「くっ……これはどういうことだ!?」
目の前で起きた出来事にミュラーは思わず叫び、発着場に縛られて放置されている警備兵たちを見つける。
「ミュラーッ! これはいったい何があったんだい!?」
遅れてその場に到着したオリヴァルトが声を上げる。
「分からんっ! もしかすれば貴族連合の間者かもしれん」
ミュラーは忌々しいと言わんばかりに駆動音を響かせて今にも飛び立とうとしている《カレイジャス》を睨む。
時間は早朝。
厳重な警備が敷かれていたはずの《カレイジャス》は待機要員を含めて外に追い出され、何者かによって占拠、強奪されようとしていた。
「とにかくお前は下がれ。ここは俺が何とかする」
「ミュラー」
ミュラーは剣を抜き、既にタラップが収められたカレイジャスに飛び乗る決意を固める。
危険だが甲板に飛び移るべく助走をつけて走ろうとした矢先、カレイジャスの甲板の扉が開いて下手人がその顔を見せた。
「おはようございます兄上」
「セドリック!?」
思わぬ下手人にオリヴァルトは目を剥いて驚き、ミュラーは思わず足を止める。
「これはいったいどういうことなんだい!? そこで君は何をしているんだ!?」
カレイジャスの駆動音に負けないようにオリヴァルトは声を張り上げて問い詰める。
対するクリスは用意していたマイクを取り出して、その叫びに答える。
「故合って、カレイジャスは貰って行きます。兄上――いえ、オリヴァルト皇子」
「なっ!? いや何を言っているんだい君は?
こんな強奪じみたことをしなくても、君が望むなら《カレイジャス》は君に喜んで譲るのに」
「それじゃあ駄目なんですよオリヴァルト皇子」
弟への施しを当たり前のように行う兄にクリスは苦笑する。
「貴方が僕を常に立てようとしていることは分かっています」
自分が正当な皇帝の血筋であり、オリヴァルトは妾腹の子。
継承権を持たないが年齢が一回りも大きいこともあり、オリヴァルトはセドリックを差し置いて自分が次期皇帝に祭り上げられないように一歩引いて自分やアルフィンを見守ってくれていた。
「ここで貴方からカレイジャスを受け取ってしまえば、今までと何も変わらない。だから奪う事にしました」
「いったい何を言っているんだ!?」
意味が分からないとオリヴァルトは叫ぶ。
「オリヴァルト皇子、勝負をしましょう」
「え……?」
「僕は僕のやり方で貴族連合を倒します。オリヴァルト皇子も貴方が望むように今の内戦を治めて下さい……
それでどちらが次期皇帝に相応しいか決めようじゃないですか」
「いや、そもそも僕には継承権なんて最初からないことは知っているだろ?」
「なら継承権があったなら違うと言うんですか?」
長年胸の奥にあったしこりを意識しながらクリスは続ける。
「ずっと……ずっと貴方を尊敬していました……
でも同時に惨めな気持ちを気付かない振りをしていました」
「セドリック……」
「貴方が本気を出せば、僕なんか簡単に蹴落とすことができるはずだった……
それをしなかったのは貴方の“愛”なんでしょうが、同時にこの上ない侮辱でもあるんです」
「セドリック。僕はそんな……」
「争う気がない――本気で相対すれば自分が勝つと疑っていないんですね?」
「っ――」
息を呑むオリヴァルトにクリスは苦笑する。
「ええ、僕もそう思っていました」
そしてその事実を認める。
「僕は兄上やアルフィンとは違って頼りなくて、幼い頃から二人と比較され宮中の者達から陰口を囁かれていた……
そして僕は兄上の才覚と自由な立場を妬みながらも、皇太子を譲られたことに安堵すると同時に罪悪感を抱いていました」
「セドリック……」
初めて明かしてくれている弟の心内にオリヴァルトは呆然と立ち尽くす。
「兄上、これでも僕は士官学院に入学して強くなったんです」
「……ああ、それは認めるよ。君は本当に強くなった」
「だから兄上、喧嘩をしましょう」
「喧嘩?」
脈絡のない言葉にオリヴァルトは首を捻る。
「喧嘩、競争、言い方は何だって良いんです……
とにかく僕と、どちらが次の皇帝になるか、この内戦の解決を懸けて僕と戦ってください」
「そんなことをしなくてもボクは皇帝になるつもりはない」
「それは分かっています……
だからこれは僕の我儘なんです。皇太子の座を譲ると言うのなら僕を負かせた上で譲ってください……
そうしてくれれば、僕はこの罪悪感を晴らして、敗北の苦汁を呑んで一歩前へ進める」
「…………しかし……」
「これは僕から貴方への挑戦でもあるんです」
躊躇うオリヴァルトにクリスは言葉を続ける。
「貴方が本気になれば、未だにオズボーン宰相の影響が濃く残る正規軍をまとめ上げることができたはず……
それをしなかったのは、この内戦で功績を上げて、民衆からセドリック皇子よりもオリヴァルト皇子の方が次の皇帝に相応しいと思われることを避けるため……
でもそんなことは気にしなくて良いんです」
「セドリック……」
「僕はクロウを、貴族連合の主宰のカイエン公達を倒します」
クリスははっきりと宣戦布告を告げる。
「敬いながらも軽んじられているアルノールの力を見せつけ、貴族連合でも革新派でも、第三の風でもない僕が一人勝ちしてこの内戦を治めてみせましょう」
「セドリック……そこまで……」
貴族派と革新派の仲裁、平和的な仲裁を考えていたオリヴァルトにはない結論に達した答え。
アルノールが一人勝ちをする。
それは途方もない
弟の成長を感じ取り、オリヴァルトは感激する。
「ならばセドリック。僕は――」
「逃げないでくださいオリヴァルト皇子」
喜んで道を譲ろうとするオリヴァルトの言葉を遮るようにクリスは告げる。
「僕は貴方が望む道とは違う道を行くんです……兄上は兄上が望んだ道を進んでください」
「しかしセドリック――」
「《Ⅶ組》は貴方の代弁者でも、スケープゴートでもありません」
「っ――」
クリスが突きつけた、自分では気付いていなかった“欺瞞”にオリヴァルトは思わず息を呑む。
「トールズ士官学院特化クラス《Ⅶ組》を設立した責任が貴方にはあるはずです」
彼は夏至祭の邂逅の時、第三の風になることを無理強いするつもりはないと言った。
しかし、彼らはいつの間にか当たり前のように“第三の風”になろうと動いている。
「アルフィンや僕の味方を作るためという考えもあったんでしょうが、事ここに至って貴方は裏方に徹することはできなくなっているはずです」
革新派の正規軍がオリヴァルトを認めていない理由はそれに当たる。
彼の平和的思想は置いておくとしても、オリヴァルト自身が積極的に内戦を解決しようという姿勢が感じられない。
もちろんオリヴァルトなりに内戦を解決しようと本気ではいるが、オズボーン宰相の苛烈さに慣れている彼らにとって、様々な理由で足踏みしているオリヴァルトを信じ切ることはできなかった。
「だからオリヴァルト皇子――」
「クリス、そろそろ切り上げて」
更に言葉を重ねようとしたクリスの背後からシャーリィが急かす。
《カレイジャス》の暖機運転が完了し、いつでも飛び立てる状態へとなった。
会話による時間稼ぎの目的は達したが、そこから時間を掛け過ぎてしまえば正規軍が集まって飛び立てなくなる。
「分かりました。オリヴァルト皇子――いえ、兄上」
「セドリック……」
これが最後だとクリスは告げる。
「兄上のカッコいいところを見せてください」
言いたいことをその一言に集約させてクリスは告げる。
それを合図にするようにカレイジャスは風を巻き起こして浮き上がる。
「それでは兄上っ! 次は帝都で会いましょう!」
その言葉を残してカレイジャスは上昇し、東の空へと旋回すると飛び立って行ってしまった。
「………………」
「行ってしまったな」
呆然と立ち尽くすオリヴァルトの背にミュラーが声を掛ける。
「お前のリベールの冒険譚に触発されてトールズ士官学院に今年入学したいと言い出した時はどうなるかと思ったが、セドリック殿下にとっては良い成長ができたようだな」
護衛役のクルトさえいらないと言い出した時はどうなることかと頭を抱え、今でも一人で行動したがるのが誰に似たのだかと悩むが、彼なりの逞しさを感じたことに安堵する。
「それでお前はどうする?」
弟のセドリックは覚悟を示した。
この内戦で二つの陣営を和解させるのではない、オリヴァルトが定評したものとは違う第三の道を選んだ。
その道は茨の道だろうが、《騎神》に選ばれた者ということを考えると期待をしてしまう。
「ミュラー……僕はこれでも色々と配慮して生きてきたんだ」
「ああ……」
呆然とした呟きにミュラーは頷く。
「母上が謀殺されて……セドリックの邪魔にならないように……目立たないように、期待されないように……
その中で自分なりの道を探してここまで歩いてきた……つもりだった……」
「そうか……」
「…………良いんだろうかミュラー? ボクは本気になっても?」
「お前の弟はもうそれで潰れる様な軟弱者ではないだろう……
例え潰されたとしても、腐らずそれを糧にして立ち上がれる“男”だ」
「そうか…………そうか……」
ミュラーの答えをオリヴァルトは反芻する。
「ミュラー」
「何だ?」
「レーグニッツ知事とハイアームズ侯を呼んでくれ」
「何をするつもりだ?」
「覚悟は決まったよ。オズボーン宰相が残した地盤を――帝国正規軍を引き継ぐ……
そして二週間、いや一週間で各地に散っている正規軍をまとめてカイエン公に直談判をしに行こうじゃないか」
カレイジャスが消えた空を見上げながらオリヴァルトは自分の中で生まれた決意を言葉にする。
*
「はあ……」
その一方でクリスはカレイジャスの甲板でへたり込んでいた。
「ああ、もうこれで後戻りできないなぁ」
「何ヘタレてんのさっ!」
蹲るクリスの背中をシャーリィが叩く。
「ぐっ……ゴホゴホッ……シャーリィ……」
強い衝撃に咳き込みクリスは振り返る。
「良い啖呵だったよ」
「…………あ……」
シャーリィからの賞賛にわずかにあった罪悪感が霧散して消える。
「やっぱり“称号”って言うのは自分の手で掴み取らないと意味ないよね」
「……シャーリィはもし“戦鬼”の称号をランディさんの方に継がせるって言われたらどうしていたかな?」
「そんなのランディ兄もパパも両方ぶっ飛ばして誰が“戦鬼”が相応しいか思い知らせてあげるよ」
「…………はは、シャーリィらしいや」
猟兵と皇子。
本来なら交わることのない両者だが、この感覚については共感できた。
「それより分かってるの?」
「何だい? 怖気づいたのかい?」
「まさか!」
クリスが聞き返した言葉にシャーリィは喜悦を含んだ笑みで応える。
「貴族派と革新派、両方を出し抜いて一人勝ちを狙う……うんうん、そうでなくちゃ面白くないよね」
楽しそうにこれから始まる戦争にシャーリィは笑う。
クロウの事、貴族や平民の主張など関係ないと言い切って付いて来てくれたシャーリィに頼もしさを感じる。
「ここから先は悠長にしている暇はないと思うよ」
ハイアームズ侯爵が鞍替えしたことで情勢は大きく変化した。
これまでまとまりがなかった正規軍もおそらくオリヴァルトが本気になってまとめ上げるだろう。
「最終決戦は近いだろうね」
おおよそ一週間。
それが《C》が出した見立てである。
「――ここから先は競争です、兄上」
クリスは遠ざかったセントアークを遠目に呟く。
初めての兄への挑戦であり、兄弟喧嘩。
絶対に勝って見せると意気込み、クリスは拳を握り締めた。
仮面
ギデオン
「なっ!? その仮面……まさか……」
《C》
「ふふ……久しぶりだな同志《G》」
ギデオン
「同志《C》……あり得ない……《C》は……《C》の正体は……」
《C》
「私の正体はそこまで重要かな?」
ギデオン
「なん……だと……?」
《C》
「帝国解放戦線のリーダーとは、君にとってどういう存在かね?」
ギデオン
「帝国解放戦線のリーダー……」
《C》
「そう、《C》とは歪んだ帝国を正すために立ち上がった憂国の士っ!
ならば《C》の真贋はその行動で示すべきであるだろう」
ギデオン
「《C》の真贋……」
《C》
「そう、そう言う意味では君もまた《C》なのだよ」
ギデオン
「私も……《C》……」
ナーディア
「なんか楽しそうだねー」
スウィン
「これもある意味洗脳なのか?」