どうにか今年中の投稿が間に合いました。
一年間、皆さまお付き合いいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。
エレボニア帝国の中でも最大の規模を誇るイストミア大森林。
周辺の街には様々な伝承や噂話が数多く存在している。
曰く、森の最奥には吸血鬼が住んでいる。
曰く、森の最奥にはとある冒険家が残した金銀財宝や最強の武器防具が存在している。
曰く、森の中には異世界に通じる扉が存在している。
眉唾な噂ばかりだが、中にはそれを証明する事実も存在している。
迷いの森とも呼ばれ、森の奥に進んでもいつの間にか別の場所に出てしまう。
とにかく不思議な森であり、去年の暮れには謎の光の爆発によって西側の一部が消滅している天災も起きていることもあって地元の住人にとっては積極的に関わろうとする者はいない。
そんな迷いの森の中を巨大な機械の人形達が疾走する。
「しょ、将校殿……これ以上進めば……」
「ええい、うるさいっ!」
追従する部下に将校は怒鳴り声を返す。
「愚かな平民どもめ」
木々を躱しながら奥へ奥へと機甲兵を走らせる。
左手に握った人質の事など配慮せず、その将校は自分にひれ伏せなかった正規軍への苛立ちを口にする。
「私は次の四大名門になる男だと言うのにっ!」
自身の領地であるサザーランド州を戦って取り戻そうともしないハイアームズ侯爵家を押し退けて四大名門になる野望。
そのための功績として逆賊であるオリヴァルトの首印を上げるはずだったのに、悉く《機神》が邪魔をしてくれた。
「どいつもこいつも人の話を聞こうとしない……これだから平民はっ!」
自分が人質を使ったことを棚上げして、家族を悩まず切り捨てた冷血な少年を罵る。
「止まれっ! 逃げるなっ! 人質を解放しろっ!」
「うるさい黙れっ!」
自分達の後方を走り追い駆けて来るドラッケンからの怒声に彼もまた怒鳴り声を返す。
幸いなことに隊長機であるシュピーゲルと一般用のドラッケンの間には走行速度の差はほとんどなく、生い茂る木々を躱しながら進む彼らの間の距離は縮まることはない。
「くそっ……」
単騎で突出してしまったこと。
中々縮まらない距離にナイトハルトは表情を曇らせる。
「いっそう機体を捨てるか……いや、それはダメだ」
不慣れな機甲兵での追跡を諦めて、己の足を使って追い駆けることをナイトハルトは考えるがその案をすぐに却下する。
森の中で速度は落ちているとはいえ、導力車並みの速度で移動している。
どちらかと言えばパワーファイターであるナイトハルトに導力車を生身で追い越す《紫電》のような真似はできない。
仮に追い付けたとしてもフィオナが囚われている隊長機の他に二機の機甲兵がいる。
隊長機ではないにしても生身で相手をするには手こずる。
「くそっ……」
現状、地道な追いかけっこをするしかないことにナイトハルトは悪態を吐き――
『ナイトハルト教官、そのまま真っ直ぐ走って下さい』
「エリオット?」
通信の直後、戦術リンクが結ばれる感覚を受けナイトハルトは何事かと首を傾げたその瞬間――
『ダブルバスターキャノン』
「っ!?」
ナイトハルトが走らせる機甲兵のすぐ脇を野太い光線が貫く。
森を一直線に焼き払った砲撃の一撃は更にナイトハルトから離れるように横に薙ぎ払われる。
木々を、精霊信仰のものと思われる祭壇を、森に生きている魔獣や動植物を容赦なく薙ぎ払い、光の熱線は森を切り開き機甲兵が戦えるスペースを作り出す。
「な………なっ……悪魔めっ!」
脇目も振らずに逃げていた貴族連合の将校は振り返って叫ぶ。
「悪魔で良いよ……あなた達を滅ぼせるなら……」
炭化して倒れた木々を踏みつけ、砲撃の余波で森に着いた炎を背に琥珀色の《ティルフィング》がその道を戦車や装甲車を引き連れて現れる。
「…………クレイグ中将……」
その堂々とした佇まいにナイトハルトは殉職したはずの彼の父の面影を見る。
「そ、それ以上近付くなっ! 近付けばこの女を殺すぞっ!」
「貴様っ、この後に及んで……」
往生際の悪い将校の行いに憤慨しながらナイトハルトは彼女の姿を見て絶句した。
機甲兵の手の中でぐったりと項垂れて動かないフィオナは果たして生きているのか、死んでいるのか一目で判断できなかった。
機甲兵に握り締められた圧力か、剥き出しのまま森の中を走らされたからなのか、それとも先程の砲撃の余波か。
ともかく、彼女にはもう意識がないことは確かだった。
「…………」
そんな姉を前にして、エリオットは忠告を無視するように前へと踏み出した。
「き、聞こえないのかっ! それ以上近付くなっ!」
機甲兵が動く度にフィオナの体が揺れる。
「だから何?」
「っ……」
トールズでの彼を知っているだけに、ナイトハルトは黒い瘴気を感じさせる彼の声に耳を疑う。
「さっき言ったはずだよ? 例え姉さんを人質に取られたとしても僕はお前達を倒すって……」
「き、貴様っ! 肉親を見捨てると言うのか! それでも人間かっ!?」
「ふざけるなっ!」
「婦女子を盾にしている貴様が言えた言葉かっ!」
「何が貴族だっ! 恥を知れっ!」
貴族の言い分にエリオットよりも彼の取り巻き達が激昂する。
「うるさいっ! うるさいっ! 私は次期四大名門だぞっ! ハイアームズ侯の上に立つ私に平民如きが指図をするなっ!」
数多の怒号に怯むことなく言い返した将校は苛立ちのまま続ける。
「ええいっ! 役立たずが!」
あろうことか、シュピーゲルはフィオナを投げ捨てる。
「フィオナッ!」
「姉さんっ!」
「今だっ! 撃てっ!」
咄嗟にナイトハルトとエリオットが宙に投げ飛ばされたフィオナを追い駆ける。
どれだけ強がってもやはり肉親は捨てられないと読んでいた将校は二機の機甲兵に命令を飛ばす。
「で、ですが……」
「あの《機神》と《機甲兵》がなければ正規軍など烏合の衆に過ぎんっ! 貴様はこんなところで死にたいのかっ!」
将校の叱責に躊躇った機甲兵たちが空中のフィオナを追い駆ける二機の巨人に導力ライフルを向け――引き金が引かれる。
「がっ!?」
「ぐっ……」
都合、三機の一斉掃射を浴びせられた二つの巨人は大きく仰け反り――
「この程度で――」
しかし、ナイトハルトは腕に直撃を受けて爆散しようが構わず機甲兵を走らせ、剣を投げ捨てて手を伸ばす。
「フィオナッ!」
必死に伸ばした手がフィオナの――眼前で空を切る。
「――――あ……」
純粋にあと一歩足りなかったのか、それとも機甲兵越しの目算を誤ったのか。
フィオナを捕まえることができなかったナイトハルトは絶望に染まり――
「この馬鹿者がっ!」
「なっ!」
叱責の声と共に機甲兵の頭を蹴って、突然現れたその男はフィオナを空中で抱き締めると危なげなく大地に着地した。
「き、貴様は……」
「あなたは……」
その男は奇抜な格好をした男だった。
顔に紅の獅子のマスクにトレンチコートを身にまとった戦場には場違いな存在感を持つ男はナイトハルトとエリオットの動揺を無視してフィオナの容態を確かめる。
命に別状はないことに彼は安堵の息を吐いて、振り返る。
「ええいっ! 二人揃って情けないっ! それでもオーラフ・クレイグの息子で、部下なのかっ!?」
「っ――」
「くっ……」
男の叱責にエリオットとナイトハルトは悔し気に歯噛みする。
「特にナイトハルトッ!」
「は――はいっ!」
突然名指しされ、ナイトハルトは思わず背筋を伸ばし、機甲兵の中で敬礼をしてしまう。
「その程度でフィオナを娶ろうなど十年早いっ! 猛省しろっ!」
「はっ――」
勢いに任せて返事をしたところでナイトハルトは我に返る。
「待てっ! 私とフィオナ殿はそのような関係ではない。いや、そもそも貴様は何者だっ!?」
言い訳を口にしながら、ナイトハルトはフィオナを横抱きに抱えた男を観察する。
紅の獅子のマスクで顔を隠した不審者。
フィオナを助けてくれたが、正規軍にこのような者はいなかったと警戒心を強める。
「ナイトハルト教官、彼は父さんの知人の紅獅子、レオマスクさんです」
「クレイグ中将の……?」
エリオットの説明にナイトハルトは記憶を反芻するが、このような知り合いがいるなどとそれこそ聞いたこともない。
「ふんっ! この後に及んで日和りおって」
「む……」
レオマスクの侮蔑の言葉にナイトハルトは顔をしかめる。
「何処のどなたか存じないが、フィオナ殿をこちらに渡してもらおう」
「それには及ばん。この娘は私が責任をもって安全な場所に運ぼう」
「貴様のような不審者にフィオナ殿を任せるわけにはいかん」
レオマスクとナイトハルトは睨み合って、視線の火花を散らせる。
「えっと……」
緊迫した空気が弛緩した雰囲気にエリオットは困った声をもらし――
「もらったっ!」
姉を無事に取り返した安堵の隙を突き、撃たれてもなお健在だった《ティルフィング》にシュピーゲルが剣を一閃。
「がっ!?」
思わぬ不意打ちを受けたティルフィングはその手から大剣を弾き飛ばされ、返す刃に吹き飛ばされる。
「くはははっ! この忌々しい騎神擬きがっ! 私の力を思い知るが良いっ!」
仰向けに倒れた《ティルフィング》にシュピーゲルは剣を振り下ろす。
「っ――このっ!」
振り下ろされる剣をティルフィングは腕を盾に立ち上がろうと試みるが、滅多切りに振り下ろされる剣戟に地面に縫い付けられる。
「ふはははっ! 所詮は子供! 貴様の武勇などその機体の性能によるものでしかないのだっ!」
一方的に嬲れることに気を良くして将校は叫ぶ。
そして、それは彼だけではなかった。
「思い知れ平民どもっ!」
「これで貴様たちも終わりだっ!」
ナイトハルトの《機甲兵》とエリオットの《機神》が無力化されたことで、随伴していた二機のドラッケンもまた息を吹き返したように暴れ回る。
取り囲むように展開していた歩兵の中を走り、戦車や装甲車を一方的に蹂躙して行く。
それはまるであの日、オズボーン宰相が狙撃された日の帝都の時のように。
「っ――調子に乗るなっ!」
「それはこちらのセリフだっ!」
せめてもの抵抗にエリオットが叫ぶと怒鳴り返される。
「平民が貴族に逆らうなっ! 貴様たちはそうやって這いつくばっているべきなのだっ!」
「ふざけるなっ! 人を何だと思っているんだっ!?」
「貴様ら平民など家畜に過ぎんわっ!」
「家畜だって……」
「ああ、そうだ……いや、家畜以下だ」
将校は言葉を改めて続ける。
「貴様ら平民はいつだってそうだ……
貴族の苦労も知らず、責任も果たせない場所から不平不満を撒き散らすだけの害悪な存在に過ぎん」
「そうやってお前達が僕達を見下すから――」
「見下しているのは貴様らの方だっ!
我等がどれだけの時をこの地を、民を守って来たと思うっ!?
それを貴様らはオーブメントの発展を理由にたった50年で掌を返して、我らを見下し蔑ろにし始めたっ!」
「っ――そんなこと僕が知るもんかっ!」
「それが貴様らの本性だっ!
人の不足をただ賢し気に批難するだけ! 都合が悪くなれば耳を塞ぎ何も責任を負おうともしない!
餌を求めて騒ぐだけの雛鳥でしかない貴様らを家畜以下と言って何が悪いっ!」
「それでも……それでもお前達は“悪”だっ!」
「そんな言葉など既に聞き飽きたわっ!」
シュピーゲルは渾身の力を溜めるように構えを変える。
「エリオットッ!」
動かないドラッケンを放棄したナイトハルトが剣を手にシュピーゲルに斬りかかる。
「邪魔だっ!」
「ぐっ――」
しかし、《機甲兵》の一閃が生身の人間を容易く弾き飛ばす。
「父親と同じところに逝けることをせいぜい女神に祈るが良いっ!」
シュピーゲルは溜めた剣を両手で《ティルフィング》に突き立てるように構え――
「そこまでだっ!」
「ぬおっ!?」
横からの砲撃を受けてシュピーゲルは大きくよろめく。
「何者だっ!? 不敬であるぞっ!」
倒れそうになるシュピーゲルが態勢を戻しながら叫ぶ。
しかし、返答は砲声。
撃ち込まれた散弾にシュピーゲルは崩れかけていた態勢を更に崩し、続く散弾が剣を持つ腕を、転倒を堪えていた足を砕く。
その光景に戦場が止まる。
そのタイミングを見計らって、両手に散弾銃を装備した深紅に塗られた《ドラッケン》が姿を現す。
「貴族連合の大将は僕が討ち取った」
「その声は……マキアス?」
聞こえて来た声にエリオットは深紅のドラッケンの操縦者を察する。
しかし、マキアスは何を思ったのか倒れた《シュピーゲル》と《ティルフィング》、両方に銃口を突き付けて叫ぶ。
「帝国正規軍、君達の《ティルフィング》は僕が押さえた……
双方、武器を納めろ。これ以上の戦闘は認めない」
マキアスは両軍に呼び掛け、戦闘の中止を求める。
戦場は硬直したものの、誰もまだマキアスの言葉に従う素振りはない。
「…………驚いたな……こんなにも何も感じないなんて……」
そんな緊張を孕んだ空気の中、マキアスは拡声器を切って独り言ちる。
今、自分の目の前で貴族が倒れている。
待望した貴族を土に付けていると言うのに、マキアスの心中には虚しさどころか罪悪感を覚えていた。
直前の貴族の慟哭とも言える主張。
その意味の全てを理解できたわけではないのだが、図星と感じる部分もあり、自分の中の何かが大きく揺れていた。
「貴様っ! 誰に銃を向けているのか分かっているのかっ! 所属を言えっ!」
「今はそう言うのはどうでも良いんだ……
僕は貴族連合でも帝国正規軍でもない。とにかくこの戦闘を止めるために貴方からも部下に呼び掛けて下さい」
ようやく銃撃された衝撃から立ち直った将校が不敬だと叫ぶが、マキアスは冷静に聞き流し、停戦を促す。
「エリオット。君もだ」
「マキアス……」
マキアスに促されるものの、エリオットはただ《ティルフィング》の中から彼の機体を睨む。
「これ以上、戦火を広げることはどちらも望まないはずだ!
森に火まで点けて……このままじゃ内戦所の話じゃなくなってしまうだろっ! 戦う場所を考えろっ!」
イストミア大森林は帝国最大規模の森だ。
戦闘にかまけて森に点いた火を消そうなどとは誰もしていない。
もしもこの火が森全域に燃え広がりでもすれば、そこで起きる二次被害も含めてどれだけの災害になるか考えただけでも恐ろしい。
「ええいっ! 平民の分際で私に指図するなと言っているだろっ!」
「そんなこと、こいつらをみんな倒してからやればいい」
マキアスの言葉に二人は取り付く島もなく憎悪を叫ぶ。
「マキアスッ! 君なら分かるだろっ!? 貴族がどれだけズルくて汚いのか……
僕達は特別実習を通じて見て来たはずだっ!」
「それは……」
Ⅶ組として帝国各地を回った特別実習。
そこで起きた様々な事件には帝国解放戦線の影があった。
帝国解放戦線の影は即ち貴族連合の工作だった。
ケルディックの大市で盗難事件も、鉄道ジャックも、ノルドに戦争の火種を起こしたのも、夏至祭で暗黒竜を復活させたことも。
どこに行っても帝国解放戦線の暗躍があった。
「クロウや貴族連合は帝国をただ自分達の好きなようにしたいだけだっ!
そのためにオズボーン宰相を殺して、父さんを殺して、姉さんも殺そうとした!
マキアスのお姉さんだってそうやって貴族に殺されたんでしょ!?」
「小僧、言わせておけば――」
「同じことを繰り返すしかしないんだったらお前達はもうここで滅びるべきなんだっ!」
「あれが……繰り返される……?」
エリオットの叫びに感化されてマキアスの記憶が脳裏に蘇る。
日曜学校のテストで100点を取ったあの日、それが嬉しくて褒めて欲しくて従姉の家に行った。
そこでマキアスを出迎えたのは優しい笑顔ではなく、天上から吊るされたロープに首を括った変わり果てた従姉の姿だった。
「っ――」
それを思い出すとマキアスの胸の内に黒い感情が湧き上がる。
エリオットが纏う黒い焔がそんなマキアスの感情に燃え移る。
「お前達が……」
右手の散弾銃を突き付けた貴族の《機甲兵》に視線を落としてマキアスは操縦桿を握る手に力を込める。
「ふん……」
マキアスの殺気を感じて観念したのか、その将校は徐にハッチを開き巨大な銃口の前にその身をさらけ出す。
「ぐっ――」
引きかけた引き金を寸でのところでマキアスは堪える。
「舐めるなよ平民ども」
しかしマキアスの必死の制止に気付きもせず、将校は通信機を片手に声を張り上げる。
「我々は貴様らに屈したりしないっ!」
「――何を……?」
「サザーランド領邦軍、総員に最後の命令を告げるっ!」
黒い焔を纏い将校は全周波数に通信を繋げて命じる。
「戦って死ねっ!」
「なっ――」
「投降することなど許さん! 上に立つ者を敬う事を忘れた愚民どもを根絶やしにするために戦い、その血をエレボニアの未来に捧げよっ!」
「ふざけるなっ!」
ティルフィングが突きつけられた銃口を跳ね除けて、導力砲を将校に向ける。
「私は貴様らなどに媚びはせんっ! 投降などするものかっ! そしてこの命も貴様らになどくれてやるものかっ!」
光が収束を始める砲門を前に将校は怯むことなく叫ぶと、通信機を握る手とは逆の手に持ったスイッチを押す。
「フハハハハハッ! エレボニアに栄光あれっ!」
狂ったような哄笑を上げ、直後彼が乗っていた《機甲兵》から光が溢れ出し――
「なっ――」
「まずい」
咄嗟にマキアスはエリオットのティルフィングを押し倒して伏せる。
直後、《機甲兵》は焔と鉄を撒き散らして――自爆した。
*
「ウオオオオオオオオオッ!」
「エレボニアに栄光あれっ!」
そこは煉獄のような光景だった。
指揮官の最後の命令と自爆を皮切りに、敗走していた領邦軍が攻勢に転じた。
その勢いはもはや死を厭わない死兵。
最後の命令――呪いに突き動かされる形で一人でも多くの正規軍を道連れにしようと獣じみた声を上げて正規軍に襲い掛かる。
「滅びろ貴族共っ!」
「オズボーン閣下の仇っ!」
そして正規軍もまた彼らの空気――呪いに中てられたように獣と化して貴族連合に襲い掛かる。
血で血を洗う闘争が満ちた世界。
「…………」
その光景を睥睨したエリオットは《ティルフィング》を発進させ――
「待つんだエリオット」
その背にマキアスのドラッケンが再び銃口を突き付ける。
「ダメだ……これ以上戦ってはダメだ……みんな帰って来れなくなる」
「…………もう手遅れだよマキアス」
自分でも驚くほどに穏やかな気持ちでエリオットはマキアスに言葉を返す。
「もう僕の中の憎しみは止められない。それこそ貴族を根絶やしにしないとこの憎しみは治まらないんだ」
それは今戦っている正規軍も同じ。
貴族への憎悪が自分ではどうしようもなく闘争を求める。
「どうしてっ!? 君は軍人になるより音楽家になりたいって言っていたじゃないか!」
「マキアス……僕はずっと父さんに守ってもらっていたんだ……
僕が好きなことをできたのは父さん達、軍人が僕達を守ってくれていたからなんだ」
「だからってクレイグ中将が今の君を望んでいるはずないだろっ!?」
「僕はもう良いんだ」
エリオットは諦観を滲ませて首を振る。
「今の帝国には音楽なんて無力な“弱さ”に過ぎない……
今帝国に必要なのはオズボーン宰相のような“揺るぎない力”なんだ」
「エリオットッ!」
「誰かの“音楽”を守る……
父さんが僕にしてくれたように、友達の……みんなの“弱さ”を守るための軍人になる」
「それで君は良いのかっ!?」
「マキアス……僕を止めたいなら撃ちなよ」
エリオットから鳴りを潜めていた黒い瘴気が再び溢れ出す。
「できないよね? 戦術リンクを通して分かるよ。君には僕を撃てない」
そう断言してエリオットはティルフィングの歩を進ませる。
「エリオットッ!」
マキアスの叫びにエリオットは振り向かずに戦場へと突撃して行く。
「――――くそっ!」
血に染まりに戦場へと向かって行った友を止められなかったことを悔やんでマキアスは叫ぶ。
「僕は何て無力なんだっ!」
理を持って貴族を言い負かしてふんぞり返っていたくせに、エリオットを説得する言葉がまともに出て来なかった自分の底の浅さを呪いたくなる。
「オズボーン宰相……僕はどうすれば良いですか?」
かつて修正の拳としてオズボーンが打った胸に手を当てて、マキアスは亡き彼に思いを馳せる。
当然のことながら、思い出の中のオズボーンは何も語らない。
しかし――
「――それは違う……エリオット」
あの時感じた、拳の熱を思い出したマキアスは顔を上げた。
あの拳には確かに人を変革させる“熱”があった。
しかし、決してそれだけはない“温もり”もそこにはあった。
その“温もり”が“弱さ”と言って切り捨てることなどできるはずが――してはいけないとマキアスは漠然と思う。
「エリオット、僕は――」
その“温もり”に背中を少しだけ押されてマキアスは煉獄へと踏み込んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
煉獄に大音量の叫びが響き渡る。
「マキアス?」
突然の音にエリオットは何事だと振り返り、正規軍も貴族連合も戦闘の手を止め、警戒心をそのままに音の発生源――深紅の《機甲兵》を振り返る。
「君達、いい加減にしろよっ!」
マキアスの絶叫が戦場に木霊する。
「そんなに戦争が好きかっ!? 人殺しが楽しいか!?」
狭い操縦席の中、マキアスは頭をかき乱し勢い任せに戦場に説教をする。
この先、マキアスは自分は煉獄を味わうことになると分かっていながら、突き進む。
「貴族も平民も――それにエリオットッ!」
深紅の《機甲兵》は両手の散弾銃を投げ捨て、高らかに叫ぶ。
「戦争なんて下らないっ! 僕の歌を聞けっ!!」
エリオットが捨てると言ったものを拾い上げ、マキアスは戦場には場違いな歌を歌い始めた。
閃Ⅰの学院祭でのバンドを生かしたくてやりました。後悔はしていません。
ピコーン
《黒》攻略ルート『歌による説得』