(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いします。



軌跡シリーズの歌は楽曲コードがないようなので、歌詞の部分は頭の部分だけ書いて省略していますので、お手数ですが各自で補完してください。

これでもダメかもしれませんので警告が来たらこの話の話は書き直します。


追記
ファルコム様の楽曲は以下のコピーライトの貼り付けだけでよろしいみたいなので後日、この話は修正させていただきます。


1月11日の時点で修正しておきました。


使用楽曲

「 琥珀の愛 / 空を見上げて~英雄伝説 空の軌跡 ボーカルバージョン~ / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」

「 明日への鼓動 / 英雄伝説 閃の軌跡I オリジナルサウンドトラック / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」

「 閃光の行方 /英雄伝説 閃の軌跡II オリジナルサウンドトラック / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」





32話 歌の力

 そこはまごう事なき戦場だった。

 煉獄があればそこがそうだと言われても疑えない程の血と硝煙が満ちた戦場。

 貴族は平民を。

 平民は貴族を。

 我が身を顧みず、一人でも多くの敵を殺すために人を捨て、獣となって敵に喰らいつく――はずだった。

 

「流れ行く、星の」

 

 深紅のドラッケンがヤケクソのように叫び戦場を駆ける。

 歌を聞けと言っておきながら、その言葉は歌として成り立っておらず、ただ歌詞を叫んでいるだけ。

 あまりにも場違いで、何事かと戦いの手を止め、罠を警戒して貴族連合も帝国正規軍も振り返ってしまう。

 

「いい加減にしてマキアスッ!」

 

 そんな戦場には不釣り合いな騒音を撒き散らし、混乱を誘うドラッケンをティルフィングが追い駆ける。

 

「みんな帝国の未来のために戦っているんだ。マキアスだってここで貴族を倒さないといけないことくらいわかるだろっ!」

 

「焦がれれば、想い」

 

 エリオットの呼び掛けを無視してマキアスは歌い――叫び続ける。

 

「君に手を汚せなんて言わない、せめて僕達の邪魔をしないでっ!」

 

 自分のことを棚に上げ、士官学生は民間人だと説得する。

 

「叶うことなどないっ! 儚い望みなら!」

 

 しかし、マキアスはどれだけの言葉を向けても堪えることはない。

 

「せめて――」

 

「っ……」

 

 音程もバラバラ、息継ぎも滅茶苦茶。

 学院祭の時に教え込んだはずの心を全て忘れた音痴ぶりにエリオットは苛つき――

 

「マキアス……」

 

「君の涙を、琥珀にして」

 

「――人の話を聞けっ!」

 

 無視し続けて音楽とは認めることはできない騒音を撒き散らすマキアスに業を煮やしてエリオットは激昂と共にダブルバスターキャノンを撃つ。

 

「ひぃ――」

 

 迫り来る野太い光線にマキアスは息を呑み、ドラッケンを跳ばす。

 地面に身を投げるように伏せたドラッケンのつま先を野太い光線が掠める。

 

「分かっただろマキアス? この戦場の中で音楽なんて何の役にも――」

 

「あなたには……何が聞こえているの」

 

 土煙の向こうから途切れたはずのマキアスの声が響き始める。

 

「…………マキアス……」

 

 外の音、そして戦術リンクから響かせて来る騒音にエリオットは更に苛立つ。

 

「もうどうなっても知らないからねっ!」

 

 大剣を振り被り、上段の構えからの剣の重量を利用した横薙ぎの一閃。

 戦技《サイクロンレイジ》。

 生身では未だに扱う事が出来ない技を、ティルフィングの性能に頼って繰り出す必殺の一撃。

 

「星空に誓い合った――」

 

「――え……?」

 

 十分な破壊力を持った一撃をあろうことかマキアスは歌いながら、ドラッケンを後ろに仰け反らせて振り抜かれた刃を躱した。

 

「――まぐれだっ!」

 

 更に一歩踏み込み、返す刃で切り返す。

 

「あの日の約束――」

 

 しかしその一撃もマキアスは分かっていたと言わんばかりに紙一重で避けた。

 

「なっ!?」

 

 自分もそうだが、マキアスの体術はⅦ組の中で下から数えた方が早い。

 とてもではないが攻撃を紙一重で躱すなどという武芸者みたいなことができるはずないのに、正確な見切りを立て続けにされエリオットは驚愕する。

 

「求める世界は!」

 

 そんなエリオットを他所にマキアスはヤケクソじみた歌を叫びながら、内心で悲鳴を上げていた。

 

 ――無理無理無理っ! って言うか何をしているんだ僕はっ!?

 

 今更ながら何をしているのか、自分の行動を振り返って正気を疑う。

 エリオットを説得しようと思い立ったものの、彼に掛けるべき言葉は情けないことに何一つ思いつかなかった。

 魔が差したとしか言えない暴挙。

 ただ今のエリオットに万の言葉を尽くしたとしても、説得することができるとは思えなかった。

 

 ――情けない。肝心な時に僕は役立たずだな……

 

 弁舌は得意だと自負していた。

 士官学院でも難癖をつけて来る貴族生徒を言葉で撃退したことも一度や二度ではない。

 だが、その自慢の弁舌はこの戦場を前にして言葉を作ることさえできなかった。

 

「とても大きくて――」

 

「このっ――」

 

 更に踏み込んできて振られた刃をマキアスはエリオットが動き出す前にドラッケンを操作して回避行動を取る。

 

 ――戦術リンクのおかげで攻撃のタイミングは分かる……

 

 これがラウラやフィーだったなら、例え分かっていたとしてもマキアスの腕では躱せなかっただろう。

 

「うるさいうるさいっ! 耳障りな音で騒ぐなっ!」

 

 エリオットはがむしゃらに大剣を振る。

 

 ――右、左……からの突き。そして導力砲……

 

「いつのまにか夢さえ忘れていた――」

 

「なっ!?」

 

 息を吐かせない連続攻撃をやはり歌いながら躱すマキアスにエリオットは絶句する。

 

「何で……何で……何でっ!?」

 

「過ぎ去ってく、季節の波に呑まれ――」

 

 エリオットは戦術リンクから思考を読まれていることに気付かずムキになって攻撃を続ける。

 

 ――憎い、貴族が憎い。父さんを奪った貴族やクロウが許せないっ!

 

 戦術リンクは次の攻撃だけではなくエリオットの思考も伝えて来る。

 

 ――その気持ちは分かる……

 

「溺れそうになる時だって――」

 

 マキアスも士官学院に入学したばかりの頃は貴族なんていなくなれば良いと思っていた。

 

 ――でも今は、何も知らず全ての貴族がいなくなれば良いとは思わない……

 

「めぐりめぐる、軌跡の息遣いを――」

 

 Ⅶ組で過ごした日々にマキアスは成長を感じている。

 それでもエリオットの気持ちが分からないわけではない。

 

 ――僕だってクロウや貴族連合は許せない……

 

 人を傷付けるための嘘を平然と吐き、貴族の先兵となり多くの人の命を奪い、果てはこの内戦の引き金を引いた平民の先輩は貴族連合に《蒼の騎士》と持て囃されている。

 オズボーン宰相を殺した暗殺者のくせに、貴族連合の《英雄》と祭り上げられている彼をマキアスは決して許すことはできないだろう。

 

 ――だからこそ、君があんな奴等のために全てを捨てて修羅の道を進むなんて間違っているっ!

 

「感じられるのなら――迷いなどないさっ!」

 

 剣よりも音楽が好きだと語った優しいエリオットに戻ってくれと願ってマキアスはⅦ組で過ごした日々を想いながら歌う。

 

「だから何だって言うんだっ!」

 

 マキアスがぶつけて来る想いを拒絶するようにエリオットが叫ぶ。 

 

「今更、どんな夢を見れば良いって言うんだっ!」

 

 在るはずの温もりが奪われ、胸は凍り、胸を打つ鼓動は憎悪を掻き立てる。

 血は真っ赤なマグマのように燃え上って、怒りの刃を握る力へと変わる。

 この気持ちを晴らすためには鬼となって戦わなければ、気が済まないと衝動に突き動かされる。

 

「空にこだまする――」

 

「もう良いっ!」

 

 纏わりつくマキアスの歌声をエリオットは振り払うように叫ぶ。

 

「みんなっ! あの邪魔者を排除して!」

 

 一人では埒が明かないと、エリオットは周囲の兵たちに声を掛ける。

 

「民間人風情が戦場に出て来るなっ!」

 

 エリオットの叫びに我に返った正規軍がそれぞれ導力ライフル、戦車、対戦車砲を深紅のドラッケンに向ける。

 

「戦場を汚す愚か者めっ!」

 

 それに加えて貴族連合の機甲兵達もまた深紅のドラッケンにその銃口を一斉に向ける。

 皮肉にもマキアスと言う共通の敵に貴族連合と正規軍は思いを一つにする。

 

「明日への――がっ!?」

 

 そしてマキアスは突然増したエリオットのどす黒い想念の圧力に歌を途切れさせてしまう。

 エリオットを通じて感じた戦場に渦巻く《呪い》。

 とても一人では受け止め切れない感情にマキアスの思考は黒く染まるのを通り越して、身体が硬直する。

 

 ――あ、僕は死ぬんだ……

 

 機甲兵を走らせることもできず、周囲を埋め尽くす銃口にマキアスは死を予感する。

 そして次の瞬間――

 空から降り注いだ無数の剣群がドラッケンの周囲に突き立ち、盾となって数多の凶弾からマキアスを守った。

 

「何だっ!?」

 

「この剣は……」

 

 エリオットが、マキアスが突然の剣の雨に驚き空を見上げ――《緋の騎神》が戦場に降り立った。

 

「《緋の騎神》テスタ=ロッサ」

 

「クリス……いや、セドリック殿下……」

 

 九死に一生を得たマキアスはそれまでの緊張を弛緩させて脱力する。

 エリオットを正気に戻すことはできなかったが、彼が到着する時間を稼げたのならよくやっただろうと自画自賛する。

 

「マキアス……」

 

「クリス……」

 

 通信が繋がり、目の前のモニターにクラスメイトの無事な姿が映りマキアスは安堵の息を吐く。

 

「クリス。エリオットを――」

 

「大丈夫だよマキアス」

 

 クリスはマキアスの言葉を遮り、全て分かっていると頷いて彼に背を向け、戦場に――エリオットのティルフィングに向き直る。

 

「クリス……君も僕の邪魔をするのかい?」

 

 エリオットは痛む頭を手で押さえながら現れたクリスが敵なのか確認する。

 

「エリオット……いや正規軍も領邦軍も……」

 

 《緋》は大地に突き立った無数の剣から二つを無造作に選んで両手で抜く。

 

「頼んだぞ……クリス……」

 

 その背にマキアスは願いを込めて祈り――

 

「今はとにかくマキアスの歌を聞けっ!!」

 

「クリス――――――ッ!?」

 

 歌を続行しろと叫ぶクリスにマキアスは絶叫する。

 

「ちょっと何とち狂ったこと言っているのよ」

 

 クリスの傍でセリーヌが呆れたツッコミを入れる。

 

「何を言っているんだいセリーヌッ!」

 

 呆れたセリーヌに対してクリスは鼻息を荒くして捲し立てる。

 

「これは原作再現なんだよっ!」

 

「原作再現?」

 

 興奮するクリスにセリーヌが胡乱な言葉を返す。

 

「あの人は――《超帝国人》はリベールで暴動寸前だった二つの勢力を歌で仲裁したんだよっ!」

 

「そういえば……クリスの好きな《Rの軌跡》にそんな話があったような……?」

 

 クリスの言葉にマキアスは強く勧められて読んだ小説の内容を思い出す。

 

「対立していた二つの陣営はその歌のあまりの美しさに涙し争い合うことの愚かしさに気付いて、手を取り合うことができた……

 マキアスがしようとしていることは、まさにそれなんだっ!」

 

「えっと……クリス……?」

 

 マキアスにはそんな意図はなかったのだが、クリスは彼の弁明を聞こうともせずに羨ましがる。

 

「僕としたことが初心を忘れてしまうなんて……悔しいけど、今はその役目はマキアスに譲るよ」

 

 本気で悔しそうにするクリスにマキアスは頭を抱える。

 

「さあっ! 歌うんだマキアスッ! 君の歌でエリオットを、みんなを正気に戻すんだっ!」

 

「頼むから僕の話を聞いてくれっ!」

 

 歌っていた時の自分を棚に上げ、明後日の方向に暴走するクリスにマキアスは叫ぶ。

 

「はぁ……もう良いわ。それより三人がかりの神気の解放で修復できたのは八割よ。あまり無茶をするんじゃないわよ」

 

「分かってる」

 

 他の《騎神》が霊力を絞り出して送り出してくれたことを指摘するセリーヌにクリスは頷いて、ティルフィングに向き直り――

 

「クリス。君も僕の邪魔をするの!?」

 

 言葉と共に振り下ろされたティルフィングの大剣を《緋》は両手の剣を交差して受け止める。

 

「エリオット……」

 

 まじかで見た黒い瘴気を纏うティルフィングの姿にクリスは顔をしかめる。

 

「エリオット、今すぐティルフィングから降りろっ! その機体は戦争をするためのものじゃないっ!」

 

「綺麗ごとを言うなっ!」

 

 二人は斬り結びながら、叫び合う。

 

「剣も銃も所詮は人殺しの道具だっ! 機甲兵も騎神も同じだ! だったらそれを正しく使って何が悪いっ!?」

 

「違うっ! ティルフィングは“あの人”が残してくれた《希望》だっ! それに《騎神》だって争うために造られたものじゃないっ!」

 

「そんなこと、誰が信じるって言うんだっ!」

 

 言葉と共に剣が火花を散らして弾け合う。

 

「――随分と様になっているじゃないかエリオット」

 

 Ⅶ組の中でアーツを主体にした戦闘スタイルだったエリオットの剣にクリスは目を見張る。

 

「余裕のつもりかっ!」

 

 誉め言葉を嘲笑と受け取ってエリオットは更に剣戟を激しく加速させる。

 

「っ……ふぅ……」

 

 クラスメイト達が激しく殺し合いをする光景を前にマキアスは大きく深呼吸をして息を整え――歌い始める。

 

「あなたは何かを信じているの――」

 

 再会された歌に伴って、戦場全域の導力通信が乗っ取られるて音楽が流れ始める。

 複数のギターの音に、キーボード、そしてドラム。

 その音にマキアスは思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「目の前の闇はとても深くて、立ち向かう勇気を失くしていた――」

 

 心をあの学院祭の頃に戻してマキアスは歌う。

 

「語り合った時は嘘じゃないから――挫けそうになるときだって――」

 

 あの時の自分達は貴族や平民とは関係なく、一つの歌を歌う事ができた。

 通信の向こう――戦術リンクが遠く離れている彼らと繋げて、仲間達が自分と同じ気持ちでいてくれることを嬉しく感じる。

 

「ひとつになる、軌跡の息遣い――」

 

「ええいっ! 誰かこの耳障りな歌を止めろっ!」

 

 誰かが叫び、それに応じるように戦車が機甲兵が足を止めたドラッケンにその銃口を向け――空からの銃撃がそれを阻止する。

 

「今度こそ、役に立って見せる」

 

 空を舞う《翠の機神》が戦場を睥睨しながら氷の霊力を宿す魔銃を構える。

 歌うドラッケンを狙う者を牽制しつつ、燃える森林に氷の弾丸を撃ち込み鎮火させる。

 

「エリオット君、今援護を――」

 

「邪魔だっ!」

 

 《緋》の尾剣の一閃が颶風を巻き起こして群がる兵士たちを軽くいなす。

 

「クリスッ! 君は帝国の皇子だろっ! だったらどうして邪魔をする!? 君も貴族の横暴を許せって言うのかっ!?」

 

「それは――」

 

「こんなことになったのも君達皇族が情けないせいだ! だから僕達の邪魔をするなっ!」

 

 ぶつけられた不満にクリスは閉口する。

 権威はあっても権力はない。

 それが現在のアルノール家の現状であり、言うなれば外面を良く見せるための神輿でしかない。

 

「オリヴァルト殿下もアルゼイド子爵もそうだ!

 二言目には平和だ和睦……きれいごとで何が変えられるのさっ!」

 

「くっ――」

 

 ティルフィングの剣圧に《緋》は怯む。

 

「風が歌い出す、明日への鼓動――」

 

「音楽なんかで世界が救われないんだっ!」

 

 態勢が崩れた《緋》にティルフィングは至近距離から二つの導力砲を向ける。

 

「ダブルバスターキャノンッ!」

 

「防げっ! テスタ=ロッサッ!」

 

 野太い光線が撃たれ、《緋》の手に現れた盾がそれを受け止める。

 

「くぅ……」

 

 触れる物を焼き尽くし押し潰さんとする光線を盾で受け止めてクリスはその圧力に歯を食いしばる。

 

「アアアアアアアアアアアアッ!」

 

 エリオットが獣じみた咆哮を上げる。

 導力砲の光線に戦場の空気が混じるように黒く染まってその勢いが増す。

 

「これは……」

 

 スペックを超えた威力を発揮したダブルバスターキャノンに大地に踏んばっていた《緋》の足が浮く。

 

「雲間に閃く、虹のように――クリスッ!?」

 

 自分を庇う《緋》の劣勢にマキアスは思わず歌を止めてしまう。

 黒い奔流が《緋》を呑み込み、そのまま勢いを衰えさせることなくマキアスのドラッケンにも迫る。

 

「あ……」

 

 咄嗟にマキアスは逃げようと機甲兵を操作して――

 

 ――歌うんだマキアス――

 

 聞き覚えのない声が耳元で囁かれた。

 

「え……?」

 

 振り返ってもそこには誰もいない。それでも声は続く。

 

 ――痛みは俺が引き受ける。だから――

 

 声はノイズの呑み込まれるようにか細くなって消えてしまう。

 しかしその声に何かを感じ、マキアスは逃げようとした手を止めて前を向く。

 

「道を――」

 

 何かに促されるままに、マキアスは歌い続け――黒い光が押し込んだ《緋》と一緒に爆ぜて、マキアスの歌を掻き消す。

 

「はぁ…………はぁ……はぁ……」

 

 ダブルバスターキャノンに気力を根こそぎ奪われたような気だるさでエリオットは息を切らせる。

 

「ははは……」

 

 今、自分は友を二人殺した。

 

「どうして涙が出て来るんだろ? あの二人は僕の敵になったのに……」

 

 軟弱な自分は殺したはずなのに、友達を殺したという実感がエリオットの胸を締め付ける。

 しかし――

 

「だから、ほら……顔をあげて――」

 

 導力通信から流れ続ける歌にエリオットは耳を疑い、顔をあげてそれを見た。

 

「嘘だ……」

 

 立ち昇る黒煙を晴らすような勢いで白い風がドラッケンを中心に吹き荒れる。

 

「ダブルバスターキャノンを防ぐなんてドラッケンにできるはずない!」

 

 《機甲兵》には搭乗者の“闘気”を増幅させて戦技を拡大する機能が存在している。

 アースガードのような防御結界を作り出す戦技もあるが、マキアスやドラッケンの闘気量や性能ではダブルバスターキャノンを防ぐには至らないはずだった。

 しかし、ドラッケンからは目に見える程に濃密なオーラが立ち昇っている。

 

「過ぎ去っていく、季節の波に呑まれ――」

 

 マキアスの歌に呼応してその白い光は大きく脈動する。

 

「これはまさかっ!?」

 

「セリーヌ、これが何か分かるの!?」

 

「イストミア大森林は元は《焔の至宝》を祀っていた土地なのよ……

 つまりここには《魂》を司る力のカスが残っていて、あいつの歌に反応している……のかもしれない」

 

「そんなことあり得るの!?」

 

「それ以外にこんな現象の説明はできないわよ」

 

 異常なまでに昂るマキアスの気にはセリーヌを言葉を肯定する説得力があった。

 

「溺れそうになる時だって――」

 

 マキアスは深く集中する。

 学院祭でエリオットに教わった歌に心を込めることを思い出し、クリスが語ったノーザンブリアを救った歌を思い描く。

 

「めぐりめぐる――」

 

 そしてマキアスの叫びが歌としてなるにつれ彼が纏う白い光は大きく輝き波紋となって戦場に広がって行く。

 そして――

 

「私はアルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 気付けば戦場の空には《紅の翼》カレイジャスがいた。

 

「貴族連合並びに帝国正規軍に告げます……

 両陣営共に武器を置いて即刻戦闘をやめなさい……

 もはやこの戦いは戦争などではなく、血で血を洗う獣の殺し合いに過ぎません。そのような絶滅戦争など皇族は認めません」

 

 空から響く皇族の至宝とも呼ばれた少女の声。

 

「アルフィン皇女殿下……」

 

「姫様……」

 

 戦場を仲裁しようとする健気な声に熱が揺らぐ。

 しかし、それでも目の前の敵を信じることなどできるわけがないと固く握り締めた手を解くには足らない。

 

「歌えっ!」

 

 その迷いの中、少年が叫ぶ。

 

「セドリック・ライゼ・アルノールが命じるっ!」

 

 未だに立ち込める黒煙を振り払い、剣を掲げて《緋》が宣言する。

 

「未だに戦闘を続けようとする者、武装を放棄して歌う者に攻撃を仕掛けるような非道な輩は僕がこの《緋の騎神》で叩き切るっ! だから安心して降伏しろっ!」

 

 クリスの宣言が戦場に響き渡る。

 その言葉に最初に答え、動いたエリオットは《緋》に斬りかかる。

 

「いい加減にしてっ!」

 

「それはこっちのセリフだっ!」

 

 剣を交え、言葉を――意志をぶつけ合う。

 

「貴族は滅びなければいけないんだっ!」

 

「そうやって平民が貴族を、貴族が平民を殺し合った先に本当に平和になると思っているのか!?」

 

「平和になるさっ! 敵を全て殺し尽くせばそれで平和になるに決まってるっ!」

 

「そんな闘争の果てに誰も残らないことがどうして分からないっ!?」

 

「そんな綺麗事なんてもう聞き飽きたんだ!

 僕達が武器を捨てても貴族は戦いを止めないっ! だったら戦うしかないじゃないか!」

 

「そうさせないために僕達は戦っている!」

 

「何の力もない皇族に何が出来るって言うんだっ! 君達皇族が情けないから貴族はここまで増長したんだっ!」

 

 エリオットの言葉がクリスの痛い所を突いて行く。

 

「それに僕はもう選んだんだ! もう引き返すことは――」

 

「光になって、道を照らし出すよ――」

 

 それは歌うマキアスに重なって導力通信に流れたのは大人の声だった。

 

「え……?」

 

 マキアスではない歌声にエリオットは耳を疑う。

 

「そんなはずはない……あの人は僕が撃った……」

 

「アルゼイド子爵に続けっ! 正規軍よ! これ以上の戦闘は無意味だっ!」

 

 エリオットの思考を肯定するようにナイトハルトの声が響き渡り、彼もアルゼイド子爵にならって歌い始める。

 だが、正規軍は困惑するだけで貴族連合を前にして武器を下ろすことはなかった。

 

「風が歌い出す――」

 

 そこに新たな声が加わる。

 

「ウォレス・バルディアス准将の命令を伝える」

 

 彼の副官が最初の一人として歌うウォレスに代わって、命令を貴族連合に伝える。

 

「命を無駄に捨てるな! そして皇族の命を聞けっ!」

 

 貴族連合にもまた困惑の空気が広がる。

 

「くっ――」

 

「こんなことで――」

 

 しかし、それでも正規軍は、貴族連合は銃を向け合う。

 

「雲間に煌く――」

 

「虹のように――」

 

 しかし、《光の剣匠》でも《黒旋風》でもない歌声が重なり、銃口の一つが下へと降りる。

 歌を口ずさむ。

 それをすると、今まで腹の底に渦巻いていた黒い感情が薄れ、何故自分がこれほどまでに憤っていたのか首を傾げる。

 一人、また一人と。

 歌が呪いの熱病を癒す。

 訓練された兵士であっても、武装を解除した敵に油断しなくても、歌い出した敵に対応する訓練は行っていない。

 その困惑が隙間となって、マキアスの歌が彼らに響く。

 

「これ以上歌うなっ!」

 

 それを拒むようにエリオットが咆哮を上げて、マキアスに突撃する。

 

「エリオットッ! もうやめるんだっ!」

 

 クリスがそこに割って入り、振り上げられた腕を掴み、体当たりをするように体を張って止める。

 

「貴族と平民は分かり合えるっ! これがその証拠だっ!」

 

 学院祭の時のように貴族と平民が、隔てなく一つの歌を歌う光景がこの戦場の中で再現される。

 そこに希望があるのだとクリスが叫び、エリオットは頑なに否定する。

 

「そんなのはまやかしだっ! どうせすぐ人は過ちを繰り返すっ!

 どれだけ綺麗な音楽を奏でても、人は簡単に音楽を壊す。音楽なんて……音楽なんて……」

 

「だったら……何で戦術リンクで繋がっている!?」

 

 頑なに音楽を否定するエリオットにクリスは彼の欺瞞を突き付ける。

 

「エリオットが本当に音楽を拒んでいるなら、とっくにマキアスとの戦術リンクは切れているはずだっ!」

 

「違う――」

 

「違わないっ!」

 

「違うっ! 僕は――」

 

「エリオットッ! マキアスの歌を聞くんだ――いや、エリオット君も歌えっ!」

 

「――っ……やめて……もうやめて……」

 

 真っ直ぐに見つめて来るクリスを拒むようにエリオットは呻く。

 そこにはもう最初の強い拒絶はない。

 

「空にこだまする明日への鼓動――」

 

 空から響くアルフィン達の歌声。

 

「瞬き煌く、星のように――」

 

 正規軍の軍人たちがそれに続く。

 

「光になって、道を照らし出すよ――」

 

 アルゼイド子爵が歌う。

 

「だから行こう、僕らの未来へ――」

 

 森の消火作業をしながらアリサの歌声も響く。

 

「風が歌い出す、明日への鼓動――」

 

 ウォレス准将が歌う。

 

「雲間に煌く、虹のように――」

 

 貴族連合の軍人たちがそれに続く。

 

「架け橋になり、道を描き出すよ――」

 

 ――呪いなんかに負けるなっ! 君の音楽を取り戻せっ!

 

 エリオットの目の前でクリスが歌と共に思いを叩きつけるように歌う。

 

「もうやめてくれ……」

 

 弱々しい拒絶。

 胸の奥に封じたはずの衝動がそのまま涙になったように溢れて止められない。

 

「だからほら……顔を上げて」

 

 その言葉に父が死んでからずっと俯いていたエリオットは顔を上げる。

 

「まっすぐ前を向いて――」

 

 そしてマキアスの歌が響く。

 

「――行くよ。僕は――」

 

 そしてエリオットは――

 

「行こう――」

 

 

 

 

 戦場に場違いな歌が響く。

 帝国全土に発展する貴族と平民、互いを根絶やしにするための戦火の火は大きくなることなく、消え去った。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

「マキアスッ! マキアスッ! マキアスッ!」

 

 戦場はそれまでとは異なる別の熱気に包まれていた。

 正規軍と貴族連合に囲まれた深紅のドラッケンは腕を掲げて、歌い切った余韻に浸るように静かに佇む。

 その堂々とした佇まいに両陣営は彼の勇気ある行動を称えるように賞賛の歓声を上げる。

 そしてまさしく歌で貴族連合と正規軍の血で血を洗う戦争を止めた張本人であるマキアスは――

 

「どうしてこうなったっ!?」

 

 衝動に任せて行った自分の行動を振り返り、ドラッケンの操縦席で人知れず頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 




NG 帝国の呪い
アルフィン
「原作再現ですか……お兄様が書いたお話は本当だったんですか?」

オリヴァルト
「ははは! 少しだけ誇張しているけど、概ね書いた通りだよ」

ミュラー
「殿下……」

オリヴァルト
「しかし懐かしいね。実を言うと歌で暴徒を止めようとしたのは本当だけどオズボーン宰相に止められてね……
 いやーいつもは拳なんだけど、あの時の足蹴にされた衝撃はなかなかで……ん……?」

 思い出に浸るオリヴァルトはその時の痛みの記憶から――存在しない記憶を振り返る。

「ふっ……お互い水も滴る良い男になったしまったね」

「お戯れが過ぎますぞ、オリヴァルト殿下」

「こらこら、ここではオリビエと呼んでくれって言っているじゃないか」

「そんな畏れ多い」

「ふっ……君はいつまで経っても頑なだね。まあそこが可愛い所なんだけど……
 どうだね? 二人の再会を祝して今夜は朝まで飲み明かそうじゃないか」

「お、皇子……」

「オリビエだよ。オズボーン宰相……いや、ギリアス」

「私は亡き妻を裏切ることはできませんっ!」

「そう言いながら体は正直じゃないか……」

「なりませんっ! なりませんぞ!」

「ふふふ、照れなくたって良いじゃないか。一緒に温泉に入って、狭い牢屋の中で身を温め合った仲じゃないか」

「皇子、やめてくださいっ! ああ……アアアアアアアッ!」

オリヴァルト
「アアアアアアアアアアアッ!!」

アルフィン
「お兄様っ!?」

ミュラー
「どうしたオリヴァルト!? 突然叫び出して!?」

オリヴァルト
「おのれっ! ギリアス・オズボーンッ! ボクの記憶に何したっ!?」

アルフィン
「あの温厚なお兄様が憎しみに染まってしまうなんて……これが帝国の“呪い”!?」

ミュラー
「気をしっかり持てオリビエッ!」

オリヴァルト
「うおおおおおおおっ! ■■■君、カムバアアアアアアック!」





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