(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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27話 暗中

 

 

 オスギリアス盆地。

 ユミルとは山を挟んだラマ―ル州に存在する人の手が及んでいない荒野。

 そこに飛空艇に詰め込まれたユミルの郷の住人と、魔煌兵に先導されて山を踏破して辿り着いた者達は互いの無事を喜び合う。

 しかし、アルフィンはその喜びを分かち合うことはなく、艦長席に肩身を狭くして座っていた。

 

「――ですから、ここはノーザンブリアへと向かうべきかと思います」

 

 そう提案するのはユミルの警備隊として在住していたアプリリス。

 滅びるユミルから脱出できたものの、本格的な冬が始まろうとしている季節。

 ただでさえ着の身着のまま脱出した自分達には今日の食べ物にさえないのが現状である。

 例え火山の噴火や山崩れから逃れることができたとしても、このままでは寒さに凍え、飢えによって動けなくなる未来が待っている。

 その恐ろしさを誰よりも理解しているアプリリスは避難先にオスギリアス盆地から目と鼻の先にあるノーザンブリアを挙げる。

 

「だけど、ノーザンブリアに行くにはドニエプル門を超えないといけないんだろ?」

 

「いくら目と鼻の先でも、貴族連合の関所をこの人数で超えるのはちょっと難しいんじゃないかなぁ?」

 

 アプリリスの提案にスウィンとナーディアが反対意見を出す。

 

「この飛行艇にはステルス機能がついていると聞くが?」

 

「確かにそんな機能はあるけど、この人数を詰め込んで長時間の移動はお勧めしないぜ」

 

「今倒れている人の中には酸欠でとかで体調を崩している人達もいるもんねー」

 

 スウィンの答えにナーディアが付け加える。

 小さくても郷一つ分の人口を収容できる程、飛空艇は大きくない。

 

「それに今回はうまく行ったけど、操縦をミスったら詰め込んだ奴等が圧死していた可能性だってあるんだ。そう言う無茶は勘弁してくれ」

 

 そう言ってスウィンは肩を竦める。

 

「先程クラウ・ソラスに乗って外観を目視で検査しましたが、火山岩の飛沫を受けて各部に細かい損傷が多数ありました……

 航行に支障がなかったとしても一度、専門家に診てもらうことを進言します」

 

「そうなると飛行艇は導力車程度と考えた方が良いか」

 

 アルティナの報告にテオが地図に新たな情報を書き込む。

 アルフィンが何も意見を出せないまま、会議は進んでいく。

 

「《C》から連絡があったよ。《騎神》はティルフィングも含めて回収できたみたい。こっちに向かっているけど驚かないように、だって」

 

「驚かないように? どういう意味でしょう?」

 

 ナーディアの報告にアルティナが首を傾げる。

 

「こちらに向かっているのならすぐに分かるでしょう」

 

 会議室に浮かんだその疑問をテオがその一言でまとめる。

 

「私たちの現状は確認できたので、会議はひとまずここまでとしよう……

 具体的な方針はクリス君達と合流してから改めて考えよう」

 

「そうですね……《騎神》に頼れるのならできることの幅も広がりますし、別の良案も彼らにあるかもしれません」

 

 テオの提案にアプリリスも賛成し、それに異を唱える者はいなかった。

 会議はそこで終わり、テオとアプリリスは避難民の様子を見て来ると艦橋を出て行き、アルフィンはまだナーディア達がいるにも関わらず深い息を吐き出した。

 

「お疲れ様、お姫様」

 

「ナーディアさん」

 

 労いの言葉を掛けてくれるナ―ディアにアルフィンは自嘲を口にする。

 

「わたくしは本当に役立たずですね。これならエリゼと一緒に下に行っていた方が良かったのに……」

 

 意見の一つも上げられなかったことにアルフィンは自分がここにいる意味を振り返る。

 我儘を押し通して外国に避難せず弟たちと一緒に帝国に戻ったものの、アルフィンはみんなが戦い、頭を悩ませている時に何もできていなかった。

 

「これならクロスベルに残っていた方が良かったのでしょう」

 

「んーお姫様はもうギブアップだったりするの?

 この程度のこと、割とよくあることなんだけどなー」

 

「あんな事がよくあることって、信じられません」

 

「本当だよ。標的を一人殺すために大型旅客船を爆破する……

 なーちゃん達が所属していた組織だとそういうやり方をする人達もいたから」

 

 事もなげに、それこそ世間話のような気軽い口調で闇の深い話をするナ―ディアにアルフィンは息を呑み、スウィンに視線を移す。

 否定して欲しいと思った眼差しにスウィンは肩を竦めるだけで、ナーディアの言葉を否定しようとはしなかった。

 

「帝国でもこういった焼討は獅子戦役の頃に各地で起こったという記述があります」

 

 更に追い打ちを掛けるようにアルティナが歴史の話を持ち出す。

 

「そもそもあんたが下に行った所でできることなんてないし、あんたの役目は椅子に座っているのが仕事みたいなもんなんだから別に良いんだよ」

 

「スウィンさん……」

 

「それぞれが自分の役割を全うする。あんたがここにいるってだけで下の連中が暴動を起こさない一因になっているんだ。だからあんまり自分を卑下する必要はないんだ」

 

「…………ありがとうございます。スウィンさん」

 

 際限なく落ち込もうとしていたアルフィンの心は彼の言葉によって、少なからず軽くなる。

 

「むー……」

 

 成り行きで見つめ合うスウィンとアルフィンにナーディアは半眼になり、おもむろにスウィンの腕を抱き締めるように取って体を寄せる。

 

「おい、ナーディア?」

 

「残念だけど、すーちゃんは売約済みです」

 

「売約って……いきなり何言ってんだお前は?」

 

 突然のナーディアの主張にスウィンはたじろぐ。

 

「あらあら……」

 

 アルフィンはこんな状況だというのに普段と変わらない二人の様子に思わず笑みを浮かべ――艦橋にアラートの音が鳴り響いた。

 

「…………どうやら近付いて来る機影があるようです」

 

 いち早くその警報に反応したアルティナが端末を操作して報告する。

 

「っ――貴族連合の追手ですか?」

 

「……東から大型飛行艇。ですがこれは帝国で運用している飛行艇のどれともデータは一致しません」

 

「どれどれ……お? 向こうからメッセージが来ているね」

 

 アルティナに並んでナーディアも端末を操作し、相手から送られてきた伝聞をそのまま読み上げる。

 

「こちらは《C》。現在、《紅の方舟》グロリアスにてそちらに向かっている……だってさ」

 

「《C》が驚かないようにと言っていたのはこのことだったんですね」

 

 アルティナは思わず嘆息する。

 

「《紅の方舟》と言うのは分かりませんが、どうやら無事に合流できそうですね」

 

 《C》からの連絡に改めてアルフィンは安堵の息を吐き、またアラートが響く。

 

「今度は何だ?」

 

「…………西の方角から大型飛行船《ルシタニア号》……オーレリア・ルグィンの名で避難民の保護にやって来たと言っています」

 

「オーレリア・ルグィンって、たしか貴族連合の将軍だよな?」

 

「ユミルからの追手じゃなくてオルディスからの追撃かな? 避難民の保護なんて言っているけどちょっと怪しいねー」

 

 アルティナの報告にスウィンとナーディアは警戒心を強める。

 

「それから南側からもこちらに近付いてくる機影があります……これは《紅の翼》カレイジャスです」

 

「カレイジャス……まさかお兄様っ!」

 

 その報告にアルフィンは歓声を上げる。

 奇しくも詰んだ状況に陥っている彼らの下に新たな光明が示されるのだった。

 そして目立つ三つの飛行艇の接近に紛れ、一体の機甲兵が白旗を掲げてオスギリアス盆地に向かっているのに誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 《黄金の羅刹》は腕を組み、無言で彼女を睨む。

 

「…………」

 

 対するは顔を兜で隠した《鋼の聖女》。

 《羅刹》からの覇気を受け流し、事の成り行きを見守る様にたたずむ。

 

「セドリック! アルフィン! 二人とも無事で良かったっ!」

 

「あ、兄上……」

 

「お、お兄様……」

 

 感極まって双子の弟妹を抱き締めるオリヴァルト殿下にクリスとアルフィンは戸惑いながらも抱擁を拒むことはしなかった。

 そして――

 

「この度は私の父がとんでもないことをしでかしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 東方の最大の謝辞を述べる姿勢――土下座をする少女が一人。

 

「アンゼリカ殿。君が気に病むことではないだろう。顔を上げてくれたまえ」

 

「いいえ、本来なら護るべきノルティア州の一員であるユミル、あろうことかログナー家が率先して襲うなどあってはならないことですっ!

 ここは腹を切って詫びを――」

 

「アンちゃんダメーッ!」

 

「落ち着いてアンッ!」

 

 自刃しようとするアンゼリカをオリヴァルトと一緒にカレイジャスでやって来たトワとジョルジュが止める。

 

「早まらないでくださいアンゼリカ先輩」

 

 ガイウスはそれに加勢してアンゼリカを羽交い絞めにする。

 

「止めるな! 帝国貴族として、いや一人の人間として私はっ! 私はっ!」

 

 いつもの彼女ならトワに抱き着かれた時点で邪な思考に酔いしれているはずなのに、定着したイメージを振り払うアンゼリカの取り乱しように彼らはどう扱って良いか困る。

 

「しょうがないなぁ……」

 

 それを見兼ねてシャーリィが嘆息し、両腕をガイウスとジョルジュに押さえつけられるアンゼリカの背後に回る。

 

「よっと……」

 

 首に手を回して一捻り、それだけであっさりとアンゼリカの意識は落とされ静かになる。

 

「それじゃあ話し合いを始めようか」

 

 何事もなかったようにシャーリィはその場を仕切って“テスタ=ロッサ”の銃口を最初にオーレリアに向けた。

 

「貴族連合の将軍がいったい何の用? 事と次第によっては覚悟はできてるんだよね?」

 

 その場にいる者達の言葉を代弁するシャーリィの発言に緊張が高まる。

 オーレリアは銃口に気を止めず、周囲を見回す。

 遠巻きに事の成り行きを見守っているユミルからの避難民たちの手にはそれぞれ石が握られている。

 彼らが暴走していないのはテオが自制を促しているからであり、この状況下でも統制が行き届いている人望にオーレリアは感心しながら口を開く。

 

「今の私は貴族連合の将軍としてではなく、ただの個人としてこの場に来ている」

 

 そう言ってオーレリアは振り返り、ルシタニア号の入り口でオーレリアの指示を待つ私兵を顎で指す。

 

「彼らは確かにカイエン公爵家の一派だが、クロワールに従う者たちではない……

 それにこの《ルシタニア号》も所有者の名義は私だが、艦長は彼女だ」

 

 そう言ってオーレリアが指したのは《紅の方舟》の方から降りてその場にいるダーナだった。

 

「彼女のお願いに応えて、私は人員を貸し出したに過ぎん」

 

「へえ……《黄金の羅刹》が顎で使われているなんて意外だなぁ」

 

 挑発めいた言葉をオーレリアは鼻で笑う。

 

「信じる信じないは好きにすれば良い。この場で《ルシタニア号》への命令権を持っているのはダーナであり、部下も私の領地の私兵であり貴族連合とは別の扱いになっている」

 

「オーレリアさんの言っていることは本当です」

 

 オーレリアの主張を裏付けるようにダーナが付け加える。

 

「本当はゼファーさん達と私の三人で来るつもりだったんだけど、ユミルが崩落するならって《ルシタニア号》を貸してくれたんです」

 

 ダーナの言葉に一同はその飛行艇を見上げる。

 クリス達がクロスベルから乗って来た飛行艇よりも大きく、元は旅客船だったこともあり避難民を収容するのには十分な大きさを持っている。

 オーレリア・ルグィンは信じられなくても、火山の噴火の中助けに来てくれたダーナなら信じられると張り詰めた緊張の空気が弛緩する。

 もっともシャーリィは《ルシタニア号》よりもダーナの背後に控えるゼファーと呼ばれた男に意識が向いていた。

 

「ん? どうしたお嬢ちゃん?」

 

「………………」

 

 シャーリィの視線に“西の風”の意味を持つ男――ゼファーはわざとらしく笑みを浮かべる。

 

「クリス達から聞いてたけど本当に生きていたんだ《猟兵王》」

 

「おいおいさっき自己紹介しただろう。俺はゼファー・イーグレットだって、そこのダーナのパパだ」

 

「フィーに言い付けるよ?」

 

「それはやめてくださいって言いましたよね?」

 

「むぅ……」

 

 シャーリィの指摘とダーナの拒絶にゼファーもといルトガーは唸る。

 

「ま、シャーリィは別にどうでも良いんだけど、《西風》は貴族連合に雇われているんじゃないの?」

 

「一流の猟兵でも流石に死人まで駆り出すサービスは請け負っていなんでな……

 それにこっちのボスに言われて、一つ心残りができちまったんだよ」

 

「心残り?」

 

 シャーリィから見て最高の死闘を《闘神》と繰り広げた彼が何を心残りにしたのかシャーリィは興味を持つ。

 

「俺の事は今は重要じゃないだろ? ダーナの嬢ちゃんさっさと仕切ってくれよ」

 

 誤魔化してルトガーはダーナに話を振る。

 オーレリアとルトガーを経由し、改めて注目されてダーナは切り出した。

 

「私がユミルが崩壊する《緋色の予知》を見て、オーレリアさん達は御覧のように皆さんを受け入れてくれる準備を整えてくれていました……

 オルディスは貴族連合の主導者であるカイエン公爵家の領地ですが、皆さんの安全は私が必ず守ってみせます」

 

 ダーナの宣言には未だにオーレリアへの敵意は消せないものの、助かる道が見えて避難民たちの空気が軽くなる。

 

「で、羅刹の方は分かったけど聖女様は何をしにここに来たの?」

 

 シャーリィは次にアリアンロードに銃口を向ける。

 やはり彼女もまた動じることなく、理由を話し始めた。

 

「今回のユミルの崩壊は《黒の史書》の預言にあり、回避は不可能なものでした……

 しかしこれ程の規模の災害となった一因は《結社》の執行者の関与があったからに他なりません……

 その詫びと言うわけではありませんが、皆さんを安全なところへ移動する手助けのため《グロリアス》を借りて来ました」

 

 ユミルに最後まで残った騎神たちと土砂に埋もれていたティルフィングを回収したのはついでだとアリアンロードは付け加える。

 

「もっとも《ルシタニア号》があるのなら、無駄足だったようですが」

 

「連れて行く宛がないなら、そうだよね。ただノーザンブリアに避難するって言うならグロリアスの方が良いかもね?」

 

 オルディスが嫌ならば、ノーザンブリアへと避難する手はある。

 元々旅客船だった《ルシタニア号》では関所や国境警備の目を掻い潜ることはできないが、グロリアスならば問題なく避難民をノーザンブリアに届けることは可能だろう。

 

「それに――いえ、これは後で構いませんね」

 

 クリスとキーアに視線を向けて何かを言いかけてアリアンロードは首を振る。

 

「――それで……」

 

 最後にシャーリィはオリヴァルトに視線を向ける。

 

「僕は――」

 

「クリス達が心配で、貴族連合の偽物を引き摺り下ろす旗頭を引き込むことを理由に革新派を説得して押し通して来たってところかな?」

 

 シャーリィの推測にオリヴァルトは思わず言葉を止める。

 

「いや、その通りだが言い訳をさせてもらうと僕達がセントアークを発った時にはユミルはまだ知らなかったのだよ」

 

「移動距離を考えたらそんなものか……」

 

 オリヴァルトの言い訳にシャーリィは頷く。

 《緋色の予知》に《黒の預言》。この二つを理由に動いていたダーナとアリアンロードが特別であってオリヴァルトが情報で出遅れてしまうのはある意味仕方のないことでもある。

 

「ですが、テオ殿。帝国正規軍で貴方達を保護することは可能です」

 

 オリヴァルトはテオに向き直り提案する。

 現在、セントアークに集結した正規軍はオルディスとヘイムダル間の補給線を分断するために北上している。

 

「テオ殿、貴方には貴族連合――ゲルハルト・ログナーに弟のハイデル・ログナーを謀殺したという嫌疑が掛けられています」

 

「そんなっ! ハイデル卿はまだ生きているのに!」

 

 オリヴァルトがもたらした情報にクリスが憤る。

 

「ええ、僕もそれが濡れ衣だと分かっています……

 ですがオーレリア将軍の庇護下に入るにしても、ノーザンブリアへ避難するにしても貴族連合がどんな無茶をするか分からないので絶対の安全は保障できないでしょう」

 

「ほう、だが正規軍で保護したとしても平民たちが貴族であるシュバルツァー卿を受け入れるのかな?」

 

 オリヴァルトの主張に対してオーレリアが負けじと言い返す。

 

「ええ、僕達の目の届かない所で不当な私刑が行われる可能性は否定できないでしょう……

 なのでテオ殿、リベールに亡命する気はありませんか?」

 

「亡命……ですか?」

 

「ええ、幸いリベール王国には僕の伝手がありましてね、セントアークに残っていた貴族も安全のため同じ理由でリベールへ亡命しなくてもパルム方面まで避難してもらっています」

 

 加えて貴族連合がテオを確保しようとしてもセントアークで正規軍が盾となることができるため、追手から彼らを守ることができる。

 

「…………こんなにも早く駆け付けてくれた貴方達が本気で私たちを守ろうとしてくれていることに感謝します」

 

 降って湧いた三つの道に、詰んでいると思っていた状況が開けたことにテオは安堵を感じながら感謝を言葉にする。

 

「ですが、事はあまりに大きく重要です。話し合う時間を頂けないでしょうか?」

 

 本当なら少しでも早く安住の地へと移動しなければいけないのだが、即断するには重い選択だった。

 それに加えてユミルから脱出して今に至るまで動き続けていたテオも疲労が限界でもあり、正常な判断ができる自信はなかった。

 

「ああ、構わん。食事などはこちらが提供しよう。希望者がいるのなら《ルシタニア号》の客室を使うと良い」

 

「では、こちらは周辺の安全に尽力するとしましょう」

 

 オーレリアの提案に続いて、アリアンロードもまた提案する。

 

「デュバリィ、エンネア、アイネス」

 

「こちらに」

 

 アリアンロードが名を呼ぶと、いつの間にか彼女の背後に鉄機隊が膝を着いて彼女の命を待つ姿勢を取っていた。

 

「今から一昼夜、魔獣を一匹たりともこの場所に近づけないようにしてください」

 

「はっ」

 

 三人を代表してデュバリィが短く答えると、彼女たちはオスギリアス盆地の三方へと散って行く。

 

「ふむ……何も用意していない僕達は何もできないが……ならばっ!」

 

 オーレリアとアリアンロードがそれぞれ必要な支援をしているのに対抗しようとオリヴァルトは何処からともなくリュートを取り出し――

 

「傷付き、疲れた者達を癒すためにこのオリヴァルト・ライゼ・アルノールが一曲歌わせて――」

 

「やめて下さい、兄上」

 

「空気を読んでください、お兄様」

 

 オリヴァルトの善意の演奏は双子の弟妹の辛辣な言葉によって止められるのだった。

 

 

 

 

 

 夜が更ける。

 本格的な冬が始まった季節でもあり、肌寒さを感じる空気の中、クリスは難民キャンプから離れた場所に置いた《騎神》達を見上げた。

 

「はは……壮観だな」

 

 《緋の騎神》と《灰の騎神》に加えて《銀の騎神》。

 それ以外にも《桃色の機甲兵》に《翠の機神》。そして鳥の翼を持つ《魔煌兵》。

 その内の四機は見るからにボロボロだったが、巨人が立ち並ぶ光景に不思議な高揚を感じずにはいられない。

 だがそんな高揚からクリスは現実を見つめ直して拳を強く握り締める。

 

「また……僕は守れなかった……」

 

 ケルディックに続き、己の無力さを改めて意識せずにはいられなかった。

 予知や預言があったから、ユミルが滅ぶことは決定事項だった。

 そう言われてすぐに割り切れるはずもなく、クリスの中には黒い感情がくすぶる。

 

「結局、僕は無力なお飾りの皇子のままなのかな?」

 

 予知の範疇外のところではシャロンを助けることはできたはずだった。

 イリーナに続きシャロンを失い、ユミルを破壊したのが自分が開発した武器だったと知らされ、塞ぎ込んでいるアリサに慰めなければいけないと分かっていても、クリスにはそんな余裕はなかった。

 むしろ今、彼女と顔を合わせてしまえば黒い衝動に任せて心にもないことを口走ってしまいそうな気がしてならなかった。

 

「ダメだな。やっぱり僕はあの人みたいになれないか……」

 

 思わず自嘲する。

 分かり切っていたことだが、自分の何もかもが“彼”に劣っていると自覚する。

 “彼”ならば、例え預言があったとしてもユミルを守れただろう。

 “彼”ならば、憎しみに駆られることなく、クロウや帝国解放戦線を打倒していただろう。

 “彼”ならば、この内戦をもっと早く平定させることができただろう。

 考えれば考える程、ここにいるのが自分ではなく“彼”だったら良かったのに、と思ってします。

 

「あ……」

 

 思考に耽っていると背後で声が聞こえて来た。

 誰が、と思って振り返るとそこにはキーアがいた。

 

「何をしているんだい? 明日は早いんだからもう休まないと」

 

「うん……それは分かっているんだけど……」

 

 居心地が悪そうにキーアは頷く。

 しかし踵を返して寝床に戻ろうとはせず、クリスの横に立ってヴァリマールを見上げた。

 キーアに夜更かしをさせたと知られたら、ロイド達にどんな小言を言われるかと場違いなことを考えながらクリスも改めてテスタ=ロッサを見上げる。

 無言のまま、互いの乗騎を見上げて思案に耽る。

 そして長い沈黙を破ったのはキーアだった。

 

「キーアは……弱いね……」

 

「ああ……僕も弱い……」

 

 キーアの呟きにクリスは共感して頷く。

 

「《騎神》の力を十全に使いこなせれば預言の強制力だって跳ね除けることができるはずなんだ。あの人がそうして来たみたいに」

 

「そうなの?」

 

「ああ、帝都での暗黒竜から始まったエンド・オブ・ヴァーミリオンとの戦いやノーザンブリアでのデミウルゴスとの戦いとか……

 それこそ天変地異とも言える異変をあの人は何度も跳ねのけて見せたんだ」

 

「ノーザンブリア……デミウルゴス……え……?」

 

 クリスが悔し気にもらした言葉にキーアは自分の耳を疑う。

 

「ノーザンブリアでデミウルゴスと戦ったの?」

 

「え……ああ、情報統制されていたから君は知らないのも無理ないか」

 

 キーアの反応に苦笑をしてクリスは《彼》の偉業を語り出した。

 クリスは堰を切ったように饒舌に語り出し、ついでに《Rの軌跡》をキーアに布教する。

 キーアは戸惑いながらも、後で読んでみるとその本を受け取る。

 クリスはトールズ士官学院に一年早く入学した経緯を話しながら、帝都での騎神戦の激しさを熱く解説する。

 キーアはヴァリマールや“彼”の活躍に熱心に耳を傾けて、相槌を打つ。

 クリスは続けてノーザンブリアでの特別実習の武勇伝を誇らしげに語りつつ、《塩の杭》の錬成とそれを利用して顕現した《幻の至宝》の事を話す。

 キーアはその話を聞いて頭を抱えた。

 

「超帝国人、こわい……」

 

 自分が誰に喧嘩を売っていたのか、自分がどれだけ思い上がっていたのか理解してキーアは震える。

 

「そんな大げさな……そう言えばキーアってどことなくナユタちゃんに似ているような……」

 

「ナユタって誰!?」

 

「誰って……さっき言っていた二代目《幻の至宝》のことだよ」

 

「――――っ」

 

 事も無げに告げられた事実にキーアは言葉を失う。

 クリスはキーアのことを《零の至宝》としてしか認識していないが、《幻の至宝》とはそれこそ《零の至宝》の原形とも言える存在。

 いつの間にか存在していた自分の姉妹という存在にキーアは驚きながら、《零の至宝》の錬成が二番煎じになっていたことに超帝国人の偉大さを思い知らされる。

 

「超帝国人、こわい」

 

 キーアは繰り返す。

 そんなキーアにクリスは首を傾げつつ、空を見上げて別のことを呟く。

 

「そう言えば、兄上も覚えていなかったな……」

 

 キーアに渡した《Rの軌跡》の一巻のこともあり、もしかしたらと思って尋ねてみたが返って来た答えは予想通りのものだった。

 《Rの軌跡》はオリヴァルトがお忍びでリベールを旅した時の物語。

 主人公とオリヴァルトの違いについて、彼も首を傾げていたが物語を脚色する程度のアレンジと言う認識程度で違和感から不自然に気を逸らしているような言動をしていた。

 

「何だろう……この気持ちは……」

 

 “彼”と兄の間には特別な絆、信頼関係があったはずなのに脆くも崩れてしまったことに複雑な気持ちを抱く。

 それが因果を自在に紡ぐ《黒》の力だと分かっているのだが、特別だと思っていた兄が普通でしかなかったことに気付いてしまった。

 兄を尊敬する気持ちが消えたわけではないのだが、虚脱感のような失望を抱かずにはいられない。

 

「僕がしっかりしないと……」

 

 《黒》に対抗できるのは《騎神》に選ばれた起動者のみ。

 その事実を改めて認識したクリスは決意を新たにする。

 

「ここにいましたか」

 

 そんな二人の背中に清廉な声が掛けられた。

 

「っ――」

 

「あ……」

 

「お久しぶりです、御子殿。それにアルノールの子も」

 

 兜を脇に抱えたアリアンロードは静かに一礼して二人に歩み寄る。

 

「壮健そうで何よりです御子殿、いえキーアと呼ぶべきですかね」

 

「うん……ありがとう」

 

 アリアンロードの言葉にキーアは複雑な声で礼を返す。

 

「……どうやらヴァリマールの力を借りて半分《不死者》となっているようですね……

 それこそ《彼》と同じような状態というわけですか」

 

 キーアの状態を見て、アリアンロードは短命であったはずのキーアがまだ生きている理由を察する。

 《灰の騎神》の起動者がキーアにすり替わったことに思う所がないわけではないが、アリアンロードは不満の言葉を呑み込む。

 

「それにしても随分と派手に壊しましたね」

 

 傷付いた騎神達を見上げて、その惨状にアリアンロードは嘆息する。

 

「だから何だって言うんですか?」

 

 《テスタ=ロッサ》の損傷の大半は貴女のせいだという言葉を呑み込んでクリスは憮然とした言葉を返す。

 

「彼らを直す当てはあるのですか?」

 

「それは……」

 

「ないのならイストミア大森林に行くと良いでしょう」

 

「イストミア大森林……ってどこ?」

 

 アリアンロードから出て来た地名にキーアはクリスを振り返る。

 

「サザーランド州、セントアークの西にある森のことだよ……そこにいったい何があるって言うんですか?」

 

「イストミア大森林は魔女の隠れ里があります……

 傷付いた《騎神》を修復するならば帝国の中でももっとも適した霊場でしょう」

 

「魔女の隠れ里……それってエマの故郷ですよね? 貴女がそれを教えても良いんですか?」

 

「良いですかアルノールの子……

 魔女の自主性に任せてしまえば、彼女たちは事態が取り返しのつかない段階になるまでその重い口を開くことはありません」

 

 断言する言葉には有無を言わせない実感が籠っていた。

 その迫力にクリスとキーアは思わず唾を飲む。

 

「よ、用件はそれだけですか?」

 

 イストミア大森林のことは改めてエマに尋ねてから決めようと考え、クリスは話を切り上げようとする。

 

「いえ、これからが本題です。アルノールの子、どうやら武装デバイスの選択がまだのようですね」

 

「《テスタ=ロッサ》には“千の武具”があります。必要ないでしょう」」

 

 先程のクロウとの戦いでの横槍を入れられたことを思い出しながら、クリスは子供じみた反抗心からぞんざいな言葉を返す。

 

「それで《蒼》に勝てると考えているのなら甘い」

 

 クリスの答えにアリアンロードははっきりと断言する。

 

「詳しく語ることはできませんが、エンド・オブ・ヴァーミリオンを使いこなせない貴方では勝ち目はないでしょう」

 

「っ――」

 

 想定される《蒼の王》がどれだけの力を持っているか分からないが、合体パーツの一つに過ぎないゴライアスの絶対防御を抜くことに四苦八苦していただけにその指摘に反論できなかった。

 

「そんなのやってみなければ分からないだろ!」

 

 語気を荒くしてクリスは反発する。

 

「それとも敵である貴女が武装デバイスを恵んでくれるとでも言うんですか?」

 

「はい、そのために私はここに来ました」

 

 クリスの言葉にアリアンロードはあっさりと頷く。

 

「え……?」

 

「アルグレオン」

 

 アリアンロードの呼ぶ声に《銀》は立ち上がり、背負っていた布包みを手に取ると音もなく大地に突き立てた。

 

「これは……剣……?」

 

「剣だけど……」

 

 巻かれた布が取り払われ、露わになった中身にクリスとキーアは困惑する。

 それは鍔も柄もない、かろうじて“剣”の形を取っている鋼の棒。

 

「ええ、《鋼の剣》です」

 

 クリスとキーアの困惑を他所にアリアンロードは彼らが漏らした呟きを肯定する。

 

「これを貴方に譲りましょう。今の私よりも貴方が持つことの方が相応しいでしょう」

 

「…………」

 

 アリアンロードの施しにクリスは顔をしかめる。

 《鋼の聖女》にして《槍の聖女》だった彼女が差し出した《鋼の剣》。

 自分を象徴する《鋼》に、彼女の本領は《槍》なのに《剣》。

 これ見よがしな御下がりの施しはクリスの自尊心を逆撫でするには十分だった。

 

「っ――馬鹿にするなっ!」

 

 クリスの叫びに呼応して、《テスタ=ロッサ》が立ち上がって差し出された《鋼の剣》を払い除ける。

 

「クリスッ!? ヴァリマールッ!」

 

 クリスの突然の凶行にキーアは驚きながらも“彼”を呼ぶ。

 

「応っ!」

 

 ヴァリマールは返事をしながら、払い除けられた《鋼の剣》を空中で受け止め、夜の静寂を守る。

 ヴァリマールのファインプレイにほっと胸を撫で下ろしているキーアを他所にクリスはアリアンロードを睨んで叫ぶ。

 

「何が《鋼の剣》だっ!? お前の力なんているもんか!」

 

「ですが――」

 

「クロウなんて僕の力だけで倒してみせるっ!」

 

 一方的に叫んでクリスは踵を返し――

 

「クリスッ! この《剣》は――」

 

 駆け出そうとしたクリスの背をキーアが呼び止める。

 

「いらないって言っているだろっ!」

 

「でも――」

 

「っ――それなら君が使えば良いじゃないか! とにかく僕は《鋼の聖女》の施しなんて受け取らないからなっ!」

 

 そう言い捨てるとクリスは今度こそその場から駆け出した。

 

「えっと……」

 

 ヴァリマールの手の中にある《鋼の剣》と《鋼の聖女》を交互に見比べてキーアは困り果てる。

 

「あの……」

 

「…………そうですね。もし貴女が良ければその《剣》を受け取ってもらえますか?」

 

 何故とクリスがあれ程の反発したのか首を傾げつつ、アリアンロードはキーアに向き直り提案する。

 

「でも……この《剣》はあの時、貴女とあの人がぶつかり合ってできたものだよね?」

 

 それこそ自分が持って良いものではないとキーアはヴァリマールに《鋼の剣》を差し出させる。

 

「貴女が気に病む必要はありません。責められるは貴女の状況を利用した我々《結社》が負うべきもの」

 

「でも――」

 

「それでも納得できないのなら強くなりなさい」

 

 渋るキーアにアリアンロードは優しい口調で諭す。

 

「自分の弱さを認め、《剣》に相応しくないと思うのなら相応しいと思えるように強くなりなさい……

 そして貴女の手でその《剣》を“彼”に返して上げてください」

 

 それに“零の気”を《鋼の剣》に帯びさせることができたのなら、という思考をアリアンロードは胸に秘める。

 

「それじゃああなたはどうするの? これは《黒》との戦いに必要なんでしょ?」

 

「必要ありません」

 

「でも――」

 

「あの戦いで私は新たな境地を見出すことができました。それをモノにするためにもその《鋼の剣》は重荷でしかありません」

 

 そう言ってアリアンロードは踵を返し、《銀》は無言でその場に膝を着く。

 一人残されたキーアはヴァリマールの手に残された《鋼の剣》を見上げて途方に暮れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 








 後日譚その1
ダーナ
「キーアちゃん、その《剣》見せてもらえる?」

キーア
「え……? はい、どうぞ」

ダーナ
「ありがとう……《焔》と《大地》の器を錬成した《鋼の剣》。本当にできるなんて……」

クリス
「……………………」

キーア
「えっと……やっぱりクリスが使う?」

クリス
「て、帝国男児に二言はない……ぐぬぬ……」





 後日譚その2
アプリリス
「このような時に提案するのは皇子達に心苦しいのですが……」

オリヴァルト
「おや、どうしたんだいアプリリス君?」

アプリリス
「実はハリアスク広場にヴァリマールと《超帝国人》の像を造らせて頂きたいんです」

オリヴァルト
「《超帝国人》の像だって?」

アプリリス
「ええ、帝国にノーザンブリアを救って頂いた恩を忘れないために、形あるものを残そうと考えた次第です」

オリヴァルト
「それにしたってどうして《超帝国人》なんだい?
 あれは確かに帝国史に残る伝説的な存在だがそんなものを造ろうものなら貴族派がうるさくなると――」

クリス
「アプリリスさんっ! 是非造ってくださいっ!」

オリヴァルト
「セドリック?」

クリス
「例え兄上だろうとこれは譲れません。いえ、父上やオズボーン宰相が異議を唱えたとしても僕が必ず認めさせますっ!」

オリヴァルト
「セドリックが燃えている……くっ……こんなに成長したとは……」




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