(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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50話 参戦

 

 

 

「プラドー、ロングレンジバスターキャノンを使う」

 

『正気か?』

 

 通常の導力による飛翔に加え、内燃燃料を使った噴射機関による加速は凄まじく機体に掛かる負担もまた凄まじいものとなっていた。

 全身を万力で締め付けられるような重圧。

 操縦者への安全や操縦性を度外視し、速度の限界挑戦に挑んだ飛翔ユニットは最高の“格”の《金》のフレームでなければ、最悪はバラバラになっていてもおかしくない程の力が全身に掛かっている。

 その中で肩に設置された大砲を撃つなど、反動でどうなるか想像もつかない。

 

「問題ない。姿勢制御はこちらで行う」

 

 そう言う《C》の手は新たに増設されたキーボードの上で目まぐるしく踊る。

 《金》にはそれが何をしているか分からない。

 だが、己の身体に矢継ぎ早にかかる導力魔法の数々に彼の働きを察することが出来る。

 《騎神》はまず第一の条件としてその者の“武”の高さを選定基準とする。

 しかし今の《C》が見せているのは本来評価されることのない“術”に類する高み。

 《騎神》の――それも飛翔能力に秀でた《蒼》を上回る速度で飛ぶことを可能にしているのは現代技術の他にも《C》がリアルタイムで細かな設定を調整して更新しているからに他ならない。

 

『しかし、まだ戦場は遠いぞ』

 

 《金》の目を持ってもまだ戦場は遠い。

 もっともこの速度なら数分もしない内に貴族連合と正規軍の最前線に到着できるだろうと《金》は予想する。

 攻撃を開始するならば、もっと近づけば良いと《金》は進言する。

 

「いいや、この距離がベストだ」

 

 その提案を《C》は却下する。

 これ以上近付けば、まずレーダーで捕捉される。

 それでは奇襲の効果が半減してしまうと《C》は言い切る。

 

『しかし――』

 

「問題ない。今の私には《識の目》があるのだから」

 

 “響きの貝殻”を使って強化した戦術リンクにより、今の《C》は一時的にキーアの目で世界を見ていた。

 風の流れを始め、温度に音波、気圧が視覚情報となって《C》の優秀な頭脳を圧迫する。

 外部情報だけでも過剰だが、それに加えて機体の状態――装甲一枚の感覚さえも《C》は把握できていた。

 常人ならば拡大した感覚に混乱して発狂してしまいかねない情報量。

 これがキーアだったならば感覚で不必要な情報は遮断しているのだが、《C》はあろうことか自身のスペックを持って膨大な情報をねじ伏せる。

 

「これがキーア君やレン君の視界か……大したものだ」

 

 感心しながらも《C》の操作の手は止まらない。

 大まかに造られた飛行プログラムを逐次更新していく。

 この異常な重圧の中、怯まずむしろ楽しんでいるようにも見える《C》に《金》は閉口する。

 

『……どうなっても知らんぞ』

 

 《金》は諦めて起動者に身を任せる。

 未だに《金》の目を持ってしても点としか認識できない貴族連合の飛行艦隊。

 しかし、今の《C》の目にはどれが《パンタグリュエル》なのか《翠の機神》の活躍を含めて認識できる。

 その果てには地上で弟が正規軍側に立って戦っていることも把握できる。

 

「悪いね。ガイウス君、それにユーシス。ここから先は私たちの舞台だ」

 

 千里眼の如き目を持って、最前線で戦う二人に《C》は謝罪しながら、通信機に話しかける。

 

「こちらはセドリック皇子が率いる真・帝国解放戦線。これより戦闘に参加する」

 

 その言葉と同時に《C》はロングレンジバスターキャノンの引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 黒い一条の光が何処からともなく飛来し、《パンタグリュエル》に命中した。

 

「被害は!?」

 

 艦を任されている領邦軍の艦長はすかさず被害報告を求めるが、帰って来たそれは肩透かしをするものだった。

 

「被害は……ありません!」

 

「何だ虚仮おどしか」

 

 艦橋の窓を覆い隠す程の黒い光が命中した時は冷やりとしたが、何事もなかったことに貴族の艦長は遅れて憤りを露わにする。

 

「どこのどいつの仕業だ! 索敵は何をしている!?」

 

 そう叫んだところで《パンタグリュエル》が揺れた。

 

「何だ!? 被害はないはずではなかったのか!?」

 

 苛立った声で叫ぶ艦長に答えたのは操舵士だった。

 

「艦の導力が低下!? 高度が維持できません!」

 

「何だと!?」

 

 目に見えた損傷はなかったはずだと考えながら、艦長は指示を飛ばす。

 

「第二エンジンに切り替えろ!」

 

「そ、それが第二エンジンの導力も低下して……」

 

「何だそれは……まるで《導力停止現象》ではないか!?」

 

 安全装置を含めた導力の喪失に艦長は狼狽え、最悪の予想が頭を過る、

 しかし、次の報告で艦橋に安堵の空気が流れた。

 

「導力の低下……止まりました。しかしメイン導力にサブ導力ともに残存量は三割……

 兵装への導力の供給も考えると、これ以上の航行は危険です」

 

「むう……仕方あるまい」

 

 艦長の決断は早かった。

 

「《パンタグリュエル》は戦線を離脱する。周囲の飛行艇に通達し撤退を援護させろ」

 

 武勲を立てるよりもカイエン公から借りた《パンタグリュエル》を墜落させてしまう失態を重く見て、指示を出す。

 だがそれに部下たちが従うよりも先に別の声が上がった。

 

「レーダーに反応あり! 正規軍の後方からこちらに急速で接近して来る機影あり!」

 

「カレイジャスか!?」

 

 この内戦で最も警戒するべき最新鋭の皇族の船。

 それには貴族連合が把握していない未知の技術が使われており、先程の導力を直接現象させた謎の兵器にも納得できる。

 

「それが……」

 

「どうした?」

 

「カレイジャスではありません」

 

 観測兵はレーダーの動きからその機体の速度を想像して息を呑む。

 それは計器の故障ではないかと思う程に異常だった。

 《カレイジャス》以上の速さの飛行艇が存在しないわけではない。

 速度で言うなら《カレイジャス》の元となったリベールの《アルセイユ》の方が速い。

 だが、レーダーから読み取れる速度はその《アルセイユ》よりも速いかもしれない。

 

「未確認飛行体から第二射来ます!」

 

「何としても回避しろ!」

 

 導力を直接減少させる謎の砲撃。

 もう一度命中すれば、緊急着陸さえできなくなり墜落する。

 しかし、最悪の想像が現実になることはなかった。

 《パンタグリュエル》の隣の飛行船が黒い光に撃ち抜かれる。

 爆発や炎上は起きないが、その飛行船も《パンタグリュエル》と同じように突然高度を落し始めた。

 

「何が起きているというのだ!?」

 

 黒い光は次々と貴族連合が展開している飛行船を撃ち抜いて行く。

 効果もそうだが、まだこちらの武装の射程距離の外から精密な狙撃で一方的に撃たれているなど悪夢でしかない。

 

「未確認機、こちらの射程に入ります!」

 

「迎撃を――」

 

「待てっ!」

 

 観測兵の報告に即応する砲撃兵に艦長は咄嗟に止める。

 《パンタグリュエル》の導力は著しく減少している。

 安全を考えれば兵装の導力を飛翔機関に回すべきではないかと、迎撃と安全を天秤にして艦長は迷う。

 その迷いに敵は待ってくれない。

 

「未確認機、なおも接近っ! あ――」

 

 観測兵が絶句する。

 その理由は艦橋に詰めていた者達は前面の窓を見て察する。

 遠くに見えた小さな点が瞬く間に大きくなり、次の瞬間高度を落した《パンタグリュエル》の頭上を通過していく。

 

「あれは……機甲兵なのか……?」

 

 艦を揺るがす振動にその場に尻もちを着いた艦長は呆然と呟く。

 一瞬見えた飛行艇には《機神》と呼ばれている機体が埋まっていた。果たしてあれを《機甲兵》と呼ぶべきなのか《飛行艇》と呼ぶべきなのか悩んでいると声が上がる。

 

「未確認機、旋回を開始! 戻ってきます!」

 

 悲鳴のような報告。そして後部確認用の導力カメラが捉えた映像が端末に映し出され、更なる驚きを叩きつけられる。

 飛行艇が搭載したコンテナの蓋が開く。

 上下左右、様々な場所に設置されたコンテナから撃ち出されたのは数えるのも馬鹿馬鹿しいと思うくらいの夥しい数の導力ミサイル。

 ミサイルが尾を引く煙に未確認機は瞬く間に覆い隠され、放たれたミサイルの数々は《パンタグリュエル》を中心に戦線に降り注ぐ。

 

「――くっ……煙幕だと!?」

 

 死を覚悟するもミサイルは煙を撒き散らすだけのスモーク弾だった。

 窓の向こうは煙で満たされ、更には導力波を撹乱する機能もあるのか、導力レーダーも利かなくなる。

 

「忌々しい! それでも帝国男児か!?」

 

 羽をむしられ、目と耳を塞がれた艦長は口汚く罵ることしかできなかった。

 だが、天が味方をしたのか強い風が吹き《パンタグリュエル》を覆い隠していた黒い煙が晴れる。

 そして彼らが見たのは――

 

「《紅い翼》……カレイジャス……」

 

 悠々と高度を《パンタグリュエル》を始めとした貴族連合の飛行艦隊の防衛線を突破する皇族の船を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「帝都ヘイムダル……」

 

 貴族連合の防衛線を抜け辿り着いた帝都の空を《カレイジャス》の甲板からクリスは感慨深い気持ちで街を見下ろした。

 飛行艇で見下ろしたことは少ないが、バルフレイム宮からよく見ていた光景。

 トールズ士官学院に入学した時には、戻ろうと思えばすぐに戻れると割り切っていたその場所にクリスは郷愁を感じずにはいられなかった。

 

『クリス君、皇帝陛下は現在カレル離宮に幽閉されているわ。《カレイジャス》は予定通りそちらに向かうけど、任せて良いのね?』

 

「はい」

 

 ヘイムダルの市民に悪いと感じながら、クリスは気持ちを切り替える。

 

「行くよ――《テスタ=ロッサ》」

 

『応っ!』

 

 振り返って見上げた《緋》がクリスに応えて、彼を取り込む。

 同調した体の調子をクリスは確かめながら、レールハイロゥの台座に乗る。

 

「《緋の騎神》テスタ=ロッサ――クリス・レンハイム、行きますっ!」

 

 レールハイロゥのカタパルトから撃ち出された《緋》は《カレイジャス》から先行する形でカレル離宮へ向かって飛翔する。

 

「こちら――セドリック・ライゼ・アルノールだ」

 

 セリーヌの術で《騎神》の声を拡声して眼下のカレル離宮に向けてクリスは話しかける。

 帝都ヘイムダルの北西に位置し、崖の合間に建てられた皇族の別邸。

 バルフレイム宮とは別にクリスが育った家とも言える場所。

 改めて帰って来たのだなとクリスは感傷に浸る。

 だが、懐かしい景観の中には記憶にないものが配備されていた。

 

「対空砲……まあ予想通りか」

 

 崖の上を始め、そこには空からの侵攻を防ぐための大砲が各地に点在している。

 カレル離宮は文字通り離れであり、配備された砲台は多くない。

 

「セリーヌ、下の声は拾える?」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 セリーヌは術を行使し、地上の声を拾い集めて《緋》の中に流す。

 

「セドリック殿下を語る逆賊がっ!」

 

「ここを何処だと心得る! 不敬者めっ!」

 

「対空砲、何をしている! 早くあの忌々しい《機甲兵》を撃ち落とせっ!」

 

 聞こえて来た地上の怒号にクリスとセリーヌは黙り込む。

 

「大した近衛隊ね」

 

「あ……あははは……」

 

 セリーヌの言葉にクリスは乾いた笑いを返すことしかできなかった。

 クリスの想像ではカレル離宮に押し込まめられた近衛隊は皇帝の身柄の安全を最優先にするために貴族連合に従っているのだと考えていた。

 他の民衆は分からなくても、警護として顔を知ってくれているはずの近衛隊が偽物を区別できていないことにクリスはショックを感じる。

 

「道を開けろ! 何てやってみたかったんだけどな……」

 

「そんなことはどうでも良いでしょ? それよりどうするの?」

 

「大丈夫、意外ではあるけど想定の範囲だから」

 

 だからこそクリスは《緋》に乗って先行したのだから。

 

「魔弓バルバトス」

 

 左手に造りしは巨大な弓。

 照準を着けるために動き出す砲門を見据えながらクリスは弓に霊力を充填しながら矢を番う。

 

「セリーヌ」

 

「ええ、照準は任せなさい」

 

 頼もしい返事にクリスは笑みを浮かべて引き絞った矢を放つ。

 

「ジャッジメントアローッ!」

 

 放った一矢が枝分かれして十二の矢となって飛ぶ。

 放たれた矢はセリーヌの魔術によって十二の移動砲台へと誘導されて、全ての的を射抜く。

 

「――爆ぜろっ!」

 

 射貫いて砲手が逃げるだけの時間を与えてクリスは矢を爆破する。

 十二の砲台は一斉に爆ぜ、空への防御力を失ったカレル離宮に《カレイジャス》が降り立った。

 

 

 

 

 《ティルフィングP》に護衛されながら《カレル離宮》に《カレイジャス》は辿り着く。

 《ティルフィングP》は着陸した《カレイジャス》を見届けると、そのまま西の空に浮かぶ《トゥアハ=デ=ダナーン》へとの向かう。

 そして《カレイジャス》から戦闘員が降りて来る頃には、帝都方面の街道から貴族連合の援軍もまた到着していた。

 

「近衛軍中隊と装甲車二台と機甲兵が一機……あの様子だと後続もありそうだね」

 

 《カレイジャス》から降りたシャーリィが《緋》から降りたクリスに振り返る。

 

「どうする? シャーリィが蹴散らして来ようか?」

 

 “テスタ=ロッサ”を肩に担いでシャーリィが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いや……ここは……」

 

「ここは俺に任せてもらおう」

 

 そう言って、クリス達に背を向けて歩き出したのはロランスだった。

 

「それは助かりますけど、一人で大丈夫なんですか?」

 

 シャーリィの言葉を信じるのなら、敵は見えている部隊だけではない。

 何より相手に機甲兵もいる。普通ならば生身の人間一人に任せるのは無謀なのだが。

 

「問題ない」

 

 返って来た言葉は素っ気なくも頼もしいものだった。

 彼にそんな心配は無用だとクリスはあっさりと認める。

 

「分かりました。後続の部隊はロランスさんに任せます……

 《カレイジャス》の周辺の守りはキーアとスウィン、ナーディアに任せる。離宮へは僕とシャーリィ、ミリアムと《銀》で行く」

 

「待ってセドリック」

 

 手早く班を分け、いざ離宮へ行こうとしたところで艦橋で待機することになっていたはずのアルフィンがエリゼとアルティナを伴って《カレイジャス》から降りて来る。

 

「……あの……やっぱり……私も……」

 

「戦闘の邪魔になるからアルフィンは《カレイジャス》で待機している約束だよね?」

 

「分かってる……でも……」

 

 約束は分かっている。

 戦場では何の役に立たないことも自覚している。

 それでも父と母を助ける場面だからこそ自分も一緒に行きたいと居ても立っても居られない。

 今のアルフィンの気持ちをクリスは手に取る様に分かる。

 そもそもこうなることは想定していた。

 

「エリゼさんとアルティナの二人から離れない。これを守れるなら今回だけは許す」

 

「え……?」

 

 出撃前はしつこいぐらいにリベールに置いて行こうとした弟があっさりと言を翻したことにアルフィンは目を丸くする。

 

「行きましょう姫様」

 

「んっ」

 

 呆然と立ち尽くすアルフィンにエリゼとアルティナが背中を押して促す。

 その様子はまるで最初からこうなることが分かっていて、根回しもしていたと示すようにエリゼの腰には細剣があった。

 

「むぅ……」

 

 弟の手の平の上だという事にアルフィンは状況を忘れて頬を膨らませるのだった。

 

 

 

 

「止まって下さい」

 

 詰め所からの坂を登り切り、カレル離宮の扉の前の広場で《銀》は徐にクリス達を止めた。

 

「どうかしたんですか?」

 

 クリスは《銀》の突然の行動に首を傾げる。

 だが、その答えはすぐに分かった。

 足を止めたクリス達の前でカレル離宮の大きな扉に亀裂が走る。

 

「っ……」

 

 次の瞬間、扉は内側から爆ぜて石礫となってクリス達の足下まで降り注ぐ。

 《銀》が止めてなければその洗礼を頭から被っていただろう。

 

「はっ……流石と言っておくか」

 

 そして破壊された扉の向こうから現れたのは《痩せ狼》ヴァルターだった。

 

「《銀》に《血染め》に《白黒兎》……それに……ククク、随分と面白いメンツが集まったじゃねえか」

 

 ヴァルターはクリスを褒めるように笑う。

 選り取り見取りの歯応えのある獲物達を前にヴァルターは拳を鳴らす。

 

「月並みだがここを通りたければ俺を倒すんだな。どいつから来る? いや――」

 

 殺気交じりの言葉をヴァルターは《銀》に叩きつける。

 

「クロスベルの続きと行こうぜ《銀》!」

 

 凄まじい闘気を漲らせるヴァルターだが、対する《銀》は冷めた反応を返した。

 

「勘違いしないでもらえますか」

 

「あん?」

 

「私が帝国に来たのは《銀》として十億ミラ分の仕事を果たすため……

 そして“彼”の代わりにセドリック皇子の露払いをするため、ここでリーシャ・マオの復讐心を優先することはありません」

 

 はっきりとお前は二の次だと告げる《銀》にヴァルターは顔をしかめる。だがすぐに気を取り直して言い返す。

 

「はっ、だとしてもここで俺と闘わなければこの先には進めないぜ?」

 

「そうですね……」

 

 《銀》はヴァルターの言葉を認めてクリスに振り返る。

 

「どうしますかセドリック皇子? 御命令とあらば、十秒でこの駄犬をどかして見せますが?

 それとも全員で掛かって確実に息の根を止めますか?」

 

 求めるのはクリスの許可。

 物騒な物言いなのは《銀》の本音なのだろうが、聞き逃せない言葉がそこにはあった。

 

「十秒とは随分大きく出たじゃねえか? クロスベルでの千日手を忘れたのか?」

 

「覚えていますよ。その上で今は貴方を倒すための手段は用意していると言っているんです」

 

「上等じゃねえか」

 

 ヴァルターは律儀にクリスに視線を送り、許可を出せと促す。

 

「全員で掛かれば、むしろしぶとくなりそうですから、貴女だけで倒せるならお願いします」

 

「承りました」

 

 そう言って《銀》が構えたのは斬馬刀でも暗器でもなかった。

 

「エニグマ駆動」

 

 第五世代戦術オーブメントを駆動させた《銀》に一同は困惑する。

 

「ちょっとリーシャそれはないよ」

 

 シャーリィは思わず口を挟む。

 

「確かに《瘦せ狼》は格闘術に特化した戦闘スタイルだから、導力魔法で距離を取って戦うのは間違いってないかもしれないけどさぁ」

 

「誰が……距離を取って戦うと言いましたか?」

 

 シャーリィの疑問に《銀》は振り返らず、エニグマから導力を励起させたエネルギーを球体にして左手で持つ。

 本来ならばオーブメントの中でそのエネルギーは火や水に変換して撃つものなのだが、導力のまま外に出せばエネルギーはただ霧散するだけ。

 

「おい……まさか……」

 

 《銀》がしようとしていることに一同が困惑する中、何かに思い至ったヴァルターが目を剥く。

 

「《銀》が“東方人街の魔人”と呼ばれた所以の御業、見せて上げましょう」

 

 左手の導力の“外気”に《銀》は右手で練り上げた“内気”をぶつけさせる。

 相殺しようとする二つの気を反発、増幅するように調整をしながら一つになった“気”を身体に取り込む。

 

「――――神気合一」

 

 次の瞬間、クリス達の目の前から《銀》は消えた。

 

「うおっ!?」

 

 そしてヴァルターは《銀》の拳を顔面に喰らいカレル離宮の壁に叩き込まれた。

 分厚い壁が砕いて貫通し、離宮を揺るがす震動がクリス達の足下を揺らす。

 

「………………ふぅ」

 

 拳を振り抜いた《銀》は溜めた息を吐き、残心を解く。

 その吐息には心なしか清々しい爽快感があった。

 

「…………《銀》……それは……」

 

「あははっ! 何それ!? すごいじゃないリーシャ! 何をしたの!? どうやったの!?」

 

 クリスが“彼”を彷彿させる《銀》に掛ける言葉を迷っていると、シャーリィが歓声を上げて《銀》に擦り寄る。

 

「補助の導力魔法じゃあそこまでの出力は出せないよね?

 クォーツから改造したの? ねえ、教えてよぉ!」

 

 馴れ馴れしく擦り寄り、どさくさに紛れて胸に手を伸ばして来るシャーリィを《銀》は彼女の顔を掴んで腕をつっかえ棒にしてそれ以上の接近を拒む。

 

「《銀》……今の“神気合一”は……?」

 

「“神気合一”とは“外気功”と“内気功”を一つに合わせる技に近いものです……

 術理として紐解けば“彼”の技は決して真似できないものではありません。もっとも私はまだ戦術オーブメントを呼び水にしなければ使えませんが」

 

 以前クリスも“彼”から“神気合一”の原理を聞いたことはある。

 しかし特殊なクォーツで再現したことがあるとクリスは聞いているが、《銀》は“鬼の力”を宿すクォーツは持っていない。

 

「戦術オーブメントの本質は七耀の力を操作するオーブメントです。それをただの導力魔法を使うための装置にするかは使い方次第です」

 

「…………なるほど、年の功という――」

 

「何か言いましたか?」

 

「いいえっ! 何でもありません!」

 

 殺気を飛ばされてクリスは即座に口を噤む。

 

「それにしてもあの《痩せ狼》を本当に十秒で倒すなんて……あは! ねえリーシャ、内戦が終わったらさぁ――」

 

「丁重にお断りします」

 

 シャーリィの言葉に《銀》は素気のない言葉を返す。

 

「…………とりあえず進みましょう」

 

 弛緩した空気を引き締めるようにクリスは一同を促した。

 瓦礫と化した扉の残骸を超えてカレル離宮に入ると、そこには異様な空気が漂っていた。

 

「セリーヌ……?」

 

「ええ、上位三属性の力が働いているわね」

 

 外の喧騒を他所にカレル離宮の中は不気味な程に静まり返っていた。

 

「ねえねえ、それよりもあれ……」

 

 周囲への警戒をしながらミリアムがエントランスホールの先、階段に体を預けるように倒れているヴァルターを指差した。

 どれだけの衝撃があったのか、壁を貫通して階段に叩きつけられた彼の周囲はクレーターとなって潰れている。

 

「もしかして死んでる?」

 

「あの程度で死ぬほど可愛げがあるとは思いませんが……」

 

「クカカ」

 

 クリスの疑問に応えるように、そして《銀》の推測を肯定するようにホールに笑い声が響く。

 

「まさか……そんな手を使ってくるとはな……」

 

 壁に背中を預けたまま、ヴァルターは仰け反っていた血だらけの頭を戻す。

 ギラギラとした眼差しを《銀》に向けるが立ち上がる気配はない。

 

「どうする? 止め刺す?」

 

 シャーリィは“テスタ=ロッサ”を構えて確認する。

 

「やめておいた方が良いでしょう」

 

 シャーリィの提案に《銀》は首を横に振る。

 

「手負いの獣は何をするか分かりません。少なくてもすぐには立ち直れないだけのダメージにはなっているはずです。後はこれで十分でしょう」

 

 《銀》はいくつかのクナイを投げ放ち、その全てをヴァルターの身体を紙一重で掠らせて彼の影をその場に縫い留める。

 

「影縫い……ま、それくらいが妥当か」

 

 相手は半死半生でも《執行者》。

 特にヴァルターのような手合いは攻撃すれば元気になるだろうと同類の気持ちでシャーリィは“テスタ=ロッサ”を下ろした。

 

「しかしまさか《銀》が戦術オーブメントなんて使うとはな」

 

 影縫いでその場に固められたままヴァルターは《銀》に話しかける。その言葉は軽かった。

 

「行きましょう」

 

 それを無視して《銀》はクリス達を促す。

 

「え……ええ」

 

 クリスは頷くものの、ヴァルターから目が離せなかった。

 クリスだけはない。シャーリィもミリアムも、そして先を促した《銀》もその場に足を止めてしまっていた。

 

「俺はなぁ……今まであらゆる武術を喰らってこの拳の糧にして来た」

 

 突然始まったヴァルターの自分語り。

 血まみれで満身創痍なはずなのに飄々とした不気味な態度のヴァルターにアルフィンは体が震えるのを感じる。

 

「剣も槍も、とにかくあらゆる武術を喰いまくって俺の糧にしてきたわけだ」

 

「何が言いたい?」

 

 堪らず《銀》は聞き返すとヴァルターは口端を大きく吊り上げて笑う。

 

「つまりはこういうことだ」

 

 ヴァルターは視線を下へ、降ろす。

 クリス達はそれに倣って視線を彼の手元に落して見たのは、右手に握られた戦術オーブメント。

 無手の格闘家であるヴァルターが“それ”を持つ意味にクリス達は先程の《銀》を連想して息を呑む。

 

「まさか!?」

 

「あらゆる技をこの拳の糧にして来た《痩せ狼》が導力魔法なんていう贅肉をそのままにしておくわけねえだろ?」

 

 そしてヴァルターは告げる。

 

「エニグマ駆動――神気合一っ!」

 

 奇しくも先程の《銀》と同じ現象がヴァルターの身に起きる。

 “闘気”と導力魔法の“魔力”が混ざり合った“神気”を纏い、ヴァルターは影縫いの拘束も怪我もものともせずに立ち上がる。

 

「ヴァルターまで“神気合一”を使うなんて」

 

 まるでバーゲンセールだ、という言葉をクリスは飲み込んで戦慄する。

 

「さあ来いよ《銀》! クロスベルの続きをしようじゃねえか!」

 

 もはやヴァルターの中には《執行者》として内戦を見届けるという役割など微塵も残っていない。

 《銀》が覚えた技と自分が覚えた技が同じと言う、この偶然の一致にヴァルターは昂らずにはいられなかった。

 

「っ……やはりこうなってしまいましたか」

 

 想定外だが想定通り、影縫いを破ったヴァルターに《銀》はため息を吐き、戦術オーブメントにEPチャージを挿す。

 

「セドリック皇子、先程の言葉は撤回させてもらいます」

 

 ヴァルターを倒し切れなかったことを《銀》は謝罪するが、それを責めることをクリスはできなかった。

 

「いえ、早々にヴァルターの奥の手を切らせることができただけでも良しとしましょう」

 

 カレル離宮はクリスの家だが敵地でもある。

 後続の援軍はロランスに任せて安心ではあるが、だからと言ってのんびりしていられるわけではない。

 そう言う意味でヴァルターを本気にさせた《銀》の行動は決して無駄ではない。

 

「では――」

 

「ハッ、いつまでお喋りしてやがる?」

 

 次の瞬間、クリス達はヴァルターから距離を取って目を離していなかったにも関わらず、クリス達の中央に音もなく現れた。

 

「なっ!?」

 

「まずは一人」

 

「っ――!?」

 

 狙われたのは重い武器を持つシャーリィ。

 “神気”を纏った拳を見てシャーリィは死を覚悟する。が、《銀》が彼女を突き飛ばし彼と同じく“神気”を纏った手で拳を受け止める。

 

「ここは私に任せて行ってください!」

 

 ヴァルターの拳を掴み、抑え込みながら《銀》は叫ぶ。

 

「リーシャ……っ……」

 

 何かを言いかけたシャーリィは屈辱に顔を歪めてそれを呑み込み踵を返す。

 

「行こう……」

 

「うん……そうだね。悔しいけどボク達じゃリーシャの邪魔にしかならないみたいだから」

 

 シャーリィが駆け出し、ミリアムがそれに続く。

 

「セドリック皇子も早く!」

 

「はいっ!」

 

 《銀》の声にクリスは頷くと腰を抜かしていたアルフィンに手を伸ばし――

 

「私に任せてください。《クラウ=ソラス》」

 

「え……? ちょっと待ってくださいアルティナさん!?」

 

 アルティナが《クラウ=ソラス》にアルフィンを抱えさせてシャーリィ達の後を追って駆け出した。

 

「エリゼさんも」

 

「は……はい。でも……」

 

 後ろ髪を引かれる形でエリゼは《銀》の背中を見る。

 《銀》とヴァルターはいつの間にか両手を突き合わせ、力比べをするように“神気”をぶつけ合い、それだけでホールが激しく揺れている。

 

「悔しいけど僕達は彼女の戦いに割り込むことはできません。悔しいですけど」

 

 例えオーブメントを使っていたとしても“神気合一”に至っている二人にクリスは嫉妬の念を感じながらするべきこと、できることを考える。

 

「僕達が父上を救い出せれば、《銀》には戦わず逃げるという選択肢ができるんです。だから僕達は僕達がすべきことをしましょう」

 

「…………分かりました」

 

 クリスの言葉にエリゼもまた走り出す。

 そしてクリスもそれを追い、ホールから出る。

 直後、まるでそれを待っていたかのようにホールで一際大きな轟音が鳴り響くのだった。

 

 

 

 

 

 








神気合一レベル(独断と偏見による大雑把な区分になります)

レベル0 知識では分かる
クリス
「外気とかどうやって集めるのか分かりません」

ラウラ
「ぐぬぬぬ……」


レベル0.5 完全オーダーメイドの戦術オーブメント
ギルバート
「ふははははっ! これが結社の技術だ!」

カシウス
「ふむ、これなら麒麟功の方が使えるな」



レベル1 自分とは別の存在から常に外気が供給されているため、合一だけに集中できる人達
アリアンロード
「最大出力でしか使えないので自分の体が暴れ馬になった気分です。精進が足りませんね」

オズボーン
「《騎神》から供給されている“気”を利用していると言う点ではズルをしているようなものだがな」



レベル2 最初の集気の切っ掛けが必要で合一はできる
《銀》
「外気を自力で集めることはまだ無理ですが、後の合一と“神気”の維持はできるんですよね」

ヴァルター
「まだ三割の確率で不発させちまうがな」



レベル4 以上のことを自力でできる(技の完成ライン)
シズナ(予定)
「オーブメントで切っ掛け? 騎神の供給? そんなのに頼るなんてまだまだだねぇ」


レベル5
■■■
「初代《銀》に術の原理を教えてもらって、《黒》の力に頼らなくてもできるようになりました……
 それから神気状態でも出力の強弱ができるようになって、一日中神気状態でもいられます」


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