(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

22 / 76



 黎の軌跡、発売おめでとう。




22話 燃える怒り

 

 

 

「うぐっ……」

 

 呼び出した《テスタ=ロッサ》に乗り込んだ瞬間、クリスは突如として込み上げて来た破壊衝動に吐き気を感じた。

 

「何だこれ……」

 

 一人でヴァルカンを追い駆けて行ってしまったアリサを追い駆けようと騎神に乗り込んだが、自分の意志とは関係なく《魔王》へ変形しようとする《テスタ=ロッサ》をクリスは必死に抑え込む。

 

 ――コロセ――コロセ――全テヲ滅ボセッ!

 

 聞こえてくる幻聴。

 その声はクリスの衝動を煽り、染めて行く。

 

「鎮まれ……君達の無念は分かっている」

 

 声に共感しようとしている自分の衝動をクリスは歯を食いしばって耐える。

 しかし、耐えたところで思考を蝕む衝動は大きくなるばかり。

 《テスタ=ロッサ》の中の怨念と戦術リンクを通して伝わって来るアリサの憎悪が共鳴するように互いを煽り、クリスを塗り潰して行く。

 

「があああああああああっ!」

 

 それに諍おうとしたクリスの思念が《テスタ=ロッサ》が暴れ出す。

 

「ちょっと何してるのよ!?」

 

 同乗したセリーヌがクリスの突然の絶叫に驚く。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 敵を求める《テスタ=ロッサ》とそれを押し留めようとするクリス。

 二人の意志が鬩ぎ合い、《テスタ=ロッサ》はデタラメに暴れ出す。

 手頃な崖を殴りつけ、地面を踏み砕き、その度に雪が舞い上がる。

 

「クリスさん……セリーヌ何があったの!?」

 

 騎神の外から、突然の《テスタ=ロッサ》の凶行から離れてエマが尋ねる。

 

「分かんないわよ。いきなり正気を失って暴れ出して――にゃあっ!?」

 

 デタラメに暴れ回る《テスタ=ロッサ》の中でセリーヌは操縦席の脇から転げ落ちそうになる。

 そんなセリーヌの言葉にエマは一つの可能性を考える。

 

「まさか“暗黒竜”の呪いが再発したの?」

 

 “長き封印によって“呪い”は鎮静化”したと言っても今は内戦によって帝国の各地の霊場は乱れている。

 それに触発された可能性は大いにある。

 

「セリーヌッ!」

 

「分かってるっ! こっちを向きなさいっ!」

 

 エマの呼び掛けにセリーヌはクリスの前に回り込む。

 

「落ち着きなさいっ!」

 

 外の景色を投影しているモニターを足場にしてセリーヌはクリスと目を合わせ、それを起点にしてエマが精神を鎮静化させる魔術を行使して荒ぶったクリスの想念を鎮める。

 

「ぐぅ……ありがとう……助かったよエマ、セリーヌ」

 

 暴れていた《テスタ=ロッサ》はそれで大人しくなり、その場に片膝を着く。

 

「それは良いわよ。それより何で暴れ出したりしたのよ? クロスベルで動かした時はこんな事にならなかったわよね?」

 

「たぶん……帝国だから、それも近くに貴族連合がいるからだと思う……」

 

 荒くなった呼吸を整えながら、クリスは自分を塗り潰そうとしたものの正体を口にする。

 《テスタ=ロッサ》の中に感じたのは数多の憎悪。

 ケルディックで犠牲になった民の魂を喰らってそれまでの損傷を修復した代償に《鬼の力》のような衝動が《テスタ=ロッサ》の中に生まれていた。

 それが《エンド・オブ・ヴァーミリオン》を呼び覚まそうとしていた。

 

「なっ!?」

 

「クリスさん、すぐに《テスタ=ロッサ》から降りてくださいっ!」

 

 《緋》の暴走の危険を聞かされたエマはすぐにクリスに騎神から降りろと叫ぶ。

 しかし、《緋》は首を横に振った。

 

「それはできない……」

 

「クリスさん!? 今の《テスタ=ロッサ》は危険なんですよ!!」

 

「分かってる。だけど飛び出して行ってしまったアリサに追い付くためにも、ここで《テスタ=ロッサ》から降りるわけにはいかない」

 

 猟兵が一当てして早々に撤退をする。

 十中八九、それは釣りと言う戦法であり、アリサが向かった先には罠が待ち構えているだろう。

 そして待ち構えている罠もおそらく機甲兵が配備されているだろう。

 

「ヴァルカンの話を聞く限り、貴族連合はハイデルの犯行を隠すために確実にアリサを始末したいと思っている……

 このまま貴族連合にアリサが捕まったら何をされるか分かったものじゃない! とにかくアリサを連れ戻して来る!」

 

「クリスさん……でも……」

 

 アリサと《テスタ=ロッサ》を天秤に掛けてエマは迷い、セリーヌはため息を吐く。

 

「仕方ないわね。五分で済ませなさい」

 

「セリーヌ!?」

 

 使い魔の妥協にエマは驚く。

 

「こうなったコイツは梃子でも動かないわよ。ただしそれ以上は私たちも《テスタ=ロッサ》を抑え込める保障はできないわよ」

 

「ありがとう、セリーヌ」

 

 やれやれと嘆くセリーヌにクリスが礼を言う。

 

「むぅ……」

 

 通じ合っている二人の声にエマは唸る。

 自分の知らない一ヶ月の間で随分と距離を縮めた様子のクリスとセリーヌに感じる嫉妬が果たしてどちらに対してのものなのか、エマは悩む。

 

「とにかく僕達はアリサを追う。エマ達はそこで死に掛けているハイデルとシャロンさんの捜索をお願い」

 

 そう言ってクリスは《テスタ=ロッサ》を大きく跳躍させる。

 

「クリスさんっ!」

 

 呼び止める間もなく文字通り飛んで行ってしまった《テスタ=ロッサ》にエマは手を伸ばし、肩を落とす。

 

「ここに《ティルフィング》があれば……」

 

 “魔女”なのに騎神の戦いについて行くことさえできない無力な自分にエマは悔しさを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 出遅れてしまった《緋》はユミルの空に高く飛翔して周囲を見下ろす。

 

「これは……」

 

 場違いながら、眼下に広がる光景にクリスは言葉を失う。

 風光明媚なユミルの山脈。

 クリスが訓練で駆け回った山は雪に覆われ、どんよりとした天気でありながらも一面の銀世界はまさに絶景だった。

 飛行艇の航路になっていない、そしておそらく“彼”も見たことがないだろうユミルの空からの景色にクリスは感動を覚える。

 

「ちょっと――」

 

「分かってる」

 

 急かすセリーヌの言葉にクリスは頷く。

 湧き上がる衝動は一時的に鎮静化しても、タイムリミットは五分しかない。

 一秒でも無駄にできない状況にクリスは意識を切り替えて、先行しているはずの《翠の機神》と《黒の機甲兵》の姿を探す。

 

「――――見つけた」

 

 先行する《黒のゴライアス》はスノーボードコースを踏み荒らして麓へと滑走し、《翠のティルフィング》はその背に何度もライフルで射撃している。

 だが、《黒のゴライアス》の絶対防御障壁に阻まれ弾丸は全て防がれていた。

 

「まずいわよ」

 

「分かってる!」

 

 セリーヌの叫びにクリスもまた叫び返す。

 《黒のゴライアス》の進路の先、麓の平原には十数機の機甲兵が弓のような兵器を構えて待ち構えていた。

 

「アリサッ! 狙われている! すぐに逃げて――」

 

 戦術リンクを繋いでクリスが叫ぶ。しかし、それは遅かった。

 遠目に見える機甲兵たちの弓がマズルフラッシュのように一瞬だけ瞬き、次の瞬間山が爆発した。

 

「なっ――!?」

 

「にゃ!?」

 

 遅れて《緋》を叩く衝撃波と凄まじい轟音。

 そして爆発によって巻き上げられた土と雪が空高く飛翔していた《緋》に降り注ぐ。

 

「堕ちてる! 堕ちてるわよっ!」

 

「分かってる! 立て直せ《テスタ=ロッサ》!」

 

 機甲兵の攻撃だろうか。

 その射線外、それもだいぶ距離があったはずなのに余波だけで前後不覚になる程の衝撃を受け、《緋》は必死に姿勢制御を行って墜落を免れる。

 

「いったい何が……」

 

 大地に着地して周囲を見回してみても巻き上がった土煙で何も見えない。

 

「何だったのよさっきのは?」

 

「分からない。貴族連合の機甲兵用の武器かもしれないけど、戦艦の導力砲でもこれだけの破壊力はないはずだけど……」

 

 クリスとセリーヌはひたすらに困惑する。

 しかし、分からないものを考えても仕方がないとクリスはすぐに切り替える。

 

「アリサ、無事かい? アリサ?」

 

 《ARCUS》に向かって呼び掛ける。

 通信に返事はなく、戦術リンクのラインも繋ぎ直すことができない。

 今の攻撃で撃墜されてしまったのか。

 仮に当たっていなかったとしても《緋》と違って射線上、そして爆心地に近かった《翠》は果たして無事なのかクリスは思わず最悪なことを思い浮かべ――

 

「見つけたぜ。皇子様よっ!」

 

 土煙を引き裂き、横手から巨大な機械の拳が《緋》を殴りつけた。

 

「ぐっ!?」

 

 《黒のゴライアス》の一撃に《緋》はたたらを踏んで向き直る。

 

「《V》……ヴァルカンか」

 

「ククク、釣れたのはラインフォルトの娘だけだと思ったが、お前さんも来てくれて安心したぜ」

 

 聞こえて来た品のない声にクリスは眉を顰める。

 

「ラインフォルトの娘……アリサはどうした!?」

 

「さあな? ダインスレイヴを喰らったんだ。運が良ければ死体も残っているだろうよ」

 

「――っ……ダインスレイヴだって……」

 

 ヴァルカンの口から出て来た兵器の名にクリスは絶句する。

 その名はアリサの戦術殻の名前であり、導力魔法で鉄杭を撃ち出す質量攻撃。

 その破壊力は大型手配魔獣を一撃で粉砕させる程の威力があり、それが機甲兵のサイズとして使われたのならこの惨状に納得できる。

 

「安心しろ。お前はゲルハルト侯爵様からその《騎神》と一緒にできるだけ傷付けず確保しろって依頼されているからな」

 

 そう言うヴァルカンの背後、土煙を吹き飛ばして再びダインスレイヴが撃ち出された。

 

「なっ!?」

 

 思わず振り返り、鉄杭はユミルの山の中腹に着弾し巨大な土煙が立ち昇る様をクリスは見せつけられる。

 

「正気か!? あそこには人が住んでいるんだぞ!?」

 

 クリスの位置からでは正確に測れないが、ダインスレイヴの狙いが温泉郷ユミルだったことは明白だった。

 

「はっ! それが何だって言うんだ?

 貴族のくせに貴族連合に協力しない男爵家、他の貴族の見せしめにも丁度いいって話らしいぜ」

 

「なっ……」

 

「ついでにユミルはオズボーンの故郷だ。あのクソ野郎をいぶり出すためなら街の一つや二つは“政治的に止む得ない犠牲”ってやつだ! ハハハッ!」

 

 ヴァルカンの哄笑にクリスは頭の芯が熱くなるのを感じた。

 それに呼応するように“魔女”に鎮めてもらった《テスタ=ロッサ》に宿る怨念もまたざわめき出す。

 

「ちょっと――」

 

「ごめん、セリーヌ」

 

 暴走の兆しにセリーヌがクリスを振り返るが、彼女の思案を無視してクリスは《緋》の手に剣を顕現させる。

 

「ヴァルカン……お前も、貴族連合も狂っている」

 

 オズボーン宰相を襲撃し返り討ちにされ、仲間を家族を皆殺しにされた彼の経歴には自業自得と呆れはしても同情の余地もあった。

 彼らにとってオズボーン宰相が不俱戴天の仇であり、狙撃を成功させても死体の確認するまで安心できないことも理解できる。

 ギリアス・オズボーンは何と言っても“超帝国人”の実父なのだ。

 ならば“超帝国人”らしい劇的な復活を果たしても何の不思議もないと言うのがクリスの見解であり、念には念を押そうとする貴族連合の気持ちもその点では分からないわけではない。

 しかしそれでも人として超えてはいけない一線があるとクリスは考える。

 

「テスタ=ロッサッ!」

 

 《緋》の中の怨念とクリスの意志の方向性が一致する。

 闘争の意志に呼応するように《緋》はその躯体に霊力を漲らせる。

 

「行けっ!」

 

 周囲に剣群を顕現し、そのまま撃ち出す。

 

「はっ! 無駄だっ!」

 

 降り注ぐ剣群はゴライアスの防御結界に弾かれ、お返しとばかりに肩の導力砲を撃ち返される。

 

「っ――」

 

 大地を蹴って《緋》は砲弾を躱し、間合いを詰めて斬りかかる。

 風を宿した鋭い剣戟。

 だが、それもまた結界に受け止められる。

 

「クハハハ! どうしたその程度か!? 《緋の魔王》なんて呼ばれているくせにオルディーネより弱いんじゃねえか!?」

 

 《蒼》ならばできたぞ。

 そう言わんばかりのヴァルカンの言葉にクリスは苛立つ。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 そう言ってゴライアスは拳を振り被る。

 

「――何のつもり――」

 

 明らかに間合いの外からの動作にクリスは警戒心を強める。

 

「ぶっ飛びやがれっ!」

 

「にゃっ!?」

 

 驚きの声は隣のセリーヌが上げる。

 クリスは驚くよりも先に機体を動かして、腕だけが飛んで来た拳を回避する。

 

「拳を飛ばした!? 何てデタラメなっ!?」

 

 ロケット噴射で拳を飛ばして来たゴライアスの武装にクリスは込み上がるものを感じながら、チャンスだと《緋》を走らせる。

 ロケットパンチには意表を突かれたが、片腕を使った攻撃は本体の弱体化を意味する。

 《リヴァルト》から《ブリランテ》に武器を持ち替え、《緋》は渾身の一撃を――

 

「後よっ!」

 

 セリーヌの声にクリスは反射的に応じて機体を無理やり横に倒した。

 次の瞬間、拳の先端をドリルに変えたロケットパンチが《緋》がいた空間を疾走し、空振りながらも本体の右腕として戻る。

 

「ロケットパンチがドリルにっ!?」

 

 正面から意表を突く攻撃の本命は背後からの奇襲。

 良く考えられている武装にクリスは歯噛みする。

 

「ククク、さっきまでの威勢はどうした皇子様よっ!」

 

「うるさい、黙れっ!」

 

 調子を良くしているヴァルカンの囀りにクリスは苛立ちを募らせる。

 

 ――もっと力を――

 

 昏い感情に突き動かされるようにクリスは力を望む。

 それに呼応するように《緋》は機体を震わせ形態を――

 次の瞬間、大地が大きく揺れた。

 

「何だっ!?」

 

 暴風を伴うダインスレイヴの砲撃とは違う、下から突き上げるような大きな震動。

 そしてそれは起こる。

 

「あっ……」

 

 ダインスレイヴが巻き起こした土煙に劣らない激しさで山の頂上が爆発する。

 クリスが目にしたのは鮮やかな色の赤。

 それは例えるなら真っ赤な噴水。

 だが、それは決してそんな生易しいものではなかった。

 

「ユミルの山が噴火した……?」

 

 知識としてはクリスも聞き覚えがある。

 しかし、それを実際に見るのは初めてのことだった。

 山崩れとも雪崩とも違う、山の災厄。

 真っ赤に焼けた“大地の焔”が雨となって戦場に――ユミルに降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 天然物の“大地の焔”。鋼の器によく馴染みそうですよね。






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。