(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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 ヘルムートは無能と言うイメージが強いようですが、この作品内ではそれなりの力を持っているようにしています。
 解釈違いを不愉快と感じさせてしまうかもしれませんが、御容赦ください。



 ヘルムートが強い根拠
1四大名門として武芸の英才教育受けていた
2若かりし頃、彼が比較されるのが、
 ヴィクター、マテウス、オズボーン、オーラフ。
 最低でもこの四人を比較対象にされる世代なので求められる武芸の質が高かった
3オズボーンの政敵として対抗できるだけの力があったこと

 もちろん現代では鍛えた才覚や剣の腕は様々な理由で錆び付いて衰えていますが、“腐っても鯛”だと自分は考えています。






41話 アルゼイドの戦い

 レグラムとバリアハートを結ぶエベル街道に横隊を組んで機甲兵と導力戦車が敵を待ち構える。

 

「――来たぞ。総員構えっ!」

 

 双眼鏡で街道を駆けて来る《機神》を確認し、指揮官が号令を上げる。

 それに合わせて機甲兵や導力戦車が一斉に銃口や砲門を向ける。

 

「――撃てっ!」

 

 十分に引きつけて一斉射撃が《青》を襲う。

 降り注ぐ砲弾の雨に《青》は大剣を上段に構え――振り下ろす。

 

「地裂斬っ!」

 

 剣閃が砲弾の雨を斬り拓いて大地を割る。

 その衝撃波が横隊の中央に走り、弾け飛ぶ大地の破片が横隊の中央で爆発する。

 

「っ――」

 

 巻き上がった土砂に視界が閉ざされる。

 幸いなことに距離があったため、剣閃の威力は導力戦車を一台破壊するにも至ってはいなかった。

 しかし――

 

「おおおおおっ!」

 

 舞い上がった土煙の中、横隊の中に跳躍して突撃した《青》は咆哮を上げる。

 

「なっ!? 何だ引き込まれ――」

 

 指揮者の指示を待ち、土煙の中で敵の攻撃に備えていた機甲兵は何かに引き寄せられる力に狼狽える。

 

「せいやっ!」

 

 気合い一閃。

 戦技によって吸い寄せられた機甲兵たちが横に薙ぎ払われ、《青》はこじ開けた横隊の隙間を前へと駆ける。

 

「くっ――反転っ! 次弾装填急げっ!!」

 

 薙ぎ倒された機甲兵の下で導力戦車が駆け抜けた《青》の背中に照準を合わせ――

 

「させないよ」

 

 声と共に導力戦車の中で煙が爆発した。

 

「なっ!? 何だこれはっ!? げほげほっ!」

 

 無視された導力戦車は次々と煙を吹き出し、フィーはそれを見届けて機甲兵の頭に着地する。

 

「くっ――よくもやってくれたな」

 

 前に振り返れば《青》の前進しながら繰り出された一撃を一体の機甲兵が剣で受け止めていた。

 

「流石は女でもアルゼイドの剣士というわけかっ! だが貴様の悪あがきもこれまで――」

 

「――邪魔だ」

 

 口上の途中にも関わらず、《青》は剣を隙だらけに突き付けていた機甲兵に踏み込み大剣を振り下ろす。

 

「今日限りで帝国最強の看板はこの――へ……?」

 

 貴族の偉そうな声は機甲兵の頭と共に潰され、返す刃が無防備になった機甲兵が吹き飛ばし、無事だった機甲兵を巻き込んで転がる。

 

「…………」

 

 思わずフィーは薙ぎ払われた機甲兵を視線で追い――頭を振って嫌な思考を振り払う。

 

「フィーッ!」

 

 機甲兵を薙ぎ払って振り返る《青》にフィーはすぐさま具足の機構を使ってその肩に着地する。

 それを確認して《青》はすぐに踵を返して走り始めた。

 

「…………何とかうまく行ったみたいだね」

 

「……うむ」

 

「やっぱり貴族連合もまだ《機甲兵》の練度は高くないみたい。戦車との連携も悪かった」

 

 フィーは今の戦闘の手応えの感想を呟く。

 これが生身同士での戦いならこんなに簡単に防衛線を突破することはできなかっただろう。

 念のため背後を確認して見るが、倒れた《機甲兵》を立て直すことに躍起になってすぐに追って来る気配はない。

 

「次もこんなにうまく行くと思わない方が良いよ」

 

「ああ……」

 

 ラウラの気の抜けた返事にフィーは首を傾げる。

 

「……やっぱりああいう戦い方は嫌?」

 

 大技で戦場をかき乱し、まともに戦わず混乱に乗じて防衛線を突破する。

 例え相手が貴族らしく名乗りを上げても決して付き合うなとフィーは予め厳命していたが、やはり納得ができてないのだろうか。 

 

「いや、一人一人まともに戦っていたらキリがないと言うのは私だって理解している」

 

「じゃあ何が不満なの?」

 

 ここから先は死地。

 ラウラに命を預けると決めたが、不調となったラウラにフィーは作戦をここで切り上げるかどうか提案する。

 

「別に本当にユーシスのお父さんの首を取る必要はないよ?

 大立ち回りを演じて、ラウラが身を隠せばそれだけでいつ襲って来るか分からない暗殺者として抑止力になれるって説明したよね?」

 

「だがそれはあくまでヘルムート・アルバレアの喉元まで辿り着けばの話であろう? 大丈夫だ。私はまだやれる」

 

「じゃあどうしたの? 心ここにあらずって感じだったけど」

 

「それは……フィーに謝らねばならないと思ったんだ」

 

「わたしに謝る?」

 

「覚えているか? 鉄道憲兵隊での特別実習の時のことを?」

 

「うん……覚えているけどそれが何?」

 

 思い出してみればあの時も、レグラムからバリアハートを経由してガレリア要塞を導力車で目指す実習だった。

 

「私はあの時からフィーを“猟兵”ではなく、一人の人間として見るように努めていた……

 そなたのことは人として信頼できるし、決して血に飢えた死神ではないと分かっていたからな」

 

「それで……?」

 

「だが、そなたを認めていた一方でやはり“猟兵”の存在を認められなかった」

 

「…………そう」

 

「ああ、勘違いしないでくれ。認められないと言うのはむしろ“猟兵”を雇う者達のことだ」

 

 フィーに勘違いされないようにすぐにラウラは訂正と説明を続ける。

 

「軍と言うのはいざという時に、民の前に立ち戦うために日々鍛えている……

 にも関わらず、戦うべき時に他人をミラで雇い入れて“戦争代行”をしてもらう……

 己の責務を全うしない依頼主。猟兵以上に私は彼らのことが理解できなかった」

 

 人手を充実させる目的があるかもしれない。

 しかしそれを差し引いても、やはりラウラには納得できないものだった。

 

「戦うために、守るため、貴族はそのために様々な特権を得て、有事の際に民を守る。貴族とはそのために存在していると私は考えていた……

 だから責務を果たさず、鍛えた力を使わず“猟兵”を雇う者達を臆病者とさえ思っていた」

 

「…………それで?」

 

「だが、今は彼らの気持ちが少し分かった」

 

 ラウラはため息を吐く。

 

「民の犠牲はもちろん、私はアルゼイドの門下の誰も犠牲になって欲しいとは思えなかった……いや、言えなかった」

 

 本来ならラウラは防衛線で貴族連合と戦うつもりだった。

 共にラウラと戦うために残ると言う彼らを《機甲兵》と戦うには無力だと言い切って彼らの主張を拒絶した。

 

「彼らが犠牲になるくらいなら、こうして一人で戦う事の方が気が楽に感じてしまう……

 ミラでレグラムのみんなが誰も死なないで済むと言うのなら、猟兵を雇っても良いかもしれないと私は考えてしまった」

 

 誰も犠牲にならない方法を考えに考えてラウラが出した答えの中には、自分が最低だと見下した方法があった。

 もっとも考えたがラウラに猟兵を雇う伝手も時間もなかったので、実現することはなかったのだが。

 

「結局何が言いたいの?」

 

「ええっと……」

 

 フィーの追求にラウラは口ごもる。

 感じたことをそのまま口にしていたため、分かりにくかっただろうかとラウラは言葉を選ぶ。

 

「フィー、改めて私はそなたたちが“死神”などではないと分かった……

 “猟兵”とは私が思っていた以上に必要とされる者達だったのだと分かった気がする……

 貴族と立場を笠に着て、私利私欲を満たす貴族こそ害悪な存在なのだろうな」

 

「…………それ、ラウラの考え過ぎ」

 

 勝手な自己完結をしたラウラにフィーは肩を竦めて彼女の答えを切って捨てた。

 

「いや、しかし――」

 

「猟兵は軍人の代わりに矢面に立つなんて高尚なこと考えてないよ……

 基本的に戦争が好きで好きでたまらないろくでなし」

 

 養父の顔や後から入って来たクラスメイトの顔を思い出しながらフィーは続ける。

 

「それに大半の猟兵が略奪をする弱い者いじめが好きな奴等で、《西風》や《赤い星座》の方がむしろ少数派だと思う」

 

「だが、そなたは戦いが好きだと言うわけではないのだろう?

 それにフィーはこんな馬鹿げた特攻に付き合ってくれているではないか」

 

 ラウラの指摘にフィーは考え込み、昨夜のこと、それに学院での生活を反芻しながら口を開く。

 

「わたしはずっとラウラやユーシス、それにマキアスも馬鹿だなって思ってた」

 

「ふむ……?」

 

「確かにわたしは自分の生まれも分からない孤児だけど、血筋なんて目に見えない不確かなものに囚われて生き方を自分から縛っているみたいで理解できなかった……

 それに特別実習で見て来た貴族は好き勝手やっていたし、私欲のために略奪する“猟兵”と何が違うのか分からなかった」

 

「…………そうだな」

 

 猟兵と貴族の違い、両方が身勝手だと言うフィーの主張にラウラは頷く。

 

「一皮剥けばユーシスもそんな貴族だった、ラウラももっと追い詰めれば本性が見えるんじゃないかと思った」

 

「それがそなたが私に同行した理由か?」

 

 フィーが密かに幻滅していた事実にラウラは思わず自嘲する。

 しかし、フィーは首を横に振って否定する。

 

「昨日、ラウラがレグラムのみんなに説得されたのを見て、これが正しい貴族と平民の姿なんだって分かった」

 

 レグラムの住民を前にラウラが逃げろと訴え、彼らは彼女の意思に反してラウラと共に戦う事を望んだ。

 どちらも折れず、逃げ時を失い、折衷案としてラウラが一人で特攻する作戦に至ったのだが、彼女たちを愚かとフィーは思えなかった。

 

「ふむ……そなたにとって貴族とはいったい何なのだ?」

 

 フィーが出した貴族とは何か、自分の中で貴族像が揺らいでいるラウラは訊き返す。

 

「貴族って言うのは、“お父さん”なんだと思う」

 

「“お父さん”?」

 

「団長も命を無駄に捨てるなって言っていたけど、いつも撤退する時は殿を務めていた……

 あの時、みんなに慕われていたラウラに団長の背中を思い出した……

 ラウラにとってレグラムは、わたしにとっての《西風の旅団》なんだよね?」

 

「…………ああ……ああ、そうだな」

 

 フィーの質問にラウラは頷く。

 血筋と言う意味ではラウラの家族はヴィクターであるが、レグラムが家族だと言う事は言われるまでもないラウラにとっての当たり前だった。

 しかし、フィーに言われて貴族とは何なのか腑に落ちた気持ちになる。

 内戦が始まり、レグラムに戻ってから何度も考えていた貴族は何なのかという問いに一つの答えを得た。

 清々しい気持ちを抱きながら、気力を充実させ、ラウラは見えて来た第二防衛ラインを見据える。

 

「ならばレグラムの父として死んでも役目を果たさなければな」

 

「ラウラは死なないよ。わたしが護るから」

 

「それは心強いっ!」

 

 今度の防衛戦には空に飛空艇が見える。

 だが、それでも気力は充実しており負けるとは思えなかった。

 

 

 

 

「見失っただと!」

 

 バリアハートの南門に張った陣でその報を受けたヘルムートは怒りを露わにする。

 

「も、申し訳ありません」

 

 伝令の通信兵は理不尽な怒りに頭を下げながら、そこにいた兵に代わって状況の説明をする。

 

「アルゼイドの娘が乗る《機神》を飛空艇で追い詰めたものの、南クロイツェン街道とエルベ街道を繋ぐ橋にて崖下へ転落」

 

「なんだ撃退できたのではないか」

 

 その報告にヘルムートは肩透かしされる。

 

「いえ、それが崖下を調査したところ《機神》の残骸は発見できませんでした」

 

「そんな馬鹿なことがあるか!」

 

 あり得ない報告にヘルムートは兵を怒鳴りつける。

 《機甲兵》を隠してきたこともあり、巨大な兵器の隠蔽が困難なことをヘルムートは良く分かっている。

 

「さっさと見つけ出せと伝えろっ! それからユーシスは何をしている!?」

 

「ユ、ユーシス様でしたら本陣が危ないと河川の調査を他の者に任せ、こちらに向かっているそうです」

 

「……ユーシスめ」

 

 河川を伝えばバリアハートの東側に出られるが、《青の機神》は飛行能力を持たない。

 いくら《機神》や《機甲兵》が人に対して巨人であっても、その城壁を乗り越えることはできないことは目に見えている。

 そもそもルーファスならば、《機神》を見失うようなこともなかっただろうと考えヘルムートは舌打ちをする。

 

「ちっ……忌々しい」

 

 ルーファスならできた。ルーファスならばできた。

 ユーシスを見る度にどこからか聞こえて来る囁き。

 それは自分の内面からのものでもあり、ルーファスとユーシスの出生を知る者の陰口でもある。

 それを聞く度に、息子たちを通して弟との優劣を比較されるように感じてしまう。

 

「やはり平民の血のせいか……」

 

 ユーシスの不出来をヘルムートは平民の血のせいにする。

 そんなユーシスに次代のアルバレア家を任せる事はヘルムートにとって屈辱だが、諸事情で後の子供を作れなかったヘルムートにとってユーシスを貴族として迎え入れたのは苦渋の決断だった。

 

「そうだ……私は悪くない……私なら……私なら……そうか……」

 

 虚ろな目をしてうわ言を繰り返すヘルムートは振り返って《金》を見上げる。

 

「ユーシスなどに任せず私がやれば良いのか……」

 

 元々レグラムの制圧は《金》の初陣の華々しい戦果とするつもりだった。

 交渉は決裂したのだから、もう何の憂いもなくレグラムを潰して良いのだとヘルムートは気付く。

 

「ヘルムート様」

 

「もはやユーシスなどに任せてはおけんっ! 私が出るっ!」

 

 その宣言にヘルムートの取り巻きがおおっと声を上げる。

 

「で、伝令っ!」

 

 そのタイミングに合わせるかのように先程の兵が《青の機神》の発見を告げに現れる。

 

「《機神》が東門に現れましたっ!」

 

 それは予想通りであり、予想外でもある報告。

 

「ふん……まさか本当に川を伝って来るとはな」

 

 防衛線をすり抜けるための妙案だったかもしれないが所詮は子供の浅知恵。

 今頃は川底で発見されて軍の集中砲火でも受けているかとヘルムートは考える。

 

「それで撃破したのか?」

 

「そ、それが……」

 

 兵はヘルムートの質問に言葉を濁す。

 

「どうした、さっさと報告しろ」

 

「あ……《青の機神》は城壁を駆け登り、現在南に移動中のようです」

 

「…………は……?」

 

 その報告にヘルムートは耳を疑い目を丸くする。

 

「貴様は何を言っている? 馬鹿馬鹿しい多少の違いはあっても《機甲兵》が城壁を駆け登ることなどあるものか」

 

 想像したのはあまりに非常識な光景。

 故にヘルムートは呆れ兵を叱責しようとしたところで――轟音が上から響く。

 

「見つけたぞ、ヘルムート・アルバレア」

 

 降って来た声は少女のそれ。

 バリアハートの南門。その上に立つ水が滴る《青の機神》は大剣の切先を眼下のヘルムートに向ける。

 

「なっ!? 馬鹿な!?」

 

 自陣の背後に現れた《青の機神》にヘルムートは目を剥いて驚き、その次に感じたのは怒りだった。

 

「私を見下すか……子爵の娘ごときがっ!」

 

「その首は正直いらないが、代わりにそちらの《騎神》の首を貰うっ!」

 

 瞬時にヘルムートと傍らにそびえ立つ《金》のどちらが重要か判断を下したラウラは《金》に向かって城壁から剣を下に構えて飛び降りる。

 

「何をしている奴を撃ち落とせっ!」

 

 遅れて叫んだ指示だが、外側に向かって展開していた導力戦車も機甲兵もその指示に即応できず、《青》は一直線に《金》へと落下し――遠くからの狙撃によって弾き飛ばされた。

 

「くっ――」

 

 銃撃の衝撃に弾かれた《青》は城壁に叩きつけられながらも態勢を立て直して大地に着地する。

 

「どうやユーシス様、オレの狙撃もなかなかのもんやろ?」

 

「ああ、流石だな」

 

 遠距離からの狙撃を決めたゼノはユーシスに腕前を褒める。

 

「お前達はここで待機だ」

 

 間に合ったことに安堵しながら、ユーシスは《紅》を進ませる。

 本陣は自然とユーシスの《紅》に道を開け、《紅》は程なくして立ち上がった《青》と向き合う。

 

「父上、無事ですね」

 

「う……うむ」

 

 まずは領主の無事を確認し、明確な返事が返って来たことにユーシスは改めて安堵する。

 

「だいぶ無茶をしたようだなラウラ」

 

「っ――そなたこそ、私達が知っている《紅》のスペックではまだ追い付かれないはずだったのだが」

 

「開示していない“奥の手”を使っただけだ。お前のようにな」

 

 以前ラウラが生身で垂直な壁を駆け上がったことを思い出し、まさかという思いで本陣への帰還に全力を費やしたのだが、まさか《機神》で本当に壁走りをやったことに呆れてしまう。

 

「ユーシス、そこを退いてくれ。貴族連合はもはや戦火をいたずらに広げるだけの衆愚に成り果てた……

 同じ貴族として、ここで彼らを正さなければ私を信じてくれた、これまで尽くしてくれた民に示しがつかない」

 

「…………お前の言い分は分かる。だがそれを認めるわけにはいかん」

 

 腐ってもクロイツェン州をまとめている領主なのだから。

 それを口にせず、真っ直ぐに貴族の本分を語るラウラにユーシスは眩しさを感じながら、《紅》の剣を《青》に向ける。

 

「投降しろラウラ。もうお前に勝ち目はない」

 

 敵陣の奥深く、彼女らしくない奇襲も失敗した今、それ以外にラウラが生き残る術はないのだと訴える。

 

「断る」

 

「…………だろうな」

 

 迷う事のない返答にユーシスは羨ましさを感じながら剣を抜いて――

 

「《ARCUS》駆動……」

 

 ユーシスの呟きに伴い、《機神》によって拡張した導力魔法が《紅》の背後に火球を生み出す。

 いつでも撃ち出せるように火球を待機させ、剣と盾を構える。

 携行性と言う観点から機能を限定的にしなければならないのが従来な戦術オーブメントだが、《機神》にはその制約はないに等しい。

 《紅》は既存の導力魔法を全て使える反面、高い判断力が求められる機体として仕上がっている。

 

「いくぞラウラ・S・アルゼイドッ!」

 

 レグラムでは躱されてしまったが、今度はこちらの番だと言わんばかりに《紅》は《青》へと斬りかかった。

 

 

 

 

 バリアハートの南門の外ではレグラム侵攻のために召集された部隊は当の南門から離れてその戦いを見守っていた。

 《機甲兵》ではあり得ない反射速度と機敏な動き、そして時にはバリアハートの城壁まで足場にして縦横無尽に駆け回る《青》。

 剣と共に炎で攻め、風を纏って追い縋り、大地の石で守り、水が足元から奇襲させ、様々な方法で立ち回る《紅》。

 

「ちっ……」

 

 あらゆる攻撃を獣じみた勘と反射で躱す《青》にユーシスは舌打ちする。

 《青》の攻撃手段は大剣だけ。

 故にシンプルであり、その動きには一切の迷いはなく、その速さに出遅れれば瞬く間に勝負は決してしまうだろう。

 

「ぐぬぬ……」

 

 果敢な攻めをあらゆる手段で迎撃し捌き切る《紅》にラウラは攻めあぐねる。

 《紅》の攻撃手段は剣に導力魔法。さらには打撃として盾まで使う。

 立て続けに撃ち込まれる導力魔法の性質を読み違え、後手に回れば飽和攻撃によって瞬く間に勝負は決してしまうだろう。

 

「これがそなたの本気かユーシスッ!?」

 

「ふんっ! そういう貴様はこの程度かラウラッ!?」

 

 純粋に褒めるラウラに対してユーシスは見栄を張るように侮る言葉を口にする。

 もっともそれは口だけで油断も慢心もないことは互いに理解している。

 《機甲兵》では立ち入ることのできない激しい戦い。

 一進一退、紙一重の攻防に誰もが息を呑み、手に汗握る――

 

「ええいっ! 何をしているユーシスッ! さっさとその無礼者を討ち取れっ!」

 

 先程の屈辱を燃やし、ヘルムートが叫ぶ。

 

「っ――父上……」

 

「それでも私の子供かっ!? ルーファスならその程度の小娘など軽くあしらっているぞっ!」

 

「っ……」

 

 その言葉にユーシスの動きが乱れる。

 

「もらったっ!」

 

 その隙を見逃さず、《青》の一閃が《紅》の手から盾を弾き飛ばす。

 

「浅かったか。だがここで畳み掛ける」

 

 攻め手をいっそう激しく追い立てる《青》に《紅》は精彩を欠いた動きで徐々に、徐々に追い込まれていく。

 

「くっ……」

 

 その光景にヘルムートは歯噛みし――その背後に“妖精”が忍び寄る。

 

「もらった――」

 

「させるかっ!」

 

 ヘルムートを確保しようとしたフィーとレオニダスが交差する。

 

「っ――いたんだレオ……」

 

 ヘルムートの確保に失敗しながら、フィーは油断なくレオニダスと向き合う。

 ユーシスに追従して追い付いたのはゼノの機甲兵だけ。

 レオニダスがそこにいたことはフィーの予想外だった。

 

「足の遅いヘクトルは置いて来た。どうやら正解だったようだな」

 

 状況判断能力の高さと割り切りの良さ。

 流石は一流の猟兵だとフィーは身内の働きを誇る一方で、今の奇襲でヘルムートを人質に取れなかったことを悔やむ。

 

「アルバレア卿は下がっていろ」

 

 レオニダスは邪魔だと言わんばかりにヘルムートを振り返りもせずに告げる。

 

「っ……どいつもこいつも……私を見下して……」

 

 寡黙な彼なりの言葉をヘルムートは侮蔑と捉え、叫ぶ。

 

「エル=プラドーッ!」

 

 その叫びに応じるように《金》は胸元に光を灯す。

 それに合わせヘルムートの体に同じ色の光が宿り、その光は《金》へと呑み込まれるように一つになる。

 

「フフフ……ハハハ……」

 

 《金》と融合することで身体はまるで最盛期に若返ったように活力に満ち、思わず笑いが込み上げる。

 

「これは……」

 

「父上……」

 

 《青》と《紅》は思わず手を止め、空に浮かび上がる《金》を見上げる。

 

「頭が高いぞっ!」

 

 《金》は翼を広げるとそこに内蔵された複数の光子砲を撃つ。

 

「父上っ!?」

 

 《青》を狙って降り注ぐ無数の光の雨。

 自分を巻き込むのを厭わない攻撃に《紅》は立ち尽くし――

 

「ユーシスッ!」

 

 咄嗟に《青》が《紅》を突き飛ばす。

 《紅》を攻撃範囲から逃した《青》は降り注ぐ光子の雨を反射と勘で躱し、大剣で受け止める。

 

「くっ……」

 

「ふん、子爵の娘が……先程の威勢はどうしたっ!?」

 

 次弾がまとめて撃ち込まれ、《青》は逃げ惑いバリアハートの壁へと追い込まれ――

 

「はああああああっ!」

 

 《青》は咆哮を上げて高い城壁を駆け上がる。

 上から撃たれた光子は壁や地面を穿ち、それらを跳び越え壁を助走に使って宙空に陣取る《金》に《青》は斬りかかる。

 大剣に洸翼を宿し、《紅》との決着に備えていた一撃を繰り出す。

 

「奥義――洸凰剣っ!」

 

 アルゼイドの一刀に《金》は素早く翼の砲門を閉じ、機体の前面の装甲を展開し目の前に半透明の結界を作り出す。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 気合い一閃。

 結界ごと斬り伏せると全身全霊を込めた一撃は――結界によって受け切られた。

 

「なっ!?」

 

「《金の騎神》を舐めるなっ! アルゼイドの小娘っ!」

 

 剣戟の勢いを受け切った《金》は結界を閉じるとその手にアルバレア家の兄弟剣を模した剣を両手に抜く。

 

「くっ――」

 

 宙空に無防備を晒す《青》は咄嗟に大剣を盾のように構え――

 《金》の右の剣が素早く凄烈な三連突きを繰り出し、左の剣が魔力を帯びて一閃を澱みなく連携する。

 

「くははっ! その程度かアルゼイドッ!」

 

 《青》を壁に叩きつけ、そこに縫い留めるように剣戟を浴びせる。

 

「っ――」

 

 《青》は剣戟をその身に受けながら、相打ちを覚悟した一撃を振る。

 

「ふん……」

 

 決死の一撃は難なく躱される。

 

「まだ――」

 

 《青》は返す刃で後ろに距離を取った《金》に大剣を投げつける。

 

「温いっ!」

 

 それさえも容易く剣で弾き、《金》は翼の砲門を一つにまとめるように前へ向け、一つの砲撃として光子を撃つ。

 

「がっ!?」

 

 熱線が《青》を焼き、爆発。

 城壁の破片と共に《青》は地に落ちる。

 

「ラウラ……」

 

 装甲に施された術式防護のおかげで原形を保っているものの、焼け焦げた無惨な姿に思わず《紅》は駆け寄り――その前に《金》が降り立つ。

 

「何をしているユーシス?」

 

「ち、父上……」

 

 初めて見る父の戦いぶりにユーシスは畏怖を感じ思わず後退る。

 慄くユーシスの反応にヘルムートは気分を良くし、倒れた《青》に視線を落とす。

 

「そうだな……ユーシス。お前がアルゼイドの娘に止めを刺せ」

 

「え……?」

 

「二度も言わせるな。お前がこの娘を殺せ」

 

「な、何を言っているんですか父上っ! もう勝敗は決した、これ以上敗者を貶める必要はないはずですっ!」

 

「この娘はアルバレアに逆らった。それがどういうことか、他の貴族にも分かるように見せ締める必要がある……

 それともユーシス。貴様は私に逆らうつもりか?」

 

「っ――」

 

 機体越しに凄まれ、ユーシスはたじろぐ。

 今までにない程に言葉に立ち振る舞いに覇気が漲るヘルムートにユーシスはまるで別人ではないかと感想を抱く。

 

「早くしろ」

 

 有無を言わせない語気で急かされ、ユーシスは《機神》越しに持つ剣を震わせる。

 ラウラが挑んで負けた。

 こうなる結末を彼女は理解していただろうが、ユーシスは同じ釜の飯を食べた友を斬る覚悟はできていなかった。

 

「…………フィー」

 

 助けを求めるように視線を巡らせるが、ラウラの相棒としてここまで来たフィーはゼノとレオニダスの二人と対峙して抑え込まれていた。

 

「っ……」

 

 《青》の前に立ち、剣を突き付けながらもユーシスは躊躇う。

 

「――――オオオオオオオッ!」

 

 その躊躇いに《青》が最後の力を振り絞るように這うように《紅》に体ごと突撃する。

 

「っ――ラウラッ!」

 

 体当たりに弾き飛ばされた《紅》は《青》に向き直る。

 副武装のナイフに洸翼を宿し襲い掛かる《青》の闘争の覇気に中てられ、《紅》は咄嗟に剣に冷気を宿して最高の技で迎え撃つ。

 

「洸刃――」

 

「クリスタル――」

 

 二つの必殺が交差する――その瞬間、《青》と《紅》の間にそれは着弾する。

 

「なっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

 それが落ちた衝撃を至近距離から喰らった《青》と《紅》は吹き飛ばされ地面を転がる。

 

「…………くっ……何が……」

 

 全身の痛みに耐えながら《青》は顔を上げる。

 衝撃で舞い上げた土埃が晴れるとそこには一振りの大剣が、まるで大地を穿つかのように深く突き刺さっていた。

 

「…………ガランシャール……?」

 

 騎神サイズの巨大なアルゼイドの宝剣にラウラの思考が止まる。

 何故と言う思考がラウラの頭を埋め尽くす。

 その疑問に答えるように宝剣が降って来た空から《緋》が戦場に降り立つ。

 

「君達は……何をしているんだっ!?」

 

 戦場に苛立ちを募らせたクリスの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 IFもしもこの場にあの親子がいたら

エリカ
「よっしゃあああっ! そこよラウラッ! じじいの機神なんてぶっ壊せええっ!」

アルバート
「うおおおおおおっ! ユーシス! エリカの機神などに負けるなああああ!」

ティータ
「お母さん……おじいちゃん……」











修正版おそらくこうだったヘルムートの半生。

 ヘルムート・アルバレアは完璧な貴族だった。
 弟に慕われ、父の期待も厚く、多くの者に尊敬され憧れる貴族の模範と言える貴公子だった。

 彼はどこまでも完璧だった。
 当主の座を継ぐ前から、領地の管理を完璧にこなし、民の不満をコントロールしてみせた。

 彼は兄としても完璧だった。
 自分より劣る弟に対して、蔑むことなく弟がより高みへ至れるように助言を惜しまなかった。

 彼は夫としても完璧だった。
 出会いは見合いであり、幼少期から決められた政略結婚だったものの、彼は不平を漏らさず、妻が求める愛を囁き大切に扱った、

 ヘルムート・アルバレアは非の打ち所がない程に完璧な人格者だった。
 だからこそ、弟は兄に嫉妬した。
 だからこそ、妻は彼が囁く愛を疑った。

 魔が差した。
 一度でいい、どんなことでも良い、兄に勝ちたいと弟は切望した。
 上辺だけの美辞麗句、政略ではなく真実の愛を妻は欲した。
 二人の利害が一致し、彼らは過ちを犯す。

 ルーファスが生まれたこと、兄の妻を寝取って自分のものにした達成感と初めての勝利に弟は優越感に浸る。
 弟の暴走はそこで止まらず、次期当主の座を兄から奪おうと画策した。
 しかし、それは失敗に終わり、弟と妻の不貞も罪も全て暴かれることとなった。

 処刑を断行し、妻の実家まで処断しようとした父をヘルムートは諫め、心を乱さず二人を裁いた。
 弟はアルバレア家から追放、妻は別宅に生涯幽閉。
 子供には罪はないとして、ヘルムートは引き取ったルーファスを自分の息子として扱った。
 ヘルムートは感情に暴走することなく、被害が一番少なく誰の不満も暴走しないようにこの事件を治めるのだった。
 一人の例外を除いて……

 その問題の兆候は些細なことだった。
 100点が取れるはずだった政務が些細なミスで99点になってしまったこと。
 完璧だったが故に、ヘルムートはその1点の失点を理解できず、次の政務、その次の政務に挽回を臨む。
 しかし、時が流れる程にヘルムートの采配が悪化する一方だった。
 他人にとっては十分な成果。
 ヘルムートはそれを認められないものの、他人の前ではそれを見せることなく完璧な貴族の仮面を被り続けた。
 理想の未来を描けるのにそこに辿り着けないジレンマ。
 ヘルムートは思い通りにならないことに焦りを感じ始める。

 イップスとも呼ばれる体や思考を侵す心の病。
 多くの民や親類の不満を卒なくコントロールしたヘルムートは自身の不満を呑み込めてはいなかった。
 貴族社会において信頼をしていた弟や妻による初めて裏切り。
 妻を寝取られ、子供を作るという点である意味初めての敗北。
 それらが原因であるものの、ヘルムートにとっては原因不明の不調。

 復縁をして改めて子供を妻との間に作ろうとするも、妻は弟に操を立ててヘルムートを拒絶する。
 妻はヘルムートをオーブメントのような冷血漢と罵る。 
 ヘルムートは貴公子の仮面を被り続ける。
 政務の点数はまた落ちていく。

 そのヘルムートの無理を唯一察した傍付きのメイドにヘルムートは溜め込んだ不満を吐き出し一夜を過ごしてしまう。
 メイドの妊娠が発覚するも、ヘルムートはその子供が自分の子供なのかという疑心暗鬼に苛まれる。
 それを察し、自分や子供の存在がストレスになることに気付いたメイドは潔く身を引いてアルバレア家から出て行く。

 以降、天才的だったヘルムートの能力は日に日に落ちていく。
 以前は察することができた民の不満、信頼できる人間の判断ができず、ヘルムートは無難な政策を行う事しかできなかった。






 ルーファスの実父がヘルムートの弟ではなく兄だったと勘違いをしていたので、修正版と差し替えさせていただきます
 以前との違いとしてはヘルムートをルーファスよりの人物にして、弟と妻の裏切りと敗北感による挫折が原因で天才から凡人に落ちてしまったと考えました。


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