(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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黎の軌跡。仕方がないと言えば仕方がないですが、この作品に対して結構ギリギリでアウトなのかセーフなのか判断に困る設定が増えてますね。

とりあえずシズナさん。貴方はまごうことなく姉弟子様です。








23話 人による天災

 

 

 

 

 山の頂から真っ赤なマグマが吹き上げる空の中、漆黒の飛行艇を操縦するスウィンは顔を引きつらせる。

 

「まじかよ……素人にこんな空を飛ばさせるなよ」

 

「いやー帝国人はやることが派手だねー」

 

 隣のナーディアが緊張感のない感想を漏らすが、その顔は今すぐ帰って寝たいと言っている。

 彼女ではないが、全くの同意だとスウィンはため息を吐く。

 

「申し訳ありません」

 

 そんな二人に艦長席に座ったアルフィンは謝る。

 窓の外には山の頂から吹き上がる真っ赤なマグマ。

 噴火の音は腹の奥に響くように重く、外の危険は飛行艇の中にいても感じられる。

 

「ですが今は皆さんだけが頼りなのです」

 

 頂から溢れたマグマは山道に沿ってゆっくりと下へと流れている。

 それが何を意味しているのか、通信士の席に座っている親友――エリゼを見なくても分かる。

 

「命の危険を伴うことは重々承知しています。ですが、あそこにはエリゼの家族が、たくさんの帝国の民が住んでいるんです。ですから、どうか――」

 

「はいはい、分かってますよー」

 

 深刻なアルフィンの懇願をナーディアが遮る。

 

「報酬に色をつけてくれるって話はついているから皇女様が気にしなくていいさ」

 

「そーそー、もしも皇女様も御礼がしたいって言うならなーちゃんは一度でいいから宮廷料理って言うのを食べてみたいなー」

 

 未曾有の災害を前にスウィンとナーディアは緊張感のない言葉をアルフィンに向ける。

 状況が分かっていないわけではない。

 しかし年下の彼らは気負うことない――軽口さえ言える余裕のある態度にアルフィンは恐怖に震えている自分を恥ずかしく思ってしまう。

 艦長席に座ってなければその場にへたり込んでしまいそうな程に怖い。

 守るべき帝国の民が噴火した山の災厄に呑み込まれようとしているのに人に任せることしかできない自分を不甲斐なく感じてしまう。

 

「落ち着きたまえ、アルフィン殿下」

 

 ナーディアの提案にうまく言葉を返せないでいたアルフィンに、いつの間にかいなくなっていつの間にか現れて自分達をユミルに急行させたワイスマンが言葉を掛ける。

 

「君の役割は先程話した通り、そこから最初に放送でユミルの民に語り掛けることだけ……

 それをしてくれれば後は部屋に閉じこもってくれて構わないのだよ」

 

「っ――」

 

 アルフィンの役割は救助隊としての旗印を示すこと。

 それだけだと満場一致で決められ、その口上も《C》とワイスマンによって台本は瞬く間に作り上げられアルフィンに押し付けられた。

 この大災害に役に立てると主張をアルフィンは自分の無力さを噛み締めながら呑み込んだ。

 キーアが示したマグマがユミルに到着するまで約30分の時間を一秒たりとも無駄にしないため、問答のやり取りすらしている暇はないのだから。

 しかし、呑み込んだはずの言葉をアルフィンはまだ消化し切れずにいた。

 

「…………大丈夫です」

 

 それでもアルフィンはワイスマンの提案に首を振る。

 エリゼのように土地勘があるわけでもなく、アルティナのように戦術殻を使って地震で倒壊した家屋を掘り起こす力もない。

 スウィンやナーディアのように飛行艇を操縦することもできなければ、キーア達のように《騎神》に乗れるわけでもない。

 この局面でアルフィンが感情の赴くままに動くことはただの足手纏いにしかならない。

 それを自覚し、呑み込んだ上で自分がこの席に座っていることの意味をアルフィンは考える。

 

「わたしがこの場にいるだけで避難の目印となり、皆さんを安心させられることができるのなら部屋に閉じこもってなどいられません」

 

「……結構」

 

 アルフィンの答えにワイスマンは満足そうに頷き、外へと目を向ける。

 そこでは甲板から《桃の機甲兵》と《灰の騎神》が空へと飛び立つ準備をしていた。

 

「《C》、キーアさん。御二人とも気を付けて」

 

『ええ、お任せを皇女殿下』

 

『うん……キーアが絶対にみんなを守るから』

 

 通信画面に怪しい仮面とスウィン達よりさらに幼い少女がアルフィンの言葉に応える。

 《桃》と《灰》は飛行艇から飛び立つ。

 

「キーアが護る……あの人の代わりに……絶対に誰も死なせたりしないっ!」

 

 《灰》はその上空に舞い上がり、太刀を翳して温泉郷を覆う結界を作り出す。

 かつてクロスベルを覆った結界。

 規模こそ小さく、維持できる時間も今のキーアではそれ程長くない。

 しかしそれでも降り注ぐ火山岩の雨から郷を守るだけの力はある。

 

「やれやれ、改めての初陣の相手が大自然とは」

 

 何故か飛翔機関を持っている《桃》の操縦者――《C》は愚痴をこぼしながら、機甲兵用の導力ライフルを構えて引き金を引く。

 結界では防ぎきれない大きな火山岩を狙い澄ました一射で撃ち抜いて砕く、もしくは銃撃の衝撃を利用して温泉郷への落下コースから逸らす。

 

「っ――」

 

 砕けた火山岩が眼前を掠めたことに《C》は仮面の下で息を呑む。

 かなりの落下速度と焼けた石は下手な機甲兵の武器よりも破壊力を有しており、それこそ直撃すれば機甲兵を容易く貫くだろう。

 

「当たらなければどうということはあるまい」

 

 そう割り切って《C》は導力ライフルの射撃を続行する。

 

「中々面白いものだ。指揮を任せて全力を尽くすと言う事は……」

 

 《C》は仮面の下で場違いな笑みを作り、自分に与えられた役割を全うする。

 そしてユミルの上空に飛行艇が滞空して、アルフィンは意を決してマイクを取る。

 

「ユミルの皆さん、わたくしはアルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 ユミルの空にアルフィンの声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何ていう事を……」

 

 山の噴火、それに伴い流れ出した溶岩と降り注ぐ火山岩の雨をクリスは言葉を失って立ち尽くす。

 

「はっはっはっ! ド派手な花火じゃねえか!」

 

「っ――」

 

 興奮した哄笑にクリスは抑え切れない憤りを感じながら振り返る。

 

「花火だと……お前たちは自分が何をしたのか分かっているのか!?」

 

 この惨状にどこか享楽を感じさせる声にクリスの中の憎悪が膨れ上がる。

 

「それがどうした?」

 

 しかしヴァルカンは少しも悪びれた様子もなく言い返す。

 

「これはお前達、皇族があのクソ野郎を宰相なんかにしたからこうなったんだ!」

 

 終わらない。終われない。

 一番の復讐を果たしてなお、燃え上がった“焔”は突き動かされるように次に燃やす何かを求めずにはいられない。

 家族を――仲間を殺した男に確実な死を。

 そんな男を好きにのさばらせている皇族も、影の協力者であるユミルの男爵もヴァルカンにとっては等しく復讐の相手に過ぎない。

 

「ああ……もしも奴が生きているとしたら、ククク……

 自分の拠り所を全部ぶっ潰されて、それでもあの鉄面皮がどう歪むのか愉しみだなぁっ!」

 

「――っ」

 

「落ち着きなさいクリス! 憎悪に任せて戦ったらアンタは《テスタ=ロッサ》に呑み込まれるわよ!」

 

「それがどうした!? こいつは今ここで殺しておくべき外道だっ!」

 

 セリーヌの忠告にクリスは怒鳴り返す。

 

「ククク、流石帝国の皇子様じゃねえか、今のお前は鉄血と同じ顔をしているんだろうな」

 

「っ――」

 

 人の神経を逆撫でする物言いにクリスはいよいよ我慢の限界に達して――ユミルの山に青白い光が瞬いた。

 

「何だ!?」

 

「あの光は……」

 

 拡大されたモニターの中で空に太刀を掲げた《灰》を中心に結界が温泉郷を守るように展開される。

 一目で噴火から郷を守っているのだと分かる光景にヴァルカンは舌打ちをする。

 

「おい! ゲルハルト侯爵、とっととダインスレイヴ隊にあれを撃ち落とさせろ!」

 

「させるかっ!」

 

 ヴァルカンの指示に《緋》は疾走する。

 紅蓮の大剣をその勢いのまま突き出す。

 

「甘いんだよっ!」

 

 すかさずゴライアスは《大地の楯》を展開してその刺突を受け止める。

 

「それはこっちのセリフだっ!」

 

 《緋》は霊力を励起させ、その背後に武具を生み出す。

 

「顕現しろ《ファクトの眼》」

 

 それは一見すれば術式が刻まれた“魔球”。

 《紅のティルフィング》用の魔導杖の機能を拡張するために造られた浮遊ユニット。

 それを十数の魔球を顕現させ、《緋》はゴライアスの遠い背後で陣取っているダインスレイヴ隊の下に転移で飛ばす。

 

「ロード・ガラクシアッ!」

 

 魔球から放たれた魔弾がダインスレイヴ隊に降り注ぐ。

 武器の性質上、足場を固定していたため降り注ぐ無数の魔弾を浴びて薙ぎ倒される。

 

「テメエッ!」

 

「セリーヌッ! 《眼》の制御は任せる! 残った機甲兵にダインスレイヴを撃たせないように牽制してくれっ!」

 

「ちょっ!?」

 

 キーアが作り出した光で冷静さを取り戻したクリスは矢継ぎ早に叫ぶ。

 

「どうした《テスタ=ロッサ》! 《緋の魔王》の力はその程度かっ!?」

 

 大剣と楯の結界。

 ゴライアスに押し負けていながら不甲斐ないとクリスは叫ぶ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 その一言がプライドを刺激したのか、クリスの高揚に共鳴するように《緋》もまた唸りを上げ、変身する。

 各部の装甲が開き、一回りその体を大きくし、背中に翼と尾が顕現する。

 そしてそれとは別に胸と大腿部に取り付けられていた新たな機構が駆動する。

 エンジンのような加速器が回転し、《緋》の霊力を調律する。

 

「ぬおっ!?」

 

 《緋》からの圧力が増し、倍以上の体躯にも関わらずゴライアスは後ろに押し込まれる。

 

「貫けっ!」

 

 渾身の力を込め、《緋》は大剣を更に押し込み――その刀身はひしゃげ砕け散った。

 

「なっ!?」

 

「はっ!」

 

 片や大剣が砕けた勢いのまま前のめりに大地の楯に激突し――

 片や目の前で結界に頭から突撃し、無様に仰け反った敵に安堵の息を吐きながら好機だとほくそ笑み、ゴライアスの肩のキャノンを向ける。

 

「くそっ!」

 

 クリスは悪態を吐き、剣の柄を投げつけて叫ぶ。

 

「爆ぜろっ!」

 

 柄に残った霊力が強制解放され、それをゴライアスのキャノンが撃ち抜き、《テスタ=ロッサ》と《ゴライアス》の間に爆発が起きる。

 

 

 

 

 

「ではフラガラッハの操作権を一時的にエリゼ・シュバルツァーに貸与します」

 

 《ARCUS》のシステムを応用し、副戦術殻の《フラガラッハ》の操作権をアルティナはエリゼへと移行する。

 本来の仕様ではない使い方であり、およそ戦闘に耐えられない使い勝手だが災害救助と言う意味ではエリゼの役に立つだろう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「一応言っておきますが、貸すだけでちゃんと返してもらいますから」

 

「は、はい……」

 

 感情の起伏の乏しい眼差しで念を押して来るアルティナにエリゼは戸惑いながら頷く。

 

「…………何か?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 クロスベルから同行することになったこのアルティナと言う少女についてエリゼは未だにその距離感を掴みかねていた。

 以前、母ルシアとのリベールへの旅行の時に出会った女の子。

 あの時とは雰囲気が異なる気もするが、何故すれ違っただけの女の子のことを鮮明に覚えているのか不思議でならなかった。

 

「注意力が散漫です。やはり船内に残っていた方が良いのでは?」 

 

「気遣ってくれてありがとう……でも本当に大丈夫です」

 

 自分よりも年下の少女だが、その堂々とした場慣れした雰囲気に年の差など何の意味もないのだと理解する。

 本来ならアルフィンと同じように船に残っているべき素人。

 しかし上空から見た故郷の光景に居ても立っても居られず、救助活動に志願した。

 ダインスレイヴの衝撃や噴火に伴う衝撃、降って来た火山岩によって倒壊した家屋。

 エリゼの実家であるシュバルツァー邸もまた火山岩の直撃を受けて、火の手を上げていた。

 

「父様……母様、無事でいてください」

 

 着陸のためのわずかな時間をエリゼはただ女神に祈り、意識を研ぎ澄ませていく。

 

「ああ、エリゼ君。少し良いかね」

 

 そんなエリゼにワイスマンが声を掛ける。

 

「はい、何で――」

 

「何のようですか?」

 

 エリゼが振り返り応えるのを遮って、アルティナが素早く二人の間に回り込み、《クラウ=ソラス》が彼を威嚇するように拳を構える。

 

「ア、アルティナさん?」

 

「ようがあるのならそこで言ってください。貴方はエリゼ・シュバルツァーの半径5アージュに近付かないでください」

 

「アルティナさん?」

 

 寡黙だと思っていた少女が口早に自分を庇うことにエリゼは困惑する。

 しかし、失礼とも取れるアルティナの態度にワイスマンは笑う。

 

「嫌われたものだね。いや当然と言えば当然か」

 

 ワイスマンは言われた通りにそれ以上、二人に近付かず距離を取って話し始める。

 

「エリゼ君。君に一つ覚えておいてもらいたい言葉があるのだよ」

 

「覚えておいてもらいたい言葉?」

 

 この極限状態でそんなことを言い出すワイスマンの意図が分からずエリゼは首を傾げる。

 そんな彼女にワイスマンは意味深な笑みを浮かべ、彼女の腕に取り付いているみっしぃのぬいぐるみを一瞥する。

 

「大したものではないよ。そのぬいぐるみと同じでお守りのようなものさ」

 

「…………はぁ……」

 

 要領の得ない説明にエリゼはますます首を傾げる。

 

「その言葉は――――」

 

 そして教えられた言葉の意味が理解できず、エリゼは聞き返す。

 

「それはどういう意味ですか? 私には――」

 

「言葉の内容に大した意味はない。重要なのは言葉そのもの」

 

 エリゼの疑問を遮ってワイスマンは続ける。

 

「君がその言葉の羅列を紡ぐことに意味がある。魔法の言葉とはそういうものだよ」

 

「はぁ……」

 

 やはり意味が分からないとエリゼは首を傾げ――飛空艇が着陸した震動に揺れた。

 

「さて、ここからは時間との勝負だ。覚悟は良いかね?」

 

 ワイスマンの確認と共に、飛行艇のハッチが開く。

 彼の真意は分からないが、エリゼは疑問を脇に置き《フラガラッハ》の腕に座る。

 アルティナもまたそれを見届けてから《クラウ=ソラス》の腕に慣れた様子で座り、ハッチが開き切る前に外へと飛び出した。

 

「………………ん?」

 

 自分が担当する区画に真っ直ぐ向かおうとしたアルティナは後ろ髪を引かれたように振り返る。

 視線が向いた先は人気のないユミルの共同墓地。

 そして次に火の手が上がっているシュバルツァー邸。

 何故か胸を締め付けれる痛みを感じながら、アルティナは後ろ髪を引かれつつも生体反応が下にある倒壊した家屋に向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「動いてよ……お願いだから動いてよ……どうして……どうして…………」

 

 土砂に体の半分が埋まった《翠の機神》の中、少女は聞こえて来るだけの外の音を何もできずに聞かされ続けていた。

 

 

 

 

 

 


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