(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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24話 諍う者たち

 

 

 

 

「っ――」

 

 “千の武具”で顕現させた魔剣が楯に阻まれて砕ける。

 

「どういうことだセリーヌッ!?」

 

 ゴライアスの弾幕を横に駆けて回避しながらクリスは叫ぶ。

 

「たぶんアンタのイメージの強度が《テスタ=ロッサ》や《大地の楯》に追い付いていないのよ」

 

 遠隔で慣れない魔道具を操りながらセリーヌはクリスの疑問に答える。

 

「イメージって……」

 

 現代の導力技術として取り付けられた加速器《フェンリル》のおかげで《緋》が纏う霊力は目に見えて膨れ上がった。

 それに対応して“千の武具”の術式が更新されたわけではなく、実物ではないクリスのイメージによって作り出されている魔剣は実戦に耐えることはできても今の《緋》の膂力には耐えられないものだった。

 

「あの《大地の楯》を破る都合の良い魔法はないの!?」

 

「そんなものあるわけないでしょ! あれは《大地の至宝》の防御結界なのよ! って言うか気が散るから話しかけないで!」

 

 《ファクトの眼》を操り、まだ半数近く残っているダインスレイヴ隊の邪魔をしているセリーヌは質問を重ねるクリスに邪魔だと吠える。

 

「…………」

 

 口を噤んでクリスは目の前のゴライアスを改めて睨む。

 ダインスレイヴは一つだけでも脅威になる破壊兵器。

 それこそガレリア要塞にあった列車砲に匹敵するだけの破壊力を持っている。

 今、ユミルを守っている仲間たちのためにも自分がここでダインスレイヴだけは確実に破壊しておかなければならないのだが、それをするには目の前の《黒のゴライアス》が邪魔だった。

 

「ハハッー! どうしたさっきまでの威勢は何処に行った!?」

 

 癇に障る哄笑にクリスは苛立つ。

 騎神の二倍近い巨大な体躯。

 それに合わせて拡張された両腕のガトリング砲に肩の導力砲。

 それに加えてミサイルポットも装備しており、正面からの攻撃に意識を集中すれば上空からのミサイルが降って来る。

 

「どれだけ撃つんだ!?」

 

 あまりの弾幕の多さにクリスは愚痴を漏らす。

 これだけの攻撃を続ければ、内包している導力はとっくに尽きてもおかしくないのに《ゴライアス》に衰える気配はない。

 ドンッと言う重い音、山がまた噴火した音が背後から響く。

 

「…………ぐずぐずしている暇はないか……」

 

 相手との武器の差に不平をもらしても仕方がない。

 状況訓練として、“テスタ=ロッサ”を始めとした完全武装したシャーリィや太刀を持った“彼”に素手で挑まされた時と比べれば今の状況はまだマシだと思える。

 

「シャーリィならどう戦う? 《超帝国人》ならどうやって《大地の楯》を攻略――」

 

 それを思い浮かべ、唐突に《緋》は足を止めた。

 

「あん?」

 

 極力、《緋》を壊さず鹵獲しろと依頼を受けていたヴァルカンは思わず攻撃の手を止める。

 

「何だ、ようやく諦めがついたのか?」

 

 ヴァルカンの問い掛けに《緋》は応えず、手を前に差し出し――剣を顕現させる。

 

「ぶっ!」

 

 現れた剣に思わずヴァルカンは吹き出した。

 それは機甲兵が使う剣よりも細く、先程まで《緋》が使っていた《翠の剣》や《紅の大剣》と比べると貧相とも言える程に頼りない武器だった。

 

「おいおい、何だそれは? そんな細い棒でこの《ゴライアス》とやろうだなんて正気か?」

 

「猟兵のくせに無学だね……

 これは“太刀”と言って、東方の剣。帝国の主流の騎士剣とは違って“斬る”ことに特化した刃……

 それこそ達人が使えば、金剛石だって両断できるほどにね」

 

「…………はっ、脅しのつもりか?」

 

「ただの事実だよ。僕に剣術を教えてくれた“あの人”ならその程度の防御結界なんて紙のように切り裂けるだろうさ……

 もっともそれ程の楯を持っていても貴方のような人に僕の一太刀を受ける度胸なんてないでしょうね」

 

 嘲笑を滲ませた挑発にヴァルカンは沈黙し――

 

「は――上等だっ!」

 

 《緋》に向けていた銃口を収め、ゴライアスは導力を防御結界に集中させ、それこそ盾を構えるように身構える。

 別に受けて立つと言い出すことを期待したわけではなく、警戒心を煽る程度のつもりだったクリスは面を喰らいながらも呼吸を整える。

 

「――――いざ、参るっ!」

 

 太刀を陽に構えて踏み込む。

 防御の構えが誘いであることに最低限の警戒をしつつ、そこで集中し切れないのが“彼”との違いなのだろうとクリスは自嘲しながら太刀を振り下ろす――振りををして左の拳を振り被る。

 

「ゼロ・インパクトッ!」

 

 クリスが思い描くのはかつて王城の城壁、それも複数枚重ねられた防壁の二枚目だけを打ち砕く絶技。

 だが、いくら思い描いたとしても太刀であったとしてもそうであるようにクリスの不意の一撃は《大地の楯》によってこれまでと同じように揺るぎもせず受け止められる。

 

「はっ! 何を企んでいるかと思えば、無駄な努力だった――」

 

「そんなこと僕が一番分かっているさ。それに僕の一撃はここからだっ!」

 

 自分が《超帝国人》にも《痩せ狼》にも届かないことなどヴァルカンに嘲笑されるまでもなく理解している。

 故に《大地の楯》に触れた左手に霊力を紡ぎ、右手の太刀の霊力を組み替える。

 

「魔弓バルバトス! 雷槍エリクシル!」

 

「っ!?」

 

 槍を矢に見立て、拳を当てた状態で既に射の構えを作る。

 そして最速最短で射程や精度を度外視した力を二つの武具に注ぎ込む。

 

「貫けっ!」

 

 零距離から放たれた《雷矢》と《大地の楯》が激突し、二つの力は拮抗し爆発する。

 

「くっ!」

 

「うおおおおおおっ!」

 

 爆発の衝撃に一人は歯を食いしばり、一人は悲鳴じみた雄叫びを上げながら機体を制御する。

 

「くそっ! 箱入りの甘い皇子のくせになんて無茶しやがる!」

 

 戦闘狂の猟兵がやりそうな自爆戦術にヴァルカンは思わず愚痴る。

 その操縦席にはアラートが鳴り響き、《大地の楯》機体の各所がオーバーヒートを起こしたことを示していた。

 

「ちっ……」

 

 思わず舌打ちをする。

 幸いにも《大地の楯》の源になっているオーブそのものは無事。

 機体そのもののダメージも少なく、《楯》はなくなっても機体そのもののリアクティブアーマーは健在であり、普通に戦う事はまだできる。

 

「調子に乗り過ぎたなクソ皇子」

 

 防御力が高く、守りを固めていたからこそ無事だったが、爆発の衝撃をもろに受けた《緋》はおそらく無事ではないだろう。

 肝を冷やされた仕返しに、ログナー侯爵に献上する前に少しだけ痛めつけてやろうヴァルカンは舌なめずりをして――

 

「もらったっ!」

 

 舞い上がった土煙を掻き分け、全身の装甲をボロボロにした《緋》は両手に剣を持ってゴライアスに襲い掛かる。

 

「なっ!?」

 

 驚きながらもヴァルカンはそれに即応し、眼前で剣を振り被る《緋》に腕のガトリング砲を向けるのを間に合わせる。

 

「ここは僕の距離だっ!」

 

 しかし《緋》は発砲された攻撃を寸前で躱し、下から救い上げるように剣を一閃。

 即席で作り出した剣では鋭さが足りず、それでも鈍器としてゴライアスの右腕をひしゃげさせ、たたらを踏ませる。

 そんなゴライアスに《緋》は止めと言わんばかりに剣を突き出し――

 

「これで終わり――っがぁ!?」

 

 唐突に全身に走る痛みにクリスは悲鳴を上げ、《緋》は失速する。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 恥も外聞も忘れヴァルカンはゴライアスを全力で後退させ、《緋》の刃はわずかにゴライアスの装甲を削って空を切る。

 

「ちょっ!? クリスどうしたの――」

 

 《ファクトの眼》が突然消え、セリーヌは振り返って言葉を失った。

 クリスと騎神を間接的に繋げている操縦桿とも言える宝珠から蔦のように黒い呪いの触手が彼の腕に絡みついている。

 

「っ――脅かしやがって……」

 

 慌てて後ろに向かって全速力でゴライアスを走らせたものの、剣を半端に振って膝を着いた《緋》にヴァルカンは悪態を吐く。

 

「ともあれこれで依頼は達成だな」

 

 沈黙した《緋》に動く気配がないことにヴァルカンは安堵の息を吐く。

 しかし次の瞬間、ヴァルカンの視界は揺れた。

 

「っ――何だ!?」

 

 操縦桿を握っていた手から力が抜ける。

 目の前の計器、導力のEPの残量を示す針が見る間に減少していく。

 

「どうなってやがる!?」

 

 そう言ってヴァルカンが見たのは外の光景を映し出す画面。

 そこには《緋》を起点に“緋色の風”が吹いていた。

 

『な、なんだ!?』

 

『何かが吸い取られて……力が……』

 

『そんな機甲兵が止まる!?』

 

 通信機から領邦軍の様子が伝わって来る。

 

「ちっ――」

 

 何が起きているのか分からないが、原因は《緋》であることは間違いないと判断したヴァルカンは肩の導力砲に残ったエネルギーを回す。

 出力は三割。

 何もせずに待っていたとしても《緋》に喰われるだけならばと開き直り、ゴライアスに残された力をその一撃に集中させる。

 

「死ねっ! デストラクトキャノンッ!!」

 

 放たれた破壊の砲弾。

 その一撃は無防備な《緋》に命中――する寸前に紐を解く様に霧散し、その光の残滓は《緋》に呑み込まれる。

 

『――――――――』

 

「っ!?」

 

 かすかに《緋》は動いて顔を上げる。

 視線が合ったヴァルカンはそこに感じる肉食獣のような視線に息を呑んだ。

 未だに噴火を続けるユミルの山。

 その麓では《緋色の風》が満たされ、そこにある命を貪り尽くしていき、それは近くの郷にまで及ぶのだった。

 

 

 

 

 

「おかしい……」

 

 導力が尽きたライフルを交換しながら《C》は状況に違和感に気付く。

 

「あまりにも多過ぎる……」

 

 《C》も火山の噴火などに立ち会った経験はないが、もっと散漫に飛び散って良いはずの岩石は大きいものはどれも真っ直ぐユミルに目掛けて落ちようとしている。

 

「これが“因果”……“呪い”とは大自然にまで働きかけると言うのか……」

 

 もしそうだとしたら、《黒の騎神》はいったいどれだけの力を有した存在なのか想像することは難しい。

 そしてこのまま岩石の弾幕が増えれば、処理が追い付かないことは目に見えている。

 

「ナ―ディア君、避難の状況は?」

 

『ええっと……郷の総人口の二割を収容できたかな? っと言うかまだ五分も経ってないよ?』

 

 その報告に《C》は驚く。

 既に長い時間を戦っていたと錯覚する程の疲労が体を重くしている。

 慣れない《機甲兵》を操縦していることが原因か、それとも背中に守るべきものがあると言うプレッシャーによるものか。

 身体の疲労もそうだが、武器の消耗が思っていた以上に早い。

 とてもではないが、このままのペースでは残りの二十五分も持たないだろう。

 

「やああああああああっ!」

 

 しかし《C》の思うとは裏腹に結界を安定させたキーアが岩石の排除に参戦する。

 “彼”の動きをコピーした一閃が騎神の倍はあるだろう岩石を簡単に両断し、返す刃が剣閃を飛ばし両断した岩を弾くように吹き飛ばす。

 

「っ――」

 

 その大物の後ろに潜んでいた岩石が《灰》に迫り――直撃の寸前、《桃》が横から岩石を蹴り飛ばす。

 

「キーア君、前のめり過ぎだ。それでは持たないぞ」

 

 一撃一撃を全力で放つ《灰》を《C》は窘める。

 《桃》が壊せない大きな岩石を率先して《灰》は破壊して行くが、その一撃には過剰な威力が込められており、さらには結界の外に落ちるものまで斬っていた。

 

「大丈夫……キーアは大丈夫だから」

 

「しかしそんなペースでは――」

 

「キーアは守らないといけないの……あの人の代わりにユミルを守らないと、キーアが……」

 

 自分が自分がと言い聞かせながら太刀を振る《灰》に《C》はそれ以上の問答は無駄だと口を噤む。

 必死に“彼”の代わりを務めようとしている感情が先走ってしまっている。

 それを落ち着かせている余裕など今はない。

 

「しかしどうする……?」

 

 目の前の難題に《C》は仮面の下で苦悩する。

 噴火は断続的に続き、落ちて来る岩石は増える一方。

 山道に沿って流れて来る溶岩流も何処かで流れを変えなければキーアの予測通りにユミルは文字通り火の海に呑み込まれてしまう。

 

「君ならどうする?」

 

 思わず独り言を呟いてしまう。

 “彼”ならば数多の落石を太刀の一閃で薙ぎ払い、返す刃で山を切り開き全てを解決できていたかもしれない。

 そんな想像が容易にできるからこそ、《C》は常識の思考を超えられない己に苛立つ。

 その苛立ちを叩きつけるように新たに飛来した岩石に《C》は銃口を向ける。

 

「――ダメッ! 避けて《C》!!」

 

 突然のキーアの忠告に《C》は困惑する。

 結界の上に落ちて来る岩石。

 見逃すことができないものを避けろと言う言葉、そう言いながら《灰》は大きく旋回して自分がやると言わんばかりに方向転換する。

 その様に――“彼”に「貴方には無理だと」言われたような錯覚を感じ、《C》は逡巡することなく引き金を引いた。

 

 ――なるほど……

 

 着弾してわずかに欠けるだけに終わった銃撃に《C》はキーアの言葉の意味を理解する。

 これまでの脆い岩石に比べて随分と硬い。

 一発では無理だと察して《桃》は導力ライフルの銃撃を重ねる。

 一発ごとに岩石の表面は削れていく。

 

「っ――」

 

 しかし芯を撃ち抜くことはできず、さらにはいくら撃っても軌道が逸れる事もない。

 その事実に不信を感じたところで、岩石は目の前に迫り――《桃》は背中を《灰》に突き飛ばされる。

 

「螺旋撃っ!」

 

 《灰》の渾身の一撃がその岩石を捉え――太刀は弾き返された。

 それでもなお砕けなかった岩石はわずかに軌道を逸らし、ユミルの上空に張り巡らされた結界に衝突し――貫通して凰翼館を直撃した。

 《灰》と《桃》が浮遊する高さまで温泉の源泉が吹き上がる。

 熱湯を浴びながら、《C》は自分が目にしたものを呑み込もうと必死になっていた。

 

「今のは……まさか……」

 

 黒く焼け焦げた岩石の中、銃撃と斬撃でわずかに外殻が削れ覗き見ることができた不審な岩石の中身。それは――

 

「ゼムリアストーン……そんな馬鹿な……」

 

 それは大陸最高峰の硬度を持つ稀少金属。

 山の力が最も集まる深部から飛来して来た岩石と考えれば決してあり得ないことではない。

 しかし、誰が赤熱したゼムリアストーンの石礫など想像できるだろうか。

 見上げた空には焔を纏った岩石がまだあることに《C》は絶句する。

 

「この全てにゼムリアストーンが含まれているわけではないだろうが……」

 

 自分達には破壊不可能であり、結界を貫通する破壊力を有している。

 だが、ある意味で最も安全な《機甲兵》の中という安全は失われた。

 

 ――状況が変わった。回収できた者達だけを回収してすぐに撤退するべきだろう。このようなところで無駄なリスクを負う必要はないはずだ……

 

 冷静な思考の部分で《C》は早々に見切りをつける。

 破壊は不可能でも最低限の進路を妨害することはできる。

 《灰》と《桃》で防衛対象をユミルから飛行艇に絞り守りに徹すれば、飛空艇そのものは守り抜くことはできるだろう。

 その場合の犠牲者も必要な損切りだと割り切ってしまう。

 

「…………いいや。それは愚策だね」

 

 《C》は眼下の光景を一瞥し、その考えを首を振って否定する。

 この割り切りをキーアやアルフィンが認めるとは思えない。

 提案すればそこで生まれる問答で余計な手間が増えるだけどだと自嘲する。

 

「キーア君は穴の空いた結界の修復を行ってくれたまえ」

 

「う、うん……でも《C》は?」

 

「私はその時間を稼ぐ……この場は任せた」

 

 《灰》を置き去りにして《桃》は更に上空へと飛翔し、光を伴った虚空から巨大な剣を召喚する。

 

「しかし、こうも早くバラすことになってしまうとはね」

 

 《C》は自嘲しながら《桃》の飛翔をやめ、自由落下に身を任せて剣に全ての力を集中して叫ぶ。

 

「カグツチッ!」

 

 次の瞬間《桃》は焔に包まれた。

 

「ぐうっ!」

 

 桃色の装甲は泡立つように溶解を始め、《C》は全身を焼かれる悲鳴を噛み殺し、焔を剣へと集束させる。

 少しでも気を抜けば破裂する圧力をその手に感じながら、赤熱した刀身が二又に開く。

 圧縮された焔が一条の熱線として解放される。

 

「灼熱砲――イフリート――」

 

 撃ち出された一条の熱線は巨大な岩石を貫き、余波の熱風が周囲の岩石を巻き込み焼滅させる。

 

「っ……」

 

 現在視認できている岩石を全て消滅させた代償はバスターソードを構えた右腕の痛み。

 

「だがこれで時間が――」

 

 稼げると言う言葉は更なる噴火の音にかき消された。

 

「っ――まるで狙い澄ましたかのように……これが《呪い》と言うのなら《黒》の力とはいったいどれほどのものだと言うのだ」

 

 新たな岩の砲撃に《C》は思わず愚痴を漏らした。

 

 

 

 

「アハハハッ! いっちゃえっ!」

 

 チェーンソーが凶悪なエンジンの音を響かせ、シャーリィが振る。

 幾人もの血を吸って来た猟兵の刃はその名に恥じない切れ味で、地震の影響で開かなくなった教会の扉を切り落とした。

 

「よしっ! 穴が開いたぞ!」

 

「よく頑張った。もう大丈夫だ」

 

 場所を開けたシャーリィと入れ替わる様に元・北の猟兵達が彼女が開けた穴に殺到し、中の生存者の救助作業を行う。

 

「――って何をやらせるのさっ!」

 

 一拍遅れてシャーリィはつまらないものを切らされたと憤慨する。

 

「そう言わないでくださいシャーリィさん」

 

 憤るシャーリィをエマが何とか宥める。

 

「私の導力杖やガイウスさんの十字槍では……倒壊した家屋を効率よく切ることはできなくて……その……」

 

 エマもこの提案をした時はあり得ないと思ったのだが、シャーリィの“テスタ=ロッサ”の一部の機能は現在最も必要とされている武器なのは間違いなかった。

 倒壊した家屋に倒木、一部で起きた小規模な雪崩の融解。

 様々な場面で“テスタ=ロッサ”が重宝することは自明の理であった。

 

「ちぇっ! シャーリィにも《ティルフィング》があればなぁ」

 

 愚痴をこぼしながらもシャーリィは油断なく周囲に神経を張り巡らせている。

 既に銃撃を受けたハイデルは最低限の治療を行い飛行艇の一室へ押し込んで来た。

 そしてユミルの住人の避難誘導にサラ達と別れて行動を始めたが、状況は芳しくなかった。

 

「アルフィン殿下の呼び掛けのおかげで動ける人は広場に集まってくれていますが……」

 

 問題はダインスレイヴの衝撃波で薙ぎ倒されて飛んで来た倒木や岩など、噴火の地震によって倒壊した家屋から脱出することができなかった人達になる。

 いくらユミルが小さな郷でも、自分達と駐在していた元・北の猟兵達だけで郷の全てをフォローするのは難しかった。

 

「って言うか、そもそもあの飛行艇にこの郷の人間全員を収容するのはちょっと無理だけど、そこのところどうするつもりなんだろうね?」

 

「…………いえ、それはおそらく大丈夫でしょう」

 

 シャーリィの指摘にエマは言い辛そうに答える。

 確かにユミルの郷の住人を全て収容することはできないかもしれない。

 だが既に死者も多数出ている。

 そうして目減りした人数ならば決して無理ではないとエマは計算してしまって自己嫌悪する。

 

「あーあ、人命救助なんてシャーリィのガラじゃないんだけどなぁ」

 

「でも、ちゃんと動いてくれるんですね」

 

「そりゃあ今のシャーリィはⅦ組だし……それに……」

 

「それに?」

 

 珍しく言葉を濁し、どこか遠くを見て物思いにふけるシャーリィにエマは首を傾げる。

 失言だったとシャーリィは頭を掻く。

 

「大したことじゃないよ。昔ランディ兄が崖崩れを利用して《西風の旅団》の二個中隊を殲滅した作戦を思い出しただけ」

 

「あ……」

 

 シャーリィの答えにエマは彼女の本業を思い出す。

 

「ふふ、軽蔑した?」

 

「それは……」

 

 シャーリィの問いにエマは言葉を窮する。

 

「別に気を使わなくて良いよ。多分委員長が普通で、シャーリィの方が普通じゃないんだから……

 ただあの作戦の後、ランディ兄が何を考えて団を抜けたのかなって思っただけ」

 

 シャーリィはかつて温泉を目的としてやって来た郷の光景と今の光景を比べて目を細める。

 

「…………もしかしてシャーリィさんも猟兵をやめたりは……」

 

「そんなのあり得ないよ」

 

 エマの指摘をシャーリィは笑顔で否定する。

 

「確かにちょっと思う事はあるけど、シャーリィは猟兵以外の生き方なんてできないって……

 そりゃあ仕事によっては護衛も人助けもするかもしれないけど、そこは変わらないよ」

 

「シャーリィさん……」

 

 知ってはいたが、改めてシャーリィが自分とは違う業を背負った生き物なのだとエマは認識する。

 おそらくシャーリィは戦場で会えば、それがⅦ組の仲間だったとしても戦い、殺すことを躊躇うことはないだろう。

 

「ところで――」

 

 悩むエマを見兼ねてシャーリィは話題を変えようとしたところで、目の前の凰翼館が爆発した。

 

「え――?」

 

「委員長っ!」

 

 咄嗟にシャーリィはエマの手を引き、“テスタ=ロッサ”を地面に突き刺してその陰に伏せる。

 破壊は一瞬。

 結界を貫通して降って来た岩石は凰翼館を一撃で粉砕し、その衝撃で温泉が間欠泉のように吹き上げる。

 

「あーあ……ここの温泉、結構気に入ってたんだけどなぁ」

 

「そんなことを言っている場合ですか!?」

 

 呑気に肩を落とすシャーリィにエマは怒鳴る。

 

「って言うか、結界はどうしたのさ?」

 

 シャーリィは空を見上げ、穴が開いた結界を見上げる。

 

「あの強度の結界が破られるなんて……一体何が落ちて来たって言うの!?」

 

 エマもまたキーアが張った結界が破られたことに慄く。

 

「ま、そこはシャーリィ達が考える事じゃないけど……」

 

 シャーリィは考えても分からないものは分からないと割り切り――聞こえて来た音に目を細める。

 

「しまった。それは完全に失念してた」

 

「シャーリィさん? 何を言っているんですか?」

 

 これ以上まだ何かが起きるのかとエマは聞きたくないと思いつつも尋ねる。

 

「それはもちろん、溶岩流から逃げて来る魔獣の大群だよ」

 

「…………あ……」

 

 

 

 

 

 

「秘剣、鳳仙花っ!」

 

 舞うような剣舞が襲い掛かって来た雪飛び猫たちを纏めて薙ぎ払う。

 だが、入れ替わる様に新たなスノーラットがエリゼに襲い掛かり、《フラガラッハ》に殴り飛ばされる。

 

「――ここは通しませんっ!」

 

 助けてくれた戦術殻に感謝の念を送りながら、エリゼは呼吸を整えて啖呵を切る。が――後続の魔獣の群れに息を呑む。

 

「何て数の魔獣……」

 

 結界のせいで迂回するしかなかった魔獣たちは、結界の消失を敏感に察知して最短距離で山を下ろうとユミルへと突撃して来た。

 彼らにユミルを襲う気はない。むしろ山の脅威やダインスレイヴが起こした被害から助かりたい一心で必死に走っているのだろう。

 

「っ……」

 

 エリゼは逃げ出したい気持ちを堪えて剣を固く握り締める。

 

「きっと皆さんが気付いてくれているはず、それまでここは私たちが護ります」

 

「―――――――」

 

 エリゼの意気に応えるようにフラガラッハも怯むことなく拳を構える。

 優秀な彼ら、彼女たちは郷に魔獣が踏み入った瞬間に察知して向かって来てくれているはずだとエリゼは信じて剣を振る。

 その期待は正しく。

 領民の避難の指揮を執っていたテオとアプリリスはサラとガイウスを山門に向かわせ――

 アルティナは漆黒の鎧を纏って飛び――

 エマとシャーリィは雪道を駆け――

 

 ――紅い風が吹く。

 

「…………え……?」

 

 唐突にその場にいる全員は原因不明の虚脱感に見舞われる。

 飛ぶ者は制御を狂わせ、走るものは足をもつれさせ、灰色の戦術殻は停止する。

 そしてエリゼは魔獣を斬り損ねて大型魔獣に撥ね飛ばされた。

 

「あ……」

 

 宙を舞ったエリゼは回る世界の中でサラ達が駆けつけて来てくれたことに安堵する。

 

「後は頼みます。皆さん――」

 

 “魔法の言葉”に祈るより先にエリゼは託す言葉を呟く。

 領主の娘としての責任を果たせただろうかと、思いを馳せエリゼは大小さまざまな魔獣の群れの中へと落ちて行く。

 そんなエリゼが最後に見上げることになった空には――

 

 ――あれは……鳥?

 

 場違いにもエリゼは視界に入った紫に近い青――《紺》色のユミルでは見たことのない鳥に目を奪われ――

 

「氷煌演舞刃っ!」

 

 その空から無数の氷柱と共に彼女が降って来た。

 その少女は空中でエリゼを抱きかかえると、事も無げに魔獣の群れを蹂躙して叩き潰した氷の柱に着地する。

 

「エリゼちゃん、よく頑張ったね」

 

 お姫様抱っこでエリゼを抱えた青い少女は安心させるように微笑む。

 

「ダーナさん」

 

 それは数ヶ月前、聖アストライア女学院に後輩の姉だと紹介された転入生。

 淑女を育てる女学院の生徒にあるまじき戦闘力を見せつけられたエリゼは困惑に言葉を失い――何とか言葉を探して叫ぶ。 

 

「ダーナさんっ! 何って恰好をしているんですかっ!?」

 

「あ、あれ……?」

 

 後輩の言葉に蒼い民族衣装を纏ったダーナは思っていたのとは違う反応に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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