「フン……」
目の前で繰り広げられる光景にゲルハルトは不機嫌そうに顔を歪める。
「圧倒的ですね。新しい《機甲兵》の力は!」
「あの《隻眼のゼクス》の部隊も《機甲兵》の前では烏合の衆と変わりませんね」
しかしゲルハルトの不機嫌さに気付かず、従者としてゲルハルトについてきた貴族たちは子供のような無邪気な歓声を上げる。
ルーレとノルドを結ぶ国道の中でも険しいアイゼンガルド連峰で第三機甲師団に上を取られているものの、貴族連合の陣地は落ち着きを払っていた。
幾度となく鳴り響く、身を竦ませる戦車の大砲の轟音。
降り注ぐ砲弾の雨は新型機甲兵《ゴライアスβ》の装備である浮遊ユニットのオーブメントが作り出す結界陣によって全て弾き飛ばされる。
そして防ぐだけではなく、《ゴライアスβ》は横隊を組んで右腕に装着された大型の導力砲で応戦する。
まだプログラムが完全ではないのか、それとも下からの砲撃のせいなのか効果的な命中はない。
それでも鉄壁の結界陣と戦車に匹敵する射程の導力砲の砲撃は第三機甲師団の足を止めるのには十分だった。
「ケストレル三機……敵陣に突入します」
通信士が観測士からの報告を叫ぶ。
それを切っ掛けに戦車の砲撃の音が止む。
代わりに聞こえてくるのは山彦のように木霊する破壊音。
「流石のゼクスも《風の剣聖》をプログラムされた《機甲兵》には勝てぬか」
見上げた先の丘の上から三機の《ケストレルβ》が駆け回る地響きが伝わって来る。
銃が開発され、戦車が開発され、人が剣を持って戦う意味が少なくなったこの時世、《機甲兵》の開発されたことで一層“武”の価値は落ちている。
帝国の旧き文化である“武”の否定でもあるが、技術の革新に思う所がないわけではないがゲルハルトはその不満を呑み込む。
どれだけ人が己を鍛えて、銃弾を凌駕することができたとしても人は空を飛ぶこともできなければ、巨人になることもできない。
《機甲兵》に翻弄されるゼクスをゲルハルトは蔑むことはしなかったが、これも時代の流れなのかと複雑な気持ちになる。
「ところでゲルハルト様、何故ヘクトルを用意しているのですか?」
「戦闘は《機甲兵》に任せて、ゲルハルト様はこちらの天幕でお休みください」
もはや《機甲兵》が結果を持ち帰って来るのを待てば良いという領邦軍の将校にゲルハルトは眉をひそめる。
「必要ない」
「ですが……」
「くどいっ!」
ゲルハルトは媚びを売って来る将校を追い払い、じっと第三機甲師団と機甲兵の戦いを見続けて、それを待つ。
「報告します」
そして領邦軍の兵士がそれを伝えて来た。
「後方から所属不明の機甲兵部隊が接近しています。その中には《翠の機神》もあり、おそらくはアンゼリカ様だと思われます」
「――来たか」
その報告にゲルハルトはヘクトルに乗り込んだ。
*
「このバカ娘がっ!」
「このバカ親父がっ!」
ノルドとルーレを繋ぐ街道で、二機の《機甲兵》が多くの者達に見守られながらぶつかり合う。
二人はどちらもログナー侯爵家に連なる者。
シュピーゲルに乗るのはアンゼリカ。
ヘクトルに乗るのはその父のゲルハルト。
互いに武器は持たず、ただ拳と意志をぶつけ合う。
「どうした娘よっ!」
「グッ!」
重装機甲兵のパワーと重さから繰り出された拳をシュピーゲルは両手を交差して受け止める。
「修めたという東方の武術もその程度のものだったか!?」
「ッ――はああああああッ!!」
気合いを込めた雄叫びと共に、シュピーゲルは拳を押し返すが、その瞬間ヘクトルは自分から拳を引いて距離を作り、改めてシュピーゲルの懐に入り込む。
「温いぞ! 馬鹿娘がっ!」
両の拳を使って容赦なく責め立てるヘクトルにシュピーゲルは後ずさりながらも、掌を使ってその拳を受け止める。
「ハハッ、父上こそ耄碌したのでは!?」
ヘクトルの猛攻に見栄を張るようにアンゼリカは叫ぶ。
「力押しで抑え込めるほど《泰斗》は甘くない! 貴方の自慢の武器は使わないのかい!?」
「ふん! 生意気な。貴様のような馬鹿娘にはこの拳で十分よっ!」
余裕を感じさせるゲルハルトの声にアンゼリカは歯噛みする。
――まさか父上がここまでできるとは思わなかった……
自分が勝負を挑めば拳で応じて来るだろうと読み、それならば《泰斗》を修めている自分の方に武があると思っていたアンゼリカの予想は簡単に覆されてしまった。
“武”を尊ぶ帝国の中にあっても、素手格闘術は野蛮と見られる偏見がある。
もちろん各流派では武器を失った時の心得として素手の型は存在しているが、あくまで護身用という程度のはずだった。
「どうした馬鹿娘よっ! 先程までの威勢はどうした!?」
重装の機甲兵だというにも関わらず、ヘクトルは軽いステップを踏んでシュピーゲルに殴りかかる。
「ハッ!」
飛び込んで来たヘクトルに合わせてシュピーゲルは回し蹴りを繰り出す。
「むっ」
しかしヘクトルは動じず、肩の装甲で受け止める。
「何故っ! これ程の実力を持ちながら何故、貴方はこんな非道に加担しているのですか父上っ!」
堂に入った構え。《泰斗》を習ったからこそ気付いたゲルハルトの武の厚みと誠実な拳を感じアンゼリカはこれまで溜めた憤りを爆発させる。
「何故オズボーン宰相の暗殺を見過ごした! 何故ラインフォルトを乗っ取ろうとした! 何故ユミルを崩壊させた!」
「…………」
「答えろっ! ゲルハルト・ログナー! それが誇り高い貴族のすることなのか!?」
シュピーゲルの拳をヘクトルは掴んで、ゲルハルトは言い返す。
「貴様のような放蕩娘が“貴族”を語るなっ!」
ヘクトルの拳がシュピーゲルの胸を打つ。
「ぐはっ!」
機体を通して走る衝撃にアンゼリカは息を絞り出して仰向けに倒れる。
「貴族の責務から逃げて遊び歩いていた“放蕩娘”が私に意見をするなど烏滸がましい」
「っ……私は逃げてなど――」
「貴様はオリヴァルト殿下とは違う! 次代のログナー家を背負う者としてお前は振る舞わなければならなかった!
それを拒絶したお前が今更、何を言おうと聞く耳は持たん!」
「っ――私は貴方の言う何もかも雁字搦めにされた貴族などになるつもりなどはないっ!」
「だから貴様は馬鹿なのだっ!」
立ち上がったシュピーゲルは下からかち上げた拳によって再び倒される。
「そう言って士官学院で女の尻を追いかけ回して遊んでいたから、貴様はクロウ・アームブラストの闇に気付かなかったのだろう!」
「っ――」
「お前だけだ! セドリック皇子でもオリヴァルト皇子でもない!
お前だけがクロウ・アームブラストの暴挙を止められる可能性を持っていた!
その事実から目を逸らしている貴様に貴族連合を批難する資格などない!」
「それは……」
突き付けられた“欺瞞”にアンゼリカは言い返そうとして、口を噤む。。
ゲルハルトの言う通り、学院の中で一番近い場所にいながらクロウが《C》だったことに気付きもせずにのうのうと自由を満喫していたのだから反論できない。
「お前はいつもそうだ……
何事も卒なくこなせるが“壁”に当たればすぐに逃げてしまう……
ログナー家と向き合わず、私が教えた“武”を極めず、“泰斗”に逃げても小手先の技で満足している……我が娘として恥ずかしい限りだ」
「言わせておけばっ!」
立ち上がる勢いに任せてシュピーゲルはヘクトルに殴りかかる。
「ふんっ!」
対するヘクトルは仁王立ちでその拳を顔で受け止める。
「やはりな……」
「な……?」
「貴様の拳には何の重みも感じんっ!」
突き飛ばすように無造作に押し返され、シュピーゲルはたたらを踏んで後退る。
「貴様は何もかもが半端者だ!」
「何だと……」
吠えるゲルハルトにアンゼリカは悔しさに歯噛みする。
「ログナーの“武”を捨てたことは良い……
だが、わざわざキリカ殿程の女傑の時間を貰っておきながら、“素手ならば学院生最強”程度で満足して腕を鈍らせたことが私は我慢ならん!」
「何故父上が師の名前を……いや、それの何が悪い! 私はログナー家の者として相応の評価を――」
「帝国の武人を語るなら! 素手“で”最強を何故目指さん!? 貴様のその半端が“泰斗”の看板に泥を塗っていると何故分からん!」
「っ――」
ゲルハルトの叱責に怯み、アンゼリカは彼の意図を理解する。
“泰斗”を修めたアンゼリカが一方的に有利なだけの素手“ならば”という条件。
そんな条件で“最強”と呼ばれることに何の価値があるのか。
そう問われてしまえば、アンゼリカには返す言葉もない。
「分かったようだなこの馬鹿娘が!」
「ぐっ……しかし父上たち、貴族連合が愚かなことをしていることには変わりない」
言葉に詰まりながら、苦し紛れにアンゼリカは反論する。
「そんなことは分かっている」
しかし返って来た言葉は意外にもアンゼリカの追求を肯定するものだった。
「だったら――」
「だが、その愚かなことをしなければならない程に帝国がオズボーンによって危うくされていたのだ!」
「それはどういう意味ですか!?」
「これ以上貴様と話すことはないっ!」
ゲルハルトはそれ以上話すことはないと会話を打ち切る。
「今の貴様はただオリヴァルト殿下の腰巾着に過ぎん! 己の足で立つこともできん小娘は早々に去るが良いっ!」
仁王立ちして叫ぶヘクトルの気迫にアンゼリカは怯む。
精霊回廊を使ってサザーランド州からノルティア州へ飛び、ノルドから南下を始めたゼクス中将を迎え討つべく準備をしているゲルハルトに奇襲を仕掛けた結果がこれである。
ただ頭の固く融通の利かない典型的な貴族だと思っていた。
悪く言えば軽んじていた父にアンゼリカは初めてその大きさを実感し、畏怖を覚えた。
『アンゼリカ先輩、いつでも撃てますけど』
アリサからの通信にアンゼリカは迷う。
正規軍がオリヴァルトを中心に纏まりつつあるが、依然貴族連合の勢力は大きい。
第三機甲師団が劣勢に立たされている今、何としてもゲルハルトを倒してノルティア州領邦軍の士気を挫く必要があるのだが、アリサに狙撃させて果たしてそれで勝ったと言えるのか。
「どうしたアンゼリカ! 私は去れと言ったはずだ!」
「っ……」
父の失望を滲ませた言葉にアンゼリカは狭いコックピットの中で駄々を捏ねるように頭を振る。
「私は……私は……」
ゲルハルトの言う通り、アンゼリカの行動は全て今更だった。
ログナー家と、貴族の立場と向き合う事もせず放蕩したことも。
“武”を極めるわけでもなく、“泰斗”を教わっておきながら研鑽を怠り鈍らせたことも。
一度の衝突で分かったつもりになっていたクロウとの関係も。
全てが手遅れになってから自分はようやく動き出したのだと、アンゼリカは自分の行動の意味を父に気付かされた。
「だが……それでもっ! まだ! 勝負は着いていない」
アンゼリカは黒い瘴気を纏い、シュピーゲルは黒く染まりながら立ち上がる。
ただ気持ちでも負けたくないとアンゼリカは衝動のまま叫ぶ。
「勝負は最後の最後まで分からないもの……ギャンブル好きの友人にそう教えてもらったんです!」
「この期に及んで縋るのがテロリストの言葉か! そんな体たらくで奴の前に立とうと言うならば私がここで引導を渡してやるっ!」
抜き足による自然な動作でシュピーゲルはヘクトルに肉薄する。
それは生身であっても生涯一番の手応えを感じた踏み込み。
「ハアアアアッ!」
「オオオオオッ!」
ほとんど密着した状態からシュピーゲルは拳を繰り出し、ヘクトルは不自然な態勢になりながらもその拳を拳で迎え撃つ。
「ガアアアアアアア!」
アンゼリカは獣の様な咆哮を上げて、抑え込まれた拳に更に力を込め――シュピーゲルの右腕とヘクトルの左腕がその拮抗に耐え切れず爆ぜた。
「なっ!?」
その結果にアンゼリカは目を剥いて固まり、ヘクトルは残った右の拳を握り締め叫ぶ。
「答えろアンゼリカ! 貴族とは何だ!?」
「貴族……貴族とは……」
アンゼリカは眼前に向かって来る拳を見つめながらゲルハルトの言葉を反芻する。
しかし答えは出て来ず、ヘクトルの右腕が――吹き飛んだ。
「えっ……?」
「ちっ! 一騎打ちに無粋なっ!」
『貴方のせいで……母様が……シャロンが……』
通信機から漏れて来るアリサの怨嗟。
アリサの声が響く度に、アンゼリカの目の前でヘクトルが狙撃によって右肩を、右足を、そして頭が吹き飛ぶ。
「ぐっ……おのれっ!」
「待ってくれ! アリサ君っ!」
瞬く間にボロボロになっていくヘクトルにアンゼリカはアリサからの射線の前に立つ。
『アンゼリカさん! どいてくださいっ!』
「ダメだアリサ君! 頼むから待ってくれ!」
『でもっ!』
反論の声がアンゼリカの耳を貫くが、それでも続く弾丸が飛んで来ることはなかった。
「今の狙撃は……ラインフォルトの娘か?」
背後からゲルハルトの落ち着いた言葉が掛けられる。
「ええ、その通りですよ。貴方と叔父上が結託してラインフォルトを乗っ取ろうとして生き残ったアリサ君ですよ」
「…………」
アンゼリカの嫌味にゲルハルトは沈黙を返す。
「父上、私は確かに半端者だったかもしれません。アリサ君には言うべきことが――」
アンゼリカの言葉を遮るように背中を爆風が叩く。
「くっ――父上っ!」
この後に及んで不意討つかとアンゼリカは振り返り、目を疑った。
「何だ……これは?」
『アンゼリカ先輩っ! 第三機甲師団を壊滅させた《機甲兵》が突然貴族連合の陣地に攻撃を仕掛けています』
狙撃地点から戦場を観測したアリサが叫ぶ。
「何故……機甲兵が貴族連合を撃つ?」
アンゼリカが呆然と立ち尽くしている間にも《ゴライアスβ》は設置した天幕を撃ち抜き、運搬用の導力車や飛行艇を次々に撃ち抜いて行く。
《ケストレルβ》は逃げ惑う領邦軍人を足元に駆け回り、操縦士のいない《機甲兵》や二人の決闘を見守っていた《機甲兵》を次々に斬り伏せていく。
「おのれ……カイエン公め、謀ったな……」
「父上……?」
心当たりがあるのか、ゲルハルトの険しい声にアンゼリカが訝しむとアリサの声が響く。
『アンゼリカさんっ! 危ないっ!』
「なっ!?」
咄嗟に身を翻し、《ケストレルβ》の太刀がシュピーゲルの残った左腕を肩から斬り飛ばす。
「あ……」
腕を斬り飛ばして駆け抜けた《ケストレルβ》の背後から、さらに二機の《ケストレルβ》が疾風の風となって続く。
「させるかっ!」
ヘクトルは左足だけで大地を蹴り、二機をまとめるように体当たりをしてシュピーゲルを救う。
「父上っ!? ぐあっ!?」
助かったと安堵をする間もなく、《ゴライアスβ》の砲撃の余波を正面に喰らってシュピーゲルは仰け反るように倒れる。
「くそ……何がどうなっているんだ!?」
騒ぐアンゼリカだが目の前のモニターに太刀を構えた《ケストレルβ》が映る。
“それ”は太刀を黒く染めて振りかざし――それがアンゼリカが最後に見た光景だった。
*
第三機甲師団とノルティア州領邦軍の戦闘は最後の一人になるまで互いを殺し尽くす凄惨な戦闘となった。
真実を知るのは、その場から逃げ出すことに成功した《機神》のみだったが、彼女の声が届く前に既に真実は決まっていた。
*
「ふむ……ゲルハルトはゼクス中将と相打ちとなって戦死したか」
皇宮の一室でノルティア州での領邦軍と正規軍の衝突の報告を聞いて、クロワールは動じた様子もなくワインを傾ける。
「やれやれ四大名門の一人が情けない。当主が出しゃばって前線に出るからそうなるのだ」
仮にも近い立場の者の戦死の報告だというのに、クロワールの顔に悲しみはない。
「やはり帝国は私が治めてやらなければいけないようだな…………ふふふ、はははははははははっ!」
まるで予定通りだと言わんばかりにクロワールの笑い声が響き渡った。