(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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16話 折り合い

 

 

 クロスベルを日も昇らない早朝に発った飛空艇は一時間も経たずに着陸しようとしていた。

 

「システム、オールグリーン……良いよ、すーちゃん。このまま着陸して」

 

「了解」

 

 ナーディアの誘導に従って、スウィンはシステムを着陸モードに切り替える。

 飛空艇は速度を緩めて滞空し、ゆっくりと地上へ降りて行く。

 

「凄いなスウィン。僕より年下なのに飛空艇まで操縦できるなんて」

 

 操縦席に座り澱みなく端末を操作して行くスウィンにクリスは感心する。

 

「ふふん、もっとすーちゃんを褒めて良いんだよー」

 

「何でお前が応えてんだよ?」

 

 誇らしげに先に答えるナ―ディアにスウィンはため息を吐く。

 

「組織にいた頃に乗り物の操縦を仕込まれただけだ。自慢できることじゃねえよ」

 

「それでもなーちゃんはもっとすーちゃんのことを自慢したいのー」

 

「自慢って……確かに操縦していたのは俺だけど、ちゃんと操作出来ているのはナーディアのおかげだろ」

 

 小型ならいざ知らず、機甲兵を三機運搬できるサイズの飛空艇は実際に操縦してみてだいぶ扱い辛かった。

 うまかったと言うのなら、風の影響を計算したり、エンジンの出力を絞り、オペレートしてくれたナーディアこそが褒められるべきだとスウィンは主張する。

 

「すーちゃん……」

 

「何だよ?」

 

「抱き締めても良い?」

 

「寝言は寝て言え、いくら何もない荒野でも着陸するまで気を抜くな」

 

「はーい♪」

 

 しかめっ面で返すスウィンにナーディアは無碍にされたにも関わらず楽し気に答える。

 

「何と言うか……」

 

「多くを語らずとも通じ合っている……これが《愛》ですね」

 

 あえてクリスが言葉を濁したことをアルフィンが拳を握って断言する。

 

「むむむ、ヨシュアだってこれくらいできるわよね?」

 

「エステル、張り合わなくて良いから」

 

 何故か対抗意識を燃やしたエステルをヨシュアが宥める。

 

「それにしても話には聞いてたけど、凄いね」

 

 そんな和気あいあいとしていた空気がシャーリィの一声で現実に引き戻される。

 

「…………着陸完了」

 

 沈黙が満ちた艦橋にスウィンの報告が響く。

 

「大丈夫ですかキーアちゃん?」

 

「うん……ありがとう、エリゼ……キーアは大丈夫……ちゃんと受け止めるって決めたから」

 

 膝を震わせるキーアをエリゼが気遣うものの、返って来たのは虚勢を張った言葉。

 

『いったい誰が信じるだろうね。一ヶ月前までここにはエレボニア帝国最大の軍事要塞があったと』

 

 重い沈黙を破り、《C》が窓の外に広がる一面の荒野に感嘆を漏らす。

 

「《騎神》にこんなことする力はないから、やったのは《零の至宝》とやら何でしょうけど派手にやったわね」

 

 セリーヌの呟きに一同の視線がキーアに集中する。

 目の前に広がる荒野。

 それはまるで雄大なノルドの開けた景観を思い出させる。

 しかし、それは帝国の《灰》とクロスベルの《零の至宝》が激突した戦場。

 要塞どころか山脈が大きく削れ原型さえもなくなったガレリア要塞の跡地だった。

 

 

 

 

 

「それじゃあエステルさん達はここで降りるんですか?」

 

 飛空艇からガレリア平原に降りたエステルとヨシュアの二人を見送る形でクリスは最後の確認をするように声を掛ける。

 

「うん、ケルディックに残ったトヴァルさんのことも気になるから」

 

「その後はサザーランド州に向かうつもりだよ」

 

「ケルディック……」

 

 それは結末を聞いたものの、クリスも気になっていた場所である。

 

「でもここからケルディックに行くのは双龍橋を渡る必要がありますし、ケルディックからサザーランド州にはどうやって行くつもりなんですか?」

 

 内戦の影響で鉄道が止まり、各地では検問が敷かれていると聞く。

 そんな中、クロイツェン州からサザーランド州への大移動を行うと言う二人の身をクリスは案じる。

 

「大丈夫大丈夫、この一ヶ月同じように帝国中歩き回っていたんだから」

 

 そんなクリスの心配など何の問題もないのだとエステルは笑って答える。

 

「そうですか……でもどうしてサザーランド州に?」

 

 プロの遊撃士が言うのだから自分の心配など杞憂なのだろうと納得してクリスは質問を変える。

 

「オリヴァルト皇子に会おうと思ってね。それから――」

 

「あたしのお遣いを頼んだのよ」

 

 ヨシュアの言葉に重ねるように答えた声はクリスの足元から。

 

「セリーヌ?」

 

「二人にはあたしの手紙をエリンの――魔女の隠れ里に送ってもらうように頼んだのよ。そのための鍵も預けているわ」

 

「魔女の隠れ里……それはまたどうして?」

 

 クリスの質問にセリーヌはため息を吐く。

 

「どうしても何も……エマとこのまま合流しても《灰》と《緋》、二つの騎神の補佐することなんてできないからよ……

 長に来てもらうかしないと手に余るわ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「だいたい今回の“戦乱”はどこかおかしいのよ……もしかしたら“獅子戦役”よりも激しい戦乱になることを覚悟していた方が良いわよ」

 

「それ程の……」

 

 セリーヌの言葉にクリスは思わず唾を飲む。

 

「でも意外だな」

 

「何がよ?」

 

「セリーヌが……と言うかエマもローゼリアさんも秘密主義だから、自分達のテリトリーにエステルさん達を招き入れることをするとは思ってなかったから」

 

「…………仕方がないでしょ。あたしだって本当なら部外者をエリンに入れる様なことはしたくないわよ」

 

 クリスの指摘にセリーヌはそっぽを向く。

 

「安心してセリーヌ。ちゃんと仕事上で知り得た依頼者の秘密は遊撃士として誰にも喋ったりしないから」

 

「そう願うわ」

 

 エステルに素気ない言葉を返すとセリーヌは飛空艇の中へと戻って行く。

 

「あははは……」

 

 つれない猫の態度にエステルは誤魔化すように笑う。

 

「ああ言っているけど、エリンの里にルフィナさんがいるかもしれないって教えてくれたのはセリーヌなんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 ヨシュアの言葉にクリスは意外そうにセリーヌの後ろ姿を見送る。

 ヨシュア達の最優先の保護対象であるエリゼが見つかったため、次のルフィナ、正確には彼女と一緒にいるはずのナユタの保護が彼らの仕事になる。

 

「それはそうとクリス君、もし余裕があったら一度ユミルに行って欲しい」

 

「ユミルに?」

 

「うん、あそこには君達以外に《超帝国人》のことを覚えている人がいるんだ」

 

「なっ!? それはいったい誰のことなんですか!?」

 

 思わぬ事実にクリスは驚く。

 一番に思い浮かべるのは“彼”の義両親だが、騎神と関係ない彼らが親子と言っても覚えていられるとは思えない。

 だが、あそこは精霊がいた土地でもある。

 《黒》の因果が及んでいない可能性はゼロではない。

 

「ごめん、そういう雰囲気を感じさせた人がいただけで、確証はないんだ」

 

 もっともヨシュアも自信がないのか、曖昧な言葉で答えを濁す。

 

「……分かりました。そちらもセントアークにいるはずの兄上に会うことができたら、僕もアルフィンも無事だと伝えてください」

 

「モチのロンよ……ところでクリス君」

 

「はい? 何ですかエステルさん?」

 

 突然、顔を引き締めエステルはクリスに詰め寄ると、その両肩に手を置き顔を寄せて告げる。

 

「クリス君はそのまま真っ直ぐに成長してね」

 

「…………はい?」

 

 エステルの懇願を理解できずにクリスは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

『ああ、それで問題ない。2番目と3番目、それから6番目の草案は却下』

 

 エステル達を見送り船内に戻ったクリスは特徴的な声に足を止める。

 

「この声は……」

 

 不信な声だが、その正体を思い浮かべながらクリスはその方向に足を向ける。

 

『その三件に関しての修正案はヘンリー氏に任せればいい……ああ、それ以外は問題ない。あの二人の判断だ、信じよう』

 

 声の主は身を隠していたわけではなく、騎神と機甲兵のある薄暗い格納庫の入り口で仮面を着けたまま通信機を片手に何処かに連絡をしていた。

 

『基本的に君達の自由にしてくれて構わないさ。そんなものいくらでも後で修正できる……

 それで君達がどういう思想の持ち主であるか理解もできるし、後でしわ寄せを受けるのは君達ではなく市民だと言う事を忘れないことだ。では――』

 

 クリスの存在に気付いた《C》は通信を切り上げる。

 

「今のはどこに連絡を取っていたんですか?」

 

『クロスベルのルーファスと少々ね。確認するかい?』

 

「…………いえ、必要ありません」

 

 疑わしい行動だが、元々はルーファスから派遣された自分の監視役だと思えば考えるだけ無駄だとクリスは思考を放棄する。

 その気になれば、自分に一切気取られることなく策を巡らせられるルーファスが信頼を寄せる部下なのだから、自分の浅はかな抵抗など墓穴を掘らされるだけだと割り切る。

 ただ気になるのは――

 

「貴方はこれからどうするつもりなんですか?」

 

『どう、とは?』

 

「その仮面です。そんなものを付けていたら街の中を碌に歩けませんよね?」

 

 姿を消すオーブメントでもあれば話は別だが、そんな姿で街を歩けば例え内戦中だったとしても通報されるだろう。

 

『ああ、それなら問題ないよ』

 

 そう言うと《C》は徐に仮面の額に手を伸ばし――あっさりと仮面を脱いだ。

 

「え……?」

 

 現れた茶色が掛かった髪と黒い瞳。

 《C》はクリスに少しだけ素顔を晒すと、すぐにまた《C》の仮面を着けてクリスの疑問に答える。

 

『見ての通り、決して素顔を晒さない誓約があるわけではない……

 ようは領邦軍や正規軍に私と言う存在が気付かれないようにすれば良いだけ、街に潜入することも何の問題もない』

 

 そう言ってのける《C》にクリスはもしかしたらと思っていた可能性が否定されたことを考えていた。

 

 ――クルトじゃなかったか……

 

 想像していた青銀の髪じゃないことにクリスは安堵する。

 少しだけ見た茶色の髪はどちらかと言えば、オズボーン宰相に近い髪色であり、帝国では珍しい色ではない。

 

 ――って何を期待しているんだ僕は……

 

 クロスベルで突き放したはずの幼馴染が味方になっていることを心のどこかで期待していた自分に気付いてクリスは振り払うように頭を振る。

 

『フ……とは言え、絶対ではない……

 とりあえず私はキーア君と一緒にセリーヌ君が提案した霊窟の調査を行うとしよう」

 

「それはありがたいですけど……」

 

 セリーヌ曰く、内戦が原因で帝国各地の霊脈が乱れている。

 霊脈の澱みは人に感染し、思考を鈍らせて激情に走らせる。

 ケルディックの事件はそれが原因の一つだとセリーヌは語り、それを解消するにはノルドでクリス達が遭遇した内戦の気にあてられて顕現した幻獣を排除することがその土地の鎮静化に繋がると言うのが魔女の意見だった。

 その結果、クリス達の方針は直接抗争に介入する一方で、霊脈の浄化が目的となる。

 それに幻獣を倒せば、騎神の強化・修復に利用できる高純度の七耀石を手に入れることができるのでやらない理由はなかった。

 

『何か含みがあるようだが?』

 

「貴方が強いと言うのはそこそこ分かるつもりだけど……

 実際、どれくらいにできるんですか? 場合によっては今のうちに手合わせをして確認しておきたいんですけど」

 

 魔剣の柄に触れてクリスはあからさまな挑発をしてみる。

 

『なるほどもっともな意見だ……

 言葉だけで済ませてしまえば、クロスベルに残して来たルーファスよりも私の方が強いと断言できるな』

 

「それはまた随分と強気ですね」

 

『信じられないと言うのなら、この通信機で確認を取ってもらっても構わないよ?』

 

 そう言って《C》は先程使っていたオーブメントをクリスに向かって差し出す。

 

「…………いいえ、それには及びません」

 

 絶対の自信があるような《C》の物言いにクリスは魔剣から手を放す。

 

「それにしてもルーファスさんのことを呼び捨てなんですね……

 ただの部下にしては随分と親しいようですが、いったいどんな関係なんですか?」

 

『フフ、御想像にお任せするよ。一言だけ言わせてもらえばただならぬ関係とだけ言っておこう』

 

 ガタン――

 

 《C》の言葉にクリスが何かを言うよりも、格納庫の扉に何かがぶつかった音が大きく鳴る。

 そしてその向こうで誰かが足早に去って行く足音が扉越しに響くのをクリスと《C》は感じ、二人は黙ってその気配を見送るのだった。

 

 

 

 

 

「セ、セドリック――いえ、クリス。ど、どうしたのかしら?」

 

 これからのこともあり、呼び方を矯正させたアルフィンが挙動不審な様子でクリスを出迎える。

 

「どうしたって……」

 

 それはこちらのセリフだと言おうとした口を噤み、クリスはその場を見回す。

 運搬が目的のこの飛空艇には数少ない個室。

 そこは主にオーブメントの工作室であり、飛空艇の整備に必要な工具などが収められている部屋。

 決して広くはないのだが作業台もあり、武器の整備もできる。

 現にその作業台にはテスタ=ロッサの整備をしているシャーリィがいるのだが――

 

「シャ、シャーリィさん……その魔導杖はいったい……?」

 

 思わず敬語になって声を掛けてしまう。

 アルフィンの挙動不審よりもシャーリィのその手の中にある杖の方がクリスにとって衝撃は大きかった。

 

「んー? これがどうかした?」

 

 クリスの指摘に難しい顔をしてそれをいじっていたシャーリィが軽くその魔導杖を振る。

 

「っ――」

 

 それはアルフィンがルーファスに用意してもらった魔導杖のはずだった。

 しかし、出発前に見たものよりも大幅に改造されているそれにクリスは言葉を失ってしまう。

 

「いや……別に良いんだけど……」

 

 エマやエリオットの長杖とは違い、柄の長さは短杖か中杖と言うくらいだろう。

 それ自体は問題ないのだが、肝心の導力機構の部分が大幅に変わっていた。

 銀の十字の上に七耀の力を増幅・発信する結晶体を囲むハート型のフレーム。

 それがアルフィンの好みなのかもしれないが、整備のためとはいえシャーリィが握っているのが致命的に似合ってない。

 

「歯切れが悪いなぁ」

 

 そんなクリスを不信な目で見返して、シャーリィは魔導杖を作業台の上に置かれた凶悪なフォルムの“テスタ=ロッサ”の隣に置く。

 笑いを堪えていたクリスは息を整えて、改めてその場にいる三人に向き直る。

 

「みんなオーブメントの整備をしていたんだね」

 

 作業台には“テスタ=ロッサ”に魔導杖。そして三つの真新しい《ARCUS》が置いてある。

 

「……本当にアルフィンもこの内戦に関わるのかい?」

 

「ええ、あなたにはああ言われたけど、やはりエレボニア皇女として逃げるわけにはいきません」

 

「それはもしかしてキーアが理由じゃないだろうね?」

 

「それは……」

 

 クリスの指摘にアルフィンは言葉を詰まらせる。

 

「やっぱりね。どうしてキーアにそこまで入れ込んでいるんだい?」

 

 理由次第では今からでもクロスベルに追い返すぞと言わんばかりにクリスは凄む。

 

「だ、だってわたくしよりも小さな子供が何の関係もないのに戦うって言うならわたくしだって……」

 

「キーアは事の発端を作り出した元凶だ……

 帝国の内戦は元々クロスベルの独立騒動に正規軍を送り込んで、帝都の守りが薄くなってその隙をオズボーン宰相は突かれた……

 直接の原因でなかったとしても切っ掛けになったのは間違いないし、詳しくは言えないけどあの子のせいで内戦が長引いているのも事実なんだ」

 

「でも、それでも――」

 

「何よりあの子が贖罪を望んでいる。見ただろ?

 この更地になった荒野を。あの子が《至宝》の力を使ってやったんだ」

 

「っ――」

 

 かつてここに鉄とコンクリートの要塞があったと言う事はアルフィンも聞いたがとても想像ができない。

 

「でも何だか放っておけなくて、それに何だかナユタちゃんに似ているような気がしたから余計にそう思うの」

 

「ナユタに似ている?」

 

 言われて、ノーザンブリアの特別実習から“彼”が拾った《塩の杭》から生まれた赤子の姿を思い出す。

 アルフィンに言われて考えるが、髪の色も違うし、年齢も離れていることもあり、クリスにはあまりピンとこない。

 

「だいたいクリスはキーアちゃんに厳し過ぎるんじゃないかしら?

 罪悪感に苦しんでいる女の子をさらにいじめるなんてそれでも帝国男児ですか!? わたくしはあなたをそんな子に育てたつもりはありません」

 

「君に育てられたつもりはないよ!」

 

 ズレたことを言い出すアルフィンにクリスは叫ぶように抗議する。

 

「ふ、二人とも落ち着いてください」

 

 ヒートアップしていく姉弟の口論にエリゼが堪らず割って入る。

 

「むう……」

 

「うぐぐ……」

 

 すっかり生意気になった弟にアルフィンは憤りを感じ、自分よりも聡明なはずの姉の浅はかな考えにクリスもまた憤りを感じる。

 

「御二人とも……ふふ……」

 

 場違いながらもそっくりな顔で怒る二人にエリゼは思わず笑みをこぼす。

 

「ほら見なさい。エリゼに笑われてしまったじゃないですか」

 

「他人のせいにしないで……ってエリゼさん? それは何ですか?」

 

 憮然とアルフィンに言い返してクリスはエリゼに振り返ると、目があったそれに思わず固まる。

 

「えっと……」

 

 クリスが指すものはエリゼの二の腕についているクロスベルのテーマパークのマスコットみっしぃだった。

 それも完品ではなく誰かの使い古しのぬいぐるみ。

 ぬいぐるみの中では小さいサイズのみっしぃの姿は酷いものだった。

 全身が痛んでおり、尻尾は半分程ちぎれ、耳も欠けている。

 中身の綿が出ないように丁寧な修繕をされているが、うっすらと返り血の痕まで残っており、異様な風格がそのみっしぃにはあった。

 

「実はクロスベルを発つ前にレンちゃんにお守りだと言われて頂いたんです。何でもご利益のあるありがたいみっしぃだそうです」

 

「レンちゃんに……?」

 

 みっしぃとレン。

 その組み合わせにクリスは懐かしい出来事を思い出す。

 自分が特務支援課でクルトと一緒にお世話になっていた頃、レンが動くみっしぃを連れて来たことから始まった事件。

 結局、動くみっしぃはヒツジンとの戦いを境にその行方は分からなくなり、レンもその時の事を語ろうとはしてくれなかった。

 余談だがその日からティオは三日ほど寝込んだ。

 

「…………まさかね……」

 

 その時のみっしぃなのだろうか。とクリスはジッとみっしぃを見つめるが、あの時のように動く気配はない。

 

「あ、あの……クリスさん……そんなに見つめられるのは」

 

 視線は自分でなくても、強い眼差しを感じてエリゼは居心地が悪そうに身を捩る。

 

「ああ、ごめん……エリゼさん、行動力があり過ぎる姉だけどどうかよろしくお願いします」

 

 そう言ってから、クリスはもう一人の護衛役がいないことに気付く。

 

「そう言えばアルティナちゃんは何処に?」

 

「先程キーアさんの監視をしていると、二人で甲板に向かいました」

 

「そう……」

 

 キーアとアルティナ。

 一見問題ない組み合わせだが、何だか嫌な予感を感じずにはいられない。

 なのでこの場でのアルフィンとの会話を切り上げ、クリスは最後にシャーリィに質問する。

 

「話を変えるけど、シャーリィが入院中、シグムントさんたち《赤い星座》の誰かがお見舞いに来たりしたの?」

 

「ん? そんなことないけど、どうして? もしかしてクリスったらパパたちを雇おうとか考えてる?

 お坊ちゃまのお小遣いで雇える程、ウチは安くないよ」

 

「そんなことは分かってます。ただ、《赤い星座》が帝国の内戦に雇われている可能性はあるのかなって思って」

 

 ディーター・クロイスに雇われていた《赤い星座》は彼の逮捕に合わせてその姿を晦ませた。

 少なくてもクロスベルからは既に撤退しているそうだが、その足取りはまだ掴めていないのがクレアの報告にあった。

 

「仮に、もし《赤い星座》が貴族連合に雇われていたらシャーリィはどうするんですか?」

 

 緊張を孕んだ質問をクリスは唾を飲む。

 Ⅶ組の仲間としてクリスはシャーリィを信頼しているが、同時に彼女は自分の護衛という仕事での付き合いでもある。

 もしも《赤い星座》が敵に回っていた時、彼女が敵に回ると言うのなら今後の付き合い方を考えておかないとクリスは警戒する。

 

「別にどうもしないよ。クリスの護衛期間は来年の三月一杯が一先ずの期限だから、例えパパ達と依頼が重なったとしても関係ないよ」

 

「それは……良いんですかシャーリィさん。御家族なのに?」

 

 あまりにもあっさりと言い切るシャーリィにアルフィンは戸惑い質問する。

 

「良いの良いの、パパたちだってそのつもりだろうし、まだ敵に回ったって決まったわけじゃないしね」

 

「そ、それもそう――」

 

「それに一度くらい戦場でのパパと戦ってみたかった気持ちもあるからね」

 

「っ――」

 

「シャ、シャーリィさん」

 

 獰猛な笑みを浮かべるシャーリィにエリゼとアルフィンは思わず腰が引ける。

 

「ところでクリス、これなんだけどどう思う?」

 

「どうって……?」

 

 徐にシャーリィは作業台に乗っていたアルフィン用の魔導杖を手に取る。

 

「巷ではこういうのが流行ってるんだよね? シャーリィにはよく分からないけど――」

 

 そう言ってシャーリィはその場でくるりと一回転して魔導杖を突き出すように構える。

 

「ラジカールシャーリィちゃん参上!」

 

「…………」

 

 突然ポーズを極めてウインクを送って来たシャーリィにクリスは固まった。

 

「トカレフ、マカロフ、クリンコフ♪」

 

「ぶふっ――それサラ教官の――」

 

 突然歌い出したシャーリィに今度こそ耐え切れずクリスは吹き出しメタなことを口走りそうになったところで――

 

「ヘッケラー&コックで――見敵必殺っ!」

 

「へっ……?」

 

 次の瞬間、ハート型の杖が二つに割れ、クォーツがスライドしてズレて銃口が伸びる。

 クリスが止める間もなく、引き金が引かれ銃声が鳴り、ゴム弾が発射される。

 

「うがっ!?」

 

 額にそれを受け仰け反り倒れていくクリスにシャーリィは満足そうに頷き、アルフィンに振り返る。

 

「とまあ、こんな感じの仕込み武器を付けておいたからうまく使ってね」

 

「はい、ありがとうございます。シャーリィさん」

 

 これまでクリスに好き放題言われていた溜飲が下がったと言わんばかりにアルフィンは差し出された魔導杖を受け取るのだった。

 

「……はぁ……」

 

 そんな光景にエリゼはため息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 一面見渡す限り、何もない荒野にハーモニカの音色が響く。

 アルティナは甲板の先端に立ち尽くすキーアに対して何も言わず、暇つぶしだと言わんばかりにハーモニカを吹く。

 

「っ――」

 

 オーブメントのような淡々とした音色にも関わらず、その演奏にキーアは罪悪感が刺激されて胸が痛くなる。

 

「死にたいとでも思っているのかい?」

 

 そんなキーアの背に声が掛かる。

 

「クリス……」

 

 振り返ったキーアは何故かおでこを赤くしたクリスに向き直る。

 

「…………どうなんだい?」

 

「……そういうことは考えてないよ……そんなことも考えちゃいけないってキーアは分かってるから」

 

 ここにいた人達を消したこと。

 あの時の《神機》の操縦はほぼ自動的なものだった。

 列車砲を撃たれたことの市民の怒りに呼応してやり返した言わばクロスベルの反撃。

 だが、そこに絶対に自分の私情がなかったのかと問われればキーアは口ごもってしまう。

 

「アルフィンは君を許したみたいだけど、僕は帝国の代表として君を許すわけにはいかない」

 

「…………うん」

 

 クリスの言葉をキーアは頷く。

 

「キーアは知らなかった……ううん、知ろうとしなかった。クロスベルの外にいる人もキーアと同じで大切な人がいるんだって」

 

 自分は帰って来なかった家族を待つ気持ちを知っているはずだったのに、それを帝国や共和国に押し付けた。

 

「君に資産凍結の件を言っても仕方がないけど……」

 

 そう一言を入れてクリスは語る。

 

「そのせいで、帝国や共和国だけじゃない多くの国や自治州の経済が混乱して失業者が生まれ、路頭に迷う者が出た……

 今、カルバード共和国で起きている経済恐慌の原因は間違いなくクロスベルにある」

 

「っ――」

 

「ミラを奪う事は生きる糧を奪うこと、仕事を奪う事はその人の誇りを奪うことだと僕は思う」

 

 クルトはクロスベルの誇りのためと言っていたが、果たしてあのやり取りで何処まで理解してくれたのだろうかとクリスは考える。

 

「ガレリア要塞だけじゃない。そう言った間接的な原因も含めて考えればクロスベルの独立騒動で他国が受けた被害はまだ大きく広がっている。それが君達が犯した罪だ」

 

「……うん、分かってる」

 

「だけどまあ、“あの人”の事で君はもう責任を感じる必要はない」

 

「え……?」

 

 荒野を見据えていたキーアはクリスのその言葉に耳を疑う。

 

「むしろこんな結果になってしまったのは僕達の――いや僕の責任だったんだ」

 

「クリスのせい……どうして?」

 

 意味が分からずキーアは聞き返す。

 

「“あの人”が《赤い星座襲撃》の事件でクロスベルに行って帰って来てから様子がおかしいことに僕は気付いていた」

 

 クリスは自分を見つめ直して出て来た後悔を語る。

 

「気付いていたのに、僕は目先の学院祭に夢中で気付かない振りをしていた……

 楽しみにしていた学院祭と教えてもらった《起動者》の運命のことしか考えられなくて、“あの人”の苦悩を見過ごしたんだ」

 

「クリス……」

 

「僕はあの時、“彼”を一人で行かせるべきじゃなかったんだ!

 クロスベルへの宣戦布告までと与えられたヴァリマールを修復するための猶予、そこで僕は死に物狂いで《テスタ=ロッサ》を使えるようにして一緒に戦えるようになるべきだった……

 その努力を放棄して、“あの人”ならば大丈夫だと高を括って怠惰に見過ごした僕に君を責める資格なんてない」

 

 もちろんクリスがクロスベルに行ってできたことは高が知れているかもしれない。

 だがついていけなかったとしても、貴族連合のトリスタ襲撃の際に《蒼》を倒せるだけの力があれば何かが変わっていたのではないかと考えてしまう。

 

「僕がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだ」

 

「それは違うよ」

 

 自分のせいだと己を責めるクリスをキーアは否定する。

 

「“あの人”はほとんど見ず知らずのキーアを助けてくれた……

 ロイド達が生きている未来が欲しかったからズルをして何度も……何度も“あの人”に助けてくれるように仕向けて利用した……

 ロイド達を、クロスベルも全部欲しいって、そんな風に何もかもを欲しがって、キーアは“あの人”にそのしわ寄せを押し付けた……

 だから全部キーアが悪いの!」

 

「いいや、悪いのは僕の方だ!」

 

 責任を叫ぶキーアに張り合う様にクリスが自分のせいだと声を上げる。

 

「キーアのせい!」

 

「僕のせいだっ!」

 

「キーア!」

 

「僕っ!」

 

 半ば意地を張るように自分のせいだと主張を重ね――

 

「ならば喧嘩両成敗にしましょう。《クラウ=ソラス》」

 

「え……?」

 

「へ……?」

 

 そんな二人のやり取りに何を思ったのか、アルティナは戦術殻を召喚する。

 そして黒い傀儡は音もなく二人の間に現れ、その鋼の拳を二人の頭に落とすのだった。

 

 

 

 

 

 






 ちょっとクリスの主張は強引だったと思いますが、二人の関係はこんな感じで落ち着きました。
 Ⅶ組はⅦ組で原作でもそうですが、クロスベル行きのリィンをただ待っていただけなのはちょっと薄情たと思うのでクリスに反省してもらいました。




 追加ルート:オルディス
 ルーファスが抜けた穴を埋めるべく、各地の将校との連絡に駆け回っていたオーレリアの下にその知らせが届く。
 ジュノー海上要塞が正規軍に奪取され、研究中だった海に牽引していた機動要塞も同時に奪われた。
 要塞に配備されていた機甲兵。
 それに加え魔煌兵と機甲兵を融合させた新型機を手に入れた正規軍は帰還したオーレリアを討ち取るために攻勢を掛ける。
 機甲兵同士がぶつかり合う戦場と化したラマ―ル州の運命はいかに!?

 そう言えばラクウェルで彼が貴族連合に対抗してファフニールを結成しているわけですが、オーレリアのテリトリーで良く生きてたな。




 《C》の素顔について。
 髪色に関しては最初の一度で印象付けるのと、相棒の説得のために染めています。
 顔自体は格納庫を意図的に薄暗くしていたことでクリスが気付く前に仮面を被り直しています。
 染めた髪色に関しては、何故その色なのかは御想像にお任せします。




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