(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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クロウ好きの人は注意してください





43話 白銀の巨船Ⅰ

 

 

 貴族連合が誇る大型飛行戦艦《パンタグリュエル》。

 その甲板にはワイヤーで繋がれた“緋”とそれを監視するように“蒼”と“金”が佇んでいた。

 自身は拘束されることもなく案内されたクリスは《騎神》が並ぶ光景を見下ろせる艦橋に案内された。

 

 ――ラマ―ル州のカイエン公爵……

 

 向き合う男にクリスは自分の中で情報を整理する。

 直接顔を合わせるのは特別実習で起きた異変の後始末として父に謁見した時。

 その時のクリスは“彼”のおまけでしかなかったのだが、クロワールの中でどうなっているのか気になる。

 

「セドリック殿下」

 

 クロワールはクリスの本名を口にする。

 

「率直に言って、私はこれ以上ことを荒立てなくないのだよ」

 

「何を……言ってるんですか?」

 

 まるで本意ではないというクロワールの物言いにクリスは眉を顰める。

 

「元々、我々が事を起こしたのは“宰相閣下”のやり方があまりに理不尽だったからだ……

 陛下からの信任をいいことに伝統と習慣を軽んじ、帝国の全てを意のままに造り変えんとする傲慢さ――貴方も感じていたのではないですかね?」

 

「それを貴方が言うか……」

 

 確かに特別実習で各地を赴いた時、そう言った話は何度も耳にした。

 あまりに剛腕かつ強引、敵を作っても顧みないやり方は皇宮で聞いていただけの彼の武勇伝とはかけ離れた印象をクリスに与えた。

 

「オズボーン宰相の政策が帝国解放戦線のようなテロ活動の原因だったとしても、彼らの活動までがオズボーン宰相の責任なんかじゃない」

 

 クリスは背後に控えているクロウを睨む。

 どんな気持ちでそこにいるのか、クロウはクリスの睨みに肩を竦めるだけだった。

 

「君はオズボーン宰相に洗脳されているのだよ」

 

「洗脳……?」

 

 同情するような眼差しを向けて来るクロワールをクリスは訝しむ。

 

「彼は指導者ではない。扇動家だ……

 彼の言葉は一見すれば聞こえは良いが、帝国を、ひいては世界を闘争で染め上げ全てを我が物にしようとする野心家に過ぎない……

 彼が導く帝国の未来は決して輝かしいものではなく、闘争に満ちた“ディストピア”となっていただろう」

 

「それは……」

 

 ギデオンが言っていた主張を予め聞いていたこともあり、クロワールの言にクリスは盲目的に彼に憧れていた時の自分を思い出す。

 

「だが諸悪の根源は消えた。あの狙撃から既に一ヶ月、そろそろオズボーン宰相の死を確定したと判断しても良い頃合いだろう」

 

 まだ死体は見つかっていないが、いつまでもそれに拘っていられないとクロワールは告げる。

 

「これ以上帝国解放戦線が国を乱すことはない……

 ならば時計の針を少し戻すだけでエレボニアの旧き善き伝統を取り戻すことが出来る……

 後は残った者同士がわだかまりを捨てて手を取り合うだけ――そう思わないかね?」

 

「とても思えません」

 

 クロワールの問いにクリスは即答を返す。

 

「あれだけの事をしておいてこのまま済むとでも?」

 

 脳裏に浮かぶのは貴族連合や帝国解放戦線がこれまでして来た非道の数々。

 

「帝都占領に、父上と母上の幽閉、市民全員を人質に取っているも同然だ……

 それにあのセドリックはいったい誰なんだ!?」

 

「御安心を、別に彼は陛下の隠し子ではありません」

 

「それで納得しろって言うのか?」

 

「あれは所詮偽物に過ぎませんよ。貴方が私達に協力し陛下を説得して頂けるなら無用の長物、すぐにでも処分いたしましょう」

 

 貴族らしい傲慢な言葉にクリスは顔をしかめる。

 

「他にも“敵国”――クロスベルと背後で密約を結んでガレリア山脈を消滅させたそうじゃないか……

 いくら僕を貴族連合に引き込んだとしても帝国正規軍が黙っているはずがない」

 

 例え偽りの御旗が本物の御旗にすり替わっても、正規軍の熱が治まることがないのはオリヴァルトが彼らを制御できていないことから明らかだった。

 

「フフ……だからこそ貴方の“力”を貸してもらいたいのですよ」

 

「え……?」

 

 想像していた答えとは違う反応にクリスは目を丸くする。

 クロワールは腕を組んで、呼び上げるようにそれを言葉にする。

 

「蒼の騎神に、金の騎神。そして緋の騎神に殿下の陣営にいる灰の騎神……

 帝国に伝わる《巨いなる騎士》が四騎揃えば貴族連合は機甲兵部隊と合わせて正規軍の機甲師団を圧倒できよう」

 

「機甲兵の新型はどうするんですか?

 人を自動で殺すオーブメントなんて馬鹿げてる」

 

「おや耳が早い、しかしそれは何故?」

 

「何故って……“武”を尊ぶ帝国がそんなものに頼るのはおかしい」

 

「ですが、無人機の運用が成功すれば、戦争での死者はいなくなる。それはとても良い事ではないですか」

 

「それは……」

 

 自信満々に言い切るクロワールにクリスは怯む。

 

「死を畏れぬ機械仕掛けの兵士。文句も言わず、ただ命令を忠実に従い、いくらでも用意できる理想の兵士……

 これが完成し、四つの《騎神》の力が合わされば今まで誰も成し遂げることが出来なかったゼムリア大陸を制覇する偉業を貴方は成し遂げることができるのです!」

 

 熱弁を奮うクロワールにクリスは逆に冷める。

 

「貴方もオズボーン宰相に劣らないくらいの扇動の才能がありますよ」

 

「おやおや」

 

 皮肉を返すとクロワールはにやにやと笑う。

 

「流石にこの内戦でオズボーンに騙されていた正規軍のものに使うのは忍びない……

 なにより彼らはオズボーンの仇討ちと称してもはや暴徒と化している……

 彼らに私たちとの力の差を見せつけると言う意味では《騎神》が現状では最も有効でしょう……

 故にこのままいたずらに戦を長引かせないためにお力を貸して戴けませんか、セドリック殿下?」

 

「……仮に僕が貴方達の手を取ったとしてもそんな簡単にできることではないと思いますが?」

 

 いくら《騎神》達が強力でも操るのは人間。

 疲労もする。

 それにキーアを巻き込む気もなければ、甲板に立つ《金》を《騎神》と思い込んでいるクロワールが滑稽にも見える。

 

「いや、“機甲兵”という存在が戦場に登場した意味は絶大だ」

 

 クリスが渋った答えをヘルムートが否定する。

 

「火力と装甲は主力戦車に劣るものの、それを補えるだけの機動力と汎用性……

 そして、それ以上に重要なのは人々に与える心理的な衝撃だろう」

 

「それは……」

 

 まるでルーファスのようなヘルムートの物言いにクリスは目を見張る。

 

「フフ、我々が人である以上、人型の巨大な“何か”に惹かれ――あるいはかしずき、頭を垂れずにはいられない」

 

 クロウに並び立つ見知らぬ男が陶酔したように語り出す。

 

「ましてや《騎神》は帝都、ノーザンブリア、オルディスを立て続けに救っている……

 《騎神》の存在は貴方が思っている以上に敵を畏怖させ、味方を鼓舞する象徴となるでしょう」

 

「ま、否定はしないぜ」

 

 男の主張にクロウは図々しい態度で同調する。

 

「貴方は?」

 

 クロウの言葉を無視してクリスは見慣れない学者風の男に尋ねる。

 

「挨拶が遅れました。私はアルベリヒ・ルーグマンと申します、これでもカイエン公の相談役をしております。以後お見知りおきを」

 

 仰々しく頭を下げる男が名乗った名前にクリスは聞き覚えがあるような気がするが、気のせいだと次の瞬間彼から意識が離れた。

 

「今一度言おう――諸悪の根源、ギリアス・オズボーンが去った」

 

 仰々しくクロワールは告げる。

 

「後は速やかに内戦を終結させ、あるべき秩序を取り戻すだけなのです」

 

 全ての責任はオズボーンにあると言わんばかりの言葉にクリスは眉を顰める。

 帝国解放戦線のテロ行為も、貴族連合の各地での弾圧も、正規軍の暴走も全てオズボーンのせい。

 クリスにはクロワールがそう言っているように聞こえた。

 

「そうすれば全ては元に戻ってくる」

 

「っ――」

 

 クロワールは優し気に諭すようにクリスにとって耳障りの良い言葉を並べる。

 

「全てが元に戻る……?」

 

「君達の学院生活を始めとした平穏な日々が」

 

 それは諍い難い誘惑だった。

 だが蝶よ花よと皇宮で守られて育った皇子ならばクロワールの言葉に耳を傾けていたかもしれない。

 矮小な自分でも何か役に立てるならと、意気込んで彼に協力をしていた自分を想像してしまう。

 

「戻るわけ……ないだろ……」

 

「ふむ……?」

 

 クリスの呟きにクロワールは首を傾げる。

 そんな態度がクリスの癇に障る。

 

「戻るわけないだろっ! どれだけの人が死んだと思ってる!? どれだけの物が失われたと思ってる!?」

 

 クリスの激昂に彼らは表情を変えない。

 

「平民だって僕達と同じ人間だっ! 失った命は戻らない! 人の上に立つ貴方達がどうしてそんな簡単なことも分からないんだっ!?」

 

 それに全てが戻ると言っても、クリスが憧れたオズボーンも、クロワールの言動では“彼”も戻って来るとは到底思えない。

 

「学院生活だってそうだ!

 《Ⅶ組》のみんなはこの内戦で家族が傷付いたり、自分の領地を守るために戦ってしまった! ■■■さんもいないっ!

 もうあの頃には戻れないんだ!」

 

「確かに全てが元通りになるというのは難しいでしょう」

 

 クリスの叫びにクロワールは落ち着いた声音で応える。

 

「ですが人の上に立つからこそ、私たちは失った過去ではなく常に前を、未来を見据えなければならないのです……

 次期皇帝として育てられた貴方なら分かるでしょう?」

 

「……あ」

 

 クロワールの言葉にクリスは価値観の隔たりを感じてしまう。 

 人の死を数字の上で判断しているかのような眼差し。

 言葉では死者を悼んでいるものの、それは周りの人の目に対してのアピールのようにクリスには感じた。

 同時に既視感に気付く。

 今のクロワールはクリスが憧れたオズボーンと通じるものがあった。

 言葉や態度はそれらしく振る舞い、心の奥底では打算と謀略を巡らせる。

 執政者として正しい姿なのかもしれないが、そこに言いようのない恐ろしさを感じてしまう。

 

「四大名門の当主として苦言しましょう」

 

 怯んで黙り込んでしまったクリスにヘルムートが口を挟む。

 

「今は冷静に状況を見極める事だ。オズボーン宰相がいない革新派など烏合の衆に等しい。どちらに着く方が帝国の未来のためになるのかを」

 

「貴方達は……」

 

「フフ……今日は戦闘を終えたばかりですからこの辺にしておきましょう。詳しい話は明日改めてするとしようじゃないか」

 

 気安い言葉を掛けて来るクロワールにクリスは口を噤み、拳を握り込む。

 

「どうぞこちらへ、クリス・レンハイム殿」

 

「“客室”へご案内します。お食事などもそちらで――」

 

 兵士に促されてクリスは振り返る。

 

「ああ、そう言えば……」

 

 不意にヘルムートが思い出したように一つの提案をする。

 

「カイエン公、あの場での借りの件だがアルフィン皇女を私に頂けるかな?」

 

「は……?」

 

 艦橋から退出する寸前だったクリスは思わぬところで出て来た姉の名前に振り返る。

 

「アルバレア公爵、そなたはいきなり何を言い出す?」

 

 あまり良い話題を想像していないのか、あからさまにクロワールは顔をしかめ先を促す。

 

「お前はアルノール家の血筋にそこまで拘っていないのだろう?

 ならば私が彼女を有効活用してやろうと言っているのだ」

 

 ヘルムートの背後でクリスが凄い顔をして睨んでいるのが見えているのはクロワールだけだった。

 

「どうするつもりかね?」

 

 クリスを刺激しないように気を付けながらクロワールは尋ねる。

 

「彼女にはルーファスの子を産んでもらう」

 

「…………正気かね?」

 

 《金》を壊し、片手が不自由になったことを理由にアルバレア家から放逐し、更には貴族連合の参謀になるはずだったルーファスをクロスベルに左遷したのはヘルムートに他ならない。

 そして彼女の双子の弟のクリスがいるこの場でその話題を出したヘルムートの意図がクロワールには分からなかった。

 

「いったい何を考えているのだ?」

 

「それを貴様が知る必要はない」

 

 それ以上の追及を拒むヘルムート。

 その表情から何も読み取れずクロワールはため息を吐く。

 先日まで凡人だったはずなのに、この変わり様。

 《金》を得たことでクロウとは違い、良い意味で自信を取り戻したようだが、古くからの知己としては嬉しいが自分の立場を脅かすライバルの復活に喜んでばかりはいられない。

 最悪、この場でクロワールの目的を暴露されかねないため、クロワールはヘルムートの提案を条件付きで了承する。

 

「皇族の扱いについては君に一任しよう……彼の説得も含めてな」

 

 そう言ってクロワールはクリスに視線を送り、責任を放棄した。

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 夕陽が沈んでいく光景を《パンタグリュエル》の一際豪華な客室の窓から眺めながら、クリスは憤りを募らせる。

 カイエン公達との面会で収穫があったかと問われれば、首を傾げる。

 カイエン公も、アルバレア公もクロウもオズボーン宰相を撃ったことを後悔した様子はなく、むしろ誇らしげにしている。

 それどころかケルディックの事もユミルの事も、必要な犠牲だったと割り切っている。

 とても彼らの人間性をクリスは理解することはできなかった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐いてクリスは振り返る。

 テーブルの上には場違い場違いとも思える豪華な食事が並んでいる。

 内戦で苦しむ民のことを思えば、そんな食事に食欲が湧くはずもない。

 

「フフン……悩んでるみてーだな」

 

 ドアが開くとそこにはクロウ・アームブラストが立っていた。

 

「…………何の用だ?」

 

「そんな顔をするなって」

 

 睨むクリスにクロウは肩を竦めておどけて見せる。

 

「お前の事だから、のほほんと甘い事考えているんじゃねえとかと思ったがクソ真面目に悩んでるみたいだな。腐ってもこの国の皇子様ってわけか」

 

「っ――余計なお世話だ」

 

 毒気が抜けているのかユミルの麓で戦った時のような闇をクロウには感じない。

 むしろ今は学院の先輩だった時の雰囲気を作って接して来る彼の面の皮の厚さに嫌悪を感じる。

 

「こんな所で油を売っていていいのかい?

 貴族連合軍の《蒼の騎士》……随分と活躍しているそうじゃないか……

 他国の出身者が帝国の《大いなる騎士》をおもちゃのように乗り回して、貴族連合軍の犬として働いて持て囃されるのはそんなに楽しいかい?」

 

「……言うじゃねえか」

 

 痛烈な皮肉にクロウは肩を竦める。

 

「ま、そこら辺の負担はヘルムート卿が《金》を持ち出して来てくれたおかげでこれからは半分になるし……

 お前さんがこっちに来てくれれば、更に楽ができるってもんだ……

 というわけで、迷ってないでとっとと決めちまえよ」

 

「まるで僕がカイエン公の提案を受け入れるのが当然みたいな物言いだね?』

 

「だってお前、好きだろこういうの?」

 

 まるでクリスの事は何でもお見通しだと言わんばかりに学院での先輩風をクロウは吹かせる。

 

「貴方は――」

 

「確かにオズボーンを殺す引き金を引いたのは俺だ……だが、内戦で帝国を支配しようとしているのは貴族連合だ……

 こんなに戦火が広がったのは俺のせいじゃない」

 

「本気で言っているのか……?」

 

 確かに内戦を続けるのは貴族連合の都合だが、その引き金を引いたのはクロウなのだ。

 学生の時から軽い先輩だと思っていたいたが、ここまで無責任だったのかとクリスは呆れる。

 

「鉄血のやろうを撃ったことは……まあやり過ぎだったかもしれねえがな」

 

「は……?」

 

「別に鉄血のやろうが“悪”だと言うつもりはねぇ……

 ただまあ、祖父さんがヤツに“してやられた”のはたしかだ……

 祖父さんの仕込みで、チェスやらカードゲームは得意だったから、そうなると“弟子”としては師匠の仇を討ちたくなるってモンだろ?」

 

 聞いてもいないのにクロウは言い訳を並べる。

 

「帝国に存在する歪み……それを鉄血が拡大しているのは確かだった」

 

 まだ帝国領でなかったジュライ出身なのにあたかも昔の帝国を知っていると言わんばかりの言葉。

 

「それらを見極め、最大限に状況を利用し、乾坤一擲の一撃でゲームを制する」

 

「ゲーム……?」

 

 クリスの呟きを無視してクロウは続ける。

 

「ジュライが今、平穏であるのを考えると勝負事の“後始末”――内戦を終了させて、帝国に平穏を取り戻す必要もあるだろう」

 

 クロウは振り返り、人の良い先輩を装い恰好を付けるように言った。

 

「だから――そこまでがオレの“ゲーム”ってヤツだ」

 

 何処までもゲーム感覚なクロウにクリスは眩暈を感じた。

 同時に黒い衝動が湧き上がる。

 

「それが……貴方の“根拠”というわけか……」

 

「あん?」

 

「ふざけるなっ!」

 

 次の瞬間、呑気に気取っているクロウの頬にクリスは拳を叩き込み吹き飛ばす。

 

「っ――てめえいきなり何しやがる!?」

 

 壁に叩きつけられてしりもちを着いたクロウは突然殴って来たクリスに怒鳴る。

 

「殺して欲しいならそう言えっ! 何が“ゲーム”だっ! 人の命を何だと思ってる!?」

 

 このまま殴り殺してやると言わんばかりにクリスはクロウに掴みかかる。

 

「っ――」

 

 クロウはクリスの拳を受け止める。

 

「なに今更良い人ぶっている……お前は人殺しだ……」

 

 掴まれた拳を押し込みながらクリスは憤怒をその目に宿し叫ぶ。

 

「何の罪もない人達を戦争に巻き込んで大勢殺した大量殺人鬼だ」

 

「っ――違うっ!」

 

 クリスの憎悪にクロウは拳を振り、クリスがそれを受け止める。

 

「俺はオズボーンとは違うっ! この内戦を貴族連合に勝たせれば俺は“英雄”だっ!」

 

 それまでの飄々とした態度は何処へ行ったのか。クロウもまた激昂してクリスに言い返す。

 

「何が“英雄”だっ! トワ会長はお前に殺されそうになったって言うのにまだ事情があるはずって信じているんだぞ!

 あんな良い人達を裏切って! 軽い気持ちで復讐して! 何の責任も覚悟もないくせに帝国の未来を語るな!」

 

「っ――うるせえんだよっ!」

 

 押し合う拳。

 そこにクロウはクリスの腹に蹴りを入れて対面の壁まで蹴り飛ばす。

 

「げほっ――げほっ――」

 

「ああっ! そうだよ俺は人殺しだっ! お前に言われなくてもそんなこと分かってんだよ!」

 

 蹲って咳き込むクリスに追い縋り、そのままクロウは彼の腹を横から足蹴にする。

 

「そうしたのはお前達帝国人がジュライを滅茶苦茶にしたからだっ!

 お前達がっ! 帝国さえいなければ祖父さんは死ななくて済んだ! 人殺しになんてならずに済んだ……

 全部お前達のせいだっ!俺は……俺は悪くねぇっ!」

 

「このっ!」

 

「うおっ!?」

 

 何度も蹴って来る足にクリスがしがみ付き、投げるように引き倒す。

 テーブルを薙ぎ倒し、クロウはクリスが手をつけていなかった宮廷風の料理を頭から被る。

 

「っ……」

 

「ぅ……」

 

 二人は互いを睨み合って立ち上がる。

 

「クロウ・アームブラストッ!」

 

「エレボニアがっ!」

 

 どちらともなく拳を振り被り――

 

「やれやれ、騒々しい」

 

 ズンッと次の瞬間、クリスは全身に重さを感じた。

 

「ぐっ――」

 

 全身が鉛のように重くなり、まるで重力が増したような圧力がクリスの肩にのしかかる。

 

「うぉ……」

 

 それはクリスだけではなく目の前のクロウも同じで、二人はその重圧に踏ん張り、一歩も動けなくなる。

 

「ちっ……」

 

 そして二人の耳に舌を打つ音が聞こえた。

 振り返れない二人に、ぎしりぎしりと床を軋ませる足音が近付いて来る。

 

「うるせえんだよガキどもっ!」

 

「そ――の声は痩せ――」

 

「寝てろっ!」

 

 重力が上乗せされた拳が二度振り下ろされ、クリスとクロウは二人仲良く並んで気絶した。

 

 

 

 






NG アルバレアの業

「カイエン公、あの場での借りの件だがアルフィン皇女を私に頂けるかな?」

 突然そんな事を言い出したヘルムートにクリスは深呼吸を一つして告げる。

「タイムッ!」

 そうしてその場にいた四人は一時的に蟠りを捨てて顔を突き合わせて円陣を組む。

クリス
「どう思います、今の言動。僕にはヘルムート卿がアルフィンを娶るように聞こえましたが」

クロウ
「やべえな帝国貴族……歳の差を考えろって話だし、そもそも歳を考えろよな」

アルベリヒ
「人の業とはここまで深いものなのか」

クロワール
「ううむ。これはもしやあの噂は本当だったのかもしれぬな」

クリス
「何か知っているんですかカイエン公?」

クロワール
「昔、アルバレアの貴族は社交界でこんなことを言ったことがあると聞く……
 そう……「女は16を過ぎたら婆である」と」

アルベリヒ
「ええ、私もその話は聞いたことがありますね」

クロウ
「マジかよ……ってことはもしかしてアルバレアの連中にトワってもしかしてどストライクなんじゃねえか?」

クリス
「16歳って貴族にとってお披露目の歳ですよね……
 まさかユーシスの出生の秘密って……平民に産ませたのは16歳以下だったから!?」

クロウ
「おいおい、やべえなアルバレア……金持ちは変態になりやすいって言うのもマジなのかもしれねえな」

アルベリヒ
「人はどこまで堕ちるというのだ……もしや閣下も?」

クロワール
「滅多なことを言わないでくれ! 私はいたってノーマル……ん? 何かねセドリック殿下、その目は……」

クリス
「オルディス、カイエン家に伝わっていた《蒼の騎神》……起動者……レンタル……支援、パトロン……そして顔……あっ……」

クロウ
「ちょっと待てクリス、てめえ今何考えた!?」

クリス
「いや、別に……クロウが男色家のカイエン公に身売りして《蒼の騎神》を借り受けているとか、全然考えていないよ」

クロウ
「なんだそれはふざけんな!」

クロワール
「殿下っ! 何をいきなりミルディーヌのような事を言い出すのですか!?」

クリス
「大丈夫、僕はそう言う事にはある程度理解しています……
 お二人の関係はアルフィンやミルディーヌ、アンゼリカ先輩とあとドロテ先輩にあることないことちゃんと話しておきますから」

クロウ
「ピンポイントでやべえ奴等に言おうとしてんじゃねえっ!」

クロワール
「殿下っ! 私はあんなミルディーヌが描いた耽美な文化など、帝国の新しい文化などとは認めませんぞっ!」

????
「み、皆さん落ち着いて下さい。人の趣味は自由だと思います……
 例え、ヘルムート卿がロリコンだったとしてもそれは人の嗜好なので……ええっと……」

ヘルムート
「貴様ら、とりあえずそこに直れ、叩き切ってやろう」






言い訳
クロウが好きな人には申し訳ない展開でしたが、自分は幕間の時のクロウの言動は終始何を言っているんだと言う風に感じました。
燃え尽き症候群で済まない軽さ。
撃って溜飲が下がったから軽く言っているかもしれませんが、ちょっとむかついたから殺したやったぜ、みたいなノリで言われたのはモヤっとしました。

他にも良い人アピールが過ぎて、帝国版のマリアベルかとさえ思いました。



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