(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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29話 束の間の葛藤

 

 

 

 

「それじゃあこれからの方針を話そうと思う」

 

 カレイジャスの作戦室においてクリスは仲間たちを見回して話し合いを始める。

 

「ひとまず僕はセントアークに着いたらイストミア大森林、エマの故郷である《魔女の里》に《騎神》の傷を癒すために行くつもりなんだけど良いよね」

 

「ちょっと待ってください」

 

 クリスの提案にさっそくエマは待ったを掛ける。

 

「どうしてクリスさんがエリンのことを知っているんですか?」

 

「それは……《鋼の聖女》が教えてくれた」

 

「っ――あの女は……」

 

 クリスの答えにセリーヌが顔をしかめてため息を吐く。

 

「まあ良いわ。エリンのことはエステルとヨシュアの二人にも話してあるから、もう黙っていてもあまり意味はないしね」

 

「え……セリーヌ!?」

 

 そんなこと聞いてないと使い魔から告げられた言葉にエマは自分の耳を疑う。

 自分よりも融通が利かないと思っていた使い魔の変化にエマは複雑な気持ちになる。

 とは言え、損傷が激しい《騎神》を直さなければいけないという案に異論を挟むこともできず、エマは口を噤む。

 

「それで大勢で《魔女の里》を訪ねるのはエマ達にとっても本意じゃないだろうから、僕とキーアの二人で――」

 

「三人よ」

 

 クリスの言葉を遮って、セリーヌが訂正する。

 

「三人?」

 

「ええ、大破した《騎神》は三体。そうよね?」

 

 そう言ってセリーヌはクリスでもキーアでもない人物に振り返った。

 その人物はセリーヌの視線に応えようとしなかった。

 

「アンタよアンタ、《金の起動者》ルーファス・アルバレア」

 

 カマかけだと思われたのか、誤魔化そうとする《C》にセリーヌは半眼になってその正体を口にする。

 

「え……ルーファスさん……?」

 

「《金の起動者》?」

 

 セリーヌの指摘にクリスとエマは揃って首を傾げる。

 ルーファスはクロスベルの総督として、自分達を送り出した。

 クリスに至ってはすぐに仮面の下の正体を確かめたのだが、髪の色も違えば、左腕が動かなくなっているルーファスとは違い五体満足の人物であり別人だと納得していた。

 エマは先の戦闘で《緋》と《灰》、それに桃色の機甲兵しか見ておらず、《金》の姿がなかったことに首を傾げる。

 

「……やれやれ、こうも早くバレてしまうとはね」

 

 《C》は肩を竦めて、頭を覆い隠した仮面に手を掛けて、脱ぐ。

 その下から出て来た顔はクリスが以前に見た者とは違っていた。

 

「なっ――!?」

 

「クロスベルにいるはずじゃ……」

 

 金色の髪に整った顔立ちの貴公子。

 セリーヌが言った通り、ルーファス・アルバレアがそこにはいた。

 

「参考までに教えてもらえるかな? どうして私だと分かったのかな?」

 

「犬程じゃないけど、あたしだっての鼻が利くのよ。それに……」

 

「それに?」

 

「ヴァリマールと一緒にあれだけの大立ち回りをしていたのよ。隠す気なんてなかったんじゃないかしら?」

 

「私としてもあそこで目立つことは不本意だったさ」

 

 セリーヌの指摘にルーファスは自嘲する笑みを浮かべる。

 

「ちょっと待ってください。どうしてルーファス教官が《C》になっているんですか?

 あの時確かめた人は? それにクロスベルにいるルーファスさんは? その左腕はだって動かないはずじゃなかったんですか?」

 

 我に返ってクリスはルーファスに質問を重ねる。

 

「順に応えよう……

 君に見せた顔は予め変装していたものだよ。髪の色は染め、照明を薄暗くしていたこともあってうまく誤魔化せたようで何よりだ」

 

「なっ……」

 

「クロスベルにいるルーファスは逆に私の変装をしてもらった影武者だ……

 クレア君とレクター君にはちょっとした取引をしてもらって協力してもらったのだよ」

 

「《鉄血の子供》の二人を丸め込むなんて、何をしたんですかね?」

 

「ふふ、それは御想像にお任せするよ」

 

 サラの疑問をルーファスは軽く流し、最後にルーファスは動かないはずの左腕に視線を落とす。

 左腕の負傷は彼がアルバレア公爵家から廃嫡された理由。

 いったいいつから完治していたのか、何故治っているのにクロスベルに左遷されたことを甘んじて受け入れていたのか。

 クリスは様々な可能性を考えながら答えを促す。

 

「その左腕はいつから完治していたんですか?」

 

「完治などしていないよ」

 

「え……でも……」

 

「そもそも最初から動かせなくなっていたのは嘘なのだから」

 

「…………うそ……?」

 

「おや、君は気付いていなかったのかな? 《彼》はすぐに気付いていたのに」

 

「っ……」

 

 揶揄う言葉にクリスは思わず言葉を呑み込む。

 

「やっぱり腹黒……」

 

「まっ……俺達を士官学院に雇い入れる理由作りになっていたから文句はないけどな」

 

 ナーディアとスウィンは《C》の正体も左腕のことも知っていたかのような態度にクリスは顔をしかめる。

 

「そのことでユーシスがどれだけ気をもんでいたのか、貴方は知っていたはずだ」

 

「それはアルバレア家の問題であって君が気にすることではない」

 

 クリスの指摘をあっさりと聞き流すルーファスにクリスはさらに顔をしかめる。

 

「いったいどうして貴方が僕達について来たんですか?

 左腕の負傷が嘘だと言うなら、まだ貴族連合と繋がっていると言う事なんですか?」

 

 クリスの言葉に艦橋の空気が張り詰める。

 

「安心したまえ、私がアルバレア家を廃嫡されたことは紛れもない事実……

 内戦に介入しようとしているのは極めて個人的な理由からだ」

 

「個人的な理由?」

 

「君も《彼》に起動者の本当の戦いの事がいつ起こるのか、教えてもらっただろう?」

 

「それは……」

 

「もはや槍さえ不要の境地に至っている《聖女》にこれ以上差を付けられないためにも、この内戦で私は《騎神》の力を試したいのだよ……

 そしてこれは君も他人事ではないはずだ」

 

「…………」

 

 ルーファスの指摘にクリスは押し黙る。

 思い出すのは今朝、オスギリアス盆地を出発する直前にキーアがアリアンロードに掛けた言葉が切っ掛けで起きた一騒動。

 

「だから安心したまえ、この内戦においては私は君を裏切ることはない」

 

 真っ直ぐとに見つめて来るルーファスの眼差しにクリスは肩を竦めて大きくため息を吐く。

 彼が本当の事を語っているのか、クリスには分からないがユミルでの正体を隠そうとしなかったことからひとまず信用することにする。

 

「さて、話を逸らしてしまったね……

 セリーヌ君の言う通り損傷した《騎神》達を直すためにも私も《魔女の里》へ行かせてもらおう」

 

「え……? あ……」

 

 《C》が使っていた桃色の機甲兵のことを思い出してクリスは首を傾げる。

 

「ちょっと待ってください! じゃああの機甲兵の正体はエル=プラドーなんですか!? あの派手な金ぴかがどうして桃色になっているんですか!?」

 

「ははは、そんなもの装甲を塗料で塗り潰せばどんな色にもできるさ」

 

 悪びれもせずに告げられた所業にクリスは顔を引きつらせる。

 帝国の伝説的な存在である“大いなる騎士”にそんな大それたことをできる胆力はある意味で尊敬に値する。

 

「……もう良いです」

 

 本題に入る前に疲れ切ってしまったクリスは息を大きく吐き、改めて切り替える。

 

「とにかくセントアークに着いたらひとまず二手に分かれて行動しよう」

 

 魔女の里へ赴くのは起動者三人と魔女であるエマとセリーヌ。

 そして最前線であるセントアークからひとまずユミルの民をパルム方面に避難させるのに同行するのをサラを筆頭にして残りの仲間達に任せる。

 

「アリサはどうするつもり?」

 

「アリサは……」

 

 サラの指摘にクリスは口ごもる。

 会議の呼び掛けはしたものの、アリサは宛がわれた個室から出てこようとしなかった。

 茫然自失となっていたアリサに無理もないとクリスは思う。

 ラインフォルト社爆発事件から始まり、イリーナは意識不明の重体。シャロンは生きているのが絶望的な行方不明。

 家族の不幸に加えて、機甲兵が使いユミルを滅ぼした兵器、《ダインスレイヴ》は基礎理論をアリサが作り上げた兵器だった。

 その事実にアリサは打ちのめされたのか、《結社》によって土砂に埋まっていた《ティルフィング》から救助された彼女は一言も話せていない。

 

「イリーナ会長にはアンゼリカ先輩が護衛をつけてくれたんですよね?」

 

「ああ」

 

 クリスの確認にアンゼリカが頷く。

 以前のザクソン鉄鉱山で解放戦線が起こした事件を切っ掛けにログナー侯爵の在り方に疑問を感じていた軍人は多かった。

 彼らによって燃えたログナー邸から別の場所に軟禁されるはずだったアンゼリカは解放され、足代わりに《機甲兵》まで用意してもらって送り出された。

 

「むしろ彼らによって私は送り出されたと言うべきでしょうね」

 

「そうですか……領邦軍の中にそういうまともな貴族がいてくれるのは朗報なのかもしれないですね」

 

 ユミルの惨状を思えば決して許せるものではないが、そう言う貴族がいてくれることにクリスは安堵する。

 

「ならアリサはテオさん達と一緒に難民として保護してもらう方が――」

 

「その必要はないわ」

 

 徐に扉が開き、クリスの言葉を遮ったのはアリサだった。

 

「アリサさん……もう大丈夫なのですか?」

 

 やつれた顔で入って来たアリサにエマが慌てて駆け寄る。

 

「ええ、ごめん。心配かけたわね」

 

 明らかにやせ我慢をしていると分かる顔でアリサはそれに答え、クリスに向き直る。

 

「私は大丈夫よ。だからこれから先の作戦にも参加するわ」

 

「アリサ……」

 

「病院でした約束はまだ有効よね? だから私はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのよ」

 

 ラインフォルト社を守るためにアリサがクリスと交わした二つの約束。

 皇族の後ろ盾と《大地の霊薬》。

 その二つのために挫けそうになっている心を無理やり奮い立たせているのが分かる。

 

「ふーん……でもアリサはハイデルのおじさんのことは良いの?」

 

 アリサの鬼気迫る様子に躊躇っていた質問をシャーリィが単刀直入で尋ねる。

 

「っ――」

 

「今ならあのおじさんに止めを刺すなんて簡単だけど、そこのところはどうするつもりなの?」

 

 息を呑むアリサにシャーリィは容赦なく質問を重ねる。

 今回、ログナー家がアリサにしたことはあまりにも多い。

 

「…………あの人のことはもう良いわ」

 

 拳をきつく握り締め、アリサは血を吐くように答えを絞り出す。

 

「この内戦を終わらせて、ハイデルもゲルハルト侯爵の罪も全部帝国政府の司法に任せるわ……

 その上でハイデル卿には減刑を取引材料にしてラインフォルトに尽くしてもらう……それが私が考えられる落し所よ」

 

「アリサ……」

 

「母様やシャロンを奪ったあいつらは許せないわ! でも私の手だってもう……」

 

 ティルフィングの中から見ていることしかできなかった光景をアリサは思い出して体を震わせる。

 次々とユミルの山に放たれていく“ダインスレイヴ”の鉄杭。

 それが引き起こした火山の噴火と山崩れ。

 この時アリサはようやく列車砲を生み出してしまったと嘆いていた祖父の嘆きの意味を理解した。

 

「…………分かった」

 

 深く追及することはせずクリスはアリサの同行を認める。

 最初に疑問を投げかけたシャーリィもアリサの答えに満足したのか、それ以上の追及はしなかった。

 

「アリサのことはこれで良いとして、肝心のあんたはどうするつもりなの?」

 

 サラの言葉にクリスは気持ちを切り替える。

 

「確かクリスはオリヴァルト殿下に自分に代わって正規軍の旗印になって立ち上がって欲しいと言っていたな」

 

 ガイウスがオスギリアス盆地でオリヴァルトが提案していたことを思い出す。

 

「今の貴族連合が正規軍を、ひいてはオリヴァルト殿下を攻撃する理由は、彼らがオズボーン宰相を狙撃した犯人だとセドリック殿下のお墨付きがあるから」

 

「だけど、あのセドリック殿下は……」

 

 トワの呟きにジョルジュがクリスに改めて視線を送る。

 

「……おそらく彼は貴族連合が用意した“僕”の替玉でしょう」

 

 貴族連合が“彼”を用意した理由は理解できるが、不条理を感じずにはいられない。

 

「今の内戦はセドリックと兄上の皇族の継承権争いに置き換わろうとしている……

 この戦いが続けば、どちらかの勢力が滅ぼされるまで争いは止まらないというのが兄上の見解だ」

 

「だが、ここでセドリックが名乗りを上げて自分こそが本物の“セドリック・ライゼ・アルノール”だと公言して立ち上がれば、貴族連合の大義名分を揺るがすことができる」

 

「貴族連合も一枚岩ではないので、生じた動揺の揺らぎからお兄様が《第三の風》となって、両陣営を仲介しようという話でしたね」

 

 クリスの言葉に続いて、エリゼ、アルフィンもまたオリヴァルトからされた提案を振り返る。

 

「…………それで本当に良いのかな?」

 

「セドリック?」

 

 クリスが漏らした呟きにアルフィンは首を傾げる。

 

「何を言っているの? 本物のセドリックは貴方で、帝都にいるセドリックは偽物なのよ! だったら私たちに正義があるはずよ」

 

「だけどそうやって貴族連合を倒したとして、その後はどうなるの?

 正規軍がケルディックでしたみたいに関わった貴族をみんな処刑するって言い出したらどうするんだ!?」

 

「それは……」

 

「御言葉ですが殿下」

 

 口ごもるアルフィンに代わってアンゼリカがクリスの疑問に答える。

 

「貴族連合は既に一線を超えてしまっています。温情は嬉しいですが、四大名門は私も含めここで滅びるべきでしょう」

 

「アンちゃん!?」

 

「アン!?」

 

 突然何を言い出すのだとトワとジョルジュはアンゼリカの言葉に驚く。

 

「クロウは……彼らはどんな理由があったとしてもオズボーン宰相を狙撃して暗殺した……

 仮にオリヴァルト殿下の仲裁が成功したところで、貴族連合の重鎮を生かしておけば、第二第三のオズボーン宰相が現れた時、彼らはまた暗殺と言う方法で自分達の都合を押し通すでしょう……

 いえ、セドリック殿下の偽物を用意しておくくらいです……

 次の暗殺の対象にされるのは、それこそクリス君やオリヴァルト殿下達になることも十分に考えられることでしょう……

 そう言う意味ではオリヴァルト殿下の考えは楽観的としか言えません」

 

「アンゼリカ先輩……」

 

「ですが、これだけは覚えておいてください……

 領邦軍には立場故に、間違っていると分かっていても従わなければならない者達や帝都のセドリック殿下が本物だからと純粋に信じている者もいるでしょう……

 責任は全て、この内戦を引き起こした私たち四大名門が負うべきことだと進言させていただきます」

 

 悪ふざけがないアンゼリカの態度に一同は呆気に取られる。

 貴族としての毅然とした態度のアンゼリカに、それこそ彼女こそ偽物ではないかと言いたくなるのをクリスは堪える。

 

「じゃあどうすれば良いと思いますか?」

 

「それは……」

 

 口ごもるアンゼリカを尻目に、クリスは我関せずと言う態度を取っているルーファスに視線を向ける。

 

「ふふ……」

 

 彼は優雅に微笑むだけで何かを提案しようとする素振りは見せない。

 どうしたものかとクリスは嘆息して――そこに新たな乱入者が現れた。

 

「セドリック殿下、御報告があります」

 

 会議室に入って来たミュラーが険しい顔で報告する。

 

「予定ではセントアークに着陸するはずでしたが、航路をパルムに変更させていただきます」

 

「パルム? たしかクルトの故郷だったよね?」

 

「ああ」

 

 キーアの呟きにクリスは頷きながらミュラーに聞き返す。

 

「何かあったんですか?」

 

 オーレリアの計らいにより、オスギリアス盆地から特別にオルディスを掠める形でセントアークに向かっていたはず。

 航路変更するような理由に考えを巡らせながらミュラーの答えを待つ。

 

「実は……我々が君達を迎えに行った後、正規軍はドレックノール要塞に強襲を掛けたらしい……

 その戦闘の余波でイストミア大森林に火の手が上がっているようだ」

 

「え……?」

 

 ミュラーの報告にエマは徐に席を立ち、次の瞬間駆け出した。

 そしてカレイジャスの甲板に出たエマは眼下を覆い尽くす大森林の先、カレイジャスが進路上に立ち昇る巨大な炎を見た。

 

 

 

 

 

 

 








槍さえ不要となった境地

キーア
「あ、あの! どうすればあなたみたいに強くなれますか!?」

クリス
「キーア、そんな帝国人にとって畏れ多い質問をするなんて……」

《C》
「だが彼が錬成した《剣》を不要と言い切った根拠は確かに知りたいものだね」

アリアンロード
「……良いでしょう。これが“彼”によって得られた私の新たな境地です。《金剛》――」

クリス
「うわ……えげつない量の闘気が聖女の右手に集まってる」

《C》
「これは凄まじいの一言では済まないな」

アリアンロード
「私のこの手が光って唸る! 貴方を――」

キーア
「それ以上はダメ―ッ!」



テイク2

アリアンロード
「こほん……《鬼の力》とはすなわち、《焔》と《大地》の至宝の力です」

キーア
「えっと……」

アリアンロード
「零の御子である貴女には縁のない話ではありますが、それぞれの“力”を汲み取った新たな技……
 左手に靭き大地の力を宿した《大地の盾》……
 右手には私の250年の研鑽の末に編み出した全てを貫く“天雷の右腕”……
 そしてここに猛き焔の一撃を加えた、その名も《天地魔――」

キーア
「だからダメだってばっ!」



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