(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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39話 貴族の義務

 

 

 

 

 

「考え直せラウラ。父上……ヘルムート・アルバレアは本気なんだ」

 

 使者としてレグラムを訪問したユーシスは頑なクラスメイトを案じて訴える。

 

「何度も言うがアルゼイド家はヘルムート卿の要求を受け入れることはできない」

 

 ユーシスから告げられた勧告にラウラは領主代理として首を横に振る。

 彼からもたらされた勧告はアルゼイド家の貴族連合への参加。

 クロイツェン州の意志を統一することを名目にアルバレア家は皇族の承認の書状を持ち込んでアルゼイド家に恭順を迫っていた。

 今回は最後通告としてラウラと交流があるユーシスが説得の使者として訪れたが、それでもラウラの答えは同じだった。

 

「ユーシス、そなたも分かっているはずだ……

 貴族連合が掲げる“義”に何の正当性もないことを」

 

 このセドリックの署名がされた書状も無意味だとラウラは断じる。

 世間的にはセドリックは皇宮に貴族連合に保護され、彼らの活動を支持している。

 しかし、皇宮のセドリックが偽物であることをⅦ組は知っている。

 

「今、クリスも《緋の騎神》と共に目覚め動き出している」

 

 ラウラは傍らに控えている親友、フィーに視線を送る。

 

「…………そうか……クリスは無事か」

 

 一瞬、ユーシスは険しい顔を緩めて安堵する。

 が、すぐにそれを引き締める。

 

「だが、それとこれとは話は別だ……

 既に貴族連合は大きく動き出している。もはやこの書状が本物なのか偽物なのかという事に然したる意味はない」

 

「ユーシス……」

 

「だいたい今更あいつに何が出来ると言うのだ?

 クリス・レンハイムは何処かの男爵家に過ぎない。奴が本物の皇子だと言う事を知っている者は極一部の人間しかいない」

 

「ユーシス!」

 

「仮に俺達、《Ⅶ組》が集まった所で出来る事は高が知れている」

 

「ユーシスッ!!」

 

「それともお前は領主代行の役目を放り捨てて、クリス達と共に行くつもりか?」

 

「それは……」

 

 淡々と現実を突き付けてくるユーシスにラウラは口ごもる。

 

「貴族連合はこの機会に帝国内の不穏分子の一掃を行い、貴族の選別を行うつもりだ……

 オズボーン宰相の息が掛かっていた貴族、四大名門よりも皇族の権威を優先する貴族……

 貴族に逆らえばどうなるのか、この内戦を使って父上達はその意味を平民に思い知らせるつもりでいる」

 

「その筆頭が我がアルゼイド家と言う事か?」

 

「アルゼイド、ヴァンダール、そしてノルティア州のシュバルツァー男爵家……

 この三家は特に皇族からの信頼が厚いが故に貴族連合にとっては邪魔な存在でしかない……

 だが、今ここでアルゼイド家が貴族連合への恭順を示せば、受け入れると父上の承認を得て俺はここにいる……

 ラウラ、決断を……さもなくばレグラムはケルディックのようになるぞ」」

 

「ケルディック……正規軍が平民を煽って暴動を起こし、領邦軍が《機甲兵》の大部隊を送り込んだと聞くが」

 

「うん、結構な犠牲者が出たよ」

 

 不確かな情報を、その場にいるフィーが当事者として肯定する。

 

「し、しかし――くっ……」

 

 元々、アルゼイド家はクロイツェン州の領主であるアルバレア家の意向と衝突することは多かった。

 その上、貴族派ではなく皇族派とも言える中立派を主張していたが、そんな日和見な態度を貴族連合は見過ごす程甘くはない。

 

「ユーシス……そなたは本当にこれで良いのか?」

 

「俺の意見など関係ない……

 父やカイエン公が決めた方針に俺が反論したところで誰も聞く耳など持ちはしない」

 

「しかし、そなたは最後通告として私の説得にこの場に来ている……

 本当ならそれさえもなく、クロイツェン州領邦軍はレグラムに侵攻して来たのではないのか?」

 

「…………」

 

 ラウラの指摘にユーシスは押し黙る。

 

「それにこのような大きな選択は若輩である私には荷が重い。父上の判断を――」

 

「甘えるなラウラ・S・アルゼイド」

 

 これまでの要求を躱して来た文句をユーシスは切り捨てる。

 

「ヴィクター卿が《紅き翼》の艦長となり、オリヴァルト殿下と共に正規軍に吸収された今、レグラムの領主はお前であり、お前が判断を下さなければならないことだ……

 これ以上、その言い訳を続けるのなら貴族連合はアルゼイド家に恭順の意志はないと判断する」

 

「くっ……」

 

 ユーシスの指摘にラウラは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。

 もはや猶予はないと言うユーシスにラウラは必死に慣れない思考を巡らせる。

 

「なんか……らしくないね」

 

「フィー?」

 

 二人の貴族のやり取りを静観していたフィーがラウラの背後で呟く。

 

「ラウラがちゃんと貴族しているのも意外だったけど、ユーシスってそんなに貴族だったの?」

 

「フィー!?」

 

「……それはどういう意味だ?」

 

 フィーの指摘にユーシスは顔をしかめながら聞き返す。

 

「学院ではマキアスとかに“貴族の義務”だとか口癖みたいに言っていたけど、結局お父さんに逆らうのが怖いだけなんでしょ?」

 

「っ――何だと?」

 

 フィーの言葉を侮辱と捉えたユーシスは眦を上げてフィーを睨む。

 

「違うの? 帝国解放戦線を支援して、あいつらの死を偽装してオズボーン宰相を狙撃させて、その上クリスの偽物を使ってる……

 筋を通していないのはどう見たって貴族連合側……

 ラウラ風に言えば、“義”は正規軍の方にある……

 なのに貴族連合の間違いに目を瞑ってそっち側に付いたってことは、ユーシスはマキアスが言っていた卑怯な貴族だったって事でしょ?」

 

「そういうお前の方こそ、そちらに付くとは意外だったな」

 

「む……どういう意味?」

 

 言い返してきたユーシスの言葉にフィーは顔をしかめる。

 

「元猟兵のお前に帝国への愛国心があるわけではないだろう?

 貴族連合はお前の家族の《西風の旅団》を雇い入れている。Ⅶ組として動くよりも家族恋しさに貴族連合に付くとばかり思っていたぞ」

 

「…………別にゼノ達のことはどうでも良い」

 

 ユーシスの指摘にフィーは自分でも不思議な程に彼らに執着していない自分に疑問を感じながらはっきりと答えた。

 

「わたしはオズボーン宰相には借りがあるから」

 

「オズボーン宰相に借り?」

 

 意外な繋がりにラウラは首を傾げる。

 

「そ……クロスベルに拘留されているガルシアと面会させてくれるように便宜を図ってくれたり、アルカンシェルに口利きしてくれたり」

 

「ふむ……そう言えばそんなことがあったような…………私もオズボーン宰相に借金が……んん?」

 

 何かがおかしいとラウラは首を捻るが、それに構わずフィーは続ける。

 

「わたしは今まで銃を持つ生き方しか知らなかった。でも銃を捨てた生き方があるって教えてくれたのはオズボーン宰相だった……

 でもそのオズボーン宰相はクロウに撃たれた……

 猟兵にだって恩義を感じる情はあるし、恩を仇で返すのは流儀に反する……

 だからゼノ達と戦う事に躊躇う理由はないよ、誰かさんと違って」

 

「生憎だが、お前と違って俺には背負うものがあるだけだ」

 

 自分の都合など知りもせず蔑むフィーにユーシスは苛立つ。

 始まりは確かに貴族連合がクロウを利用して弾丸だったかもしれない。

 だが、もはや帝国全土に燃え広がった内戦の焔はクロウだけのせいだと言えない所まで激しく燃え上がってしまった。

 次期アルバレア公爵家当主であることが内定したとしても、まだ学生でしかないユーシスに与えられた権限も人望もあるはずもない。

 ユーシスができることなど高が知れている。

 

「もはや事態は学生が介入する域を超えている。俺はただ次のアルバレア公爵として、少しでも被害を抑えるためにできる限りのことをしているに過ぎない……

 それともお前達はオリヴァルト殿下の《Ⅶ組》として帝国のために命を懸けて戦う理由があるとでも言うのか?」

 

「それは……」

 

 ユーシスの言葉にフィーは思わず目を逸らす。

 

「お前に俺の事情を理解しろとは言わん……

 根無し草で責任を背負う事もなくいつでも、どこへでも逃げられるお前と俺では違うんだ」

 

「むっ……」

 

 ユーシスの棘のある言葉にフィーは顔をしかめる。

 確かに自身は元猟兵であり、帝国には特に愛着など感じていない。

 それでも《Ⅶ組》として過ごした半年は心地よく、《西風》とは別種の愛着を感じるようになっていた。

 

「確かにわたしには帝国に愛着はそれほどないけど、《Ⅶ組》のみんなのためなら戦っても良いって思ってるよ」

 

「そうか……だが俺が優先すべきは貴族連合でも《Ⅶ組》でもなくクロイツェン州の民だ」

 

 互いを睨みつけるユーシスとフィーの険悪な空気にラウラは右往左往と狼狽える。

 

「ふ、二人とも……落ち着いてくれ」

 

 学院では珍しい二人の会話を仲裁しようと頭を悩ませる。

 “中心”や“重心”がいなければ、こんなにも簡単になってしまう自分達の横の絆の繋がりは薄かったのかと思わず考えてしまう。

 

「別に俺はフィーの在り方に文句を言うつもりはない」

 

「それはわたしも……ユーシスが決めた道ならそれで良いんじゃない?」

 

「お前達……実は似た者同士なのではないのか?」

 

 あっさりと矛を納める二人にラウラは納得がいかないとため息を吐く。

 

「そんなことよりも今はレグラムの身の振り方だ」

 

 ユーシスは脱線した話を戻し、ラウラに言う。

 

「父上がレグラムを制圧することを決めたことにはまだ理由がある」

 

「理由?」

 

 首を傾げるラウラにユーシスは少し躊躇いながらも告げる。

 

「先日のサザーランド州での貴族連合と正規軍の大規模な戦闘は知っているな?」

 

「うむ」

 

「その戦闘でヴィクター卿は正規軍に撃たれて戦死されたらしい」

 

「…………え?」

 

「この情報が正しいかどうかはまだ調べさせている最中だが、レグラム侵攻について最も警戒すべき《光の剣匠》がいなくなった……

 父上はアルゼイド家を取り潰す絶好の機会だと判断してしまったのだ」

 

「相手が弱ったところを狙い撃つ……戦のセオリーかもしれないけど、あの人がそれで殺されたって言うのはちょっと信じられないかな?」

 

 呆然と立ち尽くすラウラに代わってフィーが口を挟む。

 

「それは俺も同感だ……

 しかし貴族連合が導力ネットを使って確度が高い情報だと帝国全土に流している」

 

「そうなると、もう真実がどうとかって話じゃないのかな?」

 

「ああ、ヴィクター卿はカレイジャスの艦長として正規軍に協力していた。だがその彼を背後から撃ったとなれば、正規軍を批難する声も上がるだろう」

 

 忌々しい事に導力ネットと言う拡大した情報網を利用し、貴族連合は自分達に都合の良い報道を行っている。

 その真偽を確かめる術もまた導力ネットであり、ヴィクター卿の死亡説を否定するものもあるのだが情報が錯綜して何が正しいのか分からない状態だった。

 

「レグラムの民にとってヴィクター卿が撃たれたことは無視できない事実のはずだ……

 これを機に貴族連合に参加するのなら、これまでの不敬は水に流しても良いと父上から了承は得ている。だからラウラ」

 

 ユーシスは決断を迫る。

 中立を守り、日和見を認めないアルバレア公爵家と徹底抗戦する。

 もしくは正規軍への報復のためにレグラム市民の決起。

 ヴィクターの人望はレグラムの外にまで及んでいることを考えれば、決起の焔はレグラムだけには留まることはないだろう。

 

「………………誰に父上はやられたのだ?」

 

 呆然と立ち尽くすラウラは何とか質問を絞り出す。

 

「…………撃ったのは…………ティルフィングだ」

 

「っ――」

 

「ティルフィングだと消去法で《琥珀》だよね……

 シャーリィはクリスと一緒にいるから除外して、マキアスかエリオットのどっちかって言う事?」

 

 出て来た二人の名前に重い沈黙が流れる。

 まさかという思いが半分と、あの貴族をとにかく憎んでいたマキアスの姿からもしかしたらと考えてしまう。

 そしてそれはエリオットも同じ。

 ガレリア要塞で父を《猟兵王》に殺され、それを指示していたのが貴族だと知ってしまった彼の復讐心がどうなっているのかラウラ達には分からない。

 

「先程は代理でも領主だと言ったがヴィクター卿の安否が分からない今、お前がレグラムの方針を決めなければいけない。その責任から逃げるな」

 

「っ……」

 

 ユーシスの厳しい言葉にラウラは唇を噛む。

 ここがレグラムにとっての岐路だと言う事はラウラも理解した。

 

「私は…………私は……それでも貴族連合に協力することはできない」

 

「ラウラッ!」

 

「貴族連合にはどう考えても“義”はない! これはそなたも分かっているはずだ!」

 

「例えそうだったとしてももう貴族と平民の戦争は起こってしまった……

 ならば大義などに拘らず、少しでも不幸な出来事から民を守ろうとして何が悪い!」

 

「だからと言って――」

 

「ならばお前はこのままレグラムを滅ぼされるのを黙って受け入れるのか?」

 

「っ――」

 

「いや、レグラムは出来る限り無傷で制圧するように努めるだろう。だが次にレグラムの領主にされる者がまともだと期待するなよ」

 

「っ……」

 

 ラウラは必死に思考を巡らせて考える。

 何もユーシスは貴族連合を認めて、降伏を訴えているわけではない。

 貴族の剪定。

 確かにアルバレア公爵家とアルゼイド子爵家は決して仲が良いとは言えないが、まさか鉄血宰相の排除に便乗してそこまでするとラウラは全く予想もしていなかった。

 

「くっ……」

 

 黙り込んでしまったラウラにユーシスはため息を吐く。

 

「今日はこれで帰らせてもらう」

 

「ユーシス?」

 

「明日、同じ時間に改めて答えを聞きに来る。それまでに身の振り方を考えろ」

 

 それがせめてもの猶予だと言ってユーシスはラウラに背を向けた。

 ユーシスはそうしてアルゼイド邸を後にして、残されたラウラは力が抜けたようにその場にへたり込む。

 

「大丈夫?」

 

「フフ……みっともない所を見せてしまったな」

 

 差し出されたフィーの手を取ってラウラは立ち上がる。

 

「もっと言い返せば良かったのに」

 

「いや、ユーシスと口で勝負しても私には勝ち目はないだろう」

 

 剣に傾倒して来た自分と違って、あらゆる分野を学び、それに相応しい振る舞いを身に着けたユーシスとでは勝負にならないことをラウラは自覚する。

 剣だけではなく、もう少し領地の運営の仕方など学んでおけば良かったと、ラウラは後悔する。

 

「でも……」

 

「言ってやるな。ユーシスもユーシスなりに戦っているんだ」

 

 ユーシスの立場は理解できる。

 アルバレア公爵家の当主が健在である以上、ユーシスには軍を動かすだけの権限はない。

 それでもレグラムの危機を伝えに、下の者に任せておけばいい使者を自分で引き受けたり、彼なりにクロイツェン州の一員であるレグラムを貴族連合の内側から守ろうとしてくれているのは分かる。

 

「しかし父上がティルフィングに撃たれて戦死したと言うのは……」

 

「ちょっと信じられないね。でも欺瞞情報を流すのは戦争の常套手段でもあるよ」

 

「うむ……そうだな……

 父上は背中から撃たれたくらいで死ぬような人ではない」

 

 自分に言い聞かせるようにラウラはヴィクターの安否を祈る。

 

「くっ……こんなことになるならもっとちゃんと導力ネットについて学んでおけば良かった……」

 

 情報の元である導力ネットをどこまで信じて良いのかラウラは唸る。

 ユーシスがくれた一日の猶予。

 それまでにレグラムの身の振り方を決めなければいけないこと、領主代理として選択を迫られた重責をラウラは実感する。

 

「貴族の選別か……」

 

 オズボーン宰相の排除に飽き足らず、そこまでの暴挙に出る貴族連合の理不尽さにラウラは怒りを感じずにはいられない。

 

「どうするつもり?」

 

「どうすれば良いと思う?」

 

 フィーの問い掛けにラウラは気弱に聞き返す。

 

「そんなことわたしに言われても困る」

 

「そうだな……すまん」

 

 決めなければいけないのは領主の娘であり、代理の自分。

 しかし、どうすれば良いのかラウラには分からなかった。

 

「父上の威光がなければ中立さえ保てないか……情けない」

 

「クリスはルーレの方に行っちゃったみたいだからね。クリスがいればもう少しマシな選択ができたかな?」

 

「…………そうだな」

 

 今、貴族連合の暴走を止められるとすれば、《緋の騎神》を扱えるクリスだけだろう。

 どういう基準で彼がルーレを選んだかは分からないが、クリスがここにいてくれたらと思わずにはいられない。

 

「で、本当にどうするつもり? ユーシスと戦うの?

 何だったらバリアハートに潜入して引っ搔き回して来ようか?」

 

「いや、フィーがそんな危ない橋を渡る必要はない」

 

 フィーの提案をラウラは却下する。

 

「しかし………いや……フィー、一つ頼まれてくれないか」

 

「ん、何をすれば良い?」

 

 小さな体で即答で頷いてくれるフィーに頼もしさを感じながらラウラはその場にクラウスも呼んで自分の考えを告げる。

 

「レグラムを放棄する」

 

「本気? いくら小さい街だからって、住民全員を避難させようなんて無理があるよ、第一どこに行くつもり?」

 

「エベル湖の南西からサザーランド州のパルムに出られる街道がある。距離はあるが徒歩でいけない距離ではない」

 

「だからって……」

 

 ラウラの提案にフィーは渋る。

 

「フィー。私はこんな私欲に塗れた戦争でレグラムの者達が血を流すことも、血で汚れることも望まない……ならばもう逃げるしかあるまい」

 

「それで良いの? アルゼイド流は帝国の“武の双璧”って呼ばれているんでしょ?」

 

「“誇り”と民の安全を秤に掛けることなどできない……

 それにパルムへ行けば、父上の件についての真実も分かるはずだ」

 

 希望的観測だが、ヴィクターが生きている事を信じたいし、Ⅶ組の仲間のこともラウラは信じたい。

 だが、このままレグラムに閉じこもっていても真実は分かるはずもなく、貴族連合もこれ以上レグラムの引き籠りを許すつもりはない。

 

「だけど貴族連合が見逃してくれると思う?」

 

「朝霧に紛れれば多少の猶予は得られるだろう。それと――」

 

 フィーの疑問にラウラは決意を固めて告げる。

 

「《青のティルフィング》は私が使わせてもらうが、良いか?」

 

「良いけど、何をするつもり?」

 

「貴族連合に決闘を申し込む。まあ殿は私に任せろ、と言う事だ」

 

「ラウラ……それは……」

 

「奴等が排除したいのはアルゼイド家であってレグラムの民ではない……

 それに“武”を尊ぶ帝国の、アルゼイド家の権威を堕としたいのならばこの申し出を受けないはずはないだろう」

 

「でも……」

 

 気丈な顔の奥に秘めた決意を感じ取り、フィーは昔のことを思い出してしまう。

 

「死ぬ気なの?」

 

「フィー……私は何も命を捨てるつもりは――」

 

「うそ……今のラウラは団長が“闘神”と戦いに行こうとしていた時と同じ顔をしている」

 

「それは…………光栄と言うべきか……」

 

 名高い猟兵王と並べられたことにラウラは嬉しさ半分の苦笑を浮かべる。

 

「貴族連合が正々堂々の決闘なんて受けるはずがない……

 仮に受けたとしても、絶対に卑怯なことをしてくるはず」

 

「それならそれで構わない。貴族連合の注意を私に集められるのならむしろ望むところだ」

 

 そもそもの数に圧倒的な差があり、《機甲兵》が主力となっている貴族連合の軍隊にレグラムの兵力が敵う道理はない。

 唯一対抗できる戦力である《機神》の存在を貴族連合は無視できないとすれば、ラウラが戦う意味はある。

 

「…………納得できない」

 

「フィー?」

 

「団長もそうだった。ちゃんと帰って来るって言ったのに、退き時を忘れて死ぬまで戦い続けた」

 

 その時のことを思い出したのか、フィーは体を震わせながら続ける。

 

「ねえラウラ。撹乱と暗殺ならわたしができる。それこそ帝国の伝説の暗殺者《漆黒の牙》みたいに。ラウラやⅦ組のためならわたしは――」

 

「フィー、気持ちは嬉しいがそれでは駄目なんだ」

 

 フィーならば確かにバリアハートに潜入してあの伝え聞く《漆黒の牙》のようにヘルムート・アルバレアの暗殺をすることはできるかもしれない。

 しかし、それはラウラが望む決闘と同じ、死を覚悟しての暗殺になるだろう。

 レグラムと貴族連合の問題にフィーがそこまで身を捧げる必要もなければ、ラウラ自身もフィーにそれを望まない。

 

「これはアルゼイドである私の意地でもあるのだ」

 

「意地を張って死んだら意味はない。生きていたもの勝ちって言うのが“猟兵”の勝利条件」

 

「フィーの言いたいことは分かる」

 

 ただ自分の身を案じてくれている優しい少女にラウラは微笑む。

 

「しかしこれは私の“貴族の義務”なのだ」

 

「“貴族の義務”なんてもう誰も守ってないのに?」

 

「誰も守っていなかったとしても、私がその“義務”を放棄する理由にはならぬ」

 

「…………わたしには理解できない」

 

「そうだろうな……だが、それで良いんだ」

 

 納得しないフィーにラウラは苦笑する。

 

「頼む。フィー親友としてレグラムの民を導いて欲しい……

 そなたが私の民を守ってくれるなら、私は心置きなく戦える」

 

「………………そんな風に頼まれたら断れないか」

 

 決して譲ろうしないラウラにフィーは諦めのため息を吐く。

 

「んっ……分かった。レグラムの人達はわたしが護る」

 

「フィー、そなたに感謝を――」

 

「ただし」

 

 感謝を告げるラウラの言葉をフィーは遮る。

 

「わたしは猟兵だから報酬を要求する」

 

「ほ、報酬……」

 

 突然のフィーの申し出にそこまで考えていなかったラウラは狼狽える。

 これから死地に向かう自分が支払えるものやミラの相場を思い浮かべるが、それを言葉にする前にフィーが要求を突き付ける。

 

「全部終わったら《キルシェ》の一番高いパフェ。踏み倒したら許さないから」

 

「フィー」

 

 言外に死ぬなと言わんばかりの報酬にラウラは微笑む。

 

「ああ、必ず支払おう」

 

 ラウラとフィーはどちらともなく握手をするように拳を突き合わせ、それを約束として互いの戦場へと赴くのだった。

 

 

 

 






 うまく書けた自信がないので補足説明。

 レグラム編でのテーマは“貴族の剪定”。
 内戦を終わらせた後を見据えて、貴族連合に恭順しなかった、もしくは中立を保ち日和見をし続けた貴族を取り潰す予定があります。
 アルゼイドやヴァンダールは四大名門よりも皇族に忠誠を誓っているので、皇族を傀儡にしている貴族連合にとっては邪魔な存在であるため、内戦中に排除するのが貴族連合の考えです。
 またシュバルツァー家はオズボーン宰相の故郷と言う理由以外でも、これらの理由に当てはまるので貴族連合が排除するべき貴族としてリストアップされていました。


 ユーシスは貴族連合の方針を止めることはできないが、内側から少しでも被害を少なくするように尽力しています。
 彼が使者としてラウラの説得に名乗りを上げなかったら、ヘルムートはレグラムに宣戦布告と同時に攻撃を仕掛けていました。




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