この混迷を極めるエレボニア帝国の貴族連合と革新派の戦争の中で、クリス・レンハイムという少年の立ち位置は極めて微妙な立ち位置にいる。
皇族のみが乗ることを許された《緋の騎神》を盗み出した大罪人。
戦争の元凶を作り出した一人。
それが貴族連合の主張であるが、セントアークは革新派の勢力下にあるため、民衆でそれを信じている者は少ない。
そもそもオリヴァルトの仲間が《緋》を貴族連合から逃がしたという認識ではあるのだが、クリス・レンハイムがどういう顔をしているかまでは認識していなかった。
それに加えてセドリック・ライゼ・アルノールも先の宣誓式から表舞台に立つことはなく、大々的なお披露目もまだだったことも合わせてその容姿は周知されていなかった。
そのおかげでクリスは元々士官学院生としてのイメージチェンジをしていたこともあって、他人の空似として街を歩くことはできていた。
しかし――
「お願いしますセドリック殿下、どうか私の話を聞いてくださいっ!」
導力銃を差し出すように地面に置いて土下座するギデオンが大きな声で叫ぶ。
「…………………………え?」
「貴方様のお怒りはごもっともですが、どうか! どうか私の話を聞いてください! セドリック殿下っ!」
頭を下げたまま叫ぶギデオンの声は周囲の放送に負けないくらいの声量で、その必死さが伝わって来る。
そして彼の行動はとても良く目立った。
「何だあれ……?」
「今、セドリック殿下って聞こえなかった?」
「まさか、セドリック殿下は皇宮にいるはずだろ」
「でもあのオリヴァルト殿下はあのセドリック殿下は偽物だって言っていたけど……」
往来で土下座する男に注目が集まり、彼が口走るセドリックの名に疑心暗鬼が生まれる。
「ちょ、ちょっと――」
周囲の反応に気付いてクリスはギデオンに土下座をやめさせようと試みる。
「セドリック殿下っ!」
しかし、了承を得るまで梃子でも動かないと言わんばかりの土下座の気迫がそこにはあった。
「まさか本当にセドリック皇子?」
聞こえて来た呟きにクリスは息を呑む。
オリヴァルトからは然るべき状況を作って民衆の前に名乗り出て欲しいと言われ、くれぐれも目立たないように言い含まれれている。
「セドリック――」
「うるさいっ!」
こちらへの配慮などまるで考えもしないギデオンにクリスはこれ以上喋るなとヴィクターから預かったトランクケースをその後頭部に振り下ろした。
「ぐはっ――な、何故……?」
「あははっ! お酒でも飲んでいたのかな?」
周囲に笑って誤魔化し、クリスは呼び出した戦術殻に短く命令をする。
「α、そいつを僕達の飛行艇に連行して」
「はーいっ!」
少女の声で翠の戦術殻は応えると、気絶したギデオンを抱えて光学迷彩で姿を消す。
それを見届け、クリスは民衆に愛想笑いを振り撒いて――
「失礼しましたっ!」
脱兎の如く逃げ出した。
*
「セ、セドリック殿下……? これはいったいどういうことでしょうか?」
覚醒したギデオンは椅子に縛り上げられている状況に困惑して目の前でこちらを睨んで見下ろすセドリック皇子にギデオンは問いかける。
顔をしかめたセドリックは大きくため息を吐く。
「あんな往来で僕の正体を叫んだりするからだ」
その説明だけで理解したのか、ギデオンは相槌を打って謝罪する。
「なるほど……それは申し訳ないことをした」
本当に理解しているのか怪しいふてぶてしい謝罪にクリスは顔をしかめる。
「ところで何故私は拘束されているのでしょう?」
「そんなの当たり前だろ? 君達が今まで何をしたか忘れたとは言わせない」
ギデオンの疑問にクリスは何を言っているんだと返す。
今でこそ、貴族連合の《蒼の騎神》の直属という公の立場を手に入れているが、元は帝国解放戦線の幹部の一人。
いくら話し合いを望んでいるからと言っても、拘束しないで良い相手ではない。
「それは誤解です殿下」
「誤解……?」
悪びれた様子もなく言うギデオンの態度にクリスは眉をひそめる。
「ええ、私は貴方の敵ではありません」
「…………何を今更……」
ギデオン達、帝国解放戦線とⅦ組の間には多くの因縁が存在している。
クリスにとって最初の特別実習においてケルディックで起きた盗難事件。
その後も鉄道ジャックに、ノルドでの帝国と共和国の戦争を誘発させようとしていたこと。
夏至祭の帝都で暗黒竜を復活させたこと。
そしてクロスベル通商会議とガレリア要塞襲撃。
彼らは様々な場面で己の勝手な大義名分を掲げて暴虐を尽くして来た。
「僕は貴方達が憎くてたまらない……
貴方達は僕が尊敬していたオズボーン宰相を撃った」
「殿下、そもそもそれが間違いです。オズボーン宰相こそ、帝国を歪めていた――いや……」
振りかざした主張を唐突に止めて、ギデオンは顔をしかめて視線を落とす。
「帝国の歪みは僕も気付いていたさっ!
でもそれはオズボーン宰相が宰相になる前からあったものだっ!」
クリスは知っている。
多くの人達が貴族の横暴で苦しめられてきたことを。
「…………ええ、その通りです」
てっきり反発して来ると思っていたギデオンはクリスの反論に静かに頷いた。
椅子に縛られ項垂れているギデオンにクリスは強い違和感を覚えずにはいられなかった。
「……こんなはずじゃなかったんです……オズボーン宰相さえ打倒できれば帝国は正しい姿を取り戻せる……そう信じていたんです」
訥々と語る言葉には帝都で感じた妄信や狂気はなく、そこにあるのは後悔と戸惑い。
別人のように毒気が抜けたギデオンの様子にクリスは肩透かしをくらったように困惑する。
「オズボーン宰相が目指す未来が間違っているとしても、貴族連合が目指す未来が正しいとは限らない……
そんな単純なことに私は今までどうして気付かなかったのか……」
「……どうやらちゃんと会話は成立するみたいだね」
肩を竦め、クリスは憤りの感情をひとまず呑み込む。
「貴方に……貴族連合側の誰かとは一度ちゃんと話をしておきたかったんだ」
本来なら四大名門の当主の誰か、ハイアームズ侯が適任だと考えていた。
しかし、貴族連合の中でもハイアームズ家の地位はそこまで高くなく、クリスが求める情報はほとんどなかった。
ギデオンも貴族連合の内情については詳しいとは思えないが、その代わり帝国解放戦線の内情に関しては精通しているはず。
どちらかと言えば、自分よりも先輩達が欲している情報を持っているという意味でならギデオンの情報には価値がある。
「ええ、何でも聞いてください。拘束もこのままで結構です」
殊勝にもギデオンは椅子に縛られている状況を受け入れる。
「もちろんタダでこちらの話を聞いてもらおうなどと虫の良いことを言うつもりはありません。それなりの交渉材料は持って来ています」
「交渉材料……?」
「ええ、例えば……通商会議の時、クロスベルから依頼された各国首脳陣の暗殺計画の証拠などです」
「…………え……?」
ギデオンの言葉をクリスは一瞬、理解できなかった。
「これを使えば未だに反抗的なクロスベルの民衆を従わせる良い交渉材料になるのではありませんか?
ルーファス・アルバレアに恩を売り、貴方の地盤固めを行うには丁度いいと具申します」
「通商会議の暗殺計画って……あれは帝国解放戦線と共和国のテロリストが……」
「わざわざ私たちが共和国のテロリストと足並みを揃える理由は本来ならありません……
オルキスタワーの構造と会議のスケジュール、空路警備の穴、オルキスタワーの防衛機能の掌握コード……
全て、クロスベル側から結社を通じて提供されたからこそ私たちは共和国のテロリストと手を組んだのです」
確かに帝国側と共和国側からの二度に渡るハッキングにより、襲撃に必要なデータを奪ったと考えるよりもクロスベル側から提供されたという方が筋が通っている。
一見すればオズボーンやロックスミスがテロリスト達が呼び込んだように見えていたが、彼らが確実に敵対する組織を動かせるわけがない。
「むしろクロスベルが呼び込んだとするなら、つじつまが合うけど……」
ただでさえ、州全体に《D∴G教団》の団員だという疑いが向けられているクロスベル人にとってこの情報は致命的な威力を持つ。
「でも、それなら何で暗殺計画は失敗したんだ?」
「私も共和国のテロリストもクロスベルの言い分を全て信じたわけではありません……
クロスベルにどんな思惑があって私たちを利用しようとしたか分かりませんが、提供されたデータも全てが正しかったわけではなかった」
ギデオンはあの時、窓の外から機銃掃射が失敗になった予想外を思い出す。
「それ故の導力爆弾――フェンリルでしたが運悪く不発弾を掴まされてしまったようです」
「運悪く……貴方は自分が何をしたのか本当に分かっているのかっ!?」
不発のくだりをひとまず置き、クリスは思わず激昂して胸倉を掴む。
「この際オズボーン宰相を殺したいというのは良い!
だけど何の関係もない各国首脳やクロスベルの50万人を巻き込もうとした!
ディストピアだかなんだか知らないが世界を巻き込んだ戦争を起こそうとしていたのは貴方の方だっ!」
「…………ええ、返す言葉もありません」
以前の彼ならば、それでもオズボーンを殺すためなら必要な犠牲だと言い切っていただろう。
しかし、ギデオンは本気で後悔しているようにクリスの罵倒を受け入れる。
「ちっ……」
そんな豹変した態度にクリスは苛立ち、掴んだ胸倉を突き放す。
「クロスベルのことは後で良い! それよりも貴方が知っている事を洗いざらい吐いてもらう」
そうクリスが宣言したところで、部屋に慌てた様子でトワ達が飛び込んで来る。
「クリス君っ!」
「黙秘権があると思わないことだ、こっちには拷問のプロだっているんだからね」
駆け付けた仲間たちを背にクリスはギデオンとの話し合いに臨むのだった。
*
「まずは帝国解放戦線の成り立ちについて話そうか……」
椅子に縛られたままの姿でギデオンは語り出す。
「その前に少し私の話をさせてもらおう」
そう断ってギデオンは自分の切っ掛けを語り始める。
「私は帝都の学術員の政治哲学を専攻にした助教授をしていた」
昔を懐かしむようにギデオンにクリス達はとてもそうは見えないという感想を抱く。
「三年前、オズボーン宰相の強硬的な領土拡張主義を批判したことが原因で私は学術員を罷免されてしまった」
「それは自業自得じゃないのかな?
聞けば、許可なく公共の場で勝手にビラをまいて、その批判もかなり過激にエスカレートさせていたみたいじゃないか」
被害者ぶっているギデオンにクリスはクレアから聞いていたギデオンの前科を指摘する。
「そうね……そんな過激な思想の持ち主をいつまでも助教授のまま在籍させていたら、そこの学院長の管理責任にもなるし生徒たちに与える影響も考えれば当然の判断ね」
クリスの指摘にアリサも頷く。
「ようするに貴方って士官学院に入学したばかりの頃のマキアスなのよね」
「ぐはっ――」
続けたアリサの言葉に当の本人は胸を押さえて蹲る。
他の仲間達はギデオンとマキアスを見比べて、なるほどと頷く。
「矛先が貴族かオズボーン宰相かの違いと言うことですか…………
ああ、バリアハートでユーシスさんやルーファス教官の悪口を言って捕まるんじゃないかってあの時はハラハラしていましたね」
「うぐぐ……」
否定せず、具体的な例を出してエマにマキアスは唸る。
「あの頃のマキアスか……サラ教官、たしか特別実習で改善されなかったら退学の可能性があったんですよね?」
「ええ、ルーファス理事とイリーナ理事の二人が特にね。ええ、本当……」
「おおおお……」
ガイウスとサラの会話にマキアスは体を震わせる。
「ユーシスやラウラと僕達が話しているだけでも嫌な顔していたもんね……
それにクリスは仕方ないとしても、アリサにも突っかかっていたよね」
「やめて…………やめてくれ……」
エリオットの呟きに黒歴史を暴かれる気持ちで懇願する。
「へえ、マキアスってば結構ヤンチャだったんだ」
「…………」
Ⅶ組の中で当時を知らないシャーリィは揶揄う口振りで笑うが、もはやマキアスは唸る気力もなく、テーブルに突っ伏した。
「えっと、そんなにひどかったの?」
「それは……」
「うん、まあ詳しくは本人のためにも聞かないであげて」
「良くもまああの狂犬が、貴族と平民の架け橋になれたものだね」
キーアの質問にトワとジョルジュ、アンゼリカは言葉を濁したりとそれぞれの反応を返す。
「トールズでもマキアスの貴族嫌いの思想が他の生徒に感染する可能性があったとすれば……
貴方が学術院から罷免されるのは当然のことではないですか? まさかその恨みからテロリストに?」
「いいえ」
マキアスいじりから話を戻したクリスの質問にギデオンは首を横に振る。
「学術院を退職させられたことに関しては私も納得しています。ただ……」
「ただ?」
「セドリック殿下達は革新派の内情を御存じですか?」
ギデオンの問いにクリス達は顔を見合わせて首を捻る。
面識がある革新派と言えば、マキアスの父であるカール・レーグニッツと鉄道憲兵隊のクレアだろう。
「その二人だけでも結構ですよ……
私が言いたいことは、彼らは鉄血の部下ではなく狂信者と言うべき存在だと言うことです」
「狂信者……それはまた物騒な呼び方だね」
「あくまでも私が彼らに抱いた第一印象に過ぎません……ですが、私の危機感はここから来ていると言っても過言ではありません」
ギデオンは何かを思い出して身震いをして続ける。
「私はギリアス・オズボーンが怖かった……
あの圧倒的なカリスマとそれに目を焼かれ彼が為すことを全て肯定して、彼の言葉だけに盲目的に従うだけの革新派こそが私は帝国を脅かすテロリスト集団にしか見えなかった」
「それは被害妄想が過ぎるんじゃないかしら?」
「いや……その気持ちは今なら少し分かるかな」
アリサの指摘にクリスが首を振る。
「僕も士官学院に進学するまで無邪気にオズボーン宰相の力強さに憧れていたから……」
オズボーン宰相は良くも悪くも光だった。
この人について行けば良いのだと思わせる自信に満ちた佇まい、そこから溢れるカリスマは皇族など霞むほどに力強かった。
しかし今はギデオンの言う通り、オズボーンの力強さに憧れと同時に畏怖を感じてる自分をクリスは認める。
「学術院を退職した私には政治家となって正面からオズボーン宰相と対峙する道もあったでしょう……
ですが、何の後ろ盾もない助教授でしかなかった私はオズボーン宰相と弁論を交わす前に、彼を取り巻く革新派によって亡き者にされていたでしょう」
「それは……」
「実際に私はオズボーン宰相を批難したという理由で平民に襲われているんですよ」
ギデオンの告白にクリス達は押し黙る。
「彼らはオズボーン宰相が放った刺客ではないでしょう……
ですが、おそらくオズボーン宰相は明るみに出ていない市民の暴行を見て見ぬふりをしている節があった……
私はこれらのことから帝国がこのままでは狂ってしまうと危惧し、当時私を助けてくれたカイエン公の伝手で《帝国解放戦線》に参加することを決めました」
締めくくられたギデオンの半生にクリス達は彼に向けていた敵愾心を忘れて押し黙る。
単なら逆恨みのテロリストだと思っていたギデオンが語る革新派を外から見た視点。
それは今の内戦の暴走ぶりを見た後では決して彼の作り話だと一笑することはできなかった。
「貴方の戦う理由は分かりました……」
重苦しい空気を破って声を上げたのはガイウスだった。
「しかし、それでも貴方達が俺の故郷に戦争の火を点けようとしたことを許すことはできない」
温厚なガイウスとは思えない憤りに満ちた目でギデオンを睨む。
「言い訳はしない……あの時の私は、どんなことをしても何を犠牲にしてもオズボーンを撃つためなら許されると思い込んでいた……
いや、帝国の歪みを正せるのは自分達だけだと言う選ばれた存在になっていたのだと、酔っていたんだろう」
ガイウスの憎悪を静かに受け止めるギデオンはやはり今までの彼とは根本から違って見えた。
「それで今は貴族連合が間違っていると気付いたから、裏切って革新派に着こうって言うのは虫が良過ぎるんじゃないの?」
「図々しいのは承知しています!
ですが、今貴族連合を止めないと帝国どころかゼムリア大陸全土がとんでもないことになってしまうっ!」
「さっきもそんなことを言っていたけど、具体的に何があるって言うんだい?」
ギデオンが何故焦っているのか理解できず、クリスは答えを促す。
「君達はどんな形であれ、最大の敵であるオズボーン宰相を倒すことに成功しているはずだ。なら後は消化試合なのにどうして宰相の死体を血眼になって探しているんだ?」
「殿下は知りませんか? 彼はリベールとの百日戦争の直前、生死不明の大怪我を負っていたことを」
「生死不明の大怪我?」
「ええ、彼の自宅を何者かが襲撃された……
彼の妻子はそこで亡くなり、彼もまた現場に残った血痕の出血量から生存は絶望的だった……
しかし、その後行方をくらませていたオズボーンはいつの間にか皇帝と面会を果たし、一介の軍人でしかなかった彼は宰相となっていた」
「…………」
ギデオンが語るオズボーンの過去にクリスは言葉を返すことなく黙り込む。
「そんなことが……」
「つまり貴族連合はオズボーン宰相の奇蹟の復活を警戒しているという事なんですね」
アリサはオズボーンの知られざる経歴に絶句し、エマはオズボーンの復活の理由を思案しながら言葉を漏らす。
「…………ちなみに……その時に亡くなったオズボーン宰相の妻子の名前は何って言うか知っていますか?」
少しの熟考を経て、クリスは緊張を孕んだ質問を投げかける。
「いえ、流石にそこまでは把握していません」
「そうか……」
答えが返って来なかったことにクリスは複雑な気持ちになりながら息を吐く。
「貴族連合が止まらない理由は分かった……
それで貴方は彼らの何を危惧しているんですか?」
「先日、貴族連合内で新型の《機甲兵》が完成しました」
「新型の《機甲兵》?」
「実際はオルディーネの合体用に改造された“ケストレル”と“ゴライアス”の量産型なのですが……
問題はこの二機に搭載されたシステムなんです」
ギデオンが神妙な顔をして二枚の写真をテーブルの上に出す。
「《風のケストレル》」
それはドラッケンやシュピーゲルと比べると細身な《機甲兵》だった。
「風の……」
その単語に真っ先に反応したガイウスがテーブルに乗り出してそれを凝視するが、クリスにとってそれ以上に引き付けられるものが写真に写っていた。
「これは“太刀”?」
「ええ、東方由来の剣です」
クリスの呟きにギデオンは頷き、彼の危惧を口にする。
「この《機甲兵》はクロスベルの剣聖、アリオス・マクレインの戦術プログラムが搭載された――無人機なのです」
「無人機……それも八葉一刀流の剣聖……」
「アリオスの……」
クリスとキーアは改めて写真に写る、整然と並ぶ“ケストレル”の一機一機がアリオスや“彼”と同等の剣技を使うという事実に眩暈を感じる。
「…………いったい何機あるんですか?」
「今なお、この機体は生産されているので正確な数字はお答えできません」
剣聖が量産されるという悪夢にクリスは絶句する。
「もう一つの“ゴライアス”……
こちらには《V》と《S》の砲と結界陣を再現した新武装が搭載された無人機です」
「《V》と《S》の技……」
「こっちも無人機……貴族連合は戦争を機械任せにやるつもりなの?」
アリサはこれが戦場に参戦した場合を想像し、ギデオンを問い質す。
「カイエン公はこのシステムを絶賛すらしています……
死を畏れぬ機械仕掛けの兵士。文句も言わず、ただ命令を忠実に従い、いくらでも用意できる理想の兵士……
これを使い、内戦を平定した後はゼムリア大陸制覇に乗り出すつもりだそうです」
貴族派と革新派を超えた先の未来の展望。
それは決して夢幻ではないのだろう。
戦場を無数の《風の剣聖》が駆け回り、無数の機甲兵が絶対防御と砲撃で蹂躙する。
更には貴族連合にはまだ《ダインスレイヴ》という長距離質量兵器まで存在している。
「オズボーン宰相を止めて、来るディストピアを回避する私の大願はまだ叶ったとは言えません……
ですが、貴族連合がもたらす未来もまた私は受け入れることはできません」
「ギデオン……」
必死に訴えかけるギデオンに彼がどうしてこれまでの主義主張を捨て、クリス達の前に現れたのか理解する。
《機甲兵》の無人機化。
これが戦場に導入されれば貴族連合側の戦死者は限りなくゼロになるだろう。
だが、同時に人としての何かを致命的に失う危うさを持っている。
「戦争を機械に任せてしまえば、それはもはや“ゲーム”でしかありませんっ!
ですから、どうかっ! どうか貴族連合を止めてくださいっ!」
身体を椅子に縛られてなければその場に土下座していただろう勢いでギデオンは頭を下げるのだった。
補足説明
通商会議の襲撃について
原作ではオズボーンとロックスミスが隙を見せたことでテロリスト達を呼び込んだようにみせていました。
一見すれば、全て二人の策略に見えますが、直前のジオフロントでのティオとの合流でのイベントではカンパネルラがオルキスタワーのデータを横流ししています。
結社とクロイス家が繋がっていたことを考慮すれば、順当にクロイス家が結社を通じてテロリスト達に構造データを横流ししていたとするのが妥当だと考えます。
ただ各国首脳の暗殺計画はあくまでもテロリストを呼び込む口実であったでしょう。
本来の筋書きはテロリストをクロスベルの力で捕縛することで、自衛能力を示した上でテロリストを呼び込んだ責任をオズボーンとロックスミスに擦り付けて、独立宣言を行おうとしていた。
しかし、二人がそれぞれ《赤い星座》と《黒月》を雇っていたことでディーターの計画は頓挫し、あの半端な意識表明になったのでしょう。
要するにテロリストをダシにして謀略を巡らせていたのはオズボーンとロックスミスだけではなかったという事ですね。
強化型ケストレル 《風のケストレル》
閃Ⅱで登場したアリオスのデータを搭載したレジェネンコフ零式の技術を機甲兵に流用したケストレル。
高機動状態での排熱問題は無人機にすることで得られたコックピットスペースに冷却システムを乗せてクリア。
もちろん完全な《剣聖》の再現はできないものの、最大のメリットは量産することができて複数人の剣聖を戦場に投入できることでしょう。
自分の剣技が帝国で悪用されていることを知ったアリオスさんはどう思うでしょうね。
強化型ゴライアス
《V》のデストラクタキャノンと《S》のグラールスフィアを導力技術で再現した武装を搭載した大型機甲兵。
イメージはガンダムWのMDビルゴです。
NG?
ケストレルA
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス・マクレイン」
ケストレルB
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス・マクレイン」
ケストレルC
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス・マクレイン」
○○○○・○○○○○
「……結社のような悪の組織ならともかく、誇り高い帝国貴族が戦争を機械任せにするとは嘆かわしい」
ケストレルA
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス・マクレイン」
ケストレルB
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス・マクレイン」
ケストレルC
「私は八葉一刀流、風の剣聖アリオス――――私は八葉一刀流“初伝”、私は八葉一刀流“初伝”」
○○○○・○○○○○
「んふふふふふふ……これで良し」