(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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遅くなって申し訳ありませんでした。
これにてユミル、ノルディア州編は終了になります。


追記
オーバルカメラにはヴァルターの一撃に耐えられる耐衝撃性とマクバーンの焔に耐えられる耐火性、つまりは耐爆性が本当に必要だったと思った黎でした。







25話 ユミルの悲劇

 

 

「ちがう……ちがう……」

 

 《灰》を操りながらキーアは頭を振る。

 

 ――何が違うの? これがきーあが求めた平和でしょ?

 

 黒い自分が囁く。

 

 ――クロスベル以外なんてどうなっても良い……

 

 ――ロイド達だけが平和なら他がどうなったって構わない……

 

 ――帝国も共和国もロイド達をいじめる悪者なんてみんな殺し合っていれば良いんだよ……

 

「ちがうっ! キーアはこんなことに……こんなことになるなんて知っていたら……」

 

 嗤う囁きへのキーアの反論は弱々しい。そんな彼女を嘲笑するように声は続く。

 

 ――帝国だけじゃない。共和国も経済恐慌が起きてたくさんの人が困っている……

 

「っ……」

 

 その声は果たして自責の念から来るものなのか、それとも《呪い》によるものなのかキーアには分からない。

 

 ――あの時、きーあが消えていれば……“彼”がここにいればユミルは守れたはずなのに……

 

「ああ……」

 

 眼下の郷にもはや最初の街並みは残っていない。

 凰翼館が潰れ、ケーブルカーの駅は崩れ、教会は炎上する。

 一つ、一つ、キーア達の力が一歩及ばないごとにユミルの営みは無残に破壊されていく。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 幾度も繰り返した懺悔をまた繰り返す。

 帝国の内戦の切っ掛けはガレリア要塞の消滅。

 結社を通じてクロイス家と貴族連合の間で密約があったとキーアは聞いているが、どんな内容だったのかは知らない。

 それでもこれは――

 

 ――そう、これは全部きーあのせいなんだよ……

 

 その言葉にキーアの心は自己嫌悪を募らせて――

 《灰》の胸と大腿部の加速器が駆動を始める。

 

「あ……あああ……アアアアッ!」

 

 掲げた左手の上に巨大な黒い球体を生み出す。

 かつてガレリア要塞を消滅させた《零》の力。

 鐘の補助がなければ使えない力だが、自身を消し去りたい程の自己嫌悪を呼び水に無理矢理引き出した黒い力は《灰》の身体を末端から消滅させた行く。

 

「これで――」

 

 《識》が見せる答え。

 噴火を止めるためには消滅の力で山そのものを消してしまえばいい。

 

「みんな消えちゃえっ!」

 

 大きく振り被って《灰》は山へ消滅の力を投げ放つ。

 黒い球体は山を削る様に突き進み、その中心で集束するように全てを巻き込み消滅する。

 

「…………やった……」

 

 息を弾ませ、キーアは山の噴火を止められたことに安堵し――息を呑む。

 

「そんな――」

 

 削られ歪になった山が崩れる。

 消滅を免れた山肌は支える地盤を失い、ユミルの郷そのものがその大地から崩壊する。

 それは避難民を乗せた飛行艇をも巻き込み、キーア達が護ろうとしたものを全て吞み込んで火山は消滅した。

 

「あ……ちがう……キーアは……キーアは……」

 

 こんなつもりじゃなかったと、キーアは顔を手で覆い――

 

「キーア君っ! それはダメだっ!」

 

「っ――」

 

 耳を叩いた《C》の言葉にキーアは我に返る。

 放つ寸前の黒い球体をキーアは直前に見た光景を幻視して咄嗟に撃つ方向を空へと逸らす。

 消滅の力は立ち昇り空を覆い隠す噴煙を呑み込むように爆ぜ、場違いな蒼い空が広がる。

 

「今のは……キーアは何をしたの?」

 

 眼下のユミルが無事であることを安堵の息を吐きながら、キーアは自分が見た光景に背筋を冷たくする。

 《零》の力を利用して未来を観測したことはあるが、その時とは違う感覚にキーアは戸惑う。

 言葉で表現するなら“力”に行動の主導権を取られたような感覚。

 至宝としての力はクロスベルにいた時ほど使えないものの、キーアは自身の“力”の得体の知れない部分に恐怖を覚える。

 

「やれやれ、あんなものを撃てば山そのものを崩しかねなかっただろう」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 咎める《C》にキーアは謝る。

 直前に見た白昼夢のことを考えれば《C》の言葉は全くもって正しい。

 噴火を止めることはできても、それでユミルを崩壊させてしまえば本末転倒でしかない。

 素直に謝る彼女に《C》は嘆息し、彼女が一気に空を晴らしてくれてできた空白の間に息を吐く。

 

「だが、奇しくも飛行艇が発進する間を稼げた。この場は離脱して船を直接守るとしよう」

 

「え……でも……」

 

 《C》の言葉にキーアは迷う。

 それはユミルの守りを放棄することを意味している。

 船や避難民を優先することはキーアも納得していたが、実際の現場に出てキーアはユミルを切り捨てるその選択を前にして躊躇ってしまう。

 

「キーア君」

 

「…………うん、わかってる」

 

 空を一掃してもまたいつ噴火するか分からない状況では悠長に迷っている暇はない。

 それに《灰》も消滅の力の反動で少なくない部位を消失させてしまい、残存霊力も含めていつ機能を停止してしまうかも分からない。

 割り切るしかない。

 気持ちに区切りをつけ、《灰》は荒ぶる山に背を向ける。

 

「あの人なら、どうしていたんだろう?」

 

「…………」

 

 キーアの口から漏れた独り言に《C》は黙り込む。

 自分達は役目を全うした。

 しかし達成感など微塵もない。

 苦汁を呑み込んで、妥協を選ぶしかない自分の不甲斐なさを噛み締めて踵を返し――

 

「っ――避けろっ!」

 

「え?」

 

 《C》の叫びにキーアは呆けた声を返し、次の瞬間《桃》に突き飛ばされる。

 直後、《桃》を中心に水の激流が発生し、《桃》はその水圧に押し潰され、《灰》はその余波に吹き飛ばされて大地に墜落する。

 

「うう……いったい何が……」

 

 地面に叩きつけられた痛みに悶えながらキーアは《灰》を起こし、自分を庇ってくれた《C》を探し――鉄球のような尾に殴りつけられた。

 

「きゃあっ!」

 

 振り返ればそこには騎神に匹敵する巨大な魔獣――幻獣がいた。

 

「何で幻獣がここに――ひゃあ!」

 

 態勢を立て直そうとする《灰》に狂竜は頭から突進して押し倒し、そして《灰》の上で地団駄を踏む。

 

「っ――」

 

 暴力的な足に踏まれる度に《灰》の身体は軋み、亀裂が走る。

 

「っ……このっ! どいてっ!」

 

 キーアの必死の抵抗を嘲笑う様に狂竜は何度も何度も《灰》を踏みつけ、そしておもむろに口を開く。

 

「え……きゃあっ!?」

 

 口から吐き出されら毒々しい色の吐息を《灰》は頭から浴びせかけられる。

 その色が示すように猛毒である吐息は《灰》の装甲を蝕み、そして狂竜は腐食した装甲をまるで御馳走だと言わんばかりにかじりついた。

 

「あ――――っ!!?」

 

 体を喰われた痛みをフィードバックしてキーアは絶叫する。

 

「いやっ! 放して!」

 

 錯乱したキーアは滅茶苦茶に《灰》を動かし、振り回した太刀が狂竜に当たるがあっさりと手から弾き飛ばされてしまう。。

 そして《核》の上を踏みつけられた衝撃にキーアは息を詰まらせ、意識が遠のく。

 痛覚をそのままに体を食べられる痛み。

 装甲を咀嚼する音、《核》の中まで浸食して来た毒の空気。

 クロスベルを旅立ってから何度も戦闘は経験したはずなのに、迫り来る死の気配を否が応なく感じてしまう。

 

「…………いたい……いたいよ。誰か助けて……《C》……クリス……ロイド……」

 

 助けを求めた声は弱々しく。

 それに応えるものはいない。

 ただ《灰》の装甲を咀嚼する音が響き、そして背を付けた大地に地震の震動を感じた。

 

「誰かキーアを――ちがうっ」

 

 諦めそうになった意志をキーアは奮い立たせ、《灰》は胸にかじりついている狂竜の頭を掴み押し返す。

 

「キーアは……キーアは……」

 

 狂竜が力任せに頭を押し込んで来る。

 腐食した《灰》の腕は軋み、今にも壊れてしまいそうな程に頼りない。

 それでもキーアは叫ぶ。

 

「キーアは守るためにここにいるんだから!」

 

 キーアは《識る》。

 どんな抵抗をしても間もなく霊力を使い切る《灰》にここから助かる術はない。

 それでもキーアは諦めずに《識》で凝視する。

 その抵抗を歯牙にも掛けず、狂竜は《灰》に顔を掴まれたまま食事を再開する。

 

「ううっ……」

 

 激痛がフィードバックされ、再び死の気配が忍び寄る。

 気が狂いそうな恐怖を抑え込み、ひたすらに集中力を高めてキーアは――《深淵》に触れた。

 

「あ……」

 

 不意に狂竜に見えた光の線に指を合わせる。

 その指は固いはずの竜の鱗に音もなく沈み込み、そのまま《灰》は線に沿って指で狂竜の肩をなぞり――切り落とした。

 

「ガアアアアアアアアア!?」

 

 狂竜は数秒遅れて感じた痛みに悲鳴を上げて仰け反り、それを逃さず《灰》は狂竜の下から脱出して太刀を拾う。

 

「っ――」

 

 技も何もない一太刀と振り回された鉄球がぶつかり合い、光の線をなぞった刃は紙を裂くように抵抗を感じさせずにそれを両断した。

 

「――あは――」

 

 右腕と尾を切り落とされのたうち回る狂竜を見下ろしてキーアの顔を不気味に歪む。

 狂竜の身体に走る無数の線。

 それに沿うように太刀を振れば抵抗もなく切れる手応えにキーアは“力”を実感する。

 

「あはははっ!」

 

 お返しだと言わんばかりに《灰》は狂竜を踏みつけて何度も何度も斬りつける。

 絶命した幻獣は七耀の光となって大気に還り切るまで《灰》は太刀を振り続けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……行かなくちゃ……」

 

 目が、頭が焼けるように熱い。

 視界に映るものには幻獣と同じように光の線が見える。

 

「っ――」

 

 その無数の光の線を見たキーアの目は更に熱くなり――誰かの手の平がキーアの視界を覆い隠した。

 

「あ……」

 

 顔に触れた手のぬくもりにキーアの身体から力が抜ける。

 《灰》は膝を着き、疲れ切ったキーアの意識はそのまま落ちて行く。

 

「待って……キーアはあなたに謝らないといけないことが……」

 

 キーアは自分しかいないはずの操縦席で振り返るが、薄れゆく意識に抗う事はできず眠りに落ちた。

 それに合わせてヴァリマールの意識も落ちる。

 そんな《灰》の背後に狂竜とは別の幻獣が忍び寄り――空から降って来た翼を持つ魔煌兵によって潰された。

 

「ククク……坊主程じゃないが、根性を見せるじゃねえか」

 

 動かなくなった《灰》を見下ろし、魔煌兵の中から男が笑った。

 

 

 

 

「おおっ!」

 

 それを見た者達は思わず感嘆の言葉を漏らした。

 山道を塞ぐように現れた三体の巨大な甲冑人形が身の丈に迫る程の盾を持ち、地面に突き立てて横に並ぶ。

 山道を伝って流れ落ちて来た溶岩をその盾で受け止め、先に掘っておいた堀へと溶岩は流れを変えて逸れて行く。

 

「おおおっ!」

 

 そして郷の中でもまた魔煌兵が各所で現れ、これまでの破壊によって生まれた瓦礫を撤去していく姿に歓声の声が上がる。

 しかし歓声とは裏腹にダーナの顔は優れなかった。

 

「…………またこの光景を見ることになるとは思ってなかったかな」

 

 《星》によって破壊された街並み。

 空を見上げれば半透明の結界が広がり、その向こうには焔を纏った《星》が見える。

 

「あ、あのダーナさん」

 

 哀愁を漂わせるダーナにエリゼは恐る恐る声を掛ける。

 

「ん? 何かな?」

 

 憂いの顔を隠し、女学院にいた頃のような微笑でダーナはエリゼに振り返った。

 

「ありがとうございます。これでユミルは救われました」

 

「あ……」

 

 ユミルを代表した感謝の言葉にダーナは思わず目を逸らす。

 

「ダーナさん?」

 

 そんな不自然なダーナの態度にエリゼは首を傾げる。

 彼女の背後には、エリゼと同じように既に助かったつもりの人々の安堵が広がっている。

 そんな人たちに水を差すいたたまれなさと無力感を感じながらダーナは口を開く。

 

「喜ばせてしまって申し訳ないけど、私がやっているのは悪あがきに過ぎないんだよ」

 

「悪あがき?」

 

「《緋色の予知》……」

 

 ダーナは目を伏せてエリゼに説明する。

 

「私の予知は色によってどれくらい確実か分かるの……

 緋色に染まった予知は避けることのできない確定した未来。だからユミルの郷がなくなることは変えられない」

 

「そんな……」

 

 ダーナの言葉にエリゼは絶句する。

 

「なんとかならないんですか?」

 

「これは努力で変えられるものじゃないの……ごめんね」

 

 申し訳なさそうに謝るダーナにエリゼは詰め寄り、叫びかけた八つ当たりの言葉を呑み込む。

 

「――それでもありがとうございます」

 

 ダーナが来てくれてなければ、魔獣に轢かれて死んでいた身だったことを思えば感謝こそすれ、罵倒する理由はない。

 今も魔煌兵を召喚し、溶岩を受け止めて避難する時間を稼いでくれていることを思えば十分に働いてくれている。

 

「ですがどうしてダーナさんはユミルに?」

 

 その憤りを誤魔化すようにエリゼは話を逸らす。

 

「ダーナさんはミルディーヌと一緒にオルディスへ向かうと言っていましたよね?」

 

「ミュゼちゃんのことは安心して。ちゃんとイーグレットのお爺様たちの所に送り届けたから」

 

 後輩の安否を気遣うエリゼにダーナは無事を知らせる。

 

「私が来たのは、ミュゼちゃんにお願いされたからだね」

 

「ミルディーヌがお願い?」

 

「うん。《緋色の予知》のことを話してユミルが危ないことを知ったミュゼちゃんは自分は良いからエリゼちゃんやアルフィンちゃんを助けに行って上げて欲しいって言い出したの」

 

「そうですか……」

 

「……だけど、ミュゼちゃんにお願いされてなくても来てたかな」

 

「え……?」

 

「『自分にもしものことがあれば、義妹や家族のことをお願いします』……そう頼まれていたから」

 

「頼まれた……いったい誰に?」

 

 そう聞き返すエリゼにダーナは困った顔をして言葉を濁す。

 

「……ごめんね。たぶん今のエリゼちゃんには言っても意味はないんだ」

 

「ダーナさん」

 

 ワイスマンやクリス達と同じようなことを言うダーナにエリゼは顔をしかめる。

 

「それよりエリゼちゃんも早くあの空飛ぶ船に戻って、後は私がやっておくから」

 

「ダーナさん、ですが……」

 

 避難を促されてエリゼは迷う。

 予定していた時間は過ぎたが、まだ飛行艇は発進していない。

 

「飛行艇に乗れる人には限りがあるんでしょ? 残っている人達は私が誘導するってアルフィンちゃん達に伝えてくれる?」

 

 理由をつけて自分を先に避難させようとする意志をエリゼは感じ取る。

 そしてダーナはエリゼが行きやすいように郷中に聞こえるように声を上げる。

 

「飛空艇に乗り切れない人、体力がある人は西に集まって下さい! 魔煌兵を使って私が切り拓きます!」

 

 その言葉によって人の動きが変わる。

 唯一の命綱だった飛行艇に群がるのを止め、ダーナやテオの誘導に従って体力のある者達は郷の西側へ移動していく。

 捨てられる積み荷を捨て、人を乗せられるだけ乗せた飛行艇は周囲の安全を確認してハッチを閉じ、空へと飛び立つ。

 残された大人や体力がある者達は魔煌兵が切り拓いた道を歩いてユミルから脱出する。

 決して大都市ではない秘境だった郷からは人の陰はなくなり、閑散とする。

 そんな郷の半壊した領主邸を麓からのダインスレイブとは違う、導力砲による砲撃が撃ち抜く。

 それを呼び水に大地が割れ、ユミルそのものが山崩れとなって崩壊した。

 

 

 

 

「何で……何でこんなことができる?」

 

 膝を着いた黒のゴライアスの首を掴んで持ち上げ、クリスは黒い瘴気を纏いながら話しかける。

 最後の力を振り絞って行ったゴライアスの砲撃は見事にユミルを撃ち抜いて崩落させた。

 救助活動を行っていたアルフィン達が無事なのかどうか、今のクリスには分からない。

 

「言ったはずだ。オズボーンに関わる全てを俺は燃やし尽くすってなあっ!」

 

 生気を吸われ、息も絶え絶えにしながらもヴァルカンは気炎を吐く。

 

「そのために何の罪もないユミルの人達を巻き込んで、それが人間のすることか!?」

 

「関係ならあるって言ってんだろうが!」

 

 言い返すヴァルカンにクリスは呆れ果てる。

 ユミルがオズボーン宰相の生まれ故郷であり、狙撃された彼が匿われている候補地の一つだと言う事は聞かされた。

 しかし、そんな理由でだけで一つの郷を崩落させるのはあまりにも度が過ぎていた。

 

「もう良い……死ねよ」

 

 悪びれもしないヴァルカンにクリスは《緋》の手に力を込める。

 

「ククク……お前にそんなことができるのか?」

 

 まるでクリスにはそんな度胸はないと言わんばかりにヴァルカンは嘲笑を浮かべる。

 散々邪魔をしてきたⅦ組だが、所詮は子供の集まり。

 自分達を殺せる機会はこれまで何度もあったのに、その甘さで何度も取り逃がして来たことからクリスには人を殺せる度胸などないのだと高を括ったような言葉。

 

「それに例え俺を殺しても、俺の意志は解放戦線の仲間の中に息づいている……

 例えここで殺されたとしても、帝国の全てを焼き尽くすまで俺達は止まらないんだよ!」

 

「だから何だって言うんだ?」

 

 静かにクリスは言い返す。

 

「そうだな……お前の言う通り、僕はまだ人を殺す覚悟なんてできていないかもしれない……」

 

 だけど、と言葉を区切り、黒い意志を呑み込んでクリスは言葉を作る。

 

「お前はまだ殺すつもりなんだろ?」

 

 彼が吐いた言葉を信じるのなら、彼らはオズボーン宰相に所縁のある全てを滅ぼし、狙撃して殺した彼の死体を見つけるまで破壊と殺戮を繰り返す。

 今のユミルのような事を他でも繰り返すというのなら、例え手を汚すことになったとしてもクリスはもはや躊躇わない。

 

「お前はここで死んでおけ」

 

 これから先の犠牲を少しでもなくすためにクリスは《緋》が掴む手から黒のゴライアスからあらゆる力を吸い取り――

 

「ハッ……流石はあのクソ野郎の国の皇子様だな」

 

 声と共に横撃された衝撃に《緋》はゴライアスを放して吹き飛ばされる。

 

「っ――クロウッ! 来てくれたのか!?」

 

 その衝撃に一帯を覆っていた緋色の風が消え、息を吹き返したヴァルカンは自分を庇う様にたたずむ《蒼》の背中を見て叫ぶ。

 

「おう……随分と派手にやってるじゃねえかヴァルカン」

 

 噴火した山と崩落した山を一瞥し、クロウは喜悦を含んだ声で応える。

 

「ここは俺に任せて、お前はログナー侯爵を連れて撤退しな」

 

「……ああ、気を付けろよクロウ」

 

 クロウの指示にヴァルカンは一言残して撤退する。

 それを見送り、《蒼》は《緋》に向き直る。

 

「クク、久しぶりだな。偽物のセドリック皇子」

 

 揶揄うようなの呼び掛けにクリスは眉を潜めながら立ち上がり、《蒼の騎神オルディーネ》を睨む。

 

「帝国解放戦線リーダー《C》――いや、旧ジュライ市国出身、クロウ・アームブラスト……」

 

「そういえばアランドールがいるクロスベルに行っていたらしいな」

 

 告げられた肩書にクロウは肩を竦める。

 

「話は聞いたよ……

 ジュライが帝国に併合された時、先輩の祖父が起こしたテロ事件……その意思を継いで先輩はテロリストに――」

 

「ふざけんなっ!」

 

「なっ!?」

 

 突然の激昂と共にダブルセイバーで斬りかかって来る《蒼》にクリスは驚きながらもその一撃を手に剣を生み出し受け止める。

 

「じいさんじゃねえ! 全部、全部お前達、帝国が――オズボーンのクソ野郎がやったことだ!」

 

「っ――それを貴方が言うかっ!」

 

 クリスもまた激昂して、剣を振り抜き《蒼》を弾き返す。

 ゼムリア大陸北西に位置する、帝国に併合されたジュライ市国。

 その併合するきっかけとなった鉄道の爆破事件。

 犯人は見つからず、様々な憶測が当時のジュライでは飛び交った。

 その中でもっとも有力な説だったのが、大国である帝国の経済圏に呑み込まれ、乗っ取られることを危惧したアームブラスト市長が起こした犯行だったと話だった。

 それを全て鵜呑みにしたわけではないのだが、クリスは激昂してクロスベルで資料を読んだ時から考えていた指摘を叫ぶ。

 

「アームブラスト先輩はテロリストをしているじゃないか!」

 

「っ――」

 

「表の顔がどんなに善人だったとしても、裏の顔があるんだって証明しているのは誰だ!?」

 

「ぁ……」

 

 欺瞞を突き付けられ、クロウは直前までの余裕を忘れて怯む。

 それはクロウがずっと目を逸らして来た疑問。

 考えてしまえば決意を鈍らせてしまうと無意識に感じていた矛盾。

 

「アームブラスト市長の罪を誰より証明しているのは他の誰でもない、アームブラスト先輩じゃないか!」

 

「――れ」

 

「だいたい疑われる容疑者なら他にも――」

 

「黙れっ!」

 

 クリスの言葉を遮ってクロウは叫び、《蒼》は《緋》に斬りかかる。

 

「あいつさえいなければ全部うまく行っていたんだよ! あいつさえいなければっ!」

 

「それは――こっちのセリフだっ!」

 

 クロウの身勝手な言葉にクリスも言い返す。

 彼がオズボーンを狙撃しなければ、“彼”は単身で、即日にクロスベルを制圧をしようとは思わなかっただろう。

 

「オズボーンの味方をするならお前も敵だっ!」

 

「罪のない民を巻き込む外道が!」

 

 《蒼》と《緋》は黒い瘴気を纏い激突する。

 剣を交える度に大地は揺れ、大気が鳴動する。

 黒が混じった《蒼》の霊力が迸り、黒が混じった《緋》の霊力が迸る。

 クロウはクリスを、クリスはクロウを敵と見定め、それぞれ相手の命を狩るために刃を振るう。

 

「コロス――ホロビロッ! エレボニアッ!」

 

「オマエタチハ――イキテイテハイケナイイキモノダッ!」

 

 《蒼》は装甲を開き、全身に金の光を纏う。

 《緋》は装甲を開き、その背後に無数の武具を顕現させる。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

「シャアアアアアアッ!」

 

 《蒼》は最高の速度で《緋》に突撃し――

 《緋》は最高の手数を引き下げて《蒼》に突撃し――

 

「いい加減にしなさいっ!」

 

 次の瞬間、マクバーンから要請を受けて駆け付けた《銀》によって《蒼》と《緋》を空高く打ち上げられるのだった。

 

 

 

 

 

 







リザルト
《桃》灼熱砲の反動、狂竜リンドバウムのグランシュトロームの直撃を受けて大破
《灰》消滅の《零》の力の反動、狂竜に喰われて大破
《緋》《銀》の250年前の借りを含んだ一撃を受けて大破
《蒼》上のとばっちりで大破?




原作の設定を否定するつもりはないんですが、アームブラスト市長が本当に潔白だったのか自分は以下の根拠で怪しいと考えています。

1孫にギャンブルを教えた市長
 正確にはカードなどのゲームらしいですが、それらを楽しむ余裕がジュライにあり、帝国の資本で娯楽が活性化していたと考えると首を傾げます。
 まあこれは市長の忠告を聞き流し、クロウが遊び歩いてしまって祖父を追い詰めたという自責の念に繋がっているかもしれませんが。

 《空》では表向きでは善人だったダルモア市長が借金を理由に事件を起こしていたのも彼の印象を悪くしている一因ですね。


2黒の史書の性質
 預言があるため、起きる事件に備えているだけで良いのがオズボーン側のスタンスであること。


3鉄道網が繋がったことで不利益を被った人がいる事
 原作では帝国政府とジュライのことしか語られていませんでしたが、鉄道網が繋がったことで、それまでジュライと帝国間の関税を独り占めにしていたあの貴族様が一人だけ損をしています。
 オズボーンに利益を掠め取られた彼が果たして黙って見ているだけで終わるのでしょうか?


4作中でも述べた通りクロウの存在。
 意図的なんでしょうけど、原作で語ったアームブラスト市長の人物像はクロウとよく似ています。
 そんなクロウがテロリストになったのに祖父は本当に何もしていなかったのか?



他にも理由はありますが、以上の理由でアームブラスト市長を怪しんでいます。
もちろんオズボーンが働きかける理由があることも理解していますが、アームブラスト市長側にも実行するだけの理由や根拠は十分にあったと考えています。






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