(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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45話 白銀の巨船Ⅲ

 

 

 

「いなくなっただと!?」

 

 もぬけの殻となった部屋でクロワールの叱責が響く。

 

「も、申し訳ありません」

 

「ですが、クリス殿は一度も部屋から出た様子はなく――」

 

「そんな言い訳はいい」

 

 言い訳をする兵士たちの言葉を遮ってクロワールは部屋を見回す。

 昨夜、クロウと派手に喧嘩をした痕跡が残る部屋は何処かが破壊されたわけではない。

 もちろんクローゼットの中もベッドの下も調べさえたが、そんなところに隠れているわけもない。

 

「ええい、ユーゲントのように大人しく引き籠っていれば良いものを」

 

 苛立つクロワールは憤りを露わにして振り返る。

 

「何をしていたそなた達はっ!」

 

「悪い悪いちょっと煙草をな」

 

「私の仕事は“殺し”なのだがね」

 

 へらへらと笑うチンピラと悪びれもしない黒いローブの男。

 アルベリヒの紹介により迎え入れた《結社》のエージェントと外国の“暗殺者”なのだが、どうにも胡散臭くて信用できない。

 

「ええいっ! 貴様たちもあれを探せっ!」

 

 クロワールの指示にヴァルターとローブの男は肩を竦めると踵を返して歩き出した。

 

「そう焦る必要はねえんじゃねえか?」

 

 そんなクロワールにクロウは声を掛ける。

 

「ここは空の上、アイツが逃げるには《緋の騎神》を使わなけりゃいけないんだ。探さなくても甲板で待ち構えていれば向こうから来るだろ」

 

「そんなこと分かっている」

 

 クロウの指摘にクロワールは頷く。

 

「ならばお前もここで油を売ってないで働いてみせろ」

 

「へいへい。いくぞイソラ」

 

 クロワールの命令にクロウは肩を竦めて、傍らに控える少女を呼ぶ。

 

「…………はい」

 

 蒼い少女は人形のように無機質に頷き、クロウが歩き出すとそれに合わせて歩き出した。

 その少女の反応にクロウは先程とは違うため息を吐く。

 

「こいつもこいつで何考えてるんだろうな」

 

 本人に聞こえているにも関わらずクロウは愚痴る。

 アルベリヒからクロスベルで失ったダブルセイバーの代わりに《蒼の武具》として渡されたがどうにも馴染めず居心地が悪い。

 内戦で各地の正規軍を叩くため彼女と一緒に飛び回り、その間に話しかけたり、笑わせたりしようとしたがピクリとも表情を動かさないのでクロウはもうイソラとの会話を諦めた。

 

「まあ、ちゃんと働いてくれるなら文句はねえか」

 

 所詮は内戦までの付き合い。

 そう割り切ってクロウは一度振り返る。

 

「しかしどうやって逃げたんだろうな」

 

 クロウは甲板を目指しながらクリスが部屋から消えた謎を考える。

 

「…………」

 

 背後に付き従うイソラは何も答えることはなかった。

 

 

 

 

 ダクトと言う物がある。

 それは気体を運ぶ配管であり、決して人が移動に使って良いものではない。

 そもそも、ダクトとは一方通行とは限らず様々な方向へ入り組んで伸びている。

 小さな子供なら這って進むことは可能かもしれないが、ダクトは階層を跨いで様々な場所で繋がっており、作った者でもどこに繋がるか分からないのだ。

 故に様々な観点からダクトの中まで調べようとする者達はいなかった。

 そしてそんなダクトの中を音も立てずに歩くのは二人――いや二匹。

 

「みしし」

 

 ダクトの中、十字路に行き着いたみっしぃはみーしぇにどちらに行くのか振り返る。

 

「みしし」

 

 みーしぇはあっちだと丸い手で右の通路を指す。

 

「みしし」

 

 みっしぃは分かったと頷くと右のダクトへと歩を進める。

 

『それにしてもイソラさんがくれた“聖魔の首飾り”は凄いね』

 

 と、みっしぃ――クリスはみーしぇ――ミリアムを振り返りながら頷く。

 

『そーだね。ボクもこんな体験をするとは思わなかったよ』

 

 テクテクとクロスベルのマスコットであるみっしぃとみーしぇがダクトの中を歩く。

 “聖魔の首飾り”。

 これを装着した者はその身を一時的に幻獣に変貌させることができる。

 理屈まで説明を受けている暇はなかったが魔女の技術で作られた魔道具であり、身体が縮小してみっしぃになったことでクリス達は客室から人知れず脱出することに成功した。

 

『しかし、ティオさんが狂喜乱舞しそうな魔道具だな』

 

 今はもう懐かしいと思えるほどの記憶にクリスは感慨深くなる。

 

『ティオって、ボクとがーちゃんで撃ち合いした人だよね? なんかイメージが違うなー』

 

『確かに普段のティオさんとみっしぃが絡んだ時のティオさんだと全然違うよ。現に以前、クロスベルに本物のみっしぃが現れた時……』

 

 言いかけた言葉をクリスは止める。

 

『んーどうしたのクリス?』

 

『いや……もしかすると……』

 

 あの時は本物のみっしぃが現れたのだと思ったが、もしかしたらあれも魔道具を使った誰かの擬態だったのではないかとクリスは気付く。

 

 ――クロスベルに魔女がいたのか。それとも……

 

『くっ……貴方はどこまで僕の先を行けば気が済むんですか』

 

『クリス?』

 

 突然悔しがり始めたクリスにミリアムは首を傾げる。

 もっとも悔しがっているように見えるが、同時に嬉しそうにしているのでミリアムは余計に理解に苦しんだ。

 

『何でもない。ところでそろそろかい?』

 

『うん、そうだね』

 

 みーしぇは頷くと、足元の通風孔を蹴る。

 予め、各所の留め具を緩めていたらしく、格子はあっさりと外れる。

 みっしぃとみーしぇはかなりの高さに見えるそこから躊躇うことなく飛び降りた。

 途中、二匹は縮小した“聖魔の首輪”を外すと人の姿に戻り、危なげなく着地する。

 

「ここは……格納庫か……」

 

 クリスは当たりを見回して、左右に並ぶのはギデオンがもたらした情報に会った新型の《ケストレル》と《ゴライアス》。

 本来は拠点防衛用として騎神の倍はある体躯の《ゴライアス》だが、その全長は《ケストレル》と大差はない。

 むしろ《ヘクトル》に近い印象を受ける。

 それがそれぞれ十機ずつ並ぶ光景は壮観だったが、同時にこれがプログラムだけで動く機械人形だと思うと顔をしかめずにはいられない。

 

「クリス、向こうから外に出られるよ」

 

 クリスの心中などお構いなしに、ミリアムが甲板へと上がれる階段がある扉を指差す。

 

「…………そうだね。行こう」

 

 今の自分にこれらの機体をどうこうしている暇はない。

 そう割り切って踵を返し、ミリアムに促された扉に向かって歩き出す。

 

「ほう……ここにいたか」

 

 その二人の前で扉が開き、現れたのは古びたローブを纏った男だった。

 クリスとミリアムはその場から跳び退き、同時に剣を抜き、《アガートラム》を呼び出した。

 

「黒いローブ……もしかして貴方がナーディア達が言っていた《皇帝》か?」

 

「ほう……あれが君にそこまで話しているとは意外だな」

 

 男は纏っていたローブを脱ぎ捨てる。

 そこには黄金の兜と鎧、杖と宝珠を持った男をクリスが確認した瞬間――

 

「《ARCUS》駆動――エアブラスト」

 

 最速を持ってクリスは質量を持たない風の弾丸を叩き込む。

 風の弾丸がエンペラーに命中して弾けて強風が吹き荒れる。

 

「ミリアムッ! 飛び越えてっ!」

 

「りょーかい!」

 

 クリスは《アガートラム》に掴まり、ミリアムも飛び乗り怯んだエンペラーの頭上を飛び越える。

 そして階段があるだろう壁にアガートラムが拳を振り被る。

 

「貴様らっ! 誰の上を跨ごうとしているっ!」

 

 激昂と共にエンペラーは《照臨のレガリア》を起動する。

 

「わわっ!? 落ちる!?」

 

 突然強まった重力に《アガートラム》がくりと落ちそうになり、ミリアムは驚く。

 しかし、クリスは彼女から聞いていた通りだと薄く笑い。アガートラムからエンペラーを見下ろして告げる。

 

「そっちこそ、帝国で誰の許しを得て《皇帝》なんて名乗っているんだい?」

 

 できるだけ不遜に、挑発をするようにクリスは続ける。

 

「だいたいこの程度の重力で《アガートラム》を落そうなんて百年早いんだよ」

 

「ちょっとクリス!?」

 

 勝手なことを言うクリスにミリアムが抗議をしようとするが、クリスはそれを手で制して口を噤ませる。

 

「…………どうやら死にたいらしいな。ならば見るが良い《照臨のレガリア》の全力を!」

 

 クリス達を覆う重力場の力が増す。

 

「くっ……頑張ってがーちゃん!」

 

「大丈夫だよミリアム」

 

 必死に重力場に対抗しようとするミリアムとアガートラムにクリスは微笑み――

 

「大地の魔槌《グラティカ》」

 

 魔剣テスタ=ロッサの力を使って、顕現させたのは巨大なハンマー。

 空中に顕現させた魔槌をクリスは手に取ることはせず、下に落す。

 

「潰れてひれ伏せっ!」

 

「なっ――」

 

 最大出力の重力場の恩恵を受けて魔槌はエンペラーの頭上に落下して直撃する。

 

「おおおおっ!?」

 

 格納庫に響き渡る凄まじい轟音と共にアガートラムを落そうとした重力場が掻き消える。

 

「クリスやるー」

 

「はは、全部ナーディアの分析のおかげだよ」

 

 重力場に対する手札。

 質量を伴わない《風》のアーツを始めとした様々な対抗手段。

 “彼”がいる時に交わしていた戦術談義の中で、エンペラーと言う敵に対してナーディアは様々な有効手段を考えていた。

 その一環が今の攻防であり、今ので倒せたとは思えないが通用するという事実を確かめられたのはナ―ディア達にとって大きいだろう。

 

「急ごうミリアム」

 

「うん――」

 

「おいおい、それはねえだろ」

 

 次の瞬間、目の前の壁が爆ぜる。

 

「せっかくだ。こいつを捌いていけよっ!」

 

 現れたヴァルターは階段から躊躇なく飛び降りてクリスに向かって拳を振り下ろす。

 

「ルミナスッ!」

 

 クリスは迷わず、一番早く顕現できる二つのナイフを両手に顕現させる。

 突き出された拳にナイフを重ねて合わせ――砕かれる。

 その衝撃でクリスはアガートラムから弾かれ、ヴァルターはアガートラムの頭を蹴ってクリスに追い縋る。

 

「さあ、どうする!?」

 

 もう一度振り被られた拳にクリスは息を呑む。

 自分がこれまで造ってきた武具ではヴァルターの拳は防げない、仮に防げたとしてもその一発で済むはずがない。

 まるで時が止まったような錯覚を感じ、クリスは己を殺すだろう拳に見入り――

 

「照臨のレガリアッ!」

 

 無我夢中で手を前に出し、《テスタ=ロッサ》の聖痕を刻んだ魔剣の力をフル稼働させる。

 

「っ――」

 

 頭が焼き切れるかのような熱と激痛に耐え、クリスは複製した《黄金の王笏》を握る。

 

「はっ――」

 

 先程のナイフと同じように砕いてやるとヴァルターは王笏に拳を叩き込む。

 クリスの霊力で造られたアーティファクトは一秒しか持たずに全体に亀裂が走る。

 しかし、その一秒でクリスは叫ぶ。

 

「堕ちろっ!」

 

 崩壊する王笏に命じてその力――接触した部分に強力な重力を発生させる――効果をヴァルターの拳に発動させる。

 身体に掛かる重力が増したヴァルターはクリスの目の前で直角に下へと落ちる。

 

「クカカ……今のは中々良かったぜ」

 

 そう言い残してヴァルターは急降下してクリスの視界から消える。

 クリスはアガートラムにキャッチされてヴァルターが飛び出して来た穴へと運ばれた。

 

「ぶはっ!」

 

 階段に着くなり、クリスはその場に蹲り息を呼吸を激しくする。

 

「クリス……だいじょーぶ?」

 

「だ、大丈夫だよ……この程度の負荷……“八耀”を複製しようとした時と比べたらどうってことない」

 

 息を整え、鼻血を拭いクリスは手に新たな魔剣を作り出す。

 

「燃やせブリランテ」

 

 炎剣を階段に突き立て、炎が階下へと走り、金属製の階段を燃やす。

 炎はスプリンクラーによってすぐに鎮火されるが、溶けた階段は原型を留めていなかった。

 

「これで少しは時間を稼げるはずだ」

 

「なんかクリス、シャーリィとかフィーに似て来たね」

 

「はは、僕なんて二人に比べればまだまだ大人しい方だよ」

 

 謙遜を口にしながらクリスは呼吸を整える。

 

「それより急ごう、ここから追って来れないと言っても安心はできないから」

 

「うん!」

 

 階段を駆け上がるクリスにミリアムは《アガートラム》に乗って追従する。

 そして甲板に繋がるハッチを《アガートラム》の拳が吹き飛ばして、二人は外に出る。

 

「《テスタ=ロッサ》は…………あった!」

 

 外に出てクリスは周囲を見回して己の相棒を見つける。

 

「うん、じゃあクリスが脱出したら気兼ねなく爆破して良いね」

 

「ミリアム……」

 

 彼女の言葉にクリスは思わず足を止める。

 脱出に手を貸してくれても、オズボーン宰相の仇討ちを忘れていないミリアムをどうやって説得するかクリスは悩む。

 

「意外と早かったじゃねえか」

 

 そんな二人に声が掛った。

 振り返れば、《緋》の傍に佇む《蒼》の足下からクロウとそれに付き従うイソラが現れた。

 

「ククク、どうやって部屋を抜け出したのかと思えば《鉄血》の狗の手引きだったか」

 

「何をーボクは狗じゃなくて《白兎》だよ!」

 

 クロウの濁った眼差しを向けられながらミリアムは言い返す。

 

「イソラさん……」

 

 その一方でクリスはクロウの後ろに付き従っているイソラに目を向けていた。

 部屋を訪ねて来てエマの話を嬉しそうに聞いていた彼女の面影はそこにはない。

 ただ虚ろな人形のような無表情で佇むその姿にクリスは痛ましさを感じずにはいられない。

 

「それにしてもまさかお前が結社の《執行者》たちを退けて来るとはな。少しは《起動者》として成長したってことか、お坊ちゃま?」」

 

「おかげさまでそれなりの修羅場を潜ってきたからね」

 

 クロウの挑発を受け流しクリスは余裕を装った言葉を返す。

 

「はっ……お前の潜って来た修羅場なんざ俺の足元にも及ばねえ。そいつを改めて思い知らせてやるぜ」

 

 そう言い放ち、クロウは双刃剣を構え、それに倣ってイソラも蒼い戦術殻を無言で展開する。

 

「修羅場ね……仲間がいないようだけど良いのかい?」

 

 クロウの他の仲間、ヴァルカンとスカーレットの姿がないことを指摘する。

 

「テメエ如き、俺一人で十分だっ!」

 

 昨日の続きだと言わんばかりにクロウはクリスに斬りかかる。

 

「ミリアムはイソラさんを抑えて」

 

「らじゃー!」

 

 素早く役割分担を決め、クリスはクロウの双刃剣を受け止める。

 

「ハハッ……今の一撃を受け切るとはな」

 

「いつまでも見下しているんじゃない!」

 

 双刃剣を弾き、返す刃をクリスが振る。

 クロウは双刃を回転させ、それを弾き、そのままもう一方の刃を振るう。

 

「っ……」

 

 仰け反るようにその場を跳び退き、クロウはそれを追い駆ける。

 

「どうしたお坊ちゃま! その程度か!?」

 

「雷槍エリクシル」

 

 魔剣を鞘に納め、代わりに顕現させるのは雷の力を宿した十字槍。

 間合いを取った突きにクロウは一転して防戦となる。

 

「ちっ……本当に《緋》の力を使いこなしているみたいだな」

 

「そう言う貴方は……前より弱くなったんじゃないのかい?」

 

「んだと!?」

 

 クリスの指摘にクロウは眦を上げる。

 双刃剣の間合いの外から嫌がらせのように突いて来るだけのクリスに苛立ち、クロウは双刃剣から二丁拳銃に持ち替える。

 

「遅い――」

 

 クロウが銃を抜くのに合わせて、クリスは槍を捨て《風剣》を手にクロウに肉薄する。

 

「っ――」

 

 銃を交差させ、クリスの斬撃をクロウは受け止める。

 

「余裕がなさそうですね。クロウ先輩?」

 

「抜かせっ!」

 

「一つ、昨日貴方に聞けなかったことがあるんだけど……」

 

「何のつもりだ?」

 

 銃と剣で鍔迫り合いをしながらクリスは質問を投げかける。

 

「どうして貴方はアームブラスト市長の政策が間違っていないことを前提に話をしているですか?」

 

「何が言いたい!?」

 

「ノーザンブリアの《塩の杭》の発生が1178年。ジュライに鉄道網が延長したのが1194年……

 どんな政策を打ち出していたかは知らないけど、十六年掛けてジュライを立て直せなかったのならアームブラスト市長は無能だったと言わざるを得ない」

 

「っ――」

 

「クロウ・アームブラスト……もしかしてオズボーン宰相を恨んだ本当の意味は――」

 

「うるせぇっ!」

 

 銃を乱暴に振り回してクロウはクリスの言葉を振り払う。

 クロウの反応にクリスはため息を吐きたくなる。

 自分の言葉は所詮世間知らずの皇子の薄っぺらい言葉だと言う事は自覚している。

 しかしそれでも、一切こちらの言葉に耳を傾けないクロウの頑なさに辟易してしまう。

 クリスは甲板を駆け、クロウの銃撃から逃げ回り――先程捨てた雷槍を拾って投擲する。

 

「っ――」

 

 槍がクロウの銃を弾き、怯んだクロウにクリスはすかさず肉薄し風を伴った剣を振るう。

 

「ちっ……」

 

 二つの銃を落したクロウは痺れる腕を抑えて後退る。

 

「ミリアムッ!」

 

 そんなクロウの横を駆け抜けながらクリスは叫び、《緋》の足下に辿り着く。

 

「ごめんね、いーちゃん!」

 

 突き飛ばすように《アガートラム》が《アロンダイト》を殴り飛ばして、《緋》の肩にミリアムは乗る。

 クリスを取り込み、起動した《緋》は拘束されたワイヤーを弾き飛ばしながら立ち上がる。

 

「…………悪ぃな殿下」

 

 立ち上がった《緋》にクロウは自分の《騎神》に走り寄ることもせず、呟く。

 

「イソラ!」

 

「…………はい」

 

 クロウの呼び掛けにイソラは頷き、“降魔の笛”を取り出した。

 そのまま澱みなく笛を口に運び、美しい音色を奏でる。

 

「――っ!? 何だ……?」

 

「クリス?」

 

 《緋》の奥から黒い焔が燃え上がる。

 

「あああ…………あああああああっ!」

 

 黒い焔は中のクリスに絡みつき、操縦桿に添えていた手にゼムリアストーンの結晶が生える。

 

「イッ――アアアアアアアッ!」

 

 まるで無造作に手を引きちぎられたかのような激痛にクリスは悲鳴を上げる。

 だが、結晶の増殖は瞬く間に手から腕へと浸食して行く。

 

「テスタ=ロッサに喰われる!?」

 

 《緋》がケルディックで散った魂を取り込んだように、今度は起動者であるクリスまで取り込もうと暴走する。

 

「っ――がーちゃんっ!」

 

 クリスを苦しめる原因をイソラだと判断したミリアムは《アガートラム》と共に彼女に殴りかかる。

 

「させねえよ」

 

 その拳をクロウが双刃剣で受け止める。

 

「くっ……」

 

「ウアアアッ! っ――があああああっ!」

 

 身体を内側から引き裂かれるよな激痛に悲鳴を耐えようとしてもクリスの口からは絶叫が繰り返される。

 全身を覆い尽くす黒い呪い。

 これまでの比ではない黒い呪いの衝動を破壊に転換する間もなく、クリスは《緋》に呑み込まれて――

 

『ミリアム、君の力を貸してくれ』

 

 誰かがそう囁いて肩に触れた気がした。

 

「え……? 誰? オジさん?」

 

 ミリアムは咄嗟に振り返るがそこには《アガートラム》しかいない。

 そして光り輝く《アガートラム》にミリアムは自分ができることに気付く。

 

「がーちゃん! 《アルカディスギア》!」

 

 《アガートラム》を身に纏ったミリアムは上空に大きく飛ぶ。

 

「はっ! 無駄だ! デットリークロス!」

 

 助走をつけて突撃して来るミリアムにクロウは十字の剣閃を放つ。

 だが、イソラを狙わなかったミリアムに掠ることはなく、銀の弾丸となってミリアムは《緋》に突撃する。

 

「いっけええええええええっ!」

 

 一つの弾丸となった《戦術殻》と《OZ》は光となって《緋》を貫いた。

 

 

 

 

 

「がはっ!」

 

 身体を激しく揺さぶる衝撃にクリスは咳き込んだ。

 身体から生えたゼムリアストーンは砂となって崩れ落ちていく。

 

「…………一体何が……?」

 

 全身を犯す呪いの熱が引いて行く。

 いや正確には右腕に《緋》の中にあった“憎悪”が全て集まって行く。

 

「この腕は……?」

 

 先日《金》との戦いで失ったはずの右腕がそこにはあった。

 白い装甲を下地に禍々しい赤い光が刻印として刻まれ、凶悪な“鋼の爪”を宿す“機械の腕”――《アガートラム》。

 

「っ……!?」

 

 困惑するクリスは頭痛に顔をしかめ、一瞬の白昼夢を見る。

 

「■■■さん……貴方と言う人は……」

 

 クリスが見たのは一人の少年がボロボロになりながら生身で《騎神》と戦っている姿。

 そこに余裕なんてないはずなのに、《緋》に喰われかけた己を助けてくれたことへの感謝と彼の手を煩わせてしまった申し訳なさにクリスは憤る。

 

『クリス! 大丈夫!?』

 

 《緋》の中にミリアムの声が響く。

 

「ああ……もう大丈夫だ」

 

 全身を犯していた呪いは右腕だけとなる。

 全てを突き動かす“呪い”の衝動をクリスはまだ抑えることはできない。

 だが、右腕にだけ集中するのならできるという確信がクリスにあった。

 クリスは《緋》を立ち上がらせてミリアムに言う。

 

「さあ、もうここに用はない。行こう」

 

「行かせると思うか?」

 

 その言葉に応えたのはクロウだった。

 踵を返す《緋》の前に《蒼》が立ち塞がり、遅れて背後の《金》も立ち上がる。

 《騎神》と《神機》に挟まれながらもクリスは動揺はなかった。

 

「そっちこそ、今の僕を止められると思うなっ!」

 

 《緋》は《蒼》に肉薄して右手の拳を振るい、《蒼》は双刃剣の柄でそれを受け止める。

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

「なっ!?」

 

 体中に漲る力を爆発させるように力任せに振り抜いて《蒼》を甲板の外へと双刃剣の上から殴り飛ばす。

 

「ちっ! 何をしている!?」

 

 《金》に乗ったヘルムートは殴り飛ばされた《蒼》に舌打ちをして術式を起動する。

 空間が歪曲して、そこに引き込まれるように《金》は姿を隠す。

 

「ミリアムッ!」

 

『うんっ!』

 

 《緋》は《金》が消えた空間に爪を突き立て――歪曲した空間を引き裂く。

 

「なんだと!?」

 

 歪曲した空間に隠れたはずなのに、元の空間に引きずり戻されたヘルムートは目を剥いて驚愕する。

 次の瞬間、《金》は《緋》の尾に殴り払われ、パンタグリュエルの甲板に叩きつけられる。

 

「ここで貴方達を倒すことはしません」

 

 倒れたヘルムートにクリスは宣戦布告するように告げる。

 

「決着は然るべき時、然るべき場所で、帝国の民が納得する形で着けさせてもらいます」

 

 一方的に言って《緋》は飛び立つ。

 

「ふっざけるなぁっ!!」

 

 《蒼》が装甲の各所を開き、一時的に出力を増幅した第二形態となり、翼を大きく広げて飛翔する。

 飛翔能力に優れた《蒼》が空のフィールドを存分に使った加速からの突進。

 

「あの世に逝けええええええっ!」

 

 憎悪を漲らせ、音を置き去りにした速度から繰り出された一突き。

 《緋》は《蒼》の最速の必殺の刃を――右腕で鷲掴みにして受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するクロウに《緋》は左腕で《蒼》の首を掴む。

 

「はああああああっ!」

 

 《緋》は《蒼》を振り回して急降下し、パンタグリュエルの甲板に叩きつける。

 

「がっ――くそが……」

 

 フィードバックされた激痛にクロウが呻き、見上げた空には巨大な焔があった。

 

「我が深淵にて閃く緋の刻印よ」

 

 《緋》が両手を前に翳し巨大な焔の火球が生み出される。

 

「天に昇りて、煉獄を焼き払う劫焔の柱と化せ」

 

 膨れ上がった焔球を握り潰すように右腕が喰らう。

 そして手の甲を砲門に変形させて《蒼》を――パンタグリュエルに向ける。

 

「聖痕砲――メギデルスッ!」

 

 《緋》はパンタグリュエルから空へと照準をずらし――力が解放する。

 真紅の熱線が空を引き裂く。

 パンタグリュエルに放っていれば塵も残さない熱量の砲撃にクロウは言葉を失い、身体を震わせる。

 

「…………ミリアム」

 

『な、何……?』

 

 砲撃を撃ち切ったクリスは《緋》と同化しているミリアムに声を掛ける。

 

「パンタグリュエルは爆破しない。良いね?」

 

『う、うん……』

 

 戦艦どころか、街一つ焼滅できそうな一撃を撃って平然としているクリスにミリアムはドン引きしながら頷いた。

 

「ふぅ……」

 

 《緋》をパンタグリュエルから離してクリスは息を吐く。

 

「どうにか脱出できたな……」

 

 《緋》の右腕と自分の右腕を見下ろしてクリスは感慨に耽る。

 “彼”が自分にくれた“力”。

 正直、過ぎた力だと思うがこの内戦を勝ち抜くには必要な“力”であることは間違いない。

 

「ありがとうございます。■■■さん……」

 

 “彼”に頼らないつもりだったのに結局頼ってしまった不甲斐ない己を恥じながら、クリスは自分はまだまだなのだと改める。

 

『えっと……クリス、これからどうするの?』

 

「そうだね。まずはカレイジャスに――」

 

 言いかけたところで気配を感じて《緋》は振り返る。

 そこには《紅の翼》が真っ直ぐにこちらに向かって来る光景が見えた。

 

「来てくれたのか……」

 

 迎えに来てくれた仲間たちにクリスは安堵しながら、カレイジャスへと進路を向けた。

 

 

 

 

 

 

「くそおおおおおおおっ!」

 

 《蒼》の中でクロウは悔しさを叩きつけるように計器を叩き絶叫する。

 自分は選ばれた存在だったはずなのに、《緋》に成す術なく叩きのめされた。

 何故、自分ではなく帝国の皇子なんかがと思わずにはいられない。

 

「荒れているなクロウ・アームブラスト」

 

「っ――アルベリヒ」

 

 声を掛けて来たアルベリヒにクロウは《蒼》の中から睨む。

 

「どういうことだ!? 《騎神》は最強の“力”のはずじゃなかったのか!?」

 

 《灰》や今見た《緋》と比べれば、改修したはずの《蒼》のなんと脆弱なことか。

 

「私もまさか《緋》があのような進化を果たすとは思っていなかったよ。だが、《緋》にできたのなら《蒼》にもできるはず」

 

「本当か!?」

 

「ちょうどギデオンが裏切り、パーツが空いているので何とかしてみましょう」

 

 酷薄な笑みを浮かべてアルベリヒは告げる。

 

「安心したまえ、今回の戦闘において君は合体をしていなかった。つまり君は本気ではなかったはずだ」

 

「それは…………ああ、そうだ」

 

 アルベリヒの物言いにクロウはそれまでの憤りを呑み込んで頷いた。

 簡単に丸め込まれたクロウにアルベリヒは呆れながらも踵を返して《緋》が飛び去った空を見上げる。

 

「根源たる虚無の剣……いや、虚無の腕というべきか……

 これも預言の範囲内だと言うのですか、イシュメルガ様?」

 

 アルベリヒの疑問は誰かが答えるわけでもなく、空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 









根源たる虚無の腕

テスタ=ロッサは《アガートラム》を装備した。
“呪い”は右腕に集約された。
“はがねのつめ”を手に入れた。
“聖痕砲”を手に入れた。
“劫焔の弾丸”を手に入れた。


クリス
「■、■■■さん……これはちょっと過保護じゃないですか?」

《C》
「フフ、どうだねエル=プラドー?
 内戦に参加しなかったら、黄昏で何の準備もなしにこれらと戦う事になっていたわけだ」

エル=プラドー
「何なのだ!? 此度の戦は!?」

ヴァリマール
「…………諦めろ」

キーア
「えっと……■■■が元気そうでよかった……ってキーアが言っちゃダメだよね」





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