(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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56話 アルバレア

 

 

 

「やってくれたな」

 

 西の戦場を好き放題蹂躙し、貴族連合も正規軍も等しく蹂躙された戦場は内戦の最終局面だというのに遠巻きの睨み合いとなっていた。

 西の部隊は《空中要塞》を利用して正規軍を速やかに殲滅し、中央の本隊に合流する手筈となっていた。

 しかし無敵のはずの《空中要塞》は堕とされ、地上部隊の《機甲兵》もほぼ壊滅。

 正規軍側の被害も甚大ではあるが、両者ともに別の戦場に援軍として駆け付けるのは難しい程に壊滅していた。

 もっとも被害の規模に対して人的被害が少ないのは、戦場をかき乱した二機が他に目もくれていなかったからに過ぎない。

 

「貴様、何者だ! 名を名乗れ!」

 

 カイエン公に恩が売れるということで救援に駆け付けたヘルムートは戦場に佇む《機甲兵》に向かって叫ぶ。

 戦場に立つその《機甲兵》は異様な風貌をしたものだった。

 ヘルムート自身は完成品しか見たことはないが、本来ならあるはずの装甲はなく、駆動部の機関が剥き出しなまるで造りかけの機体。

 しかしその機関部やフレームは内部構造だというのに金色に光り輝いていた。

 

「くっ……」

 

 造りかけであってもなお美しい機体にヘルムートは息を呑む、まるで自分が乗っている《金》が劣っているような錯覚を感じながらそれを振り払うようにもう一度叫ぶ。

 

「私の名は……《C》……真・帝国解放戦線の《C》だ」

 

「《C》だと!? その名は――」

 

「フフ……貴族連合の“裏”の部隊とも言える非道のテロリストではなく、本物のセドリック皇子が率いる者ですよ」

 

 驚くヘルムートに《C》は挑発するような笑みを浮かべる。

 

「それとも肖像権でも訴えますか? 《C》は貴族連合の英雄だと?」

 

「むっ……」

 

「いや……」

 

 挑発じみた言葉に《C》は頭を振る。

 そして徐に《金》から降りた。

 

「…………何のつもりだ?」

 

 剥き出しの《核》から降りて来た《C》をヘルムートが訝しむ。

 光となって乗降するその現象は騎神特有のものだったはずだと訝しむ視線を感じながら《C》は仮面を掴み、その素顔を晒した。

 

「父上、私です……ルーファス・アルバレアです」

 

「……何故お前がここに? それにその左腕……そうか、ウルスラ医科大学病院での治療に成功したか」

 

 先日、会った時はまだ左腕を吊るしていたが、今のルーファスの左腕はオルディスでの後遺症から完治したように自由に動いている。

 その事にヘルムートは安堵し、すぐに顔を引き締めた。

 

「クロスベルから駆け付けた心意気は買おう。だがお前はそこで何をしている?」

 

 遠目に彼らの戦いはヘルムートも駆けつける合間に見ていた。

 ルーファスが降りた機体は今は無残な姿をしているが、《空中要塞》を墜とし、貴族連合側の《機甲兵》と戦っていた。

 明らかな敵対行動。

 その真意を問い質す感情が乗った声をルーファスは懐かしく感じながら言い返す。

 

「私は父上、貴方の真意を尋ねたく、こうして馳せ参じました」

 

「私の真意だと?」

 

「クリス君から聞きましたよ。私にアルフィン皇女殿下を娶らせようとしていると……それは何故ですか?」

 

「そんなことか……」

 

「私も貴族として育てられた身、政略結婚を否定するつもりはありません。しかしだからこそ聞きたい、何故ユーシスではなく私なのかと」

 

「…………」

 

 ルーファスの質問にヘルムートは沈黙を返す。

 

「《蒼の騎士》を有するカイエン公が貴族連合で大きな発言力を持っている……

 アルバレアが《金の騎神》を取り戻したとしても、オルディスでの私の敗北が尾を引いてアルバレアの支持が弱いことも分かります……

 だがアルバレア家の発言力のための政略結婚なら、何故廃嫡にした私をこの期に及んで利用しようとするのですか」

 

「そもそもお前を一度アルバレア家から離したのは《蒼》と比べて《灰》があまりにも……《灰》が……」

 

 ふとヘルムートは内戦前と内戦中の《灰》の活躍の差に首を傾げる。

 何故自分は、自分達はあそこまで《灰の騎神》を警戒していたのか思い出すことができずに困惑する。

 

「私をクロスベルに遠ざけて、《灰》にユーシスをぶつけるつもりだったんですか?」

 

「そうだ。ユーシスにはこの内戦で功績を上げさせなければならなかった……だと言うのに……」

 

「今まで散々ユーシスを冷遇しておいて、利用しようなどとは虫が良いのでは?」

 

「何を言っている? 今、ここでユーシスに功績を積ませなければ、他の貴族達がユーシスを認めるはずがないだろう」

 

「それは……」

 

「私が認める認めないではない。周りの貴族共がユーシスという存在を認めない限り、私は奴に甘い顔をするわけにはいかんのだ」

 

「……それが……ユーシスを冷遇する本当の理由ですか?」

 

 平民の血が流れているから遠ざけている。

 そう思っていたルーファスにとってヘルムートの答えはある程度納得の行くものだった。

 

「ですが、それは私を優遇する理由にはならないはず……私は……」

 

 ルーファスはそこで言葉を止め、らしくもない緊張に躊躇い声を震わせながら今までずっと言えなかった言葉をヘルムートにぶつけた。

 

「私は貴方の本当の息子ではないのだから」

 

 ルーファスの言葉にヘルムートは息を呑むこともせず、静かな沈黙を置いて口を開いた。

 

「…………やはり気付いていたか」

 

「父上……」

 

 自分が気付いていたことを気付いていたヘルムートにルーファスは息を吐いて呼吸を整え――

 

「ならばお前も分かるだろう? ユーシスが私の子供ではない可能性に」

 

「…………え…………」

 

 ヘルムートの言葉の意味が分からず、ルーファスは間の抜けた言葉を漏らしていた。

 が、ヘルムートは構わず続ける。

 

「八年前、あの女は訃報と共にユーシスを認知してくれと私に遺言を残した……

 お前には気付かせないようにしたが、当時ユーシスをアルバレア家に迎えるにあたって他の貴族共は当然騒ぎ立てた。ユーシスは本当に私の息子なのかとな」

 

「それは……」

 

「貴族や資産家には良くある話だ……

 ありもしない関係を捏造し、公爵家に取り入ろうとする……ノルティア州でも似たような事があった話だ」

 

「っ……」

 

 ヘルムートの言葉でルーファスが思い出すのはシュバルツァー家の事。

 今はもう限られた者しか覚えていないが、“彼”をシュバルツァー家が迎え入れるに当たり、様々な誹謗中傷がテオ・シュバルツァーに向けられた。

 それと同じ事がユーシスをアルバレア家に迎え入れる時にあったとしても不思議ではない。

 むしろ男爵家だったシュバルツァー家とは違い、公爵家のアルバレア家の方が風当たりは強かったと考えるのが普通だろう。

 

「ですが貴方はユーシスを自分の息子だと認めたのではないのですか!? だからユーシスにアルバレアを名乗ることを許したはずっ!」」

 

「ああ、その通りだ……ユーシスの母と一夜を共にした事は事実だ……

 だが、それが何の証明となると言うのだ? 私が愛した妻は裏切り……ルーファス、お前は私の子供ではなかったのだぞ」

 

「…………あ……」

 

 ヘルムートの言葉にルーファスは自分の思い違いに気付く。

 “平民の血”を引いているから実子であってもユーシスを遠ざけていた。

 公爵家のメンツを保つために、不義の子を実子として扱い優遇していた。

 それがルーファスが想像していたヘルムートの“欺瞞”であり、貴族の矛盾。

 ヘルムートを愚かな人間だと蔑んでいたが、彼の事情はルーファスが思っていた以上に複雑だった。

 

「今でもアルバレアとしての私が囁くのだ……『ユーシスは本当に私の息子なのか』と……」

 

「ですが――」

 

「あの女は己の死を持ってユーシスの真実を隠した! 何故だっ!」

 

 ルーファスがそうであったように、ヘルムートはこれまで溜め込んで来たものを堰を切ったように叫び散らす。

 

「本当にユーシスが私の息子だと言い張るのなら! あやつは生きるべきだったのだ!

 あの程度の病気などで死を受け入れて……死んでユーシスを押し付けるくらいなら、私に頼って生きるべきだったのだ!

 私は妾一人守れぬ情けない人間だと思ったのか!? 私を信じぬと言うのなら、私はどうやってあの女の言葉を信じれば良いと言うのだ!?」

 

「父上……」

 

 吐き出されたヘルムートの激情にルーファスはただ呆然と立ち尽くす。

 俗物だと思っていたヘルムートの中に渦巻いていたものの大きさにルーファスはただ圧倒され自分の小ささを思い知らされる。

 

「ユーシスはまだ何も成していない。ならば奴に甘くすることなどできるはずもない……

 士官学院を首席で合格できなかった奴が何と陰口を言われているか、お前は知っているか?」

 

「…………いいえ……ですが今年度の首席は――」

 

 理事として士官学院の内情を知る者としてルーファスは反論をしようとして――

 

「私の息子、お前の弟とは思えない不出来な子供……私の息子ではなく、弟の――お前の父の子供ではないのか、それがユーシスに向けられている評価なのだ」

 

「なっ!?」

 

 ヘルムートの言葉にルーファスは言葉を失った。

 ユーシスがヘルムートの実の子なのか疑われる根拠は理解できる。

 だがよりによって、ヘルムートの弟、つまりルーファスの実の父の子供だと疑われているという事実は何と言う皮肉だろう。

 そしてその噂話はヘルムートにとって冗談では聞き流すことができないものだとルーファスは察した。

 

「父上……」

 

 何と言葉を掛けて良いのか、ルーファスには分からなかった。

 弟に裏切られ、妻に騙され、妾に利用され、長子は不義の子であり、そして次男には托卵の疑惑。

 当のユーシスはヘルムートの意向に逆らい貴族連合を離反して敵対している。

 そして自分も――

 

「愚かだったのは私の方か……」

 

 ヘルムートの矛盾を理由に軽蔑していた己をルーファスは恥じる。

 

 ――言うのか? 私の父としての尊敬は既に“あの方”に捧げていると――

 

 ルーファスが想像もできない苦しみを抱えるヘルムートに、別の人間を“父”と感じていることに後ろめたさを感じずにはいられない。

 

「…………いや……この期に及んで嘘はつけないか……」

 

 本音をさらけ出してくれたヘルムートに対して、ルーファスはいつものように本心を押し隠そうとしてできなかった。

 

「これで満足かルーファス? ならば――」

 

「父上……私は貴方に言わねばならないことがあります」

 

 話を切り上げようとしたヘルムートにルーファスは待ったを掛ける。

 

「お前の話は後で聞いてやる。今は――」

 

「貴方が私の父であることは変わりません。ですが、今の私は別の人間を父と崇め敬っています」

 

「…………何だと……?」

 

 機体越しに聞こえてくるヘルムートの声が重く、静かに響き渡る。

 未だかつてヘルムートのそんな声を聞いたことがなかったルーファスは思わず体を震わせるほどの寒気を感じる。

 

「私は《鉄血の子供達》の一人……その筆頭を務めさせてもらっています」

 

「…………」

 

 ルーファスの告白にヘルムートは重い沈黙を返した。

 

「父上……」

 

 予想していた叱責がないことにルーファスは訝しむ。

 罵倒されることも覚悟していたが、ヘルムートの反応は異様と言える程に静かだった。

 

「お前も……私を裏切るのか……」

 

 長い沈黙の末に零された言葉にはどれだけの感情が詰まっていたのか。

 

「やはりお前はあの二人の息子だったという事か……」

 

 静かな声が響く中、黒い瘴気が《金の神機》を浸食していく。

 

「違う! 私は――」

 

 反論しようとしてルーファスは言葉を止めた。

 指摘された言葉に実の両親と同じ事をしていたのだとルーファスは気付いてしまう。

 

「私は……」

 

「もう――黙れっ!」

 

『いかん』

 

 瘴気に全身を侵された《金の神機》は剣を抜くと呆然と立ち尽くす生身のルーファスに向けて振り下ろした。

 咄嗟に《金》は逃げる素振りを見せないルーファスを左手で掴み、後ろに跳躍して《金の神機》の一撃から退避する。

 

「はははは……ハハハハハハハ……」

 

 戦場に壊れたヘルムートの笑い声が木霊する。

 

「父上……」

 

 その壊れた哄笑にルーファスは顔を歪める。

 《金の神機》の翼が広がり、空へと撃ち出された光子砲のレーザーが《金》に降り注ぐ。

 

『ルーファスッ!』

 

「ああ……」

 

 《金》の呼び掛けに鈍い反応で頷きながらルーファスは《騎神》に搭乗する。

 

「……こうなることは分かっていた……分かっていたんだ……」

 

 《鉄血の子供》となった時から、いつかこうなる日が来ることはルーファスは想定していた。

 だが、実際の決別はルーファスが想像していた以上に胸を痛くさせる。

 

「ホロビロホロビロホロビロホロビロ――全テ滅ビテシマエバイイノダッ!!」

 

「っ――」

 

 呪いに呑み込まれたヘルムートの叫びにルーファスは顔を歪ませる。

 

「これが私の罪か……」

 

 ヘルムートの最後の一線を壊してしまったことにルーファスは嘆く。

 ルーファスの不義はヘルムートの尊厳を容赦なく踏みにじった。

 

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 まるで獣となったかのような咆哮を上げて《金の神機》は《金》に剣を抜いて襲い掛かる。

 

『ルーファス』

 

「ああ、分かっている」

 

 《金》の呼び声に答えるようにルーファスは深紅の剣を構え――アルバレアの兄弟剣と激突する。

 

「っ――」

 

 その瞬間、ルーファスの脳裏に浮かび上がったのは遠い昔の記憶。

 まだ互いに本当の親子だと思っていた頃、彼から剣を学んだ時の情景をルーファスは思い出してしまうのだった。

 

 

 

 

 






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