入る。

 

「今の話はもしかして……」

 

「ええ……殿下が察した通りです」

 

 クリスの嫌な予感をルーファスが首肯する。

 

「特務支援課がこのオルキスタワーに侵入しようとしています」

 

 

 

 

 ウルスラ医科大学病院にて、二人の女が膝を着き合わせて語り合う。

 

「つまりよ。東方の気功術を使えば体型は自由自在なわけなのよ」

 

 一人は数ヶ月前の重症からとある霊薬によって助かり、今回はその経過を調べるための入院患者。

 

「ふーん……でもそれって不自然な力が入っているからあんまりそそられないんだよね」

 

 一人は先日、仲間を庇って全身に爆発の衝撃を受けた入院患者。

 なお後者は寝て、食べたからもう治っているといって元気一杯の様子。

 

「確かに不自然な力みはバランスを崩すわ。でもこう考えられないかしら?

 今までどこにいるかも分からなかった自分の理想が追求できると」

 

「自分の理想?」

 

「あの子の自然体が一番良いのは私も否定しないわ……だけど、心のどこかでもしかしたら妥協していたんじゃないかと思うのよ」

 

「妥協って……そんなのあんたに一番似合わない言葉だよね?」

 

「ええ、でもしかたがないでしょ?

 こればかりは努力とかで済ませられるものじゃないんだから……でも、東方の気功術なら、私の理想を突き詰められる可能性があるのよ!」

 

「うーん……でもなー」

 

「貴女も感じたことはあるはずよ!

 大きさが良くても弾力が不満があった、弾力は良くても形にこれじゃないって感じたこともあったでしょう?」

 

「それはたしかにあるけどさ……」

 

「でも気功術を使えば、理想の大きさ、理想の弾力、理想の形を追求できる! ならばこれを使わない道理はないわよね?」

 

「ま、一理あるかな? 合う合わないは実際に触ってから判断すれば良いしね」

 

「どうやら分かってくれたようね。と言うわけでリーシャ!」

 

「やりません」

 

 見舞いに来た少女はにべもなくその女の提案を切って捨てた。

 

「いたたたっ! 二年前にリベールで《銀》にやられた腕の古傷が疼くっ!」

 

「ならばその両腕、ここで斬り落としてやろうか《人喰い虎》」

 

「いたたたっ! 誰かさんを庇って折れた腕が今になって痛み出したわ!」

 

「イリアさん……」

 

 

 

 

 

 

「ティオの陽動はうまく行ったみたいだな」

 

「この様子だとお嬢の方も怪しまれてないみたいだな」

 

 狭い小型のエレベーターの中でロイドとランディは順調にここまで来れたことに安堵の息を吐く。

 オルキスタワーの最上層とジオフロントを繋ぐ要人用の緊急エレベーター。

 先の地下活動の成果もあり、このエレベーターはまだ帝国軍に気付かれた様子はなく、ロイド達は帝国兵と遭遇することなくオルキスタワーへの侵入を成功させることができた。

 

「待っている二人のためにも必ず成功させないとな」

 

「ああ、今度こそキーアの手を掴んでみせる」

 

 拳を握り締めてロイドは気合いを入れる。

 だが、その気合いとは裏腹にロイドは自分達がしていることが本当に正しいのか疑問を感じてしまう。

 何か大切なことを忘れてしまっているような空虚感が胸を締め付け、今自分達がしていることが本当に正しいのか疑ってしまう。

 

「…………なあランディ、俺達は本当に正しいんだよな?」

 

「おいおい、ここに来て弱気なこと言ってんじゃねえよ」

 

「自信を持ってくださいロイドさん、貴方は僕達の“中心”なんですから」

 

 ランディとクルトの言葉でも胸の中の空虚は晴れない。

 

「気持ちは分からなくもないけどな……キー坊の反抗期で不安なのは分かるが、そんなんじゃ帝国の魔の手からキー坊を救う事なんてできないぜ」

 

「ランディ」

 

 歯に衣着せないランディの物言いをロイドは諫めるようと語気を荒げる。

 が、悪し様に言われた帝国人のクルトはランディに頷く。

 

「僕の事なら気にしないでください。帝国によるクロスベルの占領、納得できないのは僕も同じですから」

 

「だけどクルト、君までこんな事に付き合わなくても……」

 

「それ以上言わないでください。選んだのは僕ですから」

 

 強い決意を滲ませたクルトの目にロイドは押し黙る。

 帝国での立場を持っているはずのクルトをクロスベルの事情に巻き込んでいる後ろめたさを何度も感じていた。

 今日までは地下活動の裏方に徹してもらっていたが、今回の作戦に関してはクルトの強い希望もあって押し切られてしまった。

 そのことにロイドは罪悪感を覚えずにはいられない。

 

「俺達のクロスベルを取り戻すためにもまずはキー坊を取り戻さないとな」

 

「そうですよ。キーアにあんな顔は似合わないですから」

 

 クルトの言葉にロイドは別れ際のキーアの顔を思い出す。

 今にも泣きそうな顔をして別れを告げたキーア。

 彼女に強く拒絶されたことがショックで、重傷を負っていたイアンの救助を優先しキーアを追い駆けるのをエステル達に託した判断は果たして正しかったのだろうか。

 

「――――っ」

 

 突然、頭に走った痛みにロイドは顔をしかめる。

 

「おいおい、ロイドまたか?」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ……ああ、大丈夫だ。すまない、こんな大事な時に」

 

 慣れているはずの痛みを振り払うようにロイドは頭を振る。

 それだけで頭痛と感じていた違和感が晴れる。

 

「俺達のクロスベルを取り戻すためにも、まずはキーアを助けないとな」

 

 ディーターを、アリオスを、イアンを逮捕した。

 その結果、クロスベルは諍う術もなくエレボニアに占領されてしまった。

 不当な弾圧を受けているわけではないが、クロスベルの市民たちの顔はこの一ヶ月、明らかに消沈し活気をなくしていた。

 だからこそ、自分達が立ち上がらなければと何かに背中を押されるようにロイドはクロスベルの希望となるべく地下活動に勤しんだ。

 

「そうだ……俺達は間違ってない……」

 

 ロイドは自分に言い聞かせる。

 警察官である自分の行動は正しい。

 だから自分が信じた道を突き進み、壁を乗り越えれば良いのだと、脳裏に思い浮かべた兄が黒い笑みを浮かべて囁き、ロイドは頷いた。

 エレベーターの中に到着を告げる電子音が響く。

 

「ここからは時間との勝負だ」

 

「おうよ。こういう仕事は慣れっこだ。遅れるんじゃねえぞ二人とも」

 

「ええ、御二人の背中は僕が護ります」

 

 激励を掛けるロイドにランディとクルトが応える。

 そうしている内にエレベーターの扉が開き、三人は勢いよく飛び出し――一気に駆け抜けようとした足を止めた。

 

「おい……ロイド、最上階に出るんじゃなかったのか?」

 

「そのはずだけど……」

 

 ランディの疑問にロイドもまた困惑した様子で周囲を見回す。

 オルキスタワーの外観からは想像できない怪しげな機械が乱立した空間。

 それはメンテナンス区画と詐称されていたクロイス家の技術の結晶である魔導区画。

 

「待ってくれ、今ティオに確認を取る」

 

 ロイドは《ARCUS》を開いて通信を試みるが、いつまで経っても回線は開かない。

 

「……どういうことだ……?」

 

 《ARCUS》を閉じてロイドは顔をしかめる。

 ここまで、これまでの地下活動も順調だっただけに、この不測の事態にロイド達は困惑する。

 そんな彼らにどこからともなく声が掛かる。

 

「来てしまったんですね」

 

 それは少年の声。

 どこか失望と諦観を滲ませた声でその少年はロイド達の前に現れる。

 

「君はクリス……いや――」

 

「セドリック殿下……どうして貴方がこんなところに?」

 

 ロイドの言葉に重なるようにクルトは予想外の人物の登場に目を見開く。

 

「…………殿下……か……」

 

 クリスはため息を吐き、感じた憤りを呑み込んで特務支援課と向き直る。

 

「それはこちらのセリフだ。君達は何のつもりでオルキスタワーに潜入したんだい?」

 

 穏やかな口調の質問にロイド達は警戒心を緩める。

 かつてクルトの世話役として一緒に特務支援課のビルで一時期ともに過ごした仲間だけにロイド達は事情を説明する。

 クリスが進学のために帝国へ戻ってから、キーアと言う少女が特務支援課にやって来たこと。

 その子が帝国に捕まり、今オルキスタワーに監禁されていること。

 自分達は帝国から彼女を取り戻すためにここにいる。

 

「だからセドリック殿下、どうか俺達に力を貸してください」

 

 終始、顔に笑みを浮かべて話を聞いてくれていたクリスにロイドは頼む。

 

「…………一つ、こちらからも聞いて良いですか?」

 

 黙ってロイド達の主張に耳を傾けていたクリスは質問を返す。

 

「クルト、君が特務支援課に――いや、クロスベルに来た切っ掛けは何だったけ?」

 

「え……それは……」

 

 突然の質問にクルトは目を丸くし、嫌味と取れる質問に顔をしかめた。

 

「それは僕が殿下の飛び級に反対し、貴方に負けたから……

 武者修行の意味を込めて兄上が特務支援課に参加することを掛け合ってくれたから」

 

「それだけかい? 《超帝国人》という言葉に覚えはないのかい?」

 

「超帝国人? 《大いなる騎士》の伝承と共に語り継がれている帝国の伝説の話が何の関係が?」

 

 クリスの質問にクルトは訳が分からないと首を傾げる。

 

「もういい」

 

 そんなクルトの反応に、クリスは今まで張り付けていた外面を剥がして深いため息を吐く。

 

「貴方達の事情は良く分かりました」

 

「殿下、それじゃあ――」

 

「ええ、だから――」

 

 徐にクリスは右手を上げて指を鳴らす。

 

「っ――後ろだっ!」

 

 その気配をいち早く感じ取ったランディが警告を叫び、彼らの背後で黒い傀儡が音もなく何もなかった空間に現れると同時にその肩を蹴って少年がランディに斬りかかる。

 

「っ――」

 

 スタンハルバードで双剣の連撃を防ぐが、続く蹴りにランディはロイド達の輪から強引に話される。

 

「ランディッ! くっ!?」

 

「クラウ・ソラス」

 

 叫ぶロイドに銀髪の少女が黒い傀儡を嗾ける。

 瞬く間に特務支援課は分断され、その場にクリスとクルトが取り残される。

 

「殿下! これはいったいどういうことですか!?」

 

「君たちは自分が何をしているのか分かっているのかい? 君達がしていることは犯罪だ」

 

「だけどキーアが――」

 

「それ以上口を開くなクルト!」

 

 苛立ちを露わにしたクリスの叫びにクルトは思わず息を呑む。

 初めて見る幼馴染の激情。

 何をそんなに憤っているのか理解できず、クルトはどんな言葉を掛けるべきなのか分からず立ち尽くす。

 

「君たちは変わったよ。以前のみんなはクロスベルの独立なんて考えていなかった」

 

「それは……殿下が帝国へ帰ってからいろいろあったんです」

 

「だから、何をしても良いって言うのかい?」

 

「それは……」

 

「不法侵入に機密情報の隠匿、そして今度は女の子の誘拐かい? それが仮にも警察官がすることか?」

 

「だけどそうしないとクロスベルは本当に帝国に支配されて二度と独立することができなくなる……

 それにキーアは特務支援課の子供だから」

 

「だから何だって言うんだ?

 クロスベルはそれだけのことをしたんだ。今の帝国の占領も破格の条件で為されていることをどうして分からない?」

 

「しかしそれじゃあクロスベルの誇りは!」

 

「誇りって何だい? 半年前、数ヶ月をクロスベルで過ごした僕はそんな言葉一度だって聞いたことはないよ」

 

「それでも……それでも僕達はディーター大統領を逮捕した責任が……クロスベルの市民の希望として――」

 

「特務支援課は《解放者》なんて巷では言われているらしいけど、だったら特務支援課じゃなくて《クロスベル解放戦線》とでも名乗ったらどうなんだい?」

 

「っ――セドリック!」

 

 そこに込められた意味は分からないものの、最大の侮蔑を込められていることを感じ取りクルトは激昂する。

 特務支援課は失意に沈んだ自分を救い上げ、再び双剣を握るために支えてくれたクルトにとって大切な居場所。

 それに唾を吐か付けられるクリスの言葉は例え幼馴染の親友、エレボニアの皇子だとしてもクルトにとって許せない一線。

 

「今の言葉、取り消せ!」

 

「いやだと言ったら?」

 

 侮蔑の眼差しにクルトは突き動かされるように導力刃の双剣を抜く。

 それに対してクリスもまた漆黒の魔剣を抜いた。

 

「今度こそ、勝たせてもらいます殿下! そしてキーアを今度こそ守り抜く!」

 

「君達には無理だ」

 

 その言葉を合図に二人は激突する。

 

 

 

 








原作のロイド達を好意的に見られる人ってどこら辺が納得できているんでしょうかね?
自分は閃Ⅱから創に至るまでフォローのしようがないくらいにお前達が言うなと言う気分でロイド達の行動を見ていました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。